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カレン魔術騎士

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マックスはミュリエルとの約束を守った。学園に送ってもらってから数日後彼から連絡があり、部下で魔術騎士のカレンを紹介された。女性が騎士になることのできる法案が可決されてから10年。未だに騎士職についている女性はほんの数パーセントしか存在しない貴重な存在だ。

肩までのストレートのさらさらの髪を揺らめかせ、後ろは騎士の制服である詰襟が見えるくらいの長さに切ってある。緑がかった茶色の髪色に緑の目をしているので、魔術騎士の緑色の制服に映えてよく似合う。クールビューティーという形容が一番似合うきりっとした女性だ。

店の2階の部屋を借り、カレン騎士様に領地管理の手伝いをお願いする。領地では長年ボロジュネール子爵家に仕えてくれている信頼できるマスターが実際の仕事を仕切ってくれている。なのでミュリエルの仕事は領主がやるべき仕事のみなので、その殆どが書類の作成や、申請書にサインをするなどの事務仕事ばかりだ。

「カレン騎士は自身も領地を持つ貴族令嬢で、よく父上の仕事を手伝っていたそうですから、おそらくミュリエル嬢の役に立つはずですよ。私もできる事は手伝いますので任せてください」

そういってマックスはミュリエルの横に座って、彼女の指示を待つような目で見る。カレン騎士はその向かい側に座ってそんな二人の様子を無表情で見ていた。

「えーっと。うちの領地は殆どが鉱山であとは痩せた農地です。農地の方は4年前に大規模な農地改革をしたので、土も肥えて水の補給も簡単になりました。その結果が出るのが恐らく来年なので、今は献上金を極限まで抑えることで、領民の生活を支えている感じです」

「これは随分と斬新なアイデアですね。火山湖から水を引いてくるなんて誰も思いつきませんよ。しかもコストを極限まで下げれるように自然にできた龍穴を利用するなんて、よくこんな無謀な賭けに出ましたね」

マックスが農地改革の書類を見て感嘆の声を上げる。

そうだ、これは実際私が考えて実行した案だ。うちの領地の農園は鉱山に囲まれて雨が降らないのが一番の問題だった。水を引き入れるにしても川は領地外を流れている。

隣の領地の水を買ってなんとかしのいでいる感じだったのだが、この案が実現してからはお金で水を買う必要はなくなった上に、肥沃な火山の栄養がたっぷり溶け出している水で、飛躍的に農園の収穫量と品質が上がった。初期投資の借金を返し終わるのが来年だ。それからは毎年黒字になる計算だ。

「この鉱山はこの規模の鉱山にしては採掘量がかなり少ないわね。それなのに鉱山士はかなりの人数を雇っているわ。これでは赤字じゃないの?」

カレン騎士様がボロジュネール子爵家の領地の資料を見て、一瞬で読み解く。さすがだ、これだけの短時間でそこまで見抜くとは・・・。

「それは・・・うちの領民にとって、鉱山の仕事が主な収入源なんです。だから採掘量が少ないからと言って、人を切ってしまうと明日の生活にも困ってしまうのです。だから、父は誰も首にせずにこれまでやってきました」

そうだ、ボロジュネール子爵家がこんなに困窮したのも、文官出身で経営のいろはも知らない父のせいだといっても過言ではない。かといっていまさら人を首にするのもミュリエルにはできなかった。

「ですが4年前これも方針転換しました。鉱石研究所を設立して、うちの鉱山に希少な魔鉱石が大量に埋蔵されていることが分かりました。埋まっている地層も現在特定できて、あとは採掘の為の特別な装置を開発するだけになっています。なのでこれも来年にはお金になるかと思います」

そうなのだ。どれもこれも来年、来年なんだ。来年になればミュリエルもジリアーニ魔法学園を卒業して、王帝魔術騎士団の入団試験を受けることができる。万が一落ちたとしても少なくとも魔術騎士にはなれる自信がある。

「これを全て貴方が考えたの?」

カレン騎士様が書類の束をパラパラめくりながら、表情を変えずに聞いてくる。ミュリエルが頷くと、マックスが驚いた顔をして隣に座るミュリエルをもう一度見て感心した様にいう。

「あなたはじゃあ12歳の時から領地の改革にも携わってきたのですか?しかもあの名門ジリアーニ学園の奨学生になった上で・・・」

しかたがないじゃないか。お母さまが亡くなって、お父様が本格的にベットでの生活を余儀なくされたのが6年前。当時2歳の弟を抱えて私にできることといったら、精一杯努力して勉学に励み、なんとか苦境を乗り切ることしか頭になかった。

「私一人の力ではありません。幸運なことに私には金運は無かったようですけど人の運には恵まれたようで、周囲の人たちが私を導いて教えてくれました」

可哀そうで不憫な子だという認識を振り払うために、ミュリエルは努めて明るく言った。マックス騎士様にそんな目で見られるのは何故だか嫌だったからだ。

「借金があると聞きましたけれど、いくらあるのかしら?もし差し支えなければ教えてくださいな」

ミュリエルは正直に答えた。どっちに転んでもこの借金は2か月後にはなくなるものだ。

「金5000枚ね・・・。ミュリエル嬢、わたしの知り合いに銀行員がいますの。この書類があればお金を融資してもらう事も可能かもしれないわ」

「え!!そうなんですか?!」

「でもカレン。あと2か月で融資は完了するのでしょうか?」

「マックス様、それは難しいでしょうね。聞いてみないとわかりませんけど、少なくとも3か月以上はかかると思いますわ」

「それじゃあ駄目ですね、ミュリエル嬢。期限は後2か月なのでしょう?」

「・・・はいマックス騎士様・・・」

ミュリエルはもう希望は潰えたとばかりに視線を下げて落ち込んだ。

カレンはマックスからミュリエルが叔父のブカレスと交わした賭けの説明を受けた。カレンはそんな話を聞いてまでいまだ無表情のまま、落ち込むミュリエルを見て言う。

「落ち込む必要はないわよ。簡単ですわ、ハンセルとやらを殺してしまえばいいのよ」

はいぃぃぃぃぃぃぃ?!!!

「あの・・・カレン騎士様、いまなにを・・・」

「殺せばいいといいましたわ。事故に見せかけて殺すなんて簡単なのよ。よかったらそっちも手伝ってあげましょうか?」

無表情のままそういい続けるカレンからは、冗談なのか本気なのかの区別がつかない。ミュリエルは最大限に警戒を強めていった。

「あのっ!結構です。私その時には腹をくくってハンセルと結婚します。いくら不潔で嫌味で怠惰な男性で、娼館に通い詰めているとはいえ、意外に一つくらいはいい部分があるかもしれません」

「例えば何ですの?」

「えーーっと・・・例えば・・・足だけは臭くないとか!!!」

思いっきり笑顔でボケてみたつもりだったが、一向にカレンはにこりともせずに能面のような顔で言った。

「足は皆さん臭いですわよ」

そ・・・そうだ、そうかもしれない。革靴を毎日履いているのだ。臭くない人がいる方がおかしい。あれ?いや・・・私の足は臭くないはずだ。こんど匂ってみよう。

「ここらで本来の目的に戻りましょう。借金の方は私が何とかしてみますから、とにかくミュリエル嬢はもう二度と好きでもない人に告白なんかしないこと。カレンは書類と計算を手伝ってあげてください」

マックスは妙な雰囲気になってきた場を収めて、不安そうな目でいるミュリエルの手を握っていった。

「大丈夫ですよ、ミュリエル嬢。私がついています。ハンセルと結婚することだけは何としても阻止します。その時は私がミュリエル嬢の婚約者になりましょう。だれも反対できないはずですよ」

「マックス騎士さまぁぁぁぁ・・・」

本当に彼はいい人だ。数回あっただけの私を助ける為に偽装婚約までしようと言ってくれる。

ミュリエルはその手を握り返して、お礼を言うためにマックスの瞳を見つめた。彼女が口を開いた瞬間、被せる様にマックスが話し始めた。

「理由が分からないから不安ですか?私がミュリエルに一目ぼれしてしまったというのは、あながち間違いではないのですよ。この間は言いそびれましたがね」

へっ?

「こういうものなんですね。長年何も感じなかった心が、最近フル回転で働き始めたようです。そうなると自分では制御できないと言っていた同僚の気持ちが、いまごろ理解できましたよ。これはかなりの苦痛ですね」

マックス騎士様が何を言っているのかよく理解できない。でも苦痛があるという事だけは理解できた。

「気持ちの制御って本当に難しいですよね。私も時々全部投げ出して逃げてしまいたい衝動に駆られる時があるんです。そういう時にやることがこれです」

ミュリエルは興味津々な顔で見るマックスと、無表情のまま見つめるカレンの目の前で実践して見せた。校外で魔法を使うのは禁止されている。なのでまずマックスに部屋全体に結界魔法を張ってもらった。これで小さな魔法くらいなら使ってもばれないだろう。

まず魔法で小さな透明の膜を持った20センチくらいの球体を作る。そうしてから指で穴をあけて、穴から中に向けて思いっきり叫んだ。

「##########!!!!!!」

声は穴に吸収されているので外には漏れ出さない。マックスとカレンには何を叫んでいるのかは聞こえなかった。叫び終わったミュリエルが球体の口を閉じて、ドヤ顔で振り向く。

「それからね・・・燃やすんです。ふふふふ、どうなると思いますか?」

「空気を燃やすだけだから、何にもならないでしょう」

そうマックスが答えた。それを聞いてさらにドヤ顔さを増したミュリエルが指先で火を灯して球体の下にさらす。すると一瞬で7色の炎になったかと思ったら、炎から声が聞こえてきた。とても小さな声で耳を澄まさないと聞き逃しそうな声だ。

《 バンゼルのぉ、ぶわっくゎやりょおうぅぅぅ!!!! 》

その声も小人の声のように変性している上に、なにか訛っているようだった。それを聞いてミュリエルが堰を切ったように笑い出した。
「うふふふっ・・!!!これっ・・・ふふふ・・これやると悩みが吹っ飛ぶんですぅ・・・ふふっ!!」

マックスはいま起こった現象よりも、目の前で馬鹿笑いをし続けているミュリエルのほうが可笑しくて一緒に声を上げて笑った。

「ははははははっ・・カレン、よくあなたは我慢できますね。こんなに・・ははははっ・・面白いじゃないですか」

カレンは無表情のまましばらく手を止めていたが、すぐに仕事にとりかかった。

「ミュリエル嬢、9時が門限なんでしょう?早くしないと終わりませんわ」

「あっ!!しまった!!」

その声に反応してミュリエルは正気に返ったようだ。その後はマックスが心配するほどに殆ど瞬きもせずに集中して仕事を終えた。最後の書類を書き終えた時、ミュリエルの目は真っ赤になっていた。

「紅の王みたいね」

ぼそっとカレンがつぶやく。

いまいちカレン騎士様のキャラクターを掴み切れないまま、ミュリエルは馬車に乗って店を後にした。

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