Red Crow

紅姫

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幼き書記長の望むもの①

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Side ルナティア


全く、どうしてこんな事になったんだ。

僕は頭を抱えた。

「コラー!!待ちなさい!!」

「あー!ルーク、そっち行った!!」

「っ!ちくしょう!捕まらなかった!」

キース、ノア、ルークが言いながら走り回る。
食堂でそんなにドタバタしてはいけない事は知っているが、今のこの状況なら仕方ないだろう。

「…」

その様子を見ながらポカンとしているリュウ。

「…いや……でも……ブツブツ」

一人で首をひねりながら何やら呟くマオ。

そして、

「…」

突っ伏して動かないゾム。

この事態の元凶は…といえば


「ダァァァァァァァァァァァ!!!」


と意味不明な雄叫びを上げながら、食堂の机の下を椅子の間をすり抜ける様に走り回っている。
かれこれ、1時間位走り回っているだろうか。

「なんなんだよ…アイツ…どんな体力、してんだ…」

息も切れ切れのルーク。

「子供…だから、こそかも…しれませ…ん」

同じく息切れを起こすキース。

「でも…はや…く、つかまえ…ないと、また…」

つっかえながら言うノアの声にかぶせるように


ガチャッ


と音がする。
全員の動きが固まる。
恐る恐る、できれば嘘であってくれと思いながら顔をそちらに向けると、

開いた食堂の扉を

「ワァァァァァァァ!!!」

と叫びながら飛び出していく小さな人影が見えた。


「「「な…」」」


ルーク、キース、ノアは口から言葉を漏らし


「「「待って!!ユウィリエ/ユウさん/ユウ」」」


と言いながら、扉を飛び出していく。

追いかけるのは三人に任せておこう、と思いつつ抱えていた頭を上げるとリュウと目が合う。
その目は何があったんだ?と問いかけていた。

何があったって…それを1番知りたいのはこっちなんだよなぁ…。

そう思いつつ、状況を整理するためにも、リュウに説明するためにも、今まで起きたことを口に出しながら確かめることにした。










時間はだいたい2時間ほど前まで遡る。

僕は壊れてしまった電子機器を捨てようと、ダンボールにそれを詰めて運んでいた。
普段横着して、後でまとめて捨てようと溜め込んでいたそれはかなりの量で、重さはさほどではないがダンボール3箱分にもなっていた。

それを、これまた横着して一度に運んでしまおうと重ねて持った。少し重いが持てないほどではなかったし、ゴミ捨て場までは階段もなくまっすぐに廊下を歩けばいいだけ、まして勝手知ったる城の中、前が見えずとも歩ける自信があった。

歩き出した僕は、程なくして庭に面する廊下に出た。
庭ではちょうどゾムとルークが模擬戦をしていた。
で、だ。ゾムが撃った銃弾をルークが剣で弾いた。その流れ弾が僕の持っていたダンボールに直撃した。

「うわっ!」

驚きながらも、バランスが崩れたダンボールを落とさないように奮闘した。
が、奮闘虚しく一番上に乗っていたダンボールは落下、テープの貼り方があまかったのか開いた口から電子機器の破片が溢れた。
それが運悪く僕の腕を掠め、これまた運悪く変に当たったらしく小さい切り傷とは思えない程、出血した。

近寄ってきてたゾムとルークがそれを見ていて、僕の腕に弾丸が掠めたと思ったらしいゾムが混乱。


「ルーク!とりあえず、これ持って!マオのところにルナ連れてかないと!」

「落ち着けよ…ゾム」

「落ち着いてられるか!血が止まらなかったらどうすんだ!弾丸に当たってるんだぞ!」

「いや…大丈夫だよ?ゾム?これは別に弾丸に当たったわけじゃないし」


ルークにダンボールを全て預けて、僕を抱えてマオのところまで走りだすゾム。ルークや僕の静止の声は届かず、結局、三人でマオのところへ向かうことになった。


「え?何事?」

三人でやってきた僕らにマオは驚いた様子でそう言った。
ちょうど、薬の作成をしていたらしいマオの手元の机には試験管が2本。赤い液体と緑の液体が入って置いてあった。

「弾丸が!ルナに当たって!それで…!」

と、早口にまくし立てるゾム。

「だから、当たってないってば!」

と抱えられたまま僕が叫び

「落ち着けよ、ゾム。弾丸に当たってたらこんな出血で済むわけ無いだろ」

ダンボールを床に置きながら冷静にルークが言った。

「え…だって…さっきそんなこと言わなかったじゃんか」

「僕の話をちゃんと聞いてよ!言ってたよ!訴えたよ!でも、君が聞かなかったんじゃないか!」

ギャーギャーと騒ぐ僕らを見ながら、


「え?何事?」


と、困惑したようにマオが言った。



事情を説明すると、マオは

「あぁ、そういう事ね。大事じゃなくてよかったよ」

と笑った。ほんと、この城の主治医がマオで良かった。他の人なら小言の一つ言われたんじゃなかろうか。

「ちょっとまってね。これ片付けるから」

と試験管を持って入り口近くの棚、一番上の空いていたところにそれを置いた。
棚のガラス扉を閉じようとしていたが、ギギッと音を立てるだけで閉まる気配はなかった。

「閉まんないのか?」

「そうなんだよね。ここだけ閉まらないんだ。前、ユーエにも話したんだけどその後ハービニーに行っちゃったから今もこのままなんだ」

とマオは困ったように言った。

「まぁ閉まらなくても特に問題はないんだけどね。ルナの手当が終わったらまた出すし」

まさかマオもこんな事になるなんて思わなかったから、あの時こう言ったんだろう。





「よし、これで大丈夫」

「ありがとう、マオ」

手当が終わり、腕に巻かれた包帯がちょっと痛々しい。

「化膿とかはしないと思うけど、なんか違和感があったらすぐ教えてね」

「はーい」

ゆるーく返事をする。
この騒動もこれで終わり、と思ったのだが

「あ、そうだ。ついでにこれ打ってってよ」

と、マオが注射を取り出す。

「注射?」

とルークが聞く。

「前言ったでしょ?そろそろ感染症の流行時期だからワクチンつくったって。打ちに来てねって言ったのに君達、まだ来てなかったよね」

あぁ、そう言えばそんな話も聞いた気がする。

「ルークとかゾムなんて滅多に医務室に来ないんだから今のうちに打ってきなよ。ルナもね」

「忘れてたな…」

「僕も」

「はい、腕出す!」

と促され、僕とルークの腕に注射が打たれた。


「ゾム、お前も早くやれよ。まだ模擬戦するんだろ?」

とルークがゾムに言う。

「…」

しかし、ゾムからの返事はない。

「ゾム?」

そちらを見ると、血の気の引いた顔をしたゾムがいた。

「どうした?」

「いや…俺は、できれば遠慮したい…」

「はぁ?」

「ゾム、今年は感染症の症状が重く出るかもって言われてるんだ。すぐ終わるから、ほら」

「いや…その…」

「なんで後ずさるのさ」

注射を持ってゾムに近付くマオとマオから距離を取るゾム。

「いや…ほんと、俺はいいって!」

と、叫ぶように言い逃げ出すゾム。

「あ、こら!」

追いかけだすマオ。

十分すぎるほど広い医務室の中で、僕とルークの周りをぐるぐると走り回る二人。

「なんだ?ありゃ」

「さぁ?」

二人を見ながら僕とルークは顔を見合わせる。

「…まさか、ゾム。注射怖いとか?」

ルークが呟くように言った言葉に走りながらもゾムがウンウンと頷いた。

「嘘でしょ」

「お前、アサシンだろ?しかもトップクラスの。注射より怖い場面に出くわすことなんてよくあっただろ」

「うるさい!怖いもんは怖いんだよ!」

その声は今にも泣きそうだった。

そもそも、そんなに嫌なら医務室の中を走り回ってないで、さっさと部屋から出ればいいのに…。と僕は思った。

ゾムもその事に気づいたのか、方向を変えて、扉に向かう。
あと少しで、扉に届く。という時


「マオ、前聞いてた棚の件なんだけどさ」


と言いながら扉を開け入ってくるユウ。

「うわっ!」

ゾムは急ブレーキをかけて止まろうとするが、バランスを崩したのか身体が倒れる。

その方向はたまたま、あの扉の壊れた棚の方向で。


ドンッ!!


と音を立ててぶつかり、そして、揺れた棚からあの2本の試験管がゾムに向かって落下する。

「危ない!ゾム!!」

ユウィリエがゾムの上に覆いかぶさる。


ビジャッ


液体がユウィリエにかかる。
そして、


シューーー


と音をたて、周りが白い霧で覆われた。

「なんだ!?」

「まって…今、窓を…」

マオが窓を開けてくれたのか、霧が晴れていく。

視界が良くなり、目に飛び込んできたのは、今だ棚の前にしゃがみこむゾム。

そして、

幼い子どもサイズの人形だった。


色素が薄い、透明感のある艶のある茶髪。
血管すらも透けて見えるのではないかと思ってしまうような真っ白な肌。薄っすらと色づく頬と桜色の唇。
まるで、宝石を埋め込んだように輝く赤い瞳。



はっきり言おう。見惚れた、その存在に。

周りも同じだったのかまるで時間が止まったようにその姿を誰もが見つめていた。
誰もが、その美しい人形に心奪われただろう。

パチッ

とその人形がまばたきした。

そして、すくっと立ち上がったと思ったら

「あああああああ!!!」

と叫びながら医務室を飛び出していった。


「「「「え?」」」」


そう呟くことしか僕達にはできなかった。



最初に正気を取り戻したのはルークだった。

「ヤバイ!追いかけないと!!」

ルークだって意味が分からないだろうに、出ていった子供を追いかけていく。
次いで、マオが

「ルナ、自分はリュウにこのことを伝えてくるから、ノアとキースにも連絡して!あの子供捕まえるんだ!」

と言って医務室を出る。
今だ、ポカンとしているゾムを見ながら、働き出した頭でインカムを操作し、ノアとキースにつなぐ。

『はい?』

『どうしたの?』

「城の中を子供が走り回ってるんだ」

『なんです?いきなり』

『え?どういうこと』

「説明は後でするから、とりあえず、ルークと一緒にその子供捕まえて!」

『わ、わかりました』

『りょ、了解』

通信が切れる。

「ゾム、僕らも…」

「なぁ?」

ゾムに声をかけるとかぶせるようにゾムが口を開いた。

「何?」

「ユウが…居ないんだ…」

「え?」

そういえばそうだ。
こういう場面で一番役に立つアイツはどこに行った?

「どこ行ったんだろ?」

「でさ…」

ゾムは少し震えた声で言う。

「さっきの子供さ…ユウにめちゃくちゃ似てたと思うんだよ…」

…。
これは…もしかして…。

「え…嘘でしょ…」

かなり、厄介なことが起きてるんじゃないか…。





そして、ルークから連絡が入って子供が食堂に入ったことを知り、一度皆でそこに集まろう。と言うことになった。

食堂にゾムと向かうと、ルーク、キース、ノアの姿が見えた。リュウとマオはまだ来ていなかった。

キースとノアが「この子供は何なんです?」と聞いてきたので、今までのことをざっくりと説明し、「もしかするとその子供ユウかも」と言うと一瞬、ルークまでもがポカンとしたが

「おあああああ!」

と叫ぶユウ(仮定)の叫び声に正気を取り戻したのか追いかけっこが再開した。


その後、リュウ達がやってきて今に至る。













「さっぱり分からん」

「同感」

リュウの発言に何度も頷く。

「…ごめん…俺のせいだ…」

とゾムが伏せていた頭を上げる。

「俺があの時。逃げなきゃ…ユウは…」

「いや、ゾムのせいじゃないさ。こんな事になるなんて誰にも分からなかったし、それにまだあの子供がユウだって決まったわけじゃない」

リュウがゾムを励ましている。
が、あの子供がユウじゃないなら、余計に「アイツどこ行った?」となるのでは?と僕は思う。


「うあああああああ!!」


また叫びながら、ユウ(仮定)が食堂に戻ってくる。
が、先程走り回っていたときルーク達が椅子を動かして道がぐちゃぐちゃになっていたためか、ユウ(仮定)の動きに躊躇が見られた。

その隙を逃がすことなく、一番に戻ってきたルークがユウ(仮定)を抱き上げた。

「よっし!捕まえた!!」

ユウ(仮定)を抱き上げたまま、ルークは力尽きたように、床に腰をおろした。






「良かったぁ、捕まって」

ユウ(仮定)捕獲後、捕獲班の息が整うだけの時間が経ってからノアが言った。
場所は変わらず食堂。今は全員が食堂に集まっている。

ユウ(仮定)はルークの手から逃れようと足や手をバタバタと動かしている。
まだ動く体力が残ってるのか…。

「こら!暴れるな!」

「ヤダァ!」

鈴の音のような綺麗な声で、ルークの申し出を拒否しながら、ユウ(仮定)の抵抗は強まった。

「おい!」

「まあまあ、ルーク君。そんなに怒らないで」

声を荒げそうになるルークにキースが優しく言う。

「キース、コイツのせいでどれだけ俺らが苦労したと思ってるんだ」

「そりゃ、苦労はしましたけど、怒ったら逆効果ですよ。優しく言えばわかってくれますよ」

「そうかぁ?」

「そうですよ。きっとユウさんは怖かっただけです」

「怖い?」

「だってそうでしょう?気がついたら知らない場所にいて、知らない人達が自分を見てたんですよ?
こんな、小さな子なら怖くて逃げたくもなりますよ」

「…そういうタイプか?コイツ」

バタバタと暴れるユウ(仮定)を見ながら、ルークは首を傾げた。

「タイプとか関係なく、子供ってそういうものでしょう」

キースは少し屈んで、暴れるユウ(仮定)と目線を合わせる。
ユウ(仮定)も見られたことに気づいたのか、キースの方へ顔を向けた。暴れる力は弱まってなかったが。

キースはユウ(仮定)の頭を撫でながら笑顔を浮かべて言う。

「いきなり追いかけてごめんなさい、怖かったですよね。でも、逃げる必要なんてないんですよ。
僕らはユウさんに危害を与えるつもりはありません。安心してここに居てください」

そんな言葉であの暴れん坊が止まるとは思えなかった。

「…」

が、予想に反してユウ(仮定)の抵抗がピタッと止まった。
ジッとキースを見て

「ん!」

とキースに向かって両手を伸ばす。

「?」

「お前のほうがいいってさ」

意味が分かってなかったキースに向かって、ルークがユウ(仮定)を差し出す。

キースが抱きかかえるとユウ(仮定)はキュッとキースの服を掴んだ。
暴れる様子はない。


はぁ…と思わずため息をついた。


やっと一段落ついた。
という安心感と、これからどうしよう…という不安が頭の中を占めていた。
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