上 下
2 / 2

後*

しおりを挟む
 粘着性のある液体が絡む音。
 いつものラブホテル、明かりを絞った広くない部屋に荒い息が満ちていく。
 舌を絡ませながら木島の背中に腕を伸ばす。

「ん、んっ、ん……!」

 馬鹿みたいに体の相性がいいのが悪いのかもしれない。
 木島の節くれだった指が2本、私の蜜道の弱い場所を押して揺らして、反対の手が胸の突起を指で挟んで緩急をつけて摘み転がし擦ってくる。

 声を封じられた私が鼻の奥から声を漏らしても木島はお構いなしに舌を絡めてきて、そこに日頃の木島とはかけ離れた雄を感じてまた濡れた。
 高校時代は知らなかった木島の舌は厚く、口腔内をくまなく擽って、それに私も必死で応えた。
 絡みあう舌がこんなに気持ちいいと感じるのは木島が初めてで、流れ込んでくる唾液を甘く感じたのも木島が初めてだった。

 口の端からとろりと混ざり合った唾液が溢れ出しても、気にもならない。

 くちゅくちゅと音をたてる蜜道から指を抜いた木島が、私の唇も開放する。
 荒い息を吐いて、私の足を大きく開かせて、木島はその間に下りて行った。

「あっ……!」

 隅々まで確かめるように、ぬるりぬるりと舌が這いまわる。蜜を押し止めるように秘口にねじ込まれた舌先にシーツを掴んだ。快感を追うので精一杯で、恥じらいに声を抑える余裕もなくなっている。目も閉じて喘ぐ私の小ぶりな乳房を木島の長い指が押し潰す。

 ねじ込まれた舌が退くと、また奥から木島が欲しいと強請るように愛液が漏れて後ろのすぼまりまで滴っていく。だというのに、木島はさっき達したばかりの膨らんだ赤い実をまたなぶりはじめた。

「やっ、きし、ま……それ、またイっちゃう……から、っ!」
「瀬名、ここ弱いもんな」

 木島の熱い吐息が肉芽を擽るようでそれだけで足先まで力が入る。
 左右に揺するように舌が蠢く。情けないほど高い声が絶え間なく唇から溢れ出して、痛いくらい硬くなった胸の先端をまた摘まれれば、すぐに達してしまいそうになる。

「あっ、だめ、あ、やぁっ、イっちゃう……!」

 本能的に上に逃げようとした私の腰を掴んだ木島が、「危ない」と笑った。
 その木島はいつもの木島の声なのに、目を開けた先に木島は私の足の間に顔を埋めていて、見ていられなくて顔を背けるとまた舌先がぬるぬると花芽を舐っていく。
 一瞬刺激が止まってなお波は引くことなく高まるばかりだった。

 上り詰める目前だとわかる。力が入り、突き落とされるようにして快感の渦に落ちる。

「ああぁっ、あっ、く……!」

 びくりと肩の跳ねた私の中が木島を求めてひくついていた。
 全身が心臓になったように血が駆け巡り、体中から力が抜けて立てていた膝も倒れた。

 木島の指が、唾液と愛液を絡めながらまた中へ入って来る。

「は、あっ……」
「瀬名、挿れていい?」
「ん……」

 朦朧としたまま頷くと、木島はベッドサイドの避妊具を取って慣れた手つきでそそり立った自身の根元まで被せた。
 背の低い私の中が浅くてそう思うのか、私がこれまで付き合ってきた3人が小ぶりだったのか、木島のそれは長く見える。

 木島と同じ、がちがちに筋肉質で大きいわけではないけれど、長くて、硬い。

「なに? 早く欲しい?」
「……ん」

 寝たまま木島の腕を急かすように引く。木島が覆いかぶさってくると、部屋の明かりが更に暗くなった気がした。

 どきどきする。
 いつもそう、この瞬間が一番どきどきする。

 私の横に腕をついて、閉じかけた足を開かせて、ゆっくり、木島は入ってくる。
 傷付けないように、痛くしないように。

「あっ……」

 目を細めて私が歓喜の声を漏らすと、木島も熱い息を吐き出した。

「……前したの、いつだったか、覚えてる?」
「ん……2週間、ま、え……っ、あ……」

 浅瀬を出入りしていた木島が少しずつ奥へと進んでくる。
 ゆっくり、慣らすように、木島のかたちに押し広げてくる。
 大きな木島の手が、髪を撫でた。

「……欲しかった?」
「ん……」
「……彼氏とヤったの、いつ?」

 覆いかぶさる木島を見上げて、口を開こうとすると一気に最奥まで突き上げられる。
 聞きたくないなら訊かなければいいのに、木島はいつもこの質問を投げかけて、結局私に何も言わせずに腰を動かし始める。
 派手に水音がするのは気のせいだろうか。

「は、あっ、あっ……!!」
「瀬名、今日いつもより濡れてる」

 木島は軽く動かしているつもりかもしれないが、それでも誰も届かなかった場所に行きつきここで感じるんだと教え込むように動かれると返事などできない。
 動きに合わせてよがる私の胸を木島が掴む。強く先端を摘まれ堪らず身を捩った。
 隠すように腕を顔の上に乗せると、大きな手が私の腕を掴み頭上に縫い止める。

「瀬名、ちゃんと見て。誰としてる?」

 木島の声が低く鼓膜を震わせる。答えようとしても口から溢れるのは抱えきれない快感に追い立てられた嬌声ばかりで、それがまた木島を雄にしていくのかもしれない。

 肉と肉がぶつかる。
 咥え込める限界まで飲み込んでも、木島のそれはまだ奥へ進もうとするようにぐいぐいとそこを押す。
 それがどれくらい気持ちいいか、木島は多分知り尽くしたうえでそうしている。

 こんなことを教え込まれたら、もう他の男とはできなくなってしまう。

「……瀬名、誰としてる?」

 目を開けると木島のすっと通った鼻筋が迫っていて、私は顎を上げてキスを強請った。
 軽く触れる唇は湿っていて、ぴたりと私の唇に吸い付いてくる。短いキスを繰り返しながら奥を揺するようにされて息も絶え絶えの私に木島がまた尋ねる。

「誰としてる? 瀬名、ちゃんと見て」

 見上げれば、木島のやや色彩の薄い茶色の瞳が熱っぽく私を見下ろしている。
 見てる、感じてる。木島だけ。
 想いは体を震わせて、硬い木島のそれに肉壁が絡みついた。

 眉を寄せた木島の切なげな顔に、また。
 雄を感じる熱い吐息に、また。
 離れないでと絡みつく。

「……き、しま、と……んっ……して、る」
「そう、俺としてる」
「……ん、きしま、……きもち、いっ……」
「俺も気持ちいい」

 木島が縫い止めていた手を離して私の体を抱き寄せた。
 子宮がきゅうと収縮するくすぐったさが全身に快感を走らせる。
 広い背中に手を回す。

「きし、ま……もっと……っ!」

 身長差のせいで抱き着くと木島が窮屈な思いをするのは分かっている。でも今夜は木島とこうしてしたかった。抱き合ったまま欲しがれば、無理をして首を傾けた木島の唇が与えられた。

 唇が離れると、木島が私ごと貫くように奥を穿った。

「あぁっ……! あっ、あぁ、あぁっ!」

 動き出した木島のせいで思考は蕩けていく。
 もう少しで、伝えられたかもしれないのに。

 実は、高校の頃、好きだったんだよ、って。

 すれ違ってきた延長戦のように、木島が激しく腰を打ちつけて声が止まらなくなって、長い長い夜が更けていった。


◇◇◇◇◇◇◇


 朝7時にセットしたままだったスマホのアラームが大音量で鳴った。

 慌てて起き上がり、バッグを乱暴に引き寄せて手帳型ケースを開き、アラームを止める。
 7月9日、日曜日、朝7時ちょうど。

 朝になると魔法は解けて、私と木島は、ただの友達に戻ってしまう。
 セックスフレンド、と、呼ぶのだろうか。
 友達とセックスしているのだから、そうなのだろう。

 友達。いつまで経ってもずっとそう。

「……電話?」

 背後からかけられた掠れた木島の声に振り返り、スマホをテーブルの上に置いて、ごそごそとベッドの中に戻る。
 ラブホテルの窓は分厚い曇りガラスと遮光カーテンで朝の光を感じさせない。

「違う、アラーム。起こしちゃってごめんね」

 薄っぺらい掛け布団の中に身を滑り込ませると、体を起こしていた木島がふと首を傾げた。

「スマホカバー変えた?」

 2週間前までは、ピンクのシリコンカバーだったのを木島は覚えていたようだった。
 私がピンク、付き合っている彼氏がブルーのお揃いだと、話したのはいつだっただろう。

 裸体を隠すように横になった私は、木島の張った肩のラインをぼんやり眺めながら、小さく笑った。

「うん、変えた。木島と同じ。シリコンカバーとは別れたの」
「彼氏と、別れたってこと?」
「うん」

 2年交際していた男と別れても、悲しみは一切なかった。
 部屋に置いていた彼の私物を処分するときも、スマホから彼との思い出を消去するときも、何も感じなかった。

 最後にセックスしたのがいつか、それすら思い出せなかった。

 心はとっくに離れていた。
 浮気性の男に隠れて木島と寝て、一人になる決意を固めて彼と別れて、ようやく私は私に戻った。

 新しい思い出がたくさんできるように、まっさらな状態には戻れなくても、一度リセットするつもりで、スマホケースは白を選んだ。

「……じゃあ、今付き合ってる男、いないんだ?」
「いないよ。木島とは、違うから」
「俺もいないよ」

 木島がその後どう反応するか少し怖くて、私はそろそろと彼の顎から順に視線を上げていく。
 引き結んだ口は、躊躇いがちに開いてすぐ閉じてしまう。
 高い鼻、それは昔から変わらない。
 真剣な眼差しに、心臓も子宮もきゅんと疼いた。

 木島の目に、決意が点った。

 高校時代からすれ違ってきた私たちが、ようやく、ぶつかる気がした。

「……瀬名、あのときさ、中本が俺たちが付き合ってるんじゃないかって、言ったとき」

 力が入る。

 高校時代に好きだった木島は、わりと女と続かない男になり、私は、浮気男に文句も言えず、結果自分も浮気する心無い女になってしまった。

 再会して飲み過ぎて、気付いたらホテルで、ショックでなかったと言えば嘘になるが、彼氏より大切に扱ってくれる木島はやっぱり木島だなと、区切りをつけたはずの淡い恋心が鮮やかに蘇った。

「……そうなったら、いいなって思った」
「……うん」

 そうだったらいいな、と私も思った。

 付き合えたらいいな、木島も私を好きになってくれたらいいな、と思っていた。

 からかった中本に木島は「違うって」と笑って応じていて、私も「違うから」とだけ答えて女子の輪に戻れば、それ以上木島とは話せなくなってしまった。

 あのとき言えなかった言葉を、今言わなければ。
 きっとそう思ったのは、私だけではなかったのだ。

「瀬名、付き合おうか」
「……うん」

 頷いた私に、木島がキスをする。
 これまで何度もしてきたのに、これまでで一番緊張したキスは、それこそ高校生のような可愛らしいキスだった。

 木島の首に腕を回してもう一度と示すと、イチゴの匂いが香ってきた。
 甘い匂いを吸い込んで、この匂いから変えないで、と、小さく私は願ったのだ。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...