Red Crow

紅姫

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幼き書記長が望むもの③

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Side ルナティア


「捕まえたっ!」

「あー」

ユウを抱き上げると、ユウは声を上げた。
その声が悔しげに聞こえたので、思わず笑みが浮かびそうになる。
だって、今までユウに悔しがられたことなんてないし。

「もう、こんな場所まで来ちゃって」

ココは玄関付近。
さっき、ノアに城の中を案内されたようだが、それだけでこのだだっ広い城の中を真っ直ぐに玄関まで突っ走れるのは、流石はユウと言ったところかもしれない。

「さあ、戻ろ」

「ヤダ!」

「なんでさ、あんなに苦労してゲーム引っ張りだしたのに」

僕の部屋の物置の奥底にあったゲームを引っ張りだすだけで30分以上かかったのだ。
無論、仕事は急ピッチでやった。

「ヤダ!!」

「暴れないの」

まぁ子供の抵抗なんかに負けはしないのだけど。

「ううううう!!」

「何でそんなに嫌がるのさ。一緒に遊ぼ」

ヤダ!!!とまた返ってくるかと思ったが、予想に反してユウは抵抗をやめた。

「あれ、暴れるのはおしまい?」

「ん」

ユウは大人しく僕に抱かれたままでいる。
それなら…と僕は自分の部屋に戻った。





「さあ、何やろうか。トランプ…流石にポーカーとかは無理だろうけど、神経衰弱くらいはできるかな」

「?」

首を傾げるので、トランプを見せながらルールを説明する。

「分かった?」

「ん、やる」

ユウは頷いた。

「OK、今並べるね」

机に等間隔でトランプを並べていく。

「先行は譲るよ、めくって」

「…」

椅子に乗って、トランプを一通り見てから、ユウは手近な一枚をめくった。





「…」

「♪」

ユウはご機嫌に体を揺らす。

「嘘でしょ…」

「ん?」

「何で…

1回もミスせず全部のカードを捲れるわけ?」

ユウは“何がおかしいの?”とでも言いたげに首を傾げる。
首を傾げたいのはこっちである。

「おかしい…カードを置いたのは僕だし…ユウは指一本触ってないんだから細工のしようもないし…」

そもそも…昔、ユウとやった時はこんな事にはならなかったぞ?
ユウだって間違えてたし…

「ねぇ、何で分かったの?」

聞くと、ユウは笑って、自分の手持ちの札(トランプ全部)をバッと広げてかき混ぜたかと思えば、また束に戻して

「すぺーどの…3」

「え?」

上の札をめくるとスペードの3が現れる。その後も次々と数字を言ってはカードをめくっていくユウ。
嘘だろ…。
まさか…。

「カードの動きを読んでるの?」

「ん、さいしょ、おにいさんが、かーどみせてくれたときから」

「マジか…」

子供の時からこんな事できたなら、今できない訳はないし…と言うことは…。

「あれでも、手加減してくれてたのか…」

頭垂れることしか出来ない。
そう言えば…全く悔しがってなかったな…。
今は…手加減なんてする理由がないし…。

一応、僕が楽しめるように気を遣ってくれてたのかな…。

「ねぇ」

「どうしたの?」

「つぎ!」

ユウは笑って言う。

「つぎは、なにするの?」

ニコニコと笑うユウ。そんな顔、初めて見た。
とても楽しげに笑う、そんな顔。

こんな張り合いがなさそうな勝負が楽しいのか。

でも、楽しんでくれてるなら…。

「そうだなぁ…つぎは…」

時間いっぱい遊ぼうじゃないか。
適当なおもちゃを手に取りながら、そう思った。






結局、ユウに1勝たりとも出来なかったが、ユウは終始楽しそうだったので良しとしよう。

さて、

「ユウ、おいで」

「ん?」

ユウの手を引いて、城の中を歩く。

そろそろ、帰ってるはず…。


玄関近くのホールにゾムはいた。

「ゾム」

「あ、ルナ」

「時間だから連れてきたよ、はい」

握っていたユウの手をゾムに渡す。

「あぁ…」

「もう、そんな声出さないの」

「だって…」

どうやら、塀周りの警備を終えてきてもまだ、後悔の念は消えていないらしい。

「僕はそんなに気に病む必要ないと思うけどね。まぁ後悔してるなら、責任持ってユウの面倒見てあげなよ」

視線をユウに向けると、ユウは握られた手を解こうとゾムの手と格闘している。

「嫌がってる…」

「いや、外に出たいだけだよ。僕の時も最初こうだったし」

「そうか」

「うん、じゃ僕はこれで。頑張ってね」

ヒラヒラと手を振って、その場を離れた。















Side ゾムーク


「…なぁ」

俺の手を外そうと頑張っているユウの頭に手をやり、撫でながら声をかける。

いつ見ても綺麗に整えられているあの髪は、小さくても健在で、サラサラと指の間を流れていく。

「そんなに外に出たいのか?」

「ん!」

「なら、行くか」

「え?」

ユウは驚いたように俺を見上げた。

「行きたいなら連れてってやるよ」

「ほんと?」

「あぁ」

頷くと、パアッとでも効果音の着きそうな笑顔を見せてくれる。

「いく!」

「じゃ、行くか。早く行かないと時間足りなくなりそうだしな」

ユウの手を改めて握ると、ユウもキュッと握り返してくれる。


俺のせいでこうなったのだ。
少しでも、ユウがもとに戻るのが速くなるように出来る限り望みを叶えてやるのが俺の役目。


そう思いながら、玄関を出た。





城下の町は今日も多くの人たちが楽しげに生活している。

ユウを連れて歩いていると、すれ違った人たちが声をかけては
「かわいい」
とユウの頭を撫でていた。
中には「誰の子?」「どこの子?」と聞いてきたり、「書記長さんに似てるねぇ」と言う人もいたが、適当に誤魔化しておいた。
注目の的にされているユウは、大人しく住民たちに撫でられて、嬉しそうに笑っている。
考えてみれば、暴れていた時も頭を撫でる手を振り払うような真似はされなかった。もしかすると、撫でられるのが好きなのかもしれない。

「ねぇ」

「どうした?」

やっと、人が減って歩けるようになった頃。ユウが俺の手を引っ張って言った。

「ここの、ひとたち、みんな、わらってる」

「ん?そうだな」

「なんで?」

なんでって…。

「幸せだからだろ」

「しあわせ?なんで?」

「この国は平和だからさ」

「へいわ?」

「あぁ、他の国みたいに戦争するわけでもないし、みんな楽しく暮らしてるからな」

「それで、しあわせで、へいわなの?」

「んー、それだけではないと思うよ。例えば…この国は皆が助け合って生きてる。いつもそばには誰かがいて困った時には手を差し伸べてくれる」

「ふーん。だれが、このくに、つくったの?」

「…創ったのはリュウだな。ほら、あの黒い服着てた人」

「へー、すごい!」

と言うユウ。

「そうだな」

創ったのはリュウ。でも…きっと…。

この国が平和でいられるのは、お前が護ってるからだよ、ユウ。

今のユウにそんなこと言ったって通じないだろうから言わない。
突然、黙った俺を見上げたユウの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。

キャッキャッと笑うユウに、俺も自然と笑っていた。






「ゾムーク!」

歩いていると、店の中から名前を呼ばれた。
出てきたのは、俺がこの国に来た頃にやって来た移民でベレン=タスカーという女性だ。
俺が新人だったことに出会って、この国に来た同期だからと親近感を寄せてくれてる、気のいいおばさんだ。

「あらぁ、かわいい子連れてるねぇ」

「ちょっと、事情があってな」

ベレンはユウに笑いかけて、何かを思い出したように店の奥に引っ込んでいく。

「ちょうど良かった。今、新商品作っててね。よかったら、貰ってって」

と大きなダンボール箱を抱えてまた出てきた。

ベレンの店は雑貨屋というらしい。
本人が希望したから…と前にユウが言っていた気がする。

ダンボールからは色とりどりの布が見えていて、覗き込むと、動物を模したクッションが詰まっていた。
猫に犬、鳥…なるほど、子供受けしそうな商品である。

「好きなの持ってって」

とベレンはユウに言った。
いいのか?と言いたげにユウがこっちを見るので、一度頷くと、ダンボールに近づき、あさりだす。

「手作りか?」

「そうよ、手芸は得意だから」

ダンボールから1つ手にとって触りながら聞くと、自慢げにベレンは言った。
確かに自慢できるだけの上手さではある。
現に、今俺の手にある灰色の狼のクッションは、黄色で鋭い目と白色の牙まで刺繍されていて中々の力作である。

「これ!」

ユウが1つクッションを抱えて戻ってくる。
獅子を模した黄色いクッションだ。茶色のたてがみが付けられ、可愛らしい目と鼻などのパーツが刺繍されている。

「それがいいの?」

「ん!」

「いいよ、持ってって」

「ありがとう!」

と、クッションを抱きしめるユウ。
はっきり言って、クッションなんかより可愛い。

「ありがとうな」

「いいのよ、ちゃんと子供心を掴んでることがわかったし」

と言ってくれるベレンにもう一度感謝の言葉を述べつつ、店を後にした。

「そろそろ、帰るか」

歩きながら呟く。あっという間に時間は過ぎてしまった。

「帰ろう、ユウ。城に」

「え?」

ユウは足を止めた。

「どうした?」

「…」

ユウは困ったように俺を見るだけだった。

「帰りたくないのか?」

聞くと首を振る。

「おれ…いっしょ、いっていいの?」

「え?」

ユウはさらに困ったような顔をする。
何だろうか…。
ユウは、何を思ってこんなこと言うのだろう。

「当たり前だろ、一緒に帰ろう」

と、言うと安心したように笑ってユウは歩きはじめた。





城に戻り、キースの元へ向かうべく、キースの部屋を訪ねる。

「あ、ゾムさん。ユウさん」

と、キースは俺らを見て言った。

「あれ?コレどうしたんですか?」

クッションを指差す。

「あぁ、さっき城下に行ってな。ベレンがユウにくれたんだ」

「そうなんですか。ユウさんくらい可愛い子なら何かあげたくなるのも分かる気がします」

とクスクス笑う。

「連れてきてくれてありがとうございます、後はおまかせ下さい」

「よろしく」

ユウを引き渡して、俺は戻る。

…つもりだったのだが

「?」

服の裾を引っ張られる。
そこにはユウが居て

「どうした?」

「おにいちゃん、ありがとう」

そう言って笑う。

「…どういたしまして」

ユウは満足そうに、キースの元へ戻っていった。



ありがとう

その一言で、救われた気になる。

なんて単純なんだろう、と思いながらも部屋へ向かう足取りは確実に軽くなっていた。



















Side キース


「さて、何しましょうか」

と、ユウさんに聞く。
ユウさんは首を傾げてから

「なんでもいい」

と言った。
それは困る質問だなぁ。

「さっきはゾムさんとお出かけしてたみたいですし、ゆっくり出来るのがいいですよね…」

さて、何がいいかなぁと考えてみる。


「ねぇ」

「はい?」

「コレ、なに?」


と、さっきまで僕が使って置いておいた本を指差す。

「あぁ、本ですよ」

「ほん?」

「そう、色んなことが書いてあって、読むんですよ」

「ふーん。ねぇ!よんで!」

どうやら、本に興味を惹かれたようだ。

「いいですよ。あ、でもこれは難しいから…図書室に行きますか」

とユウさんを抱き上げて言う。
ユウさんは今回は暴れることなく、大人しく僕の服を握って捕まった。




この城にはかなり広々とした図書室がある。
住民たちにも開放されているこの部屋には、各種専門書や小説、絵本などが完備されている。
中には、かなり希少なものもあるようだが、詳細はあまり知らない。

「えーと…ココらへんのならいいと思いますよ」

絵本の棚の前で、ユウさんを下ろす。

ユウさんは、そこから1冊本を抜き取ると僕に手渡した。
かなり有名な昔話だ。

「座りましょうか、こっちですよ」

図書室にあるソファに腰掛けて、膝の上にユウさんを座らせる。

「じゃあ、読みますね」

「ん」

むかし、むかし…。

懐かしいその物語を、ゆっくりと読み始めた。




1冊、2冊…と本を読みすすめ、5冊ほど読み聞かせをした。

ユウさんは本を読むたびに「なんで?」と質問してくるものだから、少々困ったが、珍しげに本の絵を見ているユウさんは楽しそうだったから良しとしよう。


「もうこんな時間ですね…」

「ん?」

「ごめんなさい、ユウさん。そろそろ時間なんでルーク君の所へ行きましょう」

「るー?」

「貴方が最初逃げ回ってたとき捕まえた人ですよ」

「そのひとの、ところ、いくの?」

「はい、一緒に行きましょう」

「ん」

手を握り歩く。

ほんと、最初のあの暴れっぷりは何だったのだろうか…。と思うほどに大人しい。やっと、慣れてきたのだろうか。






ルーク君は庭にいた。
剣を振るうルーク君に、声をかける。

「あ~、もうそんな時間か」

汗を拭いながらルーク君は言う。
もうすぐ冬だというのに、汗をかくなんてどれだけ特訓してたのやら…。

「まずは、お風呂ですかね」

「そうだな…」

「おふろ!」

とユウさんが声を上げた。

「入りたいんですか?」

「ん!」

ぴょんぴょんと飛び跳ねるユウさん。

「なら、一緒に入るか」

「はいる!」

ルーク君の言葉に元気良く答えている。

「お湯入れとくように言っときますから、片付けてから言ってくださいね」

「あ、すまん。よろしく頼む」

「それじゃあ、ユウさん。また後で」

手を振ると、振り返してくれる。

後はルーク君に任せよう。
僕は自分の部屋を目指して歩き出した。
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