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帰って来た第一王子
しおりを挟む「ルナール、ひとりぼっちで泣いて、どうしたんだい?」
急に話しかけられ驚いて振り向くと‥なんとこの国の第一王子ニーチェ様がそばに立っていらっしゃいました。
「‥殿下、留学から帰って来られたのですね。」
「ああ、今日の夜会も僕の帰国を歓迎する為のものなんだ。ところで、何を泣いてたんだい?‥‥服もこんなにされて‥着替えてくると良い。」
ニーチェ様‥優しくて頼もしい、私のお兄様のようなお方‥本当に帰って来て下さったのですね。
私は嬉しくて、ますます涙がとまらなくなりました。
「‥ゲーテはどこに?」
「あの‥皆さんに挨拶をしに‥‥。」
「ずっと一人の女性と踊りながら‥皆んなに挨拶を?」
「‥‥。」
ニーチェ様、私が望んだ事なのです。そう言おうとしても言葉が出ませんでした。
いくら自分が望んだ結果とはいえ、自分の心が折れそうになっていたのも事実です。
私の心は傷付いていたのです。
私はニーチェ様に何と返せば良かったのでしょう‥。
「‥‥君も辛いな。ゲーテはリリーを愛している。君は愛されていない。そればかりか蔑ろにされているではないか。‥僕がどうこう出来る事ではないが、良ければ婚約破棄ができないか父上に話してみようか。」
「ニーチェ様、ありがとうございます。そうすればリリー様はゲーテ様と婚約出来るのですね。嬉しいです。
‥‥私は正直なところ苦しかったのです。私という存在があのお二人の仲を割いてしまったのですから。私さえゲーテ様の婚約者にならなければ、ゲーテ様は心置きなくリリー様と愛を育めたのでしょうから。」
「それはどうかな?あの二人は君という障害があるからこそ、お互いの恋愛に盛り上がれるのだと思うけど‥。」
「あの、それはどういう意味なのですか?」
「ゲーテは君を虐げる事によって、リリーに自分の愛情の深さを表現しているんだ。つまりね、僕は婚約者のルナールを放っておいてまで、リリーの為にずっと一緒にいるのだよ、それほど君を愛しているのだよ、と暗に伝えているのだよ。」
「‥‥。」
「そしてリリーは、ゲーテが君を蔑ろにしてる事や、君より自分を優先してくれる事が嬉しくて仕方がないらしい。」
「‥‥。」
「それに、見てごらん。バルコニーにいる二人の男を。彼らの二人を見る表情は、なんと辛そうなんだろう。ゲーテを憎々しげに見てみたり、楽しそうなリリーを見て切なそうな顔をしたり、実に哀れだ。」
「バラード様とラッセン様が、リリー様を慕ってらっしゃる事はよく存じています。」
「そうだね。その為に君はあの二人とリリーに、悪役令嬢のレッテルを貼られてしまった。そして、ありもしない嫌がらせや罪を捏造された。」
「‥‥ご存知でしたか。」
「ああ、それに君がその事に対して口を噤んでいるのは正しい事なのだろう。君の父上であるフォックス公爵は、自身の領民には好かれているが、その清廉潔白さゆえ、他の貴族達からは疎まれている。
君自身も正義感の強さと真面目さは美徳だが、時としてそれは様々な場面で軋轢を生む。それに君は自身に厳しすぎるし、自虐的だ。それ故の無表情なのだが、はたから見れば無愛想な女性という印象しか他人に与えない。
つまり、君が何を言ってもまわりは信じないし、君の話すら聞く耳を持たないだろう、という事だ。」
「全てニーチェ様の言う通りだと思います。」
「つまり僕が言いたいのは、ゲーテと君の婚約解消について父上へ話してみるが、それは君をあの狂った連中から解放する為なのだ。あの連中と付き合うには、君はあまりにも純真無垢だ。」
「私とゲーテ様が婚約解消をしたら、必ずしもリリー様がゲーテ様の婚約者になるとは言い切れないとおっしゃるのですか?」
「いや、リリーは聖女だから可能だ。だがリリーがそれを良しとするかは微妙だ。リリーはバラードとラッセンの愛情も独占していたいらしいからね。」
「えっ?」
「ごらん、バラードとラッセンの辛そうな顔を見るときのリリーの嬉しそうな顔を。」
「‥!」
「ゲーテとリリーはお互いの愛を盛り上げる為の道具として、君やあの哀れな男二人を利用しているのだよ。‥‥まぁ、二人がそれを意識してやってるのかどうかは分からないが‥。」
「‥‥。」
「ルナール、僕が君を送ろう。辛い事を言ってしまってすまなかった。」
ニーチェ様は、そう言って私の背に手を回し、馬車までエスコートして下さりました。
馬車の中でもずっと私の手を握り、私に静かに寄り添って下さいました。
そして私が家へ入ると、中に入る事もなくそのまま馬車で帰って行かれたのです。
ニーチェ様、私はやはりゲーテ様とリリー様が婚約される事が、お二人の一番の幸せだと思うのです。
そうでなければ、ゲーテ様の本当の幸せとは一体何なのでしょう。
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