Red Crow

紅姫

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闇を恐れず輝いて…①

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「どうなってんだよ…」

「ユウが悪いんだよ?こんなに遅く帰ってくるから」


ルナの小言を聞きながら、私は頭を抱えたくなった。
ハービニーから帰ってきた日。昼には帰るつもりが夜になったのは、確かに私の落ち度だろう。そこに言い訳をする気はないし、そのことで、何かしら面倒なことになるとは思っていた。
だが…。

「これは予想外だろ…」

私の部屋の私のベッドで眠るリュウをを見ながら、私は額に手をやった。










ルナが部屋から出ていったあと、とりあえずシャワーを浴びて、着替えて、また寝室に入る。
スヤスヤと眠るリュウは、私のベッドのシーツを握っていて、動かそうにも動かせない。

ただ、私のことを気遣ってか(本当に気遣ってるなら自分のベッドで寝てほしいところだが)ベッドには私の眠る分のスペースが空いている。

別に寝室を出てソファで寝てもいいのだが、戦争で疲れた身体は設けられていたらしい動くのを拒否している。

はあ…と溜め息をついて、リュウを起こさないようにベッドに入る。
二人で寝ても十分な広さのあるベッドなため、窮屈さは感じない。

「ん…」

無意識に私の方へ寝返りをうったリュウの顔を見る。
目の下に薄っすら隈が見える。
やはり…1週間は長かったかもしれない。
リュウの隈を指でなぞり、その手で労いを込めて頭を撫でた。

そういえば…。

私はふと昔のことを思い出す。

昔も、こうしてリュウに添い寝したことがあったな。

リュウの頭を撫でながら、その時の記憶が蘇ってきた。



今考えても、あれはとても不快な事件だった。















✻✻✻✻✻


それは、私が20歳の頃。

リュウがまだ父親のおさめる国にいて、私がリュウの従者としてその国に入った、1週間後くらいの話だ。

まだ、『ユウィリエ』『王子』と呼び合っていて、私はリュウに敬語を使っていた。



あるの日の夜、私は物音を聞いた。
まだ、この国の人が信頼できるものか疑っていた私は、ベッドに入りながらも眠ってはいなかった。

音は上の階からしていた。
私の部屋の上は、ちょうど王子の部屋だった。

こんな時間まで起きてるのか…?

時計は2時を指していた。


キィ…と音がする。と言っても普通は聞こえないような小さな音で、鍛えていた私だからこそ聞こえた音なのだが。


扉を開けた?


次いで足音も聞こえる。足音は廊下を進み、階段を下りる。


どこへ行くんだ?


私はベッドから出て、部屋を静かに出た。







王子は庭に出ていた。
月でも見てるように空を見ているが、その日は新月で空はただ暗いだけだった。

「王子」

その背に声をかけた。ビクッと身体を揺らし、私を見た王子はホッと息を吐いた。

「ユウィリエか…」

「こんな時間に何をしているのですか?」

「…」

王子は困ったような顔をした。

「寝れないのですか?」

「…うん。いつもこうなんだ…」

「いつも?」

少なくとも私が来た1週間で、こんなふうに王子が起きたのは今日が初だと断言できた。

「いつもは睡眠薬飲んでるんだけど…昨日でなくなっちゃってね。
フォンスもダグラスも、1週間前から会合に行っちゃったから薬貰えなくてね。明日には帰ってくるから、今日1日くらいの大丈夫だと思ったんだけど…」

フォンスとダグラスと言うのは、この国の城の者専属の医者と調薬師だ。
フォンス=クレイグ
ダグラス=ヘイマー
どちらも、名前だけは聞いたが未だ会ったことはない。外出中と言っていたが、何らかの会合に出ていたのか。

「なぜ眠れないんです?」

素朴な疑問だった。王子は別に昼間活動してないとか言うこともないし、眠れる条件は揃っている気がしたのだ。

「夢を見るんだ」

「夢ですか?」

「動けない俺の周りで闇が迫ってくるんだ」

「闇…」

「俺に触れることはないけど…まるで監視するみたいにジッと俺を見てる、そんな夢」

「薬を飲めばその夢は見ないんですか?」

「いや…見はするけど、目は覚めないな。目覚めは悪いけど寝れないよりはマシだと思って」

「…そうですか」

「そういう訳だから、ユウィリエはもう戻りなよ。俺は今日はもう…」

「私でよろしければ、側にいますよ」

「え?」

驚いて声を出す王子に私は、続ける。

「私のし…いえ、私を育ててくれた人が言ってたんです。『悪夢というのは一人で寝るから見るものだ。安心して眠れないから見るのさ』と。ですから、側にいますよ。なので、安心して眠ってください」

「いや…でも…悪いよ」

「いいんですよ。私も寝れなかったところですし、王子の為に働くのが私の仕事です。頼っていただいていいんですよ」

「…」

王子は少し思案するような顔をして、小さく笑って

「じゃあ…お願いしようかな…」

そう言った。










王子の部屋に入るのは初めてではないが、寝室はさすがに初めてだった。

大きなベッドに寝転んだ王子は、ポンポンとベッドを叩いた。

首を傾げて見せると

「寝ないの?」

と問われた。側にいますよ、と言ったのだがどうやら、添い寝にはき違えているようだ。

「ここで見守ってますから、お眠りください」

「一緒に寝よ…」

不安そうにこちらを見てくる王子。
…近くにいないと不安なのかもしれない。

「…。わかりました。ちょっと待ってくださいね。鍵かけます」

私が立ってるから大丈夫だと思ったので、入り口の鍵をかけずに来てしまった。

「いつもかけてないよ」

「不用心にも程がありますよ…王子」

私は、一度寝室を出て、鍵をかけてまた戻った。

「…失礼します」

「どうぞ」

隣に寝転ぶ。近寄ってくる王子の目はトロンとしていて今にも寝そうだ。
王子の髪を梳いて、背中をポンポンと叩く。
私はよく、師匠にこうされていた。

少しすれば、小さな寝息が聞こえてきた。
穏やかな寝顔。今は悪夢は見てないようだ。


その寝顔を見ながら、私は先程感じた疑問について考えていた。
王子は、睡眠薬を飲めば悪夢を見ても起きることはない、そう言っていた。
だが、普通そんなに強い薬を若い王子に飲ませるだろうか。
あまりにも、苦しそうだから…。という理由なのだろうか。

何か…とてもも良くない事が起きてる気がする。

直感がそう告げていた。


「ちょっと調べるか…」


私は小さく呟いた。
















次の日。
夜中うなされることなく、眠っていた王子に一安心しつつ、ベッドから出ようとすると、服を掴まれた。

起こしたかと思ったが、王子は寝ていて、どうやら無意識の行動のようだった。
手を無理に離せば、起こしてしまうだろう。私はまた、彼の隣に寝転び、彼の目が開くのを待った。


7時頃、王子は目を覚した。

「おはようございます、王子」

「おは…よ…」

寝ぼけながら言う王子。

「よく眠れたようで、何よりです」

「うん」

ようやく、覚醒してきたのか受け答えがはっきりしていた。

「王子、今日ドクター達が帰ってくるって言ってましたよね?」

「え、うん。そうだけど」

「なら、夕方にでも私が受け取っておきますよ。王子、今日お食事会に参加予定でしたよね。時間ないかもしれませんから」

「え…でも…」

また迷惑だのと口走りそうなので

「大丈夫ですよ。迷惑ではありません。私は貴方の従者です。何なりとお申し付けください」

「…うん。よろしく」

「おまかせ下さい。さぁ、王子。着替えて食堂に行きましょう。このままでは、メイド長に文句を言われてしまいます」

「そうだね。急がなきゃ」

ベッドから出ていく王子を見たあと、私も一度自室に戻った。





日中の業務(と言ってもまだ新人扱いなためそこまで難しいものはない)を終えて、夕方。

私は、城の長い廊下を歩いていた。

Dr.フォンスと調薬師ダグラスの部屋は城の端にある。
薬品などがあるから、と掃除担当のメイドを突っ返しているらしく部屋に近づくにつれて、少しずつ埃っぽくなっていく。
こんな所に王子はいつも来ていたのか…とちょっと哀れに思った。

木製の扉を叩くと
「どうぞ」
とくぐもった声が返ってきた。

「失礼します」

扉を開けると、薬品や消毒液の香りがした。

薄暗い部屋の中は、たくさんの棚で大半が埋まっていて、部屋の奥の6畳程のスペースに二人の人影が見えた。


一人は酷く痩せた男だった。
短いズボンや服の袖から覗く肌は不健康そうな色をしていて、目の色も少し濁っているように見える。
ボサボサの髪を無造作に垂らし、鼻の上には小さめのメガネが乗っていた。
不健康そうな色の顔の中で、唯一赤い唇がういて見える。


もう一人は、中肉中背の男。
肌の色はやはり不健康そうで、薬品で汚れてシミのできた白衣を見にまとっていた。
短く刈り上げられている髪型だが、毛先が四方八方を向いていて、刈り上げている意味がまるで感じられない。


「見ない顔ですねぇ」

何故か指をくねらせながら私を見て痩せた男が言った。そんな事はないだろうに、その手はその声はとてもヌメヌメとしている気がした。

「1週間ほど前に、リュウイ王子の従者としてこの国に来ました。ユウィリエといいます」

「ほお、リュウイ王子の…」

中肉中背の男が、まるで私を品定めするかのように、上から下まで舐めるように見てくる。ニヤニヤしているその顔をぶん殴りたいのを必死で我慢する。

「ちょうど我々が会合に出かけたときに来たわけか。それなら、初めて見る顔なのも頷ける。

ぼくは、この城の専属医、フォンス=クレイグ。彼は、調薬師のダグラスだ」

痩せた男、フォンスが紹介をしてくれた。

「よろしくおねがいします」

「それで…なんのようで来たんだ?」

ダグラスが私に近づき、肩に手でも置こうとしてきたので、一歩前に出ることでそれをかわす。

「リュウイ王子が飲んでいた睡眠薬が無くなったらしいので新しいのを貰いに来ました」

「あぁ、そういうことか。いつもはリュウイ王子自身で来るのになんでまたお前が?」

「今日はお食事会に参加していますので、ここへ来る時間がとれないとのことです」

「なるほど」

フォンスは頷き、引き出しから黒いキャップのついた小瓶と紙を出す。

「えーと…前に出したのは…。あれ?もしかして、昨日の分なかったんじゃないか?」

紙にはいつ薬を出したのか書いてあるようだ。
何というか…。今の発言はわざとらしい、そう感じた。

「えぇ、昨日の分はなかったようでしたね」

「じゃあリュウイ王子、昨日は寝てないのか?」

一応、主治医として心配している雰囲気が感じられたので私も素直に答えてやることにした。

「いいえ。一度起きて庭に出てましたが、添い寝したら普通に寝てましたよ」

「「添い寝!?」」

二人が叫ぶように言った。
大げさすぎるリアクションだ。

「君がしたのか?」

「えぇ、それが何か?」

ダグラスが震える声で質問してきたため答える。

「リュウイ王子が了承したのか?」

「そりゃもちろん。勝手に添い寝なんてしませんよ」

なぜ、そんなに添い寝に興味津々なんだ。
そりゃ、少し子供っぽいかもしれないが、それで薬がなくても寝れたのならそれは喜ばしいことじゃないか。

二人は顔を見合わせ、何かブツブツと話し合っている。
これは使え…とか、いやしかし…とか一部は聞こえてくるがはっきりとは聞こえない。

「あの…薬いただけますか。私そろそろ…」

「あ、あぁ。これ持っていってくれ」

と、さっさと出てけというように私の手に瓶を押し付けて、また二人で話し出す。

…怪しいなぁ。

そう思いながら、ポケットに瓶を突っ込み、私は部屋を出た。





時間が経って夜。
ポケットの中の瓶の感触を手で感じつつ、私は廊下を歩いていた。
王子の出ていた食事会は終わったのだろうか。

「ちょっと、貴方」

そんなことを考えていればメイド長のアンバー=クレイトンに声をかけられた。

「なんでしょう」

「リュウイ王子の所へ行ってあげなさい」

40代後半のわりによく通る声でアンバーは言った。
しかし、彼女の悪い癖というか…結論しか伝えてくれないため、何度か質問しなければならない。

「リュウイ王子はどこに?お食事会は終わったのですか?」

「お部屋よ。お食事会で何があったのか…途中で抜けてきたようなの。他の従者達が声をかけても何も言わないそうよ」

「なるほど…」

「貴方、リュウイ王子の従者でしょ。何とかしなさい」

「はあ…」

曖昧に頷いて、私はアンバーと別れた。

何とかしろ…と言われてもなぁ。

私は王子の部屋を目指した。





「こりゃ…大変だ…」

王子の部屋の前には小さな人だかりができていた。
皆、王子を心配しているようで顔を見合わせ、ざわざわと話している。
私は、とりあえず近くにいた従者に声をかける。

「どういう状況で?」

「リュウイ王子が閉じこもったんだ。お食事会で疲れたんだろうけど声をかけても反応がなくてな」

とざっくりとした説明をしてくれた。

未だにそういう場は苦手なんだな…と思いながら、人をかき分けて私は部屋の扉を叩いた。

「王子!聞こえてますか王子」

「…」

反応はない。が、扉の近くで息遣いが聞こえる。
近くにはいるようだ。

「失礼しますよ」

とノブに手をかける。
ガチャガチャと回りはするが、開かない。鍵がかかっていたら普通、ノブも半分しか回らないから…鍵はかかっていないだろう。

「王子…。扉の前に座ってるくらいなら声を出すか、そこをどいて入れていただけませんか」

「…」

扉がちょっとだけ開く。指で近づくように合図される。
近づくと、とても小さな声で

「他の人…帰して」

と言われた。
事が大きくなりすぎて対処できなくなったのだろう。
私は王子に頷いてみせた。


「ここは私におまかせ下さい」


集まっていた皆にそう言う。
皆、納得はしてくれないが、何度も大丈夫です、おまかせ下さい、と言い続け、渋々ながら皆帰っていく。
10分以上かかってしまった…。

「もう大丈夫ですよ」

と扉に声をかければ、扉が開いた。
身を滑り込ませて、王子と向き合った。

「お疲れ様でした、王子」

「うん…」

「何かありましたか?」

「…」

問えばみるみるうちに溜まっていく涙。
喚くように王子は何かを言うが、何故泣いているのか分からない。
多分、悪夢で身体的にも精神的にも参っていた所に今回の食事会で嫌いな戦時国の人たちと話して、限界が来たんだろう。

「大変でしたね、王子。よく頑張りましたよ」

頭をなでると、しゃくりあげながらも王子は泣きやんだ。

「お疲れなら、もうお休みになったほうがよろしいかと。これ、貰ってきましたよ」

小瓶をポケットから出し、差し出す。

「ありがと…」

キュッと小瓶を握って王子は言った。

「おやすみなさい、王子」

私は王子の部屋を後にした。






自室に戻り、一応鍵をかける。

ポケットからハンカチに包んだ錠剤を取り出す。あんなに沢山入っていたのだから1個くらい拝借してもバレはしないだろう。 

カバンを開き、ある物を取り出す。
昔、今はどこにいるのか分からない親友から貰ったものだ。
『薬剤検査キット』
こんなの使う日が来るかよ…とあの時は文句の一つも言ってたが…貰えるものは貰っておくものである。

「普通の睡眠薬なら…私の思い過ごしなんだがな…」

キットを開き、透明な液体の入った試験管に錠剤を落とした。
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