Red Crow

紅姫

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女帝と戦争と死にたがり38

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Side ユウィリエ


7日目


MOTHER上層部と言われる場所に着いたのは夜が明け、朝日が昇った時間だった。
どうあがいても、MOTHER戦も半日で終わる。それまでに…。

「マノリト、この場所の一番上に女帝が居るんだよな?」

「あぁ」

「分かった」

私は、そのフロアを見渡した。

だだっ広い通路が奥まで伸びている。
太陽の光が入っているのに、何故か酷く暗く感じた。
天井が高く、所々に柵で囲まれたベランダのようなものが見える。
下には青い絨毯が敷かれていて、歩きにくく感じる。

一箇所、階段がむき出しになっているところがある。
その階段は下へ向かって伸びていて、多分、外へと通じているんだろう。
MOTHERの兵士たちはここから外へ出ていったのだろう。


人の気配は…今のところない…。


私はマノリトに合図し、ミリを抱えて歩き出した。





おかしい…。

そう感じたのは歩き出して5分がたった頃。

あまりに敵がいない。
上層部がこんな警備でいいのか?


「ユウィリエ、多分あれが…」

とマノリトが指差す方向を見る。

通路を挟んで対象に扉があった。
左側の扉が多分、上に通じるものだろう。

「…」

私はあたりを警戒する。
おかしい…。

「…行こう」

私は歩き、その扉を開けた。
マノリトを先に入れ、私も入ろうとした時、



何かを感じた。



私は、咄嗟にミリをマノリトに押し付けて、扉を閉め、後ろを振り返りながら身体を動かした。

シュンッ

私の顔のすぐ横でそんな音がした。

「あら…また避けられた」

上から声がした。

「ユウィリエ…?」

「開けるな、マノリト!」

少し扉をあけて私を見るマノリトに、見もせずに声を張る。

コツッと足音がする。
降りてきてる?

「マノリト!上に上がれ!」

「え?」

扉の向こうからくぐもった声がする。

「あとで必ず追いつく!先に行け!!」

「…分かった!」

扉の向こうからかけていく足音が聞こえた。


ミリを任せたぞ…。


私は心の中で呟きながら、降りてきた敵が来るであろう方角を見つめた。









「おや?待っててくれたのか?てっきり、上に行っちまうと思ってたんたがな」

「アンタと戦いたくてね、お嬢さん」

わざと恭しく言うと女、エルヴェラは眉をひそめた。

「随分、余裕そうじゃん?」

「そりゃあね」

私は微笑み、エルヴェラに言う。

「アンタとの戦いに、そんなに時間を取られるとは思えないからね」

「なっ!」

エルヴェラの瞳に、一瞬で怒りの色が浮かんだ。

「なんだと!!私が弱いって言いたいのか!」

「そう聞こえたなら、そうなんじゃないか?」

「お前…!人をおちょくるのも大概にしろ!私はお前をここで殺す!!」

手に握られているのはハンドガンだった。
流石にこの距離でスナイパーライフルは使う気がないらしい。

「かかってこいよ」

「ちっ!」

盛大に舌打ちをして、エルヴェラは私にハンドガンの照準を合わせた。















Side エルヴェラ


「クソっ!!」

私はその場で地団駄を踏んだ。

「いや~盛大だなぁ」

と男は銃痕が至るところについている壁を眺める。


確かに、私はあの男を狙った。
狙った…はずなのに…!!


全てかわされた。


「…」

私は持っていたハンドガンを床に捨てる。
そして、背に隠していた短刀を抜く。

「銃じゃないのか」

「私はフェアプレイが好きなんだ。銃だけじゃなくて、剣だって使える」

「フェアプレイねぇ。その割に、さっきは躊躇いなく私を撃ってきたじゃないか。私は銃なんて持ってないのに」

と両手を振ってみせる男。

「嘘」

「嘘なんてついてないさ」

「フッ…わからないとでも思ってるのか?」

そう言うと、男は初めて表情を硬くした。

「近づくまで気づかなかったけど、貴方、銃持ってるだろ?」

「…」

「巧妙に隠してるみたいだけど…銃特有の膨らみは隠しきれないし、小さく音がしてる」


「やっぱり、銃は嫌いだ…。音がするのがいただけない」


男は降参と言いたげに肩をすくめる。

「嫌いなら持たなきゃいいじゃん?」

「そうもいかないんだよ」

男がフッと笑った。
それと同時に



「っ!」

―トサッ



突如手に痛みを感じ短刀を床に落とした。

ドクドクと手が心臓になったかのような振動を感じる。
私はその手を見た。
血はほとんど出ていない。
それもそのはずで、手の甲のほぼ中心にソレはまだ埋まっていた。

弾丸だった。
とても細い弾丸。

私は男を見る。
男の手には見たことがない銃が握られていた。

形はハンドガンに近い。
だが、普通のハンドガンより一回りは小さく。何より発射口が小さく細い。

そして何より目を引くのはその色だ。
輝かんばかりの黄色。
暗いこの空間でも、何故かその銃にだけスポットライトが当たっているかのように輝いている。

「何…その銃…」

「借りもんだからな、私もあんまりよく知らない」

「借り物?」

「ああ、どこから情報を手に入れたのかは知らないけど、私が戦争に参加するってんで貸してくれたんだよ」

男は銃を見つめる。

「お守り代わりらしくてね。肌身離さず持ってろってさ」

銃口が私に向けられた。
私はその銃口を見つめることしかできない。

この距離でスナイパーライフルを使うわけには行かない。
そもそも、スナイパーライフルを構える前に男に撃たれるだろう。
床に落ちた短刀を拾うことさえできれば…。

「その短刀、拾いたいなら拾ってもいいよ」

「え…?」

「ただ、剣術で私に敵うのならね」

男は笑う。
剣術で敵うのなら…?
敵うわけないじゃないか。
この男の実力は、機械兵の映像で見ている。

私が動かないのを見て、男は私の思いを察したらしい。

「そのまま、私に道を譲る気はない?私だって無駄弾も撃ちたくないし、これから階段を登らなきゃないから変に戦いを長引かせたくはない」

「…」

「道を譲ってくれるなら、命はとらないよ」


道を譲れば…助かる。

助かりたいと心のどこかが叫ぶ。

でも、ここで私が逃げてしまったら…今までこの男のために死んでいった兵達が報われないではないか。


「嫌だ」


私は、両手を広げて上へ続く階段の扉に立ちはだかる。

「絶対にこの道は譲らない」

「そう」

男はつまんなさそうに、そうつぶやき、引き金を引いた。





時間が止まって見える。
いや…ゆっくりと本当にゆっくりと動いている。

男の銃口から放たれた細い弾丸が、ゆっくりと私に向かって伸びる。

音はしない。
多分、男の持つ銃はそういう銃なのだろう。

そんなことを考えられるほどにゆっくりと時間がすぎる。
私だけが正常な時間軸にいるように感じる。


私は、その銃弾を避けるべく身体を動かした。



グジュッ



鋭い痛みとともに時間が戻った。


「…、!」

声が出ない。
息ができない。
胸が熱い。

いつの間にやら近くにいた男を見る。

男の手には血に濡れたナイフが握られている。


胸元に手をやると、生暖かさを感じる。

血が出ていた。




あぁ…刺されたのか。




他人事のようにそう考えた。

力が抜けた。

絨毯の感触が服から出ていた皮膚を擽った。





「…」

男は無言で私を見ていた。

私は最後の力を振り絞って、


男にほほえみかけた。

そこで、私の意識はとだえた。

















Side ユウィリエ


何故、エルヴェラは最後に笑ったのだろうか。

キレイな死に顔を見つめながらそう思った。

少し考えたが、全く答えが出ないので断念する。





さて、上に行かねば。
時間はあとどれほど残っているのだろうか。

マノリトは、ミリは無事だろうか


 



上にいるのは、多分アイツ…。


私は、扉を勢い良く開けて駆け上がった。
















Side マノリト


「はぁ…はぁ…つ、着いた…」

ミリを抱えて、どうにか上の階まで上がってきた。
扉に寄りかかりながら息を整える。

「マノイト…?」

「大丈夫、だよミリ」

心配そうに俺の頬に触れるミリに微笑みかける。


ミリと二人で小部屋に隠れていた時に、自己紹介をして、少しだけ話した。
何がどうミリの事線に触れたのかは知らないが、俺を信頼してくれたようで、俺に抱えられることも話すことも抵抗がなかった。


大丈夫と言うと、ミリが安心したように笑う。
それを見ると自分も自然と笑顔になる。

今この子を守れるのは自分だけなのだ。
この子だけは守らねば。



呼吸が落ち着いてきた。
俺は扉を開けた。




広々とした部屋がそこにあった。
どうやら、部屋はここしかないようで、遠くに入ってきたのと同じ扉が見える。
あれが上に通じているのだろうか。

下の階と同じ絨毯のしかれた床を踏む。


「二人だけか?」


扉を閉めようとしていると、声がした。

「!」

「あの男はどうした?」

女が立っていた。
この女のことは知っている。

いつも女帝のそばにいる女だ。
名前は…確か…

「ウェンディ…」

「ほう、私を知っているか。地下層の住民にも知恵のあるやつはいるらしい」

ウェンディはふふっと笑った。

「青年、名は?」

「マノリト」

何故か素直に答えてしまっていた。


ウェンディには素直に答えなければならないと感じる、そんな雰囲気があったからだ。
圧倒的強者の雰囲気とでも言うのだろうか。
どことなく、ユウィリエに似ている気がした。
ただ、ユウィリエとは雰囲気のタイプが違うとも感じていた。

思わず目でおってしまうような、その姿をずっと見つめていたい、側にいたいと感じさせる雰囲気をもつユウィリエ、それに対してウェンディは、目に映すことすらいけないことのような、思わず跪き、頭たれなければならないと感じる雰囲気を持っていた。

実際、今俺は立っているが、膝が震えている。
力を入れていなければ、すぐにでも床にへたり込んでしまいそうだ。


「そうかマノリト。もう一人の男はどうした?」

「…」

答えなければ、という思いと、答えてはいけない、という思いが交錯する。

「答えろ」

女にしては低く、落ち着いた声。
俺の口は勝手に開いていた。

「下の階に居る」

「そうか。…上がってくるのも時間の問題だろうな」

ウェンディは、剣を抜いた。

「あの男だけでも脅威だ。マノリト、貴様にはここで死んでもらおう」

世間話をするようにウェンディは言った。
穏やかに言われた言葉の意味を俺はすぐに理解できなかった。

でも、身体というのは時に脳よりも速く動いてくれるものらしい。

俺は咄嗟に、後ろにある扉をあけてその中に入った。

カーン!

という音が扉に響いた。

「隠れたか。まあいい」

とウェンディは言い、またカーンという音が連続して聞こえた。

扉に攻撃している?

何故?と考えていると、ギジッと扉の蝶番が悲鳴を上げた。

ヤバイ!
このままでは破られる。
それに…このままではミリを守れない。


俺は少しだけ考えて、ミリをおろした。

ミリは不思議そうに俺を見て、

「マノイト…?」

と言いながら、小さな両手をこちらに伸ばす。

「いいか、ミリ。ちょっとの間、ここで待ってて」

「え?」

「すぐにユウィリエが上がってきてくれるから」

「マノイトは?」

その質問には答えず、笑ってミリの頭を撫でた。


「君だけは守るからね」


その呟きはミリに聞こえただろうか。

俺は立ち上がり、ウェンディの攻撃の音がしたと同時に扉をあけて、外へ飛び出した。





驚いた顔をするウェンディが見えた。
が、それも一瞬で

「出てきたか」

と不敵に笑う。


俺は急いで扉を閉めて、剣を抜いた。


久々に握る剣は少々重く感じたが、刃の輝きは以前と変わりなく、早く何か切りたいと言いたげに輝いていた。


「私と戦うと言うか。いいだろう。かかってこい」


ふふっと笑いながら言うウェンディに、俺は剣を構えて近づいた。












「どうした、マノリト。そんな攻撃では私に傷一つつけられないぞ」

平然と言うウェンディを睨みつけた。


おかしい。


と頭のどこかが警告を発している。


何かがおかしかった。
まるで、自分で身体を動かしていないかのようなそんな感じだ。

誰かにコントローラーを握られて動かされているような…。


「っ!」


俺はまた、ウェンディに近づきながら剣をふるった。

「成長しないな、青年」

「!」

おかしい。
がら空きだった胴に向かっていた剣は、何故かウェンディの持つ剣と交わっている。


何だ…。何が起きている?



「ふふっ、困惑しているようだな」

「!」

「お前じゃ、私に勝てんよ」

「うあっ!」



剣で押され、バランスを崩す。

カクリと膝がおれる。




しまった!!




そう思った時には、

「さて、そろそろ終わろうか」

目の前に剣先があった。







「ちっ」

思わず舌打ちしてしまう。
自分の不甲斐なさに嫌気が差す。

「安心しろ。寂しくないように、あの子供もあの男もすぐに同じ場所に送ってやる」

ちくしょう…
ちくしょう…!!

もう駄目だ…。

俺は、目を閉じた。





シュンッ



そんな静かな音がした。

「クっ!」

ウェンディのうめき声も聞こえた。

「目を開けな、マノリト」

「!」

肩に乗せられた暖かな手の温度とその声は間違いなく…

「ユウィリエ…」

「おつかれさん、あとは任せな」


目線の先には、ミリを抱えたユウィリエが立っていた。

まだ、ウェンディは死んでいないというのに…俺は…




助かったんだ



ととても安心した気持ちがした。
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