Red Crow

紅姫

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女帝と戦争と死にたがり40

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Side フレデリック


MOTHERの兵が撤収し、MOTHERが帰っていくのを見送ってから、俺は忙しく動いていた。

テントの撤収の指示を出し、怪我人達を城へ運び寝かせ、死体の回収をし……。


気がつけば夜になっていた。


夜風に当たりながら、俺はテントのなくなったその地に立っていた。

「おかえり」

と闇に声をかけた。

足音を出さずにやってきたユウィリエがフッと微笑んだ。





「すまんな、一般兵の処理を全部任せちまって」

「なぁに、それが俺の役目だ」

「…何人死んだ」

「500を超えたあたりから数えるのがめんどくさくなってね」

「そうか」


夜風に当たりながら、俺達は話をした。
一般兵との戦いのこと、MOTHERに乗り込んだあとのこと…。
話をしている間に風がだんだん強くなる。


「何はともあれ…戦争は終わった」

「そうだな」


ユウィリエは俺を見ずに口を開く。


「だが、お前の仕事はまだ終わってないだろ」


「…」
何も言わなかったが、ユウィリエは察したように肩をすくめた。

「安心しろよ」

「何を」

「お前がどんな決断を下しても、私はお前を責めやしない」

「!」

全く…なんでコイツは…。

「私とお前は悪友(トモダチ)だろ?なんだって受け入れてやるさ」

話は終わったというように、ユウィリエは城へ向かって歩き始める。


全く…なんでコイツは…。

「待てよ、ユウ!」

俺が欲しい言葉を的確にくれるのだろう。

ユウィリエの背を追いかけながら、そんなことを思った。
















―深夜

誰もが戦争の余韻に浸りながらも眠りについた時刻。

コンコンッ

と扉を叩くと、少し掠れた声で「どうぞ」と声がかけられた。



この部屋に入るのは、いつも緊張する。
ましてや…今回は要件が要件だ。



しかし、ノックしてしまった以上入らないわけにはいかない。

「失礼します」

と声をかけて扉を開けた。




国王のプライベートルームは、ユウィリエが最初にやってきた日に連れて行った王室とはまるで違う。

白と黒で統一されたシックな部屋。
十分すぎるほど広いその部屋を照らすのは月明かりだけ。
大きな窓から、大きな月が覗いており、部屋の主はその月を見ながら佇んでいた。


「こっちへ来い、フレデリック」


背を向けたまま、ホエル国王は言う。低くかすれた声に促され、足を進めた。

ホエル国王に接近しつつも、数m離れたところで、片膝をつき頭を下げた。


「ホエル国王、報告に参りました」

「うむ…」


頷くのを見てから俺は今回の戦争での被害や状況を伝えた。
最後に

「我々は勝ったのです、ホエル国王」

「…そうか」

ホエルは、こちらを向いた。
月明かりで顔が影になり見えない。しかし、輝く瞳だけは影の中でも存在を主張しており、俺を見ていることは明らかだった。


「フレデリック…言いたいことは分かっているだろう…。お前なら…」


「えぇ…もちろんです…」

俺は目を伏せた。

「何故だ」


ホエル国王は静かに言った。







「なぜ…死なせてくれなかった」









「ホエル国王…」

「私は死にたかった。フレデリック…お前は知っていただろう。何故だ。なぜ、死なせてくれなかった。

お前なら…戦争中に敵の一人、城に潜入させることも出来たはずだ。

なのに何故、そうしなかった?」


「ホエル国王…俺…私は!私は…」


確かに、俺は知っていた。
ホエル国王が死にたがっていることを。
それも、ずっと前から…。


ホエル国王は、自分が衰えていくのを感じていた。
体力的にも精神的にも。

ホエル国王は、かなりの高齢だ。
旧家フランクリン家として、これまで、気を張り続け、国のために、国民のために働いてきた彼はもう自分の役目は終わったのでは?と思うようになっていた。

ホエル国王の息子たちはすでに他国の国王として役目についている為、この国の国王を継いでもらうことはできない。しかし、この国には、俺や大臣、大将達が居て、この国を維持できるとホエル国王は考えていた。

だから…国王の座を下りようとしていたのだ。


しかし、国王の座を下りたい、と言えば国民や城の者たちからも反対の声があがるのは明らかだ。
ましてや、今まで旧家フランクリンの人間は途中で国王の座を辞退することはなく、戦争中に死んだり、病気で死んだり、暗殺されたりしているが、生涯現役国王を貫いていた。
自分の代でその歴史に傷をつけたくはないとホエル国王は考えた。

だが、そううまい具合にアサシンが殺しに来てくれたり、病気になったりすることはない。

そんな中、始まったのが今回の戦争だった。

戦争が始まる前、俺はホエル国王に言われた。
戦争中に敵に殺されるようにして欲しいと。


俺は、その申し出を断ることができなかった。
国王の望みを叶えることが、俺の役目だから。


しかし、俺は迷った。
本当に敵に殺されるようにしていいのかと。
何故、自分がこんなに迷っているのか俺には分からなかった。

そして、もしかすると俺は、誰ともしれない敵に国王を殺されるのが嫌なのではないかと考えた。



だから、俺はユウィリエを呼んだ。



彼はアサシンで、自分のよく知る存在。
彼に国王を殺されるなら俺は、国王の死を受け入れられるのではないかと。
 


あの日、作戦会議の日。
俺とユウィリエしかいなかった会議室で俺は、その事をユウィリエに伝えた。
しかし、彼は手をかさないと言った。
ましてや、「自分でやれ」と言った。

そして、俺にナイフを一本預けた。
殺すなら、これで殺せと言う意味だとすぐにわかった。

俺の懐にはそのナイフが眠っている。





「ホエル国王…」

俺はナイフを取り出した。

「フレデリック、それは…」

「国王は…本当に死ぬことをお望みですか」

「あぁ、死にたい。死にたいとも」

「なら…私が…この手で…」

ナイフが震える。
持つのが初めてとか、使うのが初めてなんてことないのに。

ホエル国王は俺を見て、目を細めた。


笑ってる?


「来い、フレデリック」


ホエル国王は両手を広げ、前に出る。





「私を、殺せ」






俺は、立ち上がって動いていた。






ドサリとホエル国王を押し倒して、その上に馬乗りになる。

やっと、はっきりとホエル国王の顔が見えた。

短い白髪が黒いカーペットに広がっている。
ナイフを持った男に馬乗りになられているというのに、強い光を放つ瞳はまるで恐れを見せない。

俺はナイフを両手で持って振り上げる。


その様子を見て、ホエル国王は微笑んだ。
その微笑みは、いつか俺に見せてくれた微笑みと同じで…。


ッサ…



「フレデリック…」

ホエル国王は驚いたように俺を見ていた。
その顔は歪んで見えて…。

「ごめ…なさい…」

頬を伝うそれを感じて、初めて、自分が泣いていて、それを見てホエル国王が驚いたのだとわかった。

ナイフはホエル国王の脇腹近くのカーペットに置かれ、所在なさげに月明かりを照らし出していた。


刺せなかった。
今まで何度も人を殺してきたというのに。
今までこんなこと一度もなかったのに。


「ごめ…なさい…。ごめ…なさい…」


口はその言葉しか知らないかのように発し続ける。

「何故だ」

ホエル国王が口を開く。

「なぜ、お前が泣く」

「わかり…ません…」

違う。
分かってる。


俺は…俺は…。

「っぁ…」

声を出そうとして失敗する。
その様子をホエル国王はただ見つめ、俺が話すのを待っている。


「ホエル=ロタ=フランクリン国王陛下!」


俺は叫ぶように声を出した。




「俺はぁ!」




ホエル国王の服を掴む。きれいだったホエル国王の服にシワができる。





「俺は、まだ!貴方の隣に立っていたい!貴方の隣で貴方が守ったこの国を見ていたい!

貴方と共に生きていきたい!

だから!!」




涙が、ホエル国王の服を濡らすのも構わず、俺は泣きながら口を動かす。



「だから!生きてくださいホエル国王!!

この命がなくなるまで俺は!俺は、貴方に仕えたい!!」




流れる涙を止める術を持たない俺は、ただ泣き続けた。
なぜ、こんなにも涙が出るのか、俺も不思議だった。
こんなに泣いたのは何時ぶりだろうか。


ポンッ


と頭に何かが乗った。
それは、俺をなだめるように頭を撫でる。

この手を俺は知っている。



「お前は、そうやって…」


呆れたように、懐かしむように、ホエル国王が俺を見ていた。


「そうやって、いつも私の決断を改めさせるんだな」


そう言って微笑んだ。






そうだ。思い出した。

俺が最後に泣いたのは…国王のこの微笑みを最初に見たのは…。

俺とホエル国王が初めて出会った日だ。




十数年前、俺がいた国はハービニー国と戦い、そして敗れた。
国王が死んだ中、俺は生きていた…。
その時、俺はまだアサシンとして未熟で、自分が居たのに死なせてしまった国王に申し訳がたたなかった。
死体を見ながら俺は呆然としていた。
そこで、国王の死体を確認しに来た若きホエル=ロタ=フランクリンと出会った。

顔を見てすぐに敵国の国王だと分かった。

ホエル国王はチラリと死体を見て、次に俺を見た。
ホエル国王は、俺に

「生き残りがいたのか。あとで始末させねばな」

と、それだけ言うと踵を返して歩こうとした。

その背を見たとき、何故か口が動いて、俺は息も切れ切れに、溢れてくる涙を止めもせず、ホエル国王に罵詈雑言をあびせた。
ここで死んでも構わない。そんな思いからの行動だった。

足を止めたホエル国王は、振り返って、肩で息をする俺を見た。

「面白い」

そう言った。

「私が国王だと知っているのにそんな発言してくる奴は初めてだ。
お前、名は何と言う」

「…」

「答えろ」

「フレデリック=フェネリー」

「そうか、フレデリック」

ホエル国王は微笑んだ。
その時何かが俺の心の中を満たした気がした。


「あとで始末させようと思ったが、考えが変わった」


俺はホエル国王を見上げたまま動けない。



「私と共に来い。そして、私に仕えろ」



伸ばされた手。

気がつけば、俺はその手を強く握っていた。









「お前と初めてあった時も、泣いて私に色々言ってくれたなぁ」

思い出すようにゆっくりとホエル国王は言う。

「お前に泣きながら言われると、何故か、考えを改めなくてはと思ってしまう」


ホエル国王の少しカサついた手が目元を拭う。


「フレデリック、私にはもう体力もなければ、昔のような強靭な精神力もない。


それでも、まだ…私に仕えてくれるか」



俺は目元を拭うその手を取って握った。
あの時。手を伸ばされた時と同じように強く。



「もちろんです」



その答えに満足そうにホエル国王は笑った。
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