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第九十九夜 タケル君
しおりを挟む昭和二十年八月十五日の終戦の日以降、日本は史上初の食糧難に陥っていた。戦後、戦争によって命を脅かされる事は無くなったとはいえ、食べる物もなく、生きる事の大変さを、国民全員が知る事となった。
しかし、五年後の朝鮮戦争による戦争特需の恩恵を受け、日本は高度経済成長期へと突入していき、その後も昭和三十九年の東京オリンピック前後から冷蔵庫やテレビが普及するなど、国民の生活は徐々に向上していった。
そんな目まぐるしく変わっていく日本情勢の中、小学一年の頃に太平洋戦争の終戦を経験していたタケルも、いまや二十五歳の立派な青年になっていた。
タケルは大手の企業に就職し結婚もして、今は二児の父親となっていた。
「‥洋子、太一、カラーテレビが来たぞ!」
「わーい!お父さん早くテレビつけてよ。」
「よし!‥あれ、電波が悪いな‥。」
「他のチャンネルに合わせたら?僕がチャンネルを回すよ。」
「ちょっと、私が回すんだから!」
タケルは今日、会社のボーナスでカラーテレビを買ってきていた。子供達の反応は、予想通りだった。
テレビ画面から出てくる、カラーの動く画面に子供達は興奮していた。チャンネルを取り合い、テレビに夢中になっていた。
「アハハ、こらこら、落ち着いて。テレビが
壊れちゃうぞ。」
「‥あー!映像が消えちゃった‥。」
買ってきたばかりのテレビだったが、電波の受信具合はあまり良くはなかった。
「どれ、お父さんが直してやろう。」
タケルはそう言って、テレビをボンボンと叩いた。
「おー、凄い!映像がまた出てきたよ。」
「‥‥でも、なんかこの映像変じゃない?女の子が一人で映ってるだけだよ。‥‥女の子、私達の事‥見えてるみたい。‥ほら、目が合った。」
『‥おーい、あんた達だれ?』
タケルの子供達は震えていた。テレビ画面に映っている女の子が、自分達に向かって話しかけてきたのだから、無理もない。
『おーい‥聞こえてる?』
「うわぁー!逃げろー!」
「あっ、ちょっと待って。私も行く!」
とうとう子供達は、テレビの前から逃げて行ってしまった。
だが、タケルは違った。あの日本敗戦の日、田んぼの向こうに見えた、色鮮やかな幻の少女の事を思い出していたのだ。
「おーい。」
『‥おじさん誰?』
女の子はテレビ画面から返事をしてくれた。
「僕、タケルだよ。」
『えー、何聞こえないよ。あんた誰?』
「だから、タケルだよ。」
テレビ画面の中の女の子とその周りの景色は、やはりとても色鮮やかだった。僕が女の子にもっと話しかけようとしたところ‥‥、テレビのチャンネルが、切り替わってしまった。
「あっ‥‥。」
タケルは、女の子の映っていた画面が消えてしまった事を、残念に思った。‥それに、あの女の子とはもう二度と会う事はないだろうと思った。
「おーい、皆んな戻っておいで。テレビが直ったよ。」
「「はーい。」」
「里美?オンラインの準備は出来たのか?」
「うん、‥でも今ちょっとバグったかも。」
「なんだ、不具合か?」
「ううん、もう大丈夫。あっ、英語の先生が出て来た。‥‥『ハロー!』」
『ハロー、サトミ!トゥデイズ レッスン
‥‥‥』
里美は、夏休み中にオンラインの英会話レッスンを受ける為、マイクやカメラをセットし、パソコンの前にスタンバイしていたのだ。
ところが何かの不具合で、見知らぬどこかの家庭と回線が繋がってしまったようなのだ。
テレビ画面の中の子供達やお父さんらしき人が何か喋っていたが、向こうにマイクが付いてなかった為、何を話していたのかは分からなかった。
不具合はすぐに解消されて、画面はすぐに英会話レッスンの画面に切り替わったが、先程の不具合画面に映っていたお父さんらしき人に、里美はなんとなく懐かしさを感じていたのだった。
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