Red Crow

紅姫

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女帝と戦争と死にたがり39

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Side ユウィリエ


階段を数段飛ばしで上がっていると、誰かの泣き叫ぶ声がした。

「なんだ…」

私は走る速度を早めた。




扉の近くにミリがいた。
泣きながら、扉を叩いている。

マノリトの姿がない。



「ミリ!」

「!…ユウ」


ミリに声をかけると、驚いたように私を見た。


「ユウ、ユウ。マノイトが…!マノイトが…!」


「どうしたんだ」

「おえがい、たうえて。マノイト、たうえて」


助けて?
ミリが叩いていた扉を見る。


泣き叫びながら扉を叩いたミリ。
マノリトの姿が見当たらない。
助けて。
マノリトを助けて。


…。

「分かった、ミリ。行こう」

私はミリを抱え上げて、扉を静かに開けた。

見れば、マノリトが床に座っていて、目の前には剣を向けるウェンディの姿があった。

「…」

何やらウェンディが話しているが、ここまでは聞こえない。

まずい、間にあわない。

私は、地面を蹴り上げながら、隠し持っていた殺人用メスをウェンディの手めがけて投げた。


「クっ!」


当たった。

私は、呻くウェンディから目線を離さずに、マノリトの肩に手を置く。

「目を開けな、マノリト」

「!」

ゆっくりと私を見たマノリトは安心したような顔をする。

「ユウィリエ…」

「おつかれさん、あとは任せな」

私は微笑んだ。








「ミリと離れたところで待ってな」

私はミリをマノリトに預け、ウェンディの方を見る。

マノリトのかけていく足音を聞きながら、私とウェンディは見つめ合っていた。

「やっと会えたな」

「そうね」

「対戦できる時を楽しみにしていたよ、『女王蟻』さん」

「フッ…まだその名で私を呼ぶやつがいるとはね」

「有名人だからね、アンタは」

「アンタみたいな若い子にも覚えられてるとは嬉しい限りね」

ウェンディは笑う。

「アンタ、名前は」

「言う必要ないだろ」

「アンタは私を知ってるんだから、言うのが礼儀よ」

「ユウィリエ」

「ユウィリエ…。聞いたことがない名前ね」

「アンタと会うのは初めてだからな。知らなくて当然だろ」

「私はハービニーの兵士の名前は全て覚えている。アンタの名前はなかった」

「そりゃあ、私はハービニーの奴とは違うからな」

「やっぱりか」

ゆっくりと、ウェンディは私との距離をつめる。

「アンタみたいな凄腕の兵士がいたら、有名にならないわけがないからな」

「お褒め頂光栄です」

ウェンディが脚を止めた。

「…」

「…」

私とウェンディは見つめ合う。
何も言わずにただ、見つめ合う。


何分、そうしていただろう。
ふぅとどちらか分からない呼吸音がして、
それが合図かのように
私とウェンディは同時に動き出した。







「うりぁ!」

「っ!」





威勢のいい声を出しながら剣をふるうウェンディの攻撃をナイフが防ぐ。
一撃が重い。
ナイフがすぐに駄目になってしまう。

私はまたナイフを床に捨てた。

あと、残りは数本…。

間にあうかどうか微妙なところだな…。早めに決着をつけねば…。


「っ!」

私は新しいナイフを持ち、ウェンディの喉元を狙う。
が、既の所で避けられる。
狙いがあまかったか…。

避けた勢いのまま攻撃を仕掛けてくるウェンディ。それを受け流しながら、私は思わず笑ってしまう。

久々な気がした。
ここまで、必死になる戦いなんていつぶりだろうか。




「ユウィリエ」

ふいにウェンディが私に声をかけた。

「なんだ?」

ウェンディの剣と私のナイフがぶつかり、火花が散る。

「楽しいな」

ウェンディは笑っていった。


「…そうだな」


私も笑い返しながら、ナイフを動かした。







カキンッ


と乾いた音が何度も響く。

時折、バチッと火花が散る。


私のナイフとウェンディの剣が何度も何度もぶつかる。

多分、今の私とウェンディの手の動きは常人には殆ど見えていないだろう。

さて…。

このまま剣舞を続けてもいいが…。時間が時間である。
そろそろ、均衡を崩さなければ。




私はナイフを動かし続けながら、ナイフを持たない方の手を背中にまわす。

そして、ソレを握り、私のナイフを避けようと動いたウェンディの居る場所めがけて、突き動かした。


クジュリ…とそれが肉を裂く感触がした。




「う…」

ウェンディは刺された脇腹を抑えて蹲る。

「なぜ…」

「あぁ、コレ?」

と私は手に持つ短刀を動かした。
ソレは、下の階でエルヴィラが使っていた物だ。

「まだ使えそうだったからね、持ってきたんだ」

「フ…皮肉のつもりか…?」

「まあね、どんなものだ?自分が駒として使おうと思っていた相手の武器で死ぬ気持ちは」

「やはり、気づいていたか」

「あぁ、『女王蟻』の噂はよく聞いてたんでね。

全てを自分の意のままに操るアサシン。味方ですらその対象だろ。

エルヴィラと戦ったとき、不思議に思ったんだ。私とエルヴィラの間に距離があったのに、アイツは上に行こうとしなかったから。
上に行けば、お前もいるし、人質だって取ろうと思えば取れる。
2対1で戦うメリットをかんがえれば。上に登るだろ、普通。

でもそうしなかった。

正々堂々とかそれらしいことは言ってたけど、どこか違和感があった。

そこで考えた。
お前に何か吹き込まれたんじゃないかって。
どうしても私を殺さなければいけないと思わせる何かを伝えたんじゃないかってな」

「フッ…もう終わったことだ。追求するな」

「そうだな」

「殺せ。私を。どうせ死ぬなら…強きものに殺されたい」


私は目を一度閉じ、ナイフを握り直して、心臓に向かって振り下ろした。


















ウェンディの目を閉じてやり、手を合わせる。
強敵だったと思う。
だから、せめてもの礼儀として黙祷を捧げた。


「ユウィリエ」

とマノリトに声をかけられる。

「行こうか」

振り返り言うと、マノリトは頷いた。













階段を登っていく。

「マノリト」

「なんだ?」

「上についたら、扉から出ずにちょっと待っててくれるか」

「え?」

困惑したようにマノリトが言う。

「大丈夫、ちゃんと外へ出してやるから」

「…分かった」

理由は聞かずにマノリトは言ってくれた。

聞きたいことはあるだろうが…それは後回しにしてもらおう。




少しすると、扉が見えた。

私は、マノリトに止まるように合図し、扉を開けた。









目の前には廊下が伸びていた。
突き当りに扉が一つだけ。

私はその扉に近づき、扉を開けた。


暗い広々とした部屋だった。モニターだけが光を放つ。
そこに一人の人影。



「!」

「やぁ」


驚いたように私を見るカリサに片手を上げて言った。

「…。そうですか…」

何かを納得したようにカリサは言った。

「エルヴィラ、ウェンディは死んだのですね」

「あぁ」

「…なら、この戦争はもうおしまいですね」

カリサははぁ…とため息をついた。

「随分、あっさり認めるじゃないか。最後に抵抗してみようとは思わないのか」

「そんな思いありません」

カリサは私に背を向けて、コツリと足音を出して広い部屋を歩く。

「ウェンディが死んだのなら…私に出来ることなどもうないでしょう。…私の存在意義がないのですから」

「存在意義がない?」

「ええ。貴方はもう知っているでしょう。ウェンディは人を動かす天才でした。私もウェンディにとっては持ち駒の一つでしかありません」

「…」

「でも私はそれで良かったんです。彼女の役に立てるなら…なんだってしました。私は駒として動かされていたんです。

主を失った駒に存在意義などありません」

「ふーん」

「なので、主がいない今、私に抵抗する意思など持ち得ません」

「そう、ならいいや。私は女帝と会いに来たんだ。会わせてくれ」

「…それは出来ませんね」

「おいおい…言ってることが矛盾してるぞ」

「私は貴方が勝手に何かするのは止めませんし、抵抗もしません。ですが、ウェンディから受けた命令はきちんと遂行します。
『女帝のために働け』『女帝を守れ』それが、私がMOTHERにやってきた時、初めてウェンディから受けた命令です。

ウェンディが最後まで忠誠を誓った相手に、私が忠誠を誓うのは当然であり、女帝を守るのが私の役目です」

「だから、会わせられないと」

「えぇ。貴方に会わせたらどんなことになるかわかりませんから」

全く…どうしたものか…。



『カリサ』


「!」

上から声がした。
マイクから声がしているようだ。
この声は…。

『その者を通しなさい』

「ですが!」

『私は話がしたい』

「……わかりました」

カリサは近くのパネルを動かした。


キィ…と扉がきしむ音とともに壁の一部が開いた。


『さぁ、どうぞ』


私は、扉をくぐった。















光あふれる部屋だった。
全体的に白で統一された部屋は鏡張りの天井やおおきなまとから入る太陽の光で輝き、幻想的だ。

部屋のほぼ中央に彼女は座っていた。
彼女の背に、装飾された椅子の背もたれが見える。
彼女の前にはもう一つ、誰も座っていない椅子があった。

「ようこそ」

彼女はそう言って、私に席に座るように促す。
従い、席についた。

「…貴方、どこかで見たことがある気がするわ」

彼女は言った。

「えぇ、会うのは2度目ですよ。と言っても初めてあったときはどちらも幼かった。一見しただけで思い出せるような関係でもありませんでしたしね」

せめてもの礼儀として、敬語で話す。

「いつ、あったのかしら」

「貴方がまだ女帝ではなかった頃に。覚えてませんか?貴方は私が住んでいた所の近くの森にやってきた」

「あぁ…そういえば…」

「今回はその時の約束を果たしに来たんですよ。レオノル」

「…約束…。あぁ…確かにしました。

貴方は私に言いましたね、弟を探してくれると」

「えぇ、かなり時間はかかってしまったし、会えたのは偶然でしたが…見つかりましたよ」

「じゃあ…生きているのですね!弟は!オリヴァーは!」

泣きながら喜ぶレオノル。
その姿は初めて彼女と会ったときの姿と重なった。














十数年前、まだ私が師匠のところにいた頃。

師匠の家の近くには森があって、師匠が仕事でいない間はその森に行っていた。

そこである時、出会ったのがレオノルだった。

泣きながら誰かの名前を呼ぶレオノルに私は声をかけたのだ。

「誰を探してる?」

「弟を探してるの」

「この森ではぐれたのか?」

「いいえ」

「じゃあ、ここにいるわけないじゃないか」

「どこにいるのか分からないので、探してるんです」

「はあ?」

私は彼女にちゃんと話すように言い、事情を聞いたのだ。

弟とは昔、生き別れになったこと。
今も生きていると信じていること。
時折、国を抜け出してこうして弟を探しに出ていること。
彼女が国のお姫様であること。

「ふーん」

「見かけてませんか?私の弟を」

「見てないね」

「そうですか…」

「…名前は」

「え?」

「弟の名前」

「オリヴァー=ランプリング」

「探しといてあげるよ」

「え?」

「私これから、色んな国を見て回ることになると思うんだ。だから、探しといてあげるよ」

「ほ、ほんと」

「うん」

私が頷くと、彼女は嬉しそうに笑いながら泣いた。

「あんたの名前は?」

「レオノル」

「レオノルね、覚えた。あんたがいる国の名前は」

「☓☓☓☓」

聞き取りにくい国の名前だった。

「聞いたことないな」

「みんなは『MOTHER』って呼んでる」

「MOTHER…ね。分かった。見つけたら会いに行くよ。弟と会わせてあげる」

なぜ、自分がこんな面倒なことに首を突っ込んだのかはよくわかってない。
ただ…なんとなく力になりたいと思ったのだ。

「約束だね」

「あぁ約束だ」

こうして、私と彼女は約束した。















「オリヴァーはどこに」

「絶賛戦争中のハービニーにいましたよ」

「!」

「大丈夫、死んではいません。ただ、オリヴァーに会うためにお願いしたいことがあるんです」

「何かしら」

「一緒にMOTHERを出ましょう」

「!」

「この国の軍事力ほぼ壊滅しています。この国にオリヴァーを連れてきてもいずれ破滅するだけです。ハービニーにとは言いませんが…どこか他の国に移るべきです」

「…」

「国民たちを置いていくことに抵抗はあるかもしれませんが…貴方はもう十分頑張りました。自分の幸せを考えて決断するべきです」

「…」

レオノルはしばらく何も言わずに考えていた。


「わかりました」


レオノルは小さく頷いた。


私はレオノルの手を引いて、入ってきた扉を出た。









「…女帝」

出てきた私とレオノルを見て、カリサが呟いた。

「カリサ、ごめんなさい。私、この国を出る」

「!何を言うんです!?」

「ごめんなさい、あとは任せます」

「女帝!!」


カリサが叫ぶのを無視し、私はレオノルの手を引いたまま駆ける。

部屋を出て、階段に続く扉を勢い良く開ける。

「ユウィリエ?」

「マノリト!ついてこい!MOTHERをでるぞ!!」

レオノルの手を握っている手とは逆の手でマノリトの手を掴み、駆け足で階段を下りる。

今回は下から出る必要はない。
エルヴィラと戦った階まで下りて、正規の出入り口から外へと飛び出した。


「おい!ユウィリエ!どこ行くんだ!」

そのまま走る私にマノリトが言う。

私は笑って、走り続けた。





















Side オリヴァー


戦場を走り続けた体はもう動くことができないと悲鳴を上げた。

岩を背にして座りこんだ。

もうすぐ…戦争が終わるはずだ。

もうすぐ…。


ザっ…ザっ…


「!」

足音がして息を呑んだ。


ここまで来て…。


見つかったら…殺される…。


ガクッと歯が鳴る。
死ぬのが怖いと思った。
あんなに死にたかったのに。


ザっ…ザっ…


足音が近づく。

息をするのも忘れてしまう。



「はい…」

足音が止まり、敵が声を出した。
通信が入ったようだ。

「…はい、わかりました。すぐに戻ります」


そう言うと、足音が遠ざかりはじめた。


なぜ…?

と思いながらもホッとして空を見上げた。

太陽がちょうど真上に見える。



あぁ…そうか…。

「終わったんだ…」

つぶやいたと同時に意識が遠のいた。










ふいに意識が浮上する。
しかし、とても目を開けることが億劫で…。
ボクは目を閉じたままでいた。


硬い地面で意識を失ったはずなのに、何故か身体が宙を浮いているような感じがする。
それに…。





あったかい…。






その温もりに身を寄せるように擦り寄ると、とても落ち着く香りがした。
体の疲労も相まって…ボクの意識はまた遠のいていった。
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