Red Crow

紅姫

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女帝と戦争と死にたがり42

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Side オリヴァー


ボクは目を覚ました。
見たことのない木目の天井が目に飛び込んできた。

ココは…?ボクは、どうしてココに…?

「起きたか」

とかけられた声。
聞いたことのない男の声だった。

「おいた!」

と子供の声もした。


なんだ?なんだ?
どうなってるんだ?


ボクは混乱しながらも、身体を起こそうとした。
ピキッと身体に痛みが走る。

「あぁ、無理に起きるな。約一日寝てたんだ、関節が固まって痛いだろ」

顔を覗き込むようにしながら男がボクの肩をゆっくりおして寝かせてくれる。
背が柔らかなものに埋もれて、自分がベッドにいることが分かった。

目線を動かして、先程の男を見る。
長めの黒い髪と同色の瞳、白い肌。目の下が少し黒くなっている。
見たことはない。

男の近くで椅子にちょこんと座っている女の子も見えた。
痩せすぎな少女はブカブカの、多分大人用のTシャツを着ており、余計に小さく見える。

誰だろう…この人たち…。

「あなた…達は…?」

出た声はとても掠れていた。
酷く喉が渇いていて、喉に何かが張り付き、咳をする。

「とりあえず、これ飲みな」

氷の入ったグラスが渡しながら、男は優しく笑った。
水を飲むと、全身に水が行き届いて行くように感じた。

「俺はマノリト。こっちはミリ。よろしくな」

「よろしく…おねがいします」

「混乱してるだろ。目が覚めたらこんなところにいたんだもんな。でも、説明するより先にお前に会わせたい奴がいるからちょっと待っててくれ」

マノリトが部屋から出ていく。
それを目で追っていると、ミリと呼ばれた少女が椅子から降りてベッドに近づいてきた。

「…どうしたの?」

と声をかけても、ミリは楽しげに笑うだけだった。


カチャッ


扉が開く音がした。
そこには、マノリトと共に一人の女が立っていた。

「!」

ボクは思わず目を見開いた。

「あ…あぁ…」

「オリヴァー…!」

涙が目に溜まる。
痛みも気にせずに身体を起こし、ベッドから飛び出て、その女に抱きついた。

「姉さん…!!」

「オリヴァー…!」

背中にまわされた腕と抱きしめた体から感じる温度に更に涙が流れた。


一目見て姉さんだと分かった。
ボクとよく似た顔立ちも、同じ色の髪も…その優しい瞳も…。
幼い頃と何も変わっていなかった。


会えた。また、会うことができた。
その実感が心を満たした。










無理に動いたせいで、力尽き、膝から崩れたボクをマノリトがまたベッドに寝かせてくれた。
そしてボクに今までのことを全て話してくれた。

姉さんがMOTHERで女帝をしていたこと。
ユウィリエさんがMOTHERに乗り込みミリやマノリト、そして姉さんを連れてMOTHERから脱出したこと。
この小屋はユウィリエさんが準備してくれていたらしいこと。
この小屋で待っていたら、ユウィリエさんがボクを連れて来たこと。ボクはその時気を失っていたらしい。
それから、約一日寝続けたこと。
ユウィリエさんは、ハービニー国に帰ったらしい。あとはよろしく、とマノリトに言っていったらしいから、多分戻っては来ないだろうとのこと。
「全く、無責任なやつだ」とマノリトは言っていたが、その時の顔はとても優しげで、本気でそう思っていないことはすぐに分かった。


「これからどうするんですか?」

「うーん…」

ボクの質問にマノリトは悩ましげに声を出す。

「とりあえず、オリヴァー、君が回復するまではここに居ればいいし。その後は…そうだなぁ、どこかの国を目指そうか」

「「…あの…」」

とボクと姉さんの声が重なる。
姉さんが口をつぐんだので、ボクが代表して言う。

「マノリトは…ボク達と一緒にいてくれるの?」

「へ?」

姉さんも同じことを考えていたようで、近くで頷いている。

この短時間、少し話しただけなのに…ボクはマノリトを心から信用していた。
きっと…彼はボクが寝ている間、姉さんやミリを見守ってくれていて…そして、ボクのこともずっと見守ってくれたんじゃないだろうか。
マノリトの目の下に浮かぶ、隈が何よりの証拠な気がした。

マノリトは、優しく微笑んで、頭を撫でてくれる。

「いるよ。だからそんな顔するな」

ハハッと笑うマノリト。
一体ボクはどんな顔をしていたんだろうか。きっと、心配そうな顔をしていたんだろうなぁ。

撫でてくれる手がとても心地良い。
そして何よりホッとする。
ボクは、マノリトに兄のような親しみを感じているのではないだろうか。
優しくて、力強い。そんな存在に感じた。

「俺もMOTHERから逃げてきた身だしな。一緒に行動できるなら心強いよ」

頭をなで続けるマノリトのその手の温もりを感じていると、瞼が重くなっていく。

「眠いか?寝ていいよ」

「ん…」

ボクは目を閉じた。













それから、3日ほどして、ボクの体調は回復した。

「さて、じゃあこれからの事を考えるか」

マノリトの言葉に頷く。

「確か、前にどこかの国を目指す、って言ってたよね」

「それが一番いい選択だと思う」

「でも、どこを目指すんです?」

姉さんが尋ねる。

「あぁ…それなんだが、俺よりもレオノルの方が詳しいんじゃないかと思って聞こうと思ってたんだ」

「なんです?」

「俺、MOTHERにいたとき、ユウィリエに言われたんだ。『世界には平和な国はある』『MOTHERを出たらその国を目指せ』って。俺は他の国のこととかよく分からなくてな。知らないか?その平和な国を」

「「へ?」」

ボクと姉さんは、顔を見合わせる。

「なんだ、二人して」

「いや、マノリト知らないの?平和な国って言えばミール国のことだと思うよ」

「私もそう思います」

「ミール?」

首を傾げるマノリト。
姉さんがマノリトに説明していくのを見ながら、ボクもミール国のことを思い出す。

ミール国と言えば『平和主義』を掲げる、世界でたった1つだ思われる武力を持たない国だ。
戦争そのものを嫌い、放棄した国。
人口は世界トップクラスであり、立地も素晴らしく、水がきれいで、自然が豊か。
住む国民たちも皆、優しい。
まさに理想の国。

「そんな国が本当にあるのか?」

「あるわ、私、一度見たことがある。MOTHERと同じく平和を愛する国だとね」

「その国を目指せってユウィリエは言ったんだな」

マノリトはうーんと唸ったあと

「行ってみるか、その国に」

その言葉に、ボクと姉さんは頷いた。

「いくー!」

とミリが元気に言い、ボクら三人は笑った。

























歩いたり、途中で車に乗せてもらったりしながら、ボクらはミール国を目指した。
そして、あの小屋を出て5日後。
ボクらはミール国に到着した。

大きな門を叩くと、門が開いた。

中には数人の門番がいて、ボクらを見て「移民希望か?」と尋ねた。
それを頷くと、「ちょっと待て」とどこかに連絡をしていた。
きっと、上の人達に連絡しているのだろう。ハービニーでも移民が来た際は、重役達が対応していた。
そこら辺はミールも変わらないんだなぁとそんなことを思った。



「おまたせ」

とかけられた声。その声は聞き覚えがあって…。
声の主を見て、ボクらは言葉を失った。

「ようこそ、ミール国へ。歓迎するよ」

クスクスと笑いながらユウィリエさんは言った。









つれて来られた城の中の応接室は広くて驚き、腰掛けたソファの柔らかさにまた驚く。
こんな部屋に入ることなど今までなかったために変に緊張してしまう。

「そう緊張するな、オリヴァー」

とユウィリエさんがボクらの前に紅茶の入ったカップを置きながら言う。ミリにはジュースのはいったグラスを渡し、頭をなでていた。
周りを見ると、緊張しているのはボクだけのようだ。

ユウィリエさんは、全員にカップを渡すと、ボクらの前のソファに腰を下ろした。

「改めまして、自己紹介しておこう。

私は、ここミール国で書記長をしている、ユウィリエ=ウィンベリーだ。よろしく」

「しょいちょー?」

ミリが首を傾げて繰り返す。

「書記長。私、こう見えて偉い人なんだぞミリ」

「えあい?」

「そう、偉い」

「すおーい!」

パチパチ手を叩くミリにユウィリエさんは微笑んだ。

書記長…。
つまりかなりの重職についているらしい。
あの強さなら頷けるが…平和主義の国に居るのに何故あんなに強いのだろう?、とかそもそも何故ハービニーの戦争に?という疑問が浮かんだ。

茶色を基調とした軍服を着たユウィリエさんは、ハービニーの軍服姿より様になっていて、その軍服を着慣れていることが伺えた。

「色々と疑問に思っているだろう?」

と言ってユウィリエさんは笑い、何故ハービニーの戦争に参加したのかの説明をしてくれた。
フレデリック元帥と仲良さげだったのはそういう事かと納得したし、あの人と親友なら強いのも頷ける気がした。


「さて…本題に入ろうか。
君達の移民の件は君達が来る前にあらかた書類はまとめているし、私が通すから問題なく受理される。安心してこの国で暮らしてくれ」

「よく俺達が来るって分かったな」

「ちゃんとヒントは与えたし、お前なら覚えていると思ってな。いずれ来ると思って首を長くして待ってたんだ」

マノリトの質問にサラリと答えつつ、ユウィリエさんはボク達の前のテーブルに書類を置く。

「一応、君達が来たとき用に2つ家の手配をしておいたんだが…1つで良かったか?」

「いや…さすがにようやく姉弟水入らずの生活ができるのに邪魔には入れないよ」

「そうか?」

ユウィリエさんはボクと姉さんを交互に見る。
そして、察したように笑った。

「ちょっと広めの4人で住める部屋をあてがってあげるよ」

「いや…だから…」

「そう思ってるのはお前だけのようだからな。ミリだって人は多いほうがいいだろ?な、ミリ」

「いいー!」

「でも、迷惑じゃないか?」

マノリトは心配そうにボクと姉さんを見る。


迷惑なんて思うわけないじゃないか。
ボクと姉さんがここまで来れたのはマノリトがいてくれたお陰だし、これからも一緒にいれるなら一緒にいたい。


「良かったなぁ、マノリト。熱烈なラブコールだぞ」

「え?」

「あ~、ありがとう、オリヴァー」

「は?」

「思いが口から漏れてたぞ」

「なっ!」

口から出ていたのか。無意識だった。
ボクはかなり恥ずかしいことを口走ったのではないだろうか。

「私も…同じ気持ちですよ…?」

と姉さんはマノリトの服を掴んで言う。
頬が赤くなっているのは、恥ずかしいからだろうか。

「二人がいいならそれでいい」

「よし、決まりだな。従者に案内させる。
あと、仕事のことなんだがね」

と、また書類を置く。

「ミリも居るし、一人は家に残るようにしたほうが思ってね。レオノルの仕事については特に考えてなかった。オリヴァーとマノリトにお願いしたいのはこの仕事」

「仕事まで手配してくれるのですか?」

レオノルの質問にユウィリエさんは頷く。

「この国は国民が平和に暮らせるように、仕事から住む場所まで最大限の支援をする。それが、総統の考えだからね」

ボクは書類を見た。
『門番』という文字が書かれていた。

「二人とも元とはいえ戦いに参加していた身だからね。それなりの仕事につかせたい。門番と言っても夜は門を締めるから家に帰れるし、人が来たときに相手して、私に知らせてくれればいい」

「俺は門番でも何でも、やれと言われればやるよ」

「じゃ、マノリトは決定な」

ボクは、書類を読んでいく。
そこには、給料のことも書いてあって…。

「え?」

「どうした?」

「あの…これ、桁間違えてますよ?」

そこを指差してユウィリエさんに言う。

「間違ってないよ」

「え?」

「それで合ってるよ」

「そんな訳…!」

「ハービニーでどんだけ低賃金で働いてたのかは知らんが、ミール国じゃ普通…いや、ちょっと低いくらいだと思うぞ」

言葉が出ない。血の気が引く感じがした。

「何顔を青くしてるんだ。あげるって言ってるんだから、貰っとけばいいんだよ」

事も無げにユウィリエさんは言う。


「その様子だと…やってくれるって事でいいかな?」


ニヤッと笑うユウィリエさんに
この人確信犯だ。
そう思いながら、ボクは頷いた。

「いつから出勤とかそう言うのは、書類を出すからそれを見てくれ」

ユウィリエさんは、耳元の何かを操作して、ボソボソと何かを言っていた。
インカムで誰かを呼んだらしい。

「さて…話は終わった。家に案内させる。下に行こうか」

立ち上がるユウィリエさんに続いてボクらも部屋を後にした。

















城の出入り口に着くと、そこには既に人がいた。

40代くらいの初老の男性。
少し白くなった髪を短めに切り、茶色のメガネをかけている。
ボクらが来ると、優しく微笑み、目元にシワを作っていた。

「彼はセドリック=ジェナー。この国の門番をしている君たちの先輩で教育係。君達が住む家の近くに住んでいるし、この国に来て長いから、困ったことがあったらセドリックに頼りな。

セドリック、こっちがさっき話した新入り達。気にかけてやってくれ」

「もちろんです、ユウ書記長」

恭しく頭を下げるセドリックさん。

「さぁ、こちらに。お話は歩きながら聞かせてください」

歩き出すセドリックさんに続いて歩き出す。


「オリヴァー」


呼ばれて立ち止まる。姉さんやミリを抱えたマノリト達が先を行くのを見ながら、ユウィリエの方を見る。

「もう、死のうとなんてするなよ。お前には、今守るべき存在ができたんだから。

もう、その手で掴んだものを離すな」

「うん」

ユウィリエさんの言葉に力強く頷くと、安心したようにユウィリエさんは笑った。



「オリヴァー!」


遠くでマノリトがボクを呼んだ。

「またな、何かあったらここへ来い」

「うん、また!」

ボクはユウィリエさんに手を振って、マノリト達を追いかけた。






これから、どんな生活が待っているのか、ボクには予想もできない。
でも、ボクには守るべき存在と、共に進んで、気にかけてくれる人がいるのだ。
それだけで、いいと思った。


暖かな日差しが、ボクのことを応援するように、ボクの行く道を照らした。
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