Red Crow

紅姫

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監獄の陰謀③

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「静かだな…」

地下1階でマリクルスと別れてから、さらに階段を下りながら私は呟いた。
要注意人物を入れている割に、監視の目が無い。

あっさりと地下2階の扉につき、中に入る。
耳を澄ますとカツカツとした靴音と話し声が聞こえてくる。こっちに来ている…。

私はまた天井に向かって飛んだ。


「…でさ…」

「……なのか……」

だんだんと聞こえてきた声。男二人か…。

「そういえばさ、何であんな男、こんな地下牢に入れるんだろうな」

「確かに、見るからに弱そうだし、犯罪者とは思えんな」

「他の人たちと同じく6人部屋に突っ込んだって文句すら言わないだろうよ」

「でも聞いた話じゃ、あの男、『研究所』の奴らしいし…」

「まじかよ…だから………」


扉をくぐって、二人は消えた。


『研究所』
それはどの国にも属さず、選ばれたもの人しか入れないと言われる場所だ。
そこでは、各々が自分の研究対象について調べ、一日を過ごすと聞く。
『研究所』は国ではないが…ある意味独立国家のようなものだ。
警察ですらおいそれと手は出せないはずなのだが…。


私は天井裏を進み、牢獄を目指した。














❈❈❈❈❈


なんで僕がこんな目に…。

だだっ広い牢獄の中、一人、部屋の角にうずくまる。


犯罪者に似た人を全員捉えていると言われつれて来られたが…僕はそんな奴とは違うのに…。


地下のせいか薄暗いココは、まるで気力を吸い取ってしまうかのようだ。

ましてや一人で…。気持ちがどんどん暗くなる。


ズズッ


そんな音がした。最初、僕以外にも誰かが牢獄に入れられたのかと思った。が、そんな様子はないし、その音は天井から聞こえてきた。

見れば、天井のコンクリート片が1箇所動いている。

「なっ!!」

驚き、声を上げるとほぼ同時に、完全にコンクリート片が取られ、そこから何かが落ちてきた。


音もなく、そこに立つソレを見て、下りてきたのが人間だとわかった。
ちょうど、僕に背を向けるようにして立つ彼。

見えるのは、赤っぽい色をしたマントとその裾から覗く茶色っぽい服と白い肌、薄茶色の髪だけだった。
だけだったのだが…彼から感じるその雰囲気が、僕の視線を捉えて離さない。

くるりと彼は振り返った。
普通に振り返っただけなのに、僕にはなぜか、その動作がとてもゆっくりに見えた。


彼の動作にあわせて揺れ動く、マントと髪。
振り返ることでよく見える白い肌。薄桃色の唇。
伏し目がちだった目が僕を見ると大きく開く。まるでルビーのように光もないのに輝いて見える赤い瞳。


「…」

呆然と彼を見つめる。
普通なら不審者だと叫ぶところなのに…それは必要ない気がした。


「黙っててくれてありがとう」


とても耳障りのいい声が言う。
彼は優しく微笑んだ。










❈❈❈❈❈

「黙っててくれてありがとう」

黙っていた彼にそう言い、私は笑った。
ぽかんとした顔は誰であっても間抜けなものだが、知人に似ている奴の顔だとここまで面白いものなのか。

長めの黒髪。同色の瞳。
てっきり、それしか同じところがないのかと思っていたが、意外にも顔のパーツの配置がかなり『鉄蠍』ルカ=シャノンによく似ている。まぁ…ちょっとだけ彼のほうが女っぽい顔をしている気もする。
ルカは無愛想な奴だ。笑うところすらほぼ見ない。だからこそ、彼の顔はとても新鮮だ。


「な、なななんですか、あなたは!どうしてココに!」

焦ったその声は少し上ずっている。

「私はユウィリエ=ウィンベリー。状況的には君とあまり変わらないよ。上の階の牢獄に入れられて、散歩がてらに抜け出してきたのさ」

「…抜け出してきた?この白磁の監獄から?」

「意外と警備はザルだったぞ」

彼はまたぽかんとした顔をする。

「こっちの挨拶は終わったんだ。次は君の番。名前は?」

聞けば、彼は少し困ったように口を結ぶ。
名前がないわけじゃなさそうだが…?

「…アリス」

「え?」

「アリス=カレンです、僕の名前は」

アリス…一般的に女につけられる名だな。

「女みたいで変な名前でしょ?」

自虐気味にアリスは言った。

「女の名前だとは思ったが、別に変だとは思わんよ」

素直に言えば、アリスは探るように私を見る。

「…本当に?」

「うん」

頷けば彼は微笑んだ。

「貴方みたいな人初めてだ…」

ポソリとアリスは呟いた。



「隣、座っていいか?」

「どうぞ」

許可を取り、腰をおろした。

「こんな広い部屋にいるんだから、中央にドンと座ってればいいのに。堂々とさ」

「そんな事…僕には、できません。威張れるような人じゃないですし…」

「そうか?『研究所』の人だって聞いたけど?」

「!、どこでそれを」

流石に天井裏で盗み聞きしたとは言えないので、適当に濁す。

「あ~小耳に挟んだだけさ。実際どうなの?本当に研究所の人?」

「…えぇ」

「十分すごい人じゃん」

「…」

アリスは悲しそうな顔をする。
そして、本当に小さく口を動かし何かを言った。私にも聞こえないような風の音のような声。
口の動きを見るに、アリスは…

「『どんなに頭が良くても、手に入れ方がわからないものもある』?」

「……ぁ、聞こえてましたか」

アリスは苦笑し、吹っ切れたように明るい声を出す。

「僕、自分で言うのも何ですけどそれなりに頭の出来はいいと思ってます。いっぱい本を読んで、覚えて、人一倍知識はあるつもりです。まぁ…今は研究対象のことで頭がいっぱいですし、軍事とかそういう事には興味がなかったので無知ですけど…。
『研究所』にいれると知ったときには本当に嬉しかった。自分の知識が認められるような気がしました。
好きなことをずっと研究していられる、夢みたいな日々を過ごしてきました。


でも…どこか、胸の中に穴が空いているような気がしてならなかった。

すぐに気づいたよ…。僕は…孤独だった。

あそこにいる奴らは他人になんて興味がない。自分の研究対象の事だけで頭がいっぱいだ。
本当に居心地が悪い場所だよ。

実際…僕がココに来るときも誰ひとり、僕を心配するような言葉をかけてはくれなかった。
いや…そもそも、僕のことなんて眼中に無かったろうさ。僕のところに警察を連れてきたやつも、僕の名前を把握してなかったくらいだ。
僕は必要ないんだよ…。

僕の居場所は…無いんだよ…」

途中から敬語も忘れるくらい、冷静さを欠いた様子でアリスは言った。


居場所…か。


「この世界に居場所がない人間なんていないさ」

「ぇ…」

「ただ、まだ見つけられてないだけさ」

驚くアリスに私は続ける。

「人の感性なんてそれぞれ違う。居心地が悪いって言うならそれは君がいるべき場所じゃないってだけ。他の人にとってはそうじゃ無いかもしれない。

心落ち着くことができる場所は必ずあるはずさ。そこが君の居場所だよ。

それにさ」

私はまっすぐアリスを見つめる。

「自分が必要、必要じゃないってのはさ…相手がそう思ってると君が思いたがってるだけのものだと思うよ。

重要なのは、君が他の人たちを必要としているか否かだ」

頭の中にミール国の仲間たちが浮かぶ。

「私は、とある国で書記長をしてるんだ。国の幹部だけど…それでも皆に必要とされてる自信なんてないよ。

でも私は、国の仲間たちを必要としている。必要としている人たちと一緒にいたいから、そこに居るし、そこが私の居場所だと思えるんだ」

私はアリスに微笑んだ。

「研究所に居るのが辛いなら、逃げちゃえば?いい機会じゃん。研究所は『去るものは拒まず』っていうしさ。

君が一緒に居たいと、この人達が必要だと思える、そんな居場所を探しに行けばいい」

「……」

ポカンと私を見るアリス。
数分そうしていて、フニャリと笑って

「貴方が羨ましい。貴方の国の仲間たちは、とても良い人ばかりなんでしょうね…」

と呟いた。

「見つけられると思いますか?僕にもそんな仲間が」

「見つけられるさ、絶対」

言い切れば、アリスの頬を涙が伝った。

「何ででしょうね…貴方が言うなら、本当に見つけられる気がする…」

アリスはそう言った。また涙が流れた。



泣きたい分泣かせていようと、黙って彼が泣き止むのを待つ。

「ユウィリエさん?」

まだ涙声だが涙自体は止まったらしいアリスが口を開いた。

「ユウでいいよ。国ではそう呼ばれている」

「ユウ」

「何?」

「僕の話を信じてくれる?」

「?」

首を傾げてみせる。

「ココに連れて来られる間、考えていたことがあるんだ。突拍子もない仮説だけど…」

「信じるとはすぐには言えない、内容がわからないからね。でも、否定はしないよ」

素直に答えれば、アリスは笑い、口を開いた。

































音を立てずに、私は天井から飛び降りた。

「遅かったな、烏」

「あぁ…ちょっとな」

部屋に戻った私にフレデリックが言った。

「こんなに時間がかかるなんて、烏らしくないなぁ~。何があったんだい?」

「興味深い話が聞けた」

「興味深い話?なにそれ」

マリクルスが早く話せと言うように強めの口調で言う。

「俺も聞きたい」

ルカも呟いた。

「ちゃんと話すさ。まず、地下2階の牢屋には一人しか閉じ込められていなかった。
中には、ルカ。お前のそっくりさんがいたよ」

「ルカの…そっくりさん…ですか?」

「あぁ、と言ってもルカより表情豊かだけどな」

ジェセニアは想像つかないのだろう、首を傾げている。

「まぁ…逃げ出すときにでも会えばいいさ。話を戻す。彼は『研究所』の人だった。
研究所の人はきちんと調査を受けた上で研究所に入るはずだから、捕まることなんてないはずなのにつれて来られている。
彼、かなり頭がいいみたいでな、ある仮説を聞かせてくれた。かなり、説得力があったよ」

「どんな?」

「彼…アリスって言うんだけどな。アリスの研究対象は『カラー武器』らしいんだ」

皆の表情が固くなる。

「軍事とかには興味がないらしいが、『カラー武器』の美しさと強さに興味を持ったらしい。カラー武器の製造過程や物質、特性について研究しているようだ。

アリスはそれが自分が連れて来られた理由だと思っているようだ。
実際、車で連れて来られるとき警察から聞かれたのは研究対象のことだったらしいしな。

『警察は第二のカラー武器を作ろうとしてるんじゃないか』とアリスは言っていたよ」

アリスから聞いたことをそのまま伝えた。

「なるほどね、ありえるよそれ」

マリクルスが言う。

「私が見てきた地下1階には、たくさん人がいた。話を聞くと皆、鍛冶師だった。第二のカラー武器を作ろうとしてるなら…鍛冶師は絶対必要だからね」

これはかなり核心に近いんじゃないだろうか。

「なら、早く止めなくては!!」

ジェセニアが焦ったように言う。
そう…そのとおりなのだ。

カラー武器は、どういった理由かは不明だが、選ばれたものしか持てない。だからこそ、強大な力であってもほぼ放置の状態なのだ。
だが、第二のカラー武器が同じ特性を持つとは言えない。もしも、カラー武器と同等の力を持った武器が誰でも扱える物になってしまったら…この世界のバランスが崩れてしまう。
だが…。

「止めるって言ってもな…」

フレデリックが私を見る。私と同じ懸念を抱いているようだ。

「あぁ…。今、騒ぎを起こすと疑いの目が捕まってる…私達や無実の一般人に向いてしまう」

「そうだねぇ。やるなら大々的に、何もかもが有耶無耶になるくらいの勢いでやらなきゃねぇ」

「そもそも武器がない」

コンラド、ルカが言う。

「武器はあるよ」

と、私はナイフを床に出す。

「取られませんでしたの?」

「え?お前ら取られたの?」

皆頷く。まじか…。

「じゃあ、もう烏がそのサンバドールとかって奴とバートランドって奴を殺してきなよ。
騒ぎはコッチが起こすからさ」

「騒ぎを起こすって…どうやって?」

「そうだぞ~鼬。武器もなしに騒ぎなんて起こせないぞぉ」

「フフフ、私をなめないで。こんな物持ってきちゃった」

マリクルスが取り出したそれを見て

「お前、本当に手ぐせが悪いな」

とルカが呟いた。
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