Red Crow

紅姫

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闇を恐れず輝いて…②

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その日の夜
私は王子の部屋に忍び込んだ。

この城に来た日の夜に、抜け道の確認はしていたため、特に迷うこともなく、天井から飛び降りた。

「うわ…本当に鍵かけてないのかよ…」

出入り口の扉の鍵を見て、思わず呟く。
こんなんだから…という文句が出そうなのをこらえつつ、私は扉に鍵をかけた。
一応、寝室を覗いて王子の様子を見た。特にうなされてる感じは無い。

大丈夫そうだな。

私は静かに扉を閉めて、出てきた天井にむかってジャンプした。




天井を少し進んで、王子の部屋の前の廊下を小さく開けた隙間から覗く。
私の予測が正しければ…来る筈なのだが…。

カツッ


足音がした。

「来たか」

私は下の様子を伺った。


やって来た、フォンスとダグラスは王子の部屋の扉のノブをガチャガチャと動かして

「鍵がかかってる…」

「なんだと…」

「いつもは、かけてないのに」

と話をしている。

どうにか、扉を開けようと格闘している二人を確認して私は自室に戻るべく天井を進んだ。







自室に戻った私はベッドに腰掛け、今まで得てきた情報を整理する。

あの二人が王子に渡していた睡眠薬。いや、あれは睡眠薬とは言えないものだ。
確かに眠気は襲ってくるかもしれないが、それはあくまで副作用。
本当の作用は、簡単に言えば金縛りのような効果をだすものだ。
王子が、悪夢で見ると言っていた『動けない自分』と言うのはこのことではないだろうかと私は思っている。
金縛りのせいで体も動かせず、目も開けられない。それでも、覚醒している体は何らかを感じていて、それを王子は悪夢だと思っているのではないだろうか。

そう仮定すると『闇』というのが何なのか、それが問題になってくる。
『監視されてる』『ジッと見てくる』王子はそう評していた。
私は、その闇とやらはあの二人、フォンスとダグラスだと思っている。
薬を渡しているのはあいつらなのだから、それは明らかだろう。

ただ…。

「あいつらは何がしたいんだ?」

それが私の疑問だった。

あの睡眠薬もどきは、ヤバい薬だ。だが、別にずっと飲んでたからと言って致死量になる訳でもないし…効果はせいぜい3時間。
もしかすると、あいつらは王子の部屋に忍び込んで何か盗んでいるんじゃないかと思って見てみたが、盗みをする割に不用心にガチャガチャとノブは回すし、手に小道具の一つも持っていなかった。

「明日、王子には悪いが…はめてみるか」

そうと決まれば、準備をしておかねば…。
私は立ち上がった。






















ー次の日の夜遅く

カチャ…と扉をあけて、二人は王子の部屋に入った。
そのまま、まっすぐに寝室に向かい、ダグラスが眠る王子を抱え上げた。
そして、部屋を出て、どこかへ向かって歩いていった。



向かった先は庭の外れの倉庫。
その倉庫は、薬品などを収納している二人専用の倉庫だった。
狭く、埃っぽい倉庫に置かれたボロボロのソファに王子は寝かされた。

「う…」

王子が顔をしかめる。

「あぁ…王子…」

フォンスが呟く。煌々としたその目は王子の様子など目に入っていない様子だ。

震える手を伸ばし、フォンスは王子の頬に触れようとする。
ハアハアと息を切らすフォンス。
指が近づくにつれて、王子の顔は歪み

「ふ…う……」

うなされていた。

その指が王子にふれる直前

「はい、そこまで」

私はフォンスの真後ろに立って言った。


「なんだ!」

「お前は…!」

「王子から離れてもらおうか」

手をまわしフォンスの首筋にナイフをあてがう。
ヒッと声を出してフォンスはしゃがみこむ。
フォンスの服の襟をつかんでダグラスが立っている方へ放る。

「全く…いい大人がやっていい事と悪いことも分からないのか」

「う、うるさい!なんでお前がここにいる!」

「後をつけさせてもらったよ」

「どうやって入ってきた…鍵はかけたのに…」

「フッ…あんなちゃちい鍵1つかっただけて安心するなよ。あんなの10秒とかからず開けられるさ」

私はフォンスとダグラスを睨みつける。

「王子に何をしようとしていた」

「…」

「…」

二人は黙る。

「答えろ!!」

大声を張り上げると、フォンスはまたヒッと声を上げた。
そして、ヤケにでもなったように口走る。

「俺達はただ…王子が俺達のものになる時間が欲しかっただけだ!」

「は?」

「初めて…王子を見たとき、なんて輝かしい人だと思った。俺らのような底辺の人は決して近づけない光のような人。
最初は遠くから見ているだけで満足だった!でも!それじゃ、満足できなくなった。

あの輝かしい人は…皆の王子だ。でも、少しの間くらい、俺達底辺の、俺達だけの王子として共に時間を過ごしたい。そう思った!だから!」

「だから、薬盛って好き勝手していいって?」

「…」

「…」

「全く…こんな誘拐未遂までして…」

「お前のせいじゃないか!!」

「は?」

ダグラスが早口でまくし立てる。

「お前が来るまでは何もかもうまくいっていたんだ!王子は定期的に薬を取るためとはいえ俺達に会いに来てくれたし!接する機会だってあったんだ!俺達だってこんな真似はしなかったさ!

でも、お前が来て変わった!
お前は唯一と言ってもいい俺達と王子の接点を奪い、挙げ句の果てに添い寝だと!?昨日の夜だって見てたぞ、俺達は!なんでだ!?まだたった1週間ぽっちしか一緒にいないお前に、王子はあそこまでの信頼を寄せる!?おかしいだろ!!」

「なんだよ…その言い分…自分のしたこと棚に上げて、私のせいにして正当化しようとしてるだけじゃないか」

「うるさい!!」

ダグラスは近くの棚から何かを取り出した。
それは鈍く光る刀だった。

「おいおい…」

「このことを知ってるのはお前だけ…。お前を殺せば万事解決だ」

「やめとけ、そんなことしたって…」

「うるせぇ!!!!」


走り出したダグラスは、私に向かって来て、刀を振り上げた。



グジュッ



と音がした。

ダグラスは後ろへ倒れる。

「ダ…ダグラス…?」

「全く…だからやめとけと言ったのに」

ナイフの血を払いつつ、私は呟いた。

「おい…ダグラス…返事しろよ…」

「死んでるよ」

震える声で言うフォンスに、答えたくても答えられないダグラスに代わって答えてやる。

「そんな…」

「大丈夫、痛みなんて感じず逝けたさ」

心臓をひと突きで刺したし、ダグラスは興奮していたから痛みなんてほぼ無かっただろう。
もとより、殺すつもりだったとはいえ、まさかこんな抵抗を受けるとは…。

「こんなことをして!ただで済むと思うなよ!国王に報告してやる!」

「…忘れたの?お前達が言ったんじゃないか」

私はフォンスに笑いかけながら言う。

「このことを知ってるのはお前だけ。お前を殺せば万事解決だ」

「!」

息を飲むフォンスに近づき、ナイフを突き刺した。










細い月の登る夜空の下を、王子を背負って歩く。
ジャリッとした感触が靴越しに感じられた。

春とはいえ、まだ肌寒い。
早く部屋に連れて行かねば、王子が風邪を引いてしまうかもしれない。

だが、速く進もうものなら揺れで王子を起こしてしまう可能性もあるため、出来るだけ速く、それでいて慎重に歩みを進める。

少し下がってしまった王子を支え直しつつ、私は先程殺した二人について考える。


殺して、そのまま放置してしまったが…まぁ明日になれば誰かが気づいてどうにかしてくれるだろう。
私や王子が居た痕跡は消してきたので、押し入り強盗に殺されたように見えるかもしれない。

『輝かしい人』

二人は王子をそう評していた。
その気持ちは、私にも理解できる気がした。
今も生きてると信じている親友と別れて…何にも関心が持てなくなっていた私は、王子と出会い、話した。王子は無意識だったろうが、私は王子と初めて話したあの時、私が彼の考えを認めると、王子は驚きながらも、私に笑顔を見せてくれた。
その笑顔が、私にはとても輝いて…それこそ、私を導く光のように見えた。それと同時にとても儚くも見えた。
だから…私は『この光の行く末を見えみたい』『この光と共に歩んでみたい』そして何より『この光を守りたい』そう思ったのだ。

二人にとっても王子は光だったのだろう。
見るだけではなく、手に入れたいと思えるほどの光だったのだ。

気持ちは理解できるが…それでも、私の光を飲み込もうとする闇など存在意義はない。
王子が闇を感じ、その闇に恐れていると言うのなら…それを失くすのが私の役目なのだから。


「ん…んん…?あ、れ?」


背中でモゾモゾと動く感触が伝わってきた。

「目が覚めてしまいましたか、王子」

「ユウィリエ…?あれ…俺…」

混乱したように呟く王子。

「覚えてませんか。王子は今日もまた眠りに付けず庭に出て、散歩してる間に寝てしまったんですよ」

「え…?」

「私がたまたま起きてたからいいとはいえ、危ないですよ。できれば、ご一報いただきたかったですね」

結構無理のある話だと自分で言っていて思う。でも、寝起きでうまく働かない今の王子の頭をそれを受け入れるだろう。

「そう…」

実際、王子はそう言った。
そして、身体を震わせて

「寒い…」

と呟いた。

「すぐ、部屋につれていきますからね」

「…ありがと」

王子は温もりを求めるように私にしがみつく。
フフッと笑い声が聞こえた。

「どうしました?」

「暖かいなと思って」

「そう…ですか?」

「今日…またあの夢を見たんだ」

いきなり話し始めた王子。思わず顔をしかめるが、背中の王子には見えなかったようで話を続ける。

「最初はすごく怖かったし…今日は触られそうになった。でも…何かが助けてくれたんだ」

「助け…ですか?」

「うん。すごく暖かい光みたいなのが、助けてくれたんだ」

「良かったですね、それは」

心の底からそう言っていた。今日のことで、また王子のトラウマが強くなったのではと心配していたのだ。

「ユウィリエが助けてくれたんでしょ?」

「はい?」

困惑した声を出すと、王子は笑った。

「この前、ユウィリエが添い寝してくれた時、俺夢をみたんだ。すごく優しくて暖かい光が俺を包んで守ってくれる夢。すごく安心できて…久しぶりにあんなにぐっすり寝れたよ。
今日の光も、同じ光に感じたから…。きっと、こうしてユウィリエが迎えに来てくれたから、そう感じたんだよ」

「…」

貴方は…私を光だと言ってくれるのか…。

「王子」

「ん?」

「これから、何かあったら私を頼ってください。夜寝れないなら、また添い寝くらいしますし、他にも困ったことがあったなら、貴方の力になります。貴方が望むならどんな事だってしましょう。

だから…。

だから…どうか、私の側で笑っていてください」

「どうしたの?いきなり」

王子は笑う。その揺れを背中で感じながら、私は思う。


貴方が、私を『守ってくれる光』だと言ってくれるなら…私は貴方の光を飲み込もうとする闇から貴方を守るその役目を果たしましょう。
だから…どうか貴方は、闇を恐れず輝かしいその笑顔で私が進むべき道を示していてください。


笑い声が聞こえなくなり、スースーと寝息が聞こえた。
私は、少しだけ速度を上げて王子の部屋を目指した。








次の日。二人の死体が見つかった。
一応警察も来ていたが、強盗と鉢合わせになり殺されたという結論で纏ったようだと、事情聴取を受けたメイド長が言っていた。
何故、メイド長が事情聴取を?と思ったが、その日の倉庫や門の鍵担当がメイド長だったかららしい。疑われたのかと思ったが、二人がいつも部屋に他の者たちを近づけないのと同じように倉庫の鍵も自分たちが管理し、他の者に触らせなかったことから、疑われることはなかったそうだ。

無能な警察でよかったと思うべきか、はたまた、もっと頑張れよ警察と思うべきか…。

何はともあれ、それで二人の事件は幕を下ろした。

その後、私の生活には少しだけ変化が起こった。
王子が私を常に側に置くようになったのだ。
今までは私だって仕事があって(王子の従者とはいえ、城での書類整理などを手伝わされていた。『今後のため』と言われたが、すでに知ってることしか教えられなかった)なかなか常に側にいるとは言えない状況だった。が、どうやら王子自身が国王に直談判したらしく、私の部屋は王子の隣になり、仕事も王子の部屋でやっていい、と言っていただき(命令され)、1日の殆どの時間を王子と共にするようになった。

そして、変化はもう1つ。

「ユウィリエ」

「はい、何でしょうか王子?」

「それやめない?」

「…それ、とは?」

「敬語、やめない?」

王子の突然の申し出に、首を傾げてみせる。

「一緒にいるようになったんだしさ、敬語やめよ」

「いや…そういう訳には。立場っていうのがありますし」

「そんなの気にしなくたっていいよ。俺からの命令!敬語をやめること!」

「…」

「俺からの命令を断るわけないよね?」

イタズラに成功した子供のように笑う王子に頭を抱えたくなるのをこらえる。

「…」

何を言ったって、命令を取り消すことなど王子はしないだろう。

「…二人でいる時だけならいいよ、王子」

「王子も禁止!」

「は?」

「王子っていうのも駄目!」

「じゃあなんて呼べば?」

「え…うーん」

悩みだす王子。数秒後、「あっ!」と声を出して満面の笑みを浮かべる。

「俺のことはリュウって呼んで!俺もユウィリエのことユウって呼ぶから」

「…」

「ね!いいでしょ!」

私はため息をつく。

「二人でいる時だけだからな、リュウ」

「うん!それでいいよ、ユウ」

嬉しそうに笑う王子改めリュウを見る。
そんな事だけで嬉しそうに笑うんだな…と思いながら、私も小さく笑った。


















✻✻✻✻✻

今考えれば、あの二人を殺したときの私は未熟者だったなぁ。

と、一人自傷気味に笑った。

感情的に怒りに任せて殺すなど、師匠が知ったらお説教だろう。


「ん…、ユウ?」


モゾモゾと動き、目を開けたリュウが私を見た。

「帰ったの…?」

「あぁ…遅くなってゴメンな」

「そっかぁ…」

安心したように、フニャッと笑ってリュウは私に近づく。

「おかえり…ユウ…」

「ただいま」

「おやすみ…」

また目を閉じるリュウ。
すぐにスースーと寝息が聞こえてきた。


私がいるだけで、安心したように眠るリュウ。

近づいたことで感じる眠ってる人特有の暖かさが服越しに感じられ、こちらの瞼も重くなる。


ハービニーにいた時は殆ど寝なかったからなぁ。


と他人事のように感じる。
身体の力が抜けていく。

私は、殆ど無意識にリュウの背に手をまわしていた。
きっと、思い返していた事件のせいだろう。
ポンポンとリュウの背を叩きながら、私も眠気に身を任せ、目を閉じた。

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