Red Crow

紅姫

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女帝と戦争と死にたがり36

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Side ユウィリエ


ミリとマノリトを抱えながら階段をかけていた。


「いい加減、諦めたらいかが?」


と後ろから複数の足音とともに声がする。


全く…面倒な敵だ…。
カリサのやつも分かっていてやってるのだろうが。


私は後ろを見る。
20人ほどの女がぞろぞろと上がってくる。

そのうち19人は、鎧などは着けていない。
麻やら綿などで出来た服を身につけて、隣にいる人と雑談しながら上がってくる。


さすがは、一般市民。緊張感がない。


と、変なところに感心しつつ、私は走る。

「諦めが悪いわね!」

たった一人だけ鎧を身につけている若い女のかん高い声が響いた。






事の起こりは20分ほど前、上層部に行くための階段を登り、5個目のドアを通り過ぎた時ガチャッと音がして、振り向くとこいつらが居た。

「観念しなさい!侵入者!!」

かん高い声の女が言った。
侵入者…ということは潜入は上にバレてるらしい。
まあ、ヒルベルタを送りこんだりしているし…下であんなに騒ぎを起こせば当たり前か。

敵か…と思いながらナイフに手をかけようとした。

「武器を取る気ね!でも…考え直したほうがいいわ!!」

「なぜ?」

「アタシはともかく、アタシ以外の皆はMOTHERに暮らす一般市民よ!武器も持たない人たちに武器を向けれる!?」

別に、向けれる。
と答えても良かったのだが…一般市民の中には子供もいて…手を出すべきではないように思った。

なら、武装女だけ潰せばいいと思ったのだが…セコいことに一般市民を前に出して自分の盾にしやがる。

とにかく、逃げるか…。
マノリトを抱えて走り出した。







………
……



さて、まず考えるべきはあの武装女をどうやって孤立させるか、だ。

どうも、一般市民達は、コレが新手の鬼ごっこだとでも思っている節がある。
雑談の内容を聞く限り、『あの人を捕まえたら賞金が…』『ただ人を追いかけるだけでお金がもらえるなんて上層部も太っ腹ね』とのこと。

戦争の一部だとは思っていないだろう。

そんな奴を殺す気はない。
別に、人として…と言う訳ではない。ナイフの消費を少なくする目的と、なるべく速く上層部に行くためだ。



さて…どうしようか…。



















No Side


鎧に身を固めた女は、一般市民に混じって男を追いかけていた。

「いい加減にしなさいよね…」

と、女は呟いた。





この女、名をアリスン=ベレスフォードと言う。

アリスンは焦っていた。
この戦いで、戦果を上げなければ…と。


ベレスフォード家はMOTHERで有名な武家である。
父はMOTHER兵の主任指導者で、母はMOTHER上層部に席をおく戦士だった。
以前の戦争で亡くなってしまったが、ベレスフォードと名を聞けば誰もが武家だと分かるほどの名家だ。

アリスンの両親は、アリスン以外に子をもたなかった。
それ故、アリスンはベレスフォード家の跡取り娘であり、まだ20歳を超えたばかりのアリスンの肩には大きな期待がかかっていた。

MOTHER上層部もアリスンには期待をかけていた。
が、アリスンはその期待に答えられなかった。


もし、武術をするにおいて向き不向きがあるならば…アリスンは武術に向いていなかったのだろう。

剣を握っても他のものよりも優れた成績は出せず、銃を撃っても一般人と同等。
暗殺術にたけてるわけでも、人一倍体力があるわけでもない。

全てにおいて、中途半端なアリスンは武術すらも中途半端だった。


今までは、武家としての地位をもっていたアリスンだが、MOTHER上層部はアリスンを重荷に感じるようになっていた。




「あなたに最後のチャンスを与えます」

アリスンはこの場に来る前に、カリサ=ストーニーにそう言われていた。

「先程、この国に侵入者がやってきました。彼を倒しなさい。出来なければ…あなたにはこれから一般市民として暮らしていただきます」


この地位を失うことは、死んだ両親に申し訳がたたない。
アリスンは男を殺すことを決意したのだ。






一定の距離を保ちつつ前を走る男、ユウィリエを見ながらアリスンは考えていた。

この男は何者なのだろう、と。

戦争は特に気にならない。
だが、戦争中にこうしてMOTHERに乗り込んできた敵はいなかったのではないだろうか。


「ねぇ、あの男の人なかなか格好良くない?」

「わかる!この国にはあまりいないタイプの人ね」

「そうそう。上にいる男たちって地位や剣術の腕があっても、顔がイマイチなのよねぇ」


と周りの一般市民が言う。


確かに見てくれはいい。とアリスンも思った。
だからこそ、こんな所まで来れるほどの実力者だとは思えなかった。
顔がいいやつは大概甘やかされて育つ。ちょっと笑えば物が貰えるようなそんな育ち方だ。
そんな奴が、強いとは思えなかった。



アリスンは視線をユウィリエに向けた。

「…」

何故かユウィリエはアリスンを見ていていた。

そして…。


「なっ!」



ガチャッ!!



と近づいていた扉を開けて、ユウィリエはその中に入った。

「追うわよ!!」

アリスンは走るスピードを上げた。















Side アリスン


「わたしはあっちを見てきます。皆さんは他をお願いします」

と一般市民に指示を出して、わたしは走り出した。


MOTHER外装についている窓から一般区にそそぐ光はオレンジ色をしており、外がもう夕方な事を教えてくれている。

夕方の一般区は、食事準備のための買い物をする一般市民で溢れている。


どこへ行ったの?


一般市民をおしのけながら走る。

あの男を倒さなければ…。
そうしなきゃ…。


その一心でわたしは走った。


心のどこかで、ソレはわたしに問いかける。

『そうしなきゃ…何なの?』

『どうして、こんなことしているの?』

と。





「ここにもいない…」

市街地外れの明かりのついた街灯に手をついて、息を整える。

走って、走って、走り続けた。

もう、身体が言うことを聞かない…。


「…早く、見つけなきゃ」

見つけなきゃ…いけないのだ。

『どうして?』

見つけなきゃ…お母さん達が築いた地位がなくなる。だから…。

『だから?お母さん達が築いた地位とわたしになんの関係があるの?』

わたしは跡継ぎなの。この地位をなくすわけにはいかない。

『なぜ?』

当たり前じゃない。皆、わたしに期待してくれてる。その期待に答える義務が私にはあるの!



『「それは、違うんじゃない?」』




「!」

後ろからした声に驚きながら振り返り、距離をとる。

赤いパーカーを羽織った、追いかけていた男がそこに立っていた。
抱えていた男や子供の姿は見えない。
街灯の灯りで照らされた髪が煌めき、ルビーのような瞳が美しく光る。

「いつからそこに…」

「アンタが、街灯に手をついて独り言をぶつくさ言い出したあたりから」

独り言…。
わたしは無意識のうちに思考を口に出していたらしい。

「…」

「…」

わたしが口を噤むと、男も黙ってわたしを見ていた。
ルビー色の、吸い込まれるような瞳に見られていると、何かを口にしなければならない気がした。

「わたしは間違ってない…」

口をついて出たのはその言葉だった。

「わたしは、みんなの期待に答えるの。貴方を殺してお母さん達が築いた地位を守るの」

「…」

男は黙っていた。
わたしの様子をジッと観察するように見つめて、ゆっくりと口を開く。

「…アンタ、生きづらくないか?」

「え…そんな訳…」

ない、その言葉はどうしても口から出てこなかった。

「人ってのは難儀な生き物だ。
誰だって心がある。自我ってもんが存在する。
みんなの為に生きようなんて、そんなことできるわけないんだ。

お前はなんのために生きてる?



死んだ両親のためか?

期待をかけてくれてる人のためか?

地位を守って跡を継ぐためか?



それはお前の本心か?」



「わたし…は…」

わたしは、ベレスフォード家の跡取り。
剣術に優れたベレスフォード家の娘として期待されている。
この地位を守っていかなければならない。

そう『言われて』きたのだ。


「誰かのために命をかけることは素晴らしいことだと思う。
私だって主のためならこの命をかけられる。

でも、それは主に言われたからじゃない。
あくまでも、自分の意志で主のために生きると決めたんだ。


お前は死んだ両親の名誉を守るために生きたいと本当に思ってるか?

期待に答えるために生きたいと本当に思ってるか?

地位を守るために生きたいと本当に思ってるか?


それが、お前の本心から望む生き方か?」



「うるさい!!!」

声を張り上げた。

「アンタに、アンタに何がわかるってのよ!!!

わたしは、ずっと、ずっとそう言われて育ったの!

父さんと母さんがいたときからそうだった!周りの人は皆、皆!両親は素晴らしい人だと言って、『この二人の血をひいてるんだから、凄い子になる』って言われてきたの!

死んでからもそう!『貴方はあの二人の子だものね、期待してるよ』って!ずっと言われてきたの!

別に、この国の兵になりたいなんて思わなかった!でも、通知が来て、それを見た皆が『素晴らしい』『さすがは二人の娘』って!『頑張って、期待してるよ』って!!


わたしは、わたしは!!そう言われて生きてきたの!いったい、どうすればよかったってのよ!!」


「…」

男は憐れむような目でわたしを見ていた。

「アンタの両親が生きていたら…今のアンタを見てどう思っただろうね」

「そんなの…喜んでくれた…に決まってる。自分たちと同じ道を娘の私が歩んでいるんだもの」



「本当に?」



何かを見透かしたような、男のルビー色の瞳がまっすぐにわたしを見ている。


本当に決まってるじゃないか。

きっと、笑ってわたしのしている事を肯定してくれたはずだ。



あぁ…なぜ?
どうして…頭の中に浮かんだ父さんと母さんは…


そんなに悲しそうな顔をしているの?









「…」

静かにわたしを見ていた男を睨みつける。
憐れむような目をした後ろに、同じような目でわたしを見つめる父さんと母さんがいる気がした。

あぁ…そうよね。
そうよね、父さん、母さん。

「訂正するわ。きっと今のわたしを見たら、父さんと母さんは悲しむわ。

上の命令をきちんと守ることができない娘なんて父さんと母さんが見たいわけないもの」

「馬鹿か?お前」

「うるさい!!わたしは、貴方を倒す!倒せば、きっと、父さんと母さんは喜んでくれるわ!」


わたしは剣を抜いて、男に向かって走った。







頭の中が沸騰したように熱かった。
熱さを払うようにやみくもに剣を振るう。

それを避けながら未だわたしを憐れむように見る男にどんどん怒りが強くなっていく。

それでも、冷静な頭の一部が私に問うのだ。


『その人が言ってることは、本当に間違ってるの?』


『わたしの考えは、本当に正しいの?』



と…。



「ッぁ…」

バランスを崩して、倒れたわたしを男はジッと見ていた。

「クッ…」

起き上がろうとするが腕に力が入らない。
その様子を、やはり男は憐れむような目で見ていた。

「そんな目で見るな!!」

「…」

そう言っても男は目線を逸らそうとはしない。




今のわたしの姿はそんなに憐れか。

そんな憐れな姿を人前に晒すくらいなら…。



わたしは、剣の刃を自分に向けた。

「!」

驚いた顔をした男に

「わたしにだって、プライドがあるのよ?」

と笑って言い放ち、勢いをつけて自分の心臓めがけて突き刺した。




焼けるような痛み。
全身に力が入らなくなり、空気を求めて口を開くが肺が空気を受け付けない。


意識が遠のく、その最中。
頭の中に昔の光景が思い出された。
いわゆる、走馬灯と言うやつだ。



幼いわたしは両手で沢山の花を持って走っていた。
女の子らしいスカートを揺らしながら、まっすぐに走っていた。

目の前に迫るのは、懐かしい家。
一人には大きすぎたから、住むことがなくなった昔の我が家。
両手で持っていた花を慎重に片手に持ち替えて、勢い良く扉を開ける。

紅茶の香りと甘いマドレーヌの匂いが鼻に入る。

「おかえり、アリスン」

低い父さんの声。

「おかえりなさい、ちょうどお茶の時間よ」

優しい母さんの声。

「ただいま!!」

と元気に言って、わたしは父さんに近づく。
そんなわたしを、父さんは軽々と抱き上げて膝にのせてくれる。
テーブルにのっていた不格好なマドレーヌのキツネ色が目に飛び込んでくる。 

「どこに行ってきたんだい?」

と父さんが聞く。
お気に入りのお花畑に行ったのだと言うと、そうかと頭をなでてくれる。

「花瓶に入れなきゃね」

母さんがわたしの持っていた花を受け取って、花瓶に生ける。

「アリスンはお花が好きね」

と母さんが笑う。

「うん!」

と元気に返事をしたわたしは…その後に…。


「わたしね!大きくなったら、お花屋さんになりたいの!!」


そう言った。

「そうか」

「いいわね、アリスンにはきっと向いてるわ」

父さんと母さんは笑ってそう言っていた。








あぁ…どうして…忘れていたの?

思い出してみれば…。
父さんと母さんは、わたしに兵士になれなんて言ったことはなかった。

剣術を教えてあげる、なんて言ったことも、私たちの築いた地位を守ってね、なんてことも言ったことはなかった。


わたしは…



間違っていたのね…




スッと意識が遠のいた。
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