召喚された女刑事は強引騎士団長に愛でられる

南 玲子

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ナーデン兵の襲撃

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それから十分と経たない間に戦闘は終わったようだ。あちこちに敵兵と魔獣が倒れているが、騎士たちは大丈夫そう。

上空で待機していたエヴァンらが翼竜とともに降り立ってくる。みなが団長のダグラスの元に集まってきた。戦いの興奮が冷めやらぬ騎士たちは、短い息を吐きながら剣を肩に担いだり地面に刺して立っている。

いつもは不真面目なガイルも真剣な表情で、長い前髪からは汗が流れていた。普段はふざけていてもやるときはやる男たちというのは見ていて清々しい。

(すごいなぁ。やっぱりみんな仕事に誇りを持ってる騎士なんだ……異世界でも刑事の仕事と少しも変わらないわ)

「これはナーデン神兵ですね。こんなところで何をしていたのでしょうか」

エヴァンが眉根を寄せて、倒れた兵士たちの体を調べさせる。でも何も手掛かりは見つからなさそうだ。トーマスが愛に耳打ちする。

「ナーデン神国はギリア帝国に属さない王国で、神を中心とした独自の文化を築いてるんだ。神の声を伝える神官によって政事が決められる。とはいえ信者以外には排他的で、ナーデン教を信じないものは皆殺しだ。神兵は国を護るのが目的でこんな風に他国には出てこないはずなんだけど」

(弥生時代の日本といった感じなのかしら。少しだけ親近感が湧くわね)

「とにかく我々の仕事はオーブの回収だ。ここを片付けたら先へ進むぞ! このまま進めば明日にはつくだろう」

ダグラスの合図で隊は再び翼竜と空へと戻った。目的地ははるか先に見える山の中腹にある巨大洞窟。そこには虹色のオーブがあって、それを護っている超大型魔獣がいるらしい。

余計な戦闘があったせいで大幅に遅れたので、今夜は予定外だが山の麓にある町で宿をとることになった。久しぶりの町なのでみな喜んでいる。

「あの、ちなみにその超大型魔獣ってどのくらい強いの?」

「そうだな、大型魔獣より強いのは確かだ。でもたいしたことないさ。これが最後のオーブだからこれが終われば帝国に戻れるぞ。嬉しいだろう、アイ」

ダグラスはそう言っていたが、心配が募る。さっき宿の主人が常連客と話しているのを聞いてしまったから。

『オーブなんか手に入らない幻の石だから価値があるのさ。しかもここのは超大型魔獣だ。普通の大型魔獣とは格が違う。こいつは少なくともここで二千年はオーブを護ってるんだからな』

『違いない。しかもこの超大型魔獣はその間ずっとオーブの魔力を吸ってたんだから普通の人間が敵うわけがねえ。いままでいろんな国の騎士がオーブを採集に来たが、誰一人として戻って来なかった。どうせまた死体のない葬式をださなきゃならんだけさ。難儀なことだぜ』

(超大型魔獣がそんなにすごいなんて……ダグラスでも敵わないんじゃ。あぁ、すごく不安)

明日の作戦を立てるのだとダグラスがエヴァンと宿の部屋にこもったので、愛は宿の周りで散歩をすることにした。

みんながいる場所からそんなに離れるのはまだ怖い。なので愛は宿が見える範囲を歩く。

すでに陽は沈んで空は真っ暗だが、街灯があるので小高い場所にある宿からは街の景色が一望できる。オレンジのレンガの屋根に白い壁。街並みはまるで大学生の卒業旅行で行ったヨーロッパの町のようだ。

けれども決定的に違うのは、空を飛んでいる魔獣たち。翼竜はとても珍しい生き物らしいので滅多に見ないが、猫の頭を持つ体はカラスのような小魔獣は比較的よく見かけられる。夜行性なので特に夜はその数も多い。

(猫は嫌いじゃないけど、シュール過ぎて、申し訳ないけど気持ち悪いわね)

そんなことを考えていると、スズメのような生き物が愛の顔の前に飛んできた。いきなりのことに愛は驚くが、小魔獣は特別なことがない限り人を傷つけないと聞いたことを思い出す。

「うわぁ、顔と手足はハムスターなのに体は本当にスズメそっくりなんだ。色が茶色な分、可愛らしい気もするけど」

まじまじと見ていると、そのハムスターもどきは愛の肩の上にとまった。そうして愛らしいしぐさで羽繕いを始める。

「なに? 人に慣れてるのかな。もっとこっちで顔を見せてよ」

愛が頭を撫でようと手を伸ばしたとたん彼女を呼ぶ声がして、ハムスターもどきは驚いて飛び去ってしまった。振り向くと、トーマスとガイルがいた。

トーマスが笑ってさっきのハムスターもどきについて説明してくれた。

「ははっ、あれはハーブルだな。たいていは誰かに飼われていて知能が高いから色んな使いをするんだ。手紙や薬を届けたり。飼い主以外には滅多に懐かないのに、珍しいな」

以外にハムスターよりも利口らしい。時間の概念もあって、何時に誰に物を届けるとかまでできるそうだ。

「すごいですね。しかも契約者には絶対に逆らうことがないって忠実でいいです」

「そうだろう? だから結構高額で取引されてて庶民じゃ手が出ない値段なんだ。それよりアイ、どうしてこんなところにいるんだ」

彼らは宿にいないアイを心配して、揃って探しに来てくれたのだという。愛が明日の戦いが心配なのだと漏らすと、ガイルは笑ってこう言った。

「大丈夫だよ。確かにこの超大型魔獣は今までのと桁が違うくらい強いけど、あのダグラス団長とエヴァン副団長がいるんだよ。それに僕たち騎士もいる。もしかして誰か一人くらいは死ぬかもしれないけど、そんなことはとうに覚悟して僕たちは騎士団に入ったんだ。帝国のために死ねるなら本望だよ」

トーマスも隣で腕を組んでうなずきながら力強く答えた。

「それにダグラス団長は帝国歴代の団長の中で群を抜いた実力者だ。それに団長はいままでどんな状況でも絶対に部下を見捨てなかった。そのせいで謹慎になったこともある。だから俺たちは団長と副団長を一番に信頼しているし尊敬もしてるんだ。団長と一緒に戦って死ぬなら仕方ないって、騎士隊のみんながそう思ってるはずだ」

(そうなんだ、ダグラスらしいわ。それにこんなに部下に信頼されてる。スケベで強引なだけだって思ってたけど、部下の前では頼りになる上司なんだ)

愛はダグラスのことを思って胸を熱くする。刑事の中には男らしい人もいたけれど、こんなに豪胆ですごい男にいままであったことがなかった。

「大丈夫、アイは明日この宿で留守番だから巻き込まれることはない。心配すんな」

トーマスが安心させようと愛の頭を撫でる。

「そんなのっ! そんなことを心配しているんじゃ…………!」

反論しようと思ったが、彼女は台詞の途中で話すことをやめた。

(私も殉職した父の後を追って刑事になったんだったわ。危険な仕事だってわかってたけど、だからって仕事を辞める気は絶対になかった。仕事に誇りを持っていたもの)

騎士達も同じなのだ。自分の仕事に誇りを持っている。そんな彼らを止める権利など愛にはない。

「だ、だったら……僕も一緒に行きたいです! 一緒に戦いますからつれて行ってください!」

かぶりつくような愛の剣幕に、トーマスとガイルはたじたじとなる。

「ちょ、僕達にはそんな権限はないよ。でもアイは絶対に連れて行かないよ。多少剣の覚えはあるとしても魔法も使えないんじゃ足手まといだ。明日は今日の戦闘どころのレベルじゃなくなる。誰かの面倒をみる余裕は僕たちにはないよ」

確かにそうだ。愛は騎士でもないし、何かできるわけでもない。ガイルに言われてしゅんと頭を垂らし、小さく声を絞り出す。

「そう……ですよね。すみません、生意気を言いました。でも明日はみなさん絶対に生きて戻ってきてください。僕、ずっと待ってますから」

「おーおー。涙ぐんじゃって、そんなに俺たちが心配なのか。お前は本当に可愛いな。帝国にいる俺の弟を思い出すよ。俺に似てカッコいいんだぜ。明日はかすり傷一つなしにオーブを持って帰ってくるから楽しみに待ってろよ」

そういってトーマスは涙ぐんでいる愛の頭をガシガシと撫でてくれる。おかげで頭がぼさぼさだ。

「トーマス、お前はアイに甘すぎるんだよ」

「お? お前も同じことやって欲しかったのか。ガイルはお兄ちゃんばかり三人だもんな。ほら、遠慮するな!」

「ちょっ! やめてよ! トーマスはいつも野生の猿みたいなんだから! 髪が跳ねちゃうじゃない」

肩を組んで互いに揉み合っている彼らと一緒に、愛は笑いながら宿に戻った。

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