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第三十二夜 高速バス
しおりを挟む大学生活の最後に、彼氏の翔太と神戸へ行く事にした。
「えー、東京から神戸まで高速バスなの?疲れるじゃん。」
「じゃあ、翔太が別のツアーを申し込んでくれたら良かったじゃん。」
「えー、面倒くせぇ。お前が車持ってたらなぁ、車で行けるのによぉ。」
「じゃあ、翔太がレンタカー借りてきて運転してくれれば良いじゃん。」
「えー、俺が運転すんの、面倒くせぇ。お前が神戸に行きたいっていうから、俺だって仕方なく行くのにさぁ、酷くねぇ?」
「‥‥。」
彼氏の翔太とは大学に入学して間もない頃に付き合い始めた。当時はこんなにチャラチャラしていなかった。むしろ真面目で大人しい印象だった。
翔太は一年生の後半から、先輩の紹介でホストのバイトをするようになり、外見も性格もチャラチャラしだした。収入が増えた分お金遣いも荒くなった。
それでも就職活動では、髪を黒く染めてまわりよりも一早く内定をもらっていたちゃっかり野郎だった。
それにお客さんや学校の後輩と浮気してるのでは?と私は少し疑ってもいた。
今回の旅行も、ホテルや宿にお泊りなしの車中泊のバスツアーを申し込んだ。
ツアーの帰りにバスの中で別れ話をして、そのまま解散アンド永久にさようならをするつもりだった。
旅行当日、翔太と駅のバスターミナルへ行き、夜の便に乗った。バスの真ん中に席はあった。
「ちょっ、タバコ吸いてぇ。SAとかまだ?ねぇ、ガム持ってねえ?」
「はぁーっ。翔太、まわり皆んな寝てるから静かにしなよ。」
「はぁ?何で起きていたい奴も寝なきゃいけねーの?金払ってんだし、自由じゃねーの?」
「‥‥私は寝るね。」
「何かなぁ、来なきゃ良かったなぁ。」
翔太がそう言ってふて腐れてるのを私は横目で見て、しめしめとほくそ笑んだ。こうやって少しずつ私の嫌なところを見せて、別れ話をしやすくしたかったのだ。
それでも、バスが神戸に着き、翔太と二人で買い物をしたり、食事をして、ブラブラ歩いたりするのは案外楽しかった。
別れ話をするのが少しもったいなく感じる事もあった。
一日があっという間に過ぎて、帰りのバスに乗る時間が来た。
翔太と私は運転席の真後ろの席だった。
「アハハ、運転手のベルト、エルメスだった。頭も格好もチャラいんですけど。アハハ。」
「シーッ、聞こえるでしょ。それに翔太も他人の事言えないじゃん。」
「アハハ、本当だ。ハハハハ。」
「はぁーっ。疲れた。」
「お前も寝ろよ。俺も疲れたから、帰りは寝る。」
「あっ‥‥。」
翔太は、バスに乗るとすぐに寝てしまった。私は別れ話をすぐにするつもりだったので、拍子抜けしてしまった。
でもまだバスが東京に着くまえとか、バス停からの帰り道で別れ話をするチャンスはある。
それにうるさい翔太が静かになったので、帰りのバスでは寝られそうなので、ほっとした。
バスが走り出して二回目のSAを出た後から、バスが蛇行をする様になった。座席から身を乗り出して運転手を見ると、こっくりこっくりと舟を漕いでいた。
私は慌てて、運転手を起こそうと、激しく運転手の背もたれのあるあたりを足でけったり、激しく足踏みをしたり、手でもドンドンと背もたれを叩いて起こした。
すると、運転手はふっと目を覚まして、前の車に迫ってる事に気付き、ブレーキを踏んだ。
私はほっとした。だがそれも束の間、運転手はすぐにまた居眠りをし、蛇行とブレーキを繰り返した。
私が運転手の居眠りの度に起こしてあげたおかげで、バスは無事に東京へ着いた。
私は運転手に腹が立って仕方なかった。よっぽどお客さん皆んなの前で、居眠りを暴露してやるか、バス会社にクレームをつけてやろうかと思った。
だが、帰り際に一人のお客さんが私に会釈してお礼を言ってくれたので、少しだけ怒りを鎮める事ができた。
そして私は、運転手の居眠りのせいで翔太に別れ話をする事を忘れていた事に気付いた。
「あっ、翔太。帰りにさぁ話が‥‥。」
「真紀。俺さぁ、就職が決まったらお前に言うつもりだったんだけど、働いてお金が貯まったら、式を挙げて結婚しよう。」
「へ?」
「あと、はいこれ。婚約指輪。やっと指輪も買えたし、ゴールデンウィークにお前とハワイへ行くお金や車買うお金も貯まったから、ホストはもうやめたんだ。‥‥あと、浮気はまじでしてないから。お客さんと食事した事はあるけど。」
「あっ、でもそんなに私が好きなら、何でいつも態度悪かったの?今回だって、文句ばっかり言ってさあ!」
「いや、なんかこの旅行の最後にサプライズしたかったし、ばれたくなかったから必死だったんだけど、変だった?あと、チャラいキャラも社会人になったらやめるんだ。また真面目で地味な俺になっちゃうけど、良い?」
「‥‥はい、喜んで。」
私は翔太のサプライズにすっかり別れ話の事を忘れてしまっていた。
でも別れ話をしなくて良かったなぁとつくづく思ってしまった。
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