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騎士団の帰還
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そうしてオーブ採集の日。ダグラスは他の騎士達とともに、笑顔で翼竜に乗って行ってしまった。愛は警察官の敬礼でみんなを見送る。
そうして一人宿の前の道に残された愛に、宿屋の主人が気の毒そうな視線を向けた。
「さぁ、あんたは宿の中に入んな。サービスでおいしいケーキを出してやるから」
「――ありがとう、おじさん。でも僕はここでみんなの帰りを待ちます」
愛は主人の申し出を断り、外で彼らの帰りをひたすら待つ。無事に帰ってきたなら、空の向こうに翼竜たちが見えてくるはずだ。
(お願い、神様。私はもう元の世界に戻れなくてもいいから、ダグラスやみんなを護ってあげてください!)
刑事の張り込みで、待つことは慣れていると思っていたのだが、それはとても長い時間だった。まるで終わりの来ない永遠のように感じてしまう。
そうして数時間後に空の向こうに小さく彼らの影が見えた時は、言葉に表せないくらいの喜びがあふれ出してきた。愛は地面から飛び上がらんほどに喜ぶ。
(あぁ、神様! ありがとう! ありがとう!)
「ダグラス団長に副団長! 皆さんお帰りなさい!」
みな服は黒く汚れてところどころ破けているが、ダグラスの手にはしっかりと虹色のオーブが握られていた。
(あぁ、成功したんだ!)
翼竜たちも鱗がはがれた部分や、火傷の痕のようなものがあって痛々しい。でも彼らは大きな羽を畳んで自分の主人たちをねぎらう。
ミリリアから降りてきたダグラスに笑顔で駆け寄ると、なぜか彼はいきなり愛の目を手でふさぐ。そうして低い声で一言発した。
「見るな、アイ」
たった一言……それだけで愛は理解してしまう。
(そういえばオーブを採集したのに、誰も笑ってなかった……それって)
愛はあわててダグラスの手を引き離すと、他の騎士達の無事を一人一人自分の目で確認する。イーガンにエグバート。
モリスは肩から酷く血を流しているが大丈夫そう――ガーランドにテス……それに……ケビン――トーマス。
すると満身創痍のガイルが、翼竜の上に力なく横たわるトーマスを気にかけているのが目に留まった。トーマスの翼竜は彼を地面におろすとすぐに小さくなって彼の傍に寄り添う。
その姿は悲し気で、キュウキュウと泣いているような声を出し続けていた。
ガイルは愛の視線に気が付くと悔しさに満ちた声を絞り出す。
「……トーマスは僕をかばったんだ。でないと僕たち二人とも死んでた。僕のせいだ」
「そんな……トーマスさんっ!」
愛はトーマスに駆け寄るが、その体は石のように冷たくて動かない。どうやら息をしていないようだ。彼の翼竜が何度も悲しそうに頭を擦り付けている。
(でも、でも! まだ何とか出来るかもしれない。なにか私にしかできないこと。だって私は異世界から来たんだから……きっと私がここにいる意味が何かあるはず! そうだわ! 心臓が止まっているなら人工呼吸!)
心臓に耳を当てるが確かに鼓動は止まっている。刑事としての実習で一時救命処置は体に叩き込まれている。考えるよりも先に体が動いた。
(気道の確保をして二回息を吹き込む! そして心臓マッサージ!)
まずは彼の顎をあげてから唇から息を吹き込む。トーマスの胸郭が動いているのを確認したら胸骨圧迫を繰り返す。
泣きながらそれを繰り返すが、みんなすでに諦めているのだろう。悔しそうな顔でそんな愛を遠くから見ているだけだった。それでも愛は人工呼吸をやめることはできない。
ガイルの泣くのをこらえているような震えた声が聞こえる。
「無理だよ、アイ。トーマスはもう死んでる。こいつは騎士として立派に務めを果たしたんだ」
「そんなことないっ! まだ大丈夫ですっ! こうして心臓をマッサージしてあげればもしかしたら!」
涙と鼻水でぐちょぐちょになりながら、愛は心臓マッサージと人工呼吸を繰り返す。彼女が再び息を吹き込もうとした瞬間、トーマスが小さく咳をした。
その瞬間、いままで遠巻きに見ていた騎士たちが一斉に顔色を変えた。
「ちょっとどいて、アイ! ……! 本当に心臓が動いてる……トーマス! あぁ、こんなの奇跡だ!」
ガイルが愛を突き飛ばしてトーマスに駆け寄る。押しのけられた愛は地面に尻もちをついたまま、その光景を信じられない気持ちで見ていた。
ガイルがトーマスの胸に手を当てスペルを唱えると、トーマスの呼吸はどんどん早くなっていき通常までに回復する。
「そんな、あり得ない。確かに死んでたはずなのに……」
モリスの呆然とした声に、ようやく愛はトーマスが息を取り戻したのだと実感する。ガイルがトーマスを診ているのを皆が息を詰め、緊張して待っている。
そうしてガイルがひと段落ついたころを見計らってダグラスが大きな声を出した。
「ガイル! 報告しろ!」
ガイルははじかれたように立ち上がり、ダグラスの方を向くと直立姿勢になる。他の騎士らもダグラスとエヴァンに向かって姿勢を正した。愛も慌てて立ち上がると彼らにならう。
「騎士兵団十五名中、重傷者五名。重体者一名。被毒者は六名。ですが全員命に別状はありません!」
ガイルの最後の一言に、皆の気分が高揚したのが空気で感じ取れる。
(よ、良かったぁ! うぅ! 良かった! もう大丈夫なんだ。トーマスさん!)
するとダグラスは右手で虹のオーブを高らかに掲げた。騎士達が一斉に拳を胸にあて騎士団のポーズをとる。
「これで遠征の目的は達成した! トーマスの状態を見て明日は帰還準備に入る! ギリア帝国軍騎士団に栄光あれ!」
その言葉とともに騎士たちは腰から剣を抜き、天へと掲げて口々に雄々しい声を出した。翼竜たちも口から炎を吹いて騎士とともに遠征終了の喜びを分かち合う。
ダグラスは帝国軍の遠征の終了を高らかに宣言したのだ。
そうして一人宿の前の道に残された愛に、宿屋の主人が気の毒そうな視線を向けた。
「さぁ、あんたは宿の中に入んな。サービスでおいしいケーキを出してやるから」
「――ありがとう、おじさん。でも僕はここでみんなの帰りを待ちます」
愛は主人の申し出を断り、外で彼らの帰りをひたすら待つ。無事に帰ってきたなら、空の向こうに翼竜たちが見えてくるはずだ。
(お願い、神様。私はもう元の世界に戻れなくてもいいから、ダグラスやみんなを護ってあげてください!)
刑事の張り込みで、待つことは慣れていると思っていたのだが、それはとても長い時間だった。まるで終わりの来ない永遠のように感じてしまう。
そうして数時間後に空の向こうに小さく彼らの影が見えた時は、言葉に表せないくらいの喜びがあふれ出してきた。愛は地面から飛び上がらんほどに喜ぶ。
(あぁ、神様! ありがとう! ありがとう!)
「ダグラス団長に副団長! 皆さんお帰りなさい!」
みな服は黒く汚れてところどころ破けているが、ダグラスの手にはしっかりと虹色のオーブが握られていた。
(あぁ、成功したんだ!)
翼竜たちも鱗がはがれた部分や、火傷の痕のようなものがあって痛々しい。でも彼らは大きな羽を畳んで自分の主人たちをねぎらう。
ミリリアから降りてきたダグラスに笑顔で駆け寄ると、なぜか彼はいきなり愛の目を手でふさぐ。そうして低い声で一言発した。
「見るな、アイ」
たった一言……それだけで愛は理解してしまう。
(そういえばオーブを採集したのに、誰も笑ってなかった……それって)
愛はあわててダグラスの手を引き離すと、他の騎士達の無事を一人一人自分の目で確認する。イーガンにエグバート。
モリスは肩から酷く血を流しているが大丈夫そう――ガーランドにテス……それに……ケビン――トーマス。
すると満身創痍のガイルが、翼竜の上に力なく横たわるトーマスを気にかけているのが目に留まった。トーマスの翼竜は彼を地面におろすとすぐに小さくなって彼の傍に寄り添う。
その姿は悲し気で、キュウキュウと泣いているような声を出し続けていた。
ガイルは愛の視線に気が付くと悔しさに満ちた声を絞り出す。
「……トーマスは僕をかばったんだ。でないと僕たち二人とも死んでた。僕のせいだ」
「そんな……トーマスさんっ!」
愛はトーマスに駆け寄るが、その体は石のように冷たくて動かない。どうやら息をしていないようだ。彼の翼竜が何度も悲しそうに頭を擦り付けている。
(でも、でも! まだ何とか出来るかもしれない。なにか私にしかできないこと。だって私は異世界から来たんだから……きっと私がここにいる意味が何かあるはず! そうだわ! 心臓が止まっているなら人工呼吸!)
心臓に耳を当てるが確かに鼓動は止まっている。刑事としての実習で一時救命処置は体に叩き込まれている。考えるよりも先に体が動いた。
(気道の確保をして二回息を吹き込む! そして心臓マッサージ!)
まずは彼の顎をあげてから唇から息を吹き込む。トーマスの胸郭が動いているのを確認したら胸骨圧迫を繰り返す。
泣きながらそれを繰り返すが、みんなすでに諦めているのだろう。悔しそうな顔でそんな愛を遠くから見ているだけだった。それでも愛は人工呼吸をやめることはできない。
ガイルの泣くのをこらえているような震えた声が聞こえる。
「無理だよ、アイ。トーマスはもう死んでる。こいつは騎士として立派に務めを果たしたんだ」
「そんなことないっ! まだ大丈夫ですっ! こうして心臓をマッサージしてあげればもしかしたら!」
涙と鼻水でぐちょぐちょになりながら、愛は心臓マッサージと人工呼吸を繰り返す。彼女が再び息を吹き込もうとした瞬間、トーマスが小さく咳をした。
その瞬間、いままで遠巻きに見ていた騎士たちが一斉に顔色を変えた。
「ちょっとどいて、アイ! ……! 本当に心臓が動いてる……トーマス! あぁ、こんなの奇跡だ!」
ガイルが愛を突き飛ばしてトーマスに駆け寄る。押しのけられた愛は地面に尻もちをついたまま、その光景を信じられない気持ちで見ていた。
ガイルがトーマスの胸に手を当てスペルを唱えると、トーマスの呼吸はどんどん早くなっていき通常までに回復する。
「そんな、あり得ない。確かに死んでたはずなのに……」
モリスの呆然とした声に、ようやく愛はトーマスが息を取り戻したのだと実感する。ガイルがトーマスを診ているのを皆が息を詰め、緊張して待っている。
そうしてガイルがひと段落ついたころを見計らってダグラスが大きな声を出した。
「ガイル! 報告しろ!」
ガイルははじかれたように立ち上がり、ダグラスの方を向くと直立姿勢になる。他の騎士らもダグラスとエヴァンに向かって姿勢を正した。愛も慌てて立ち上がると彼らにならう。
「騎士兵団十五名中、重傷者五名。重体者一名。被毒者は六名。ですが全員命に別状はありません!」
ガイルの最後の一言に、皆の気分が高揚したのが空気で感じ取れる。
(よ、良かったぁ! うぅ! 良かった! もう大丈夫なんだ。トーマスさん!)
するとダグラスは右手で虹のオーブを高らかに掲げた。騎士達が一斉に拳を胸にあて騎士団のポーズをとる。
「これで遠征の目的は達成した! トーマスの状態を見て明日は帰還準備に入る! ギリア帝国軍騎士団に栄光あれ!」
その言葉とともに騎士たちは腰から剣を抜き、天へと掲げて口々に雄々しい声を出した。翼竜たちも口から炎を吹いて騎士とともに遠征終了の喜びを分かち合う。
ダグラスは帝国軍の遠征の終了を高らかに宣言したのだ。
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