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03 そのアンサンブルを、探し続けていた
しおりを挟む夜空をまたたく星のように、サラサラとこぼれ落ちる銀色の髪。
――どこにでもあるような、クセの強い神経質な黒髪が、夜明けのように覆い隠されていく。
中性的な美貌の上にのせられた青いシャドウが、神秘的な雰囲気を創り出す。
――単に比較的童顔というだけの凡庸な顔面が、歌舞伎役者の女形のように塗り替えられていく。
硬質なガラスのように透明感のあるブルーの瞳。背中に生えた柔らかな翼が、俺を人間の枠から弾き出す。
――コンタクトガラス一枚越しに見る世界が、色を変える。背中の翼に、重さを感じさせてはいけない。現実の『遥』は消えた。もう、この世界のどこにもいない。
さあ……『Ruka』の、時間だ。
*
「すごかったっ!もう、すっごかった!」
「やかましい、このオタンコナスっ!恥ずかしいでしょうが!」
Rukaに一喝入れられて、私はハッとして周りをキョロキョロした。見るとスタッフさんたちがクスクス笑っていて、慌ててペコペコと頭を下げておく。なんだか、Rukaと出会ってからずっとこんな感じでフワフワしてる気がする。
いつもの私じゃないみたいな、夢でも見てるみたいな感覚。
「だって、ホントに魔法みたいで……」
「ああもう、恥ずかしいヤツっ」
Rukaが真っ赤な顔でそう言って、キラキラしたウィッグをかなぐり捨てるみたいに脱いだ。見てるそばからメイク落としで顔を拭って、みるみるうちに『仮面』が剥がれ落ちていく。
今日のRukaの仕事は雑誌のモデル撮影だったらしいけど、一つフラッシュが焚かれるたびに、彼は『人間』を捨てて『天使』に近付いていくように見えた。つくりものの翼が、本物に見えてくる。一度も笑わないのに、ふとした『表情』が天使の存在を感じさせる。
「歌手って、こういう仕事もやるんだね……」
「お前、忘れてるみたいだから一応言っておくけど、俺はアイドルだから。世に言うミュージシャン?音楽だけやって生きてくことを許されてる人種とは違うの。ビジュアルも売ってかなきゃならないわけ」
「……歌がすごすぎて忘れてた」
正直にそう言うと、Rukaは呆れたような表情を浮かべた。
「あっそ。別に……それならそれで、いいけど。どうせ、好きでアイドルやってるわけじゃないし」
「そうなの?」
「その方が沢山の人にレニの曲を聞いてもらえるって、社長がそう言うから続けてるだけ」
それは、今まで彼の言葉にまとわりついていた『トゲ』が、何もかも抜け落ちたような。そんな『思わず』こぼれてしまった本音だと、そう直感した。
「でも、本当にホンモノの天使様がいるみたいだった!」
「お前、高一にもなって恥ずかしくないわけ……でも、まあ、ウソを信じさせるのが俺の仕事だから。そういうの素人なお前がそう思うなら、俺のハリボテな鎧もまだ少しはごまかせるって事じゃないの」
淡々と口にしながら、Rukaはスルスルと『変身』を解いていった。
「……俺のハダカ、そんなに見たいの?」
ジットリとした目で睨みつけられて、私はようやく彼がシャツを着替えようとしてることに気付いた。
「ごっ、ごめん!外出てるからっ!」
「いい。いちいち面倒くさいし。覗きの趣味がないなら、後ろだけ向いてれば?」
「はいっ」
頬が熱くなるのを感じながらクルリと後ろを向くと、見ていたみたいなタイミングで電話が鳴った。
「……あ、社長だ」
「……は?」
「ちょっと電話出るね」
「ちょっとまてイヤな予感しか」
ぴっ
『やぁ、アスカ君。ルカ君の撮影は終わったかな?彼もそこにいるよね。ちょっとスピーカーにして欲しいな』
(相変わらず、言いたいことだけ言う人だなぁ)
いつものように感心してると、Rukaが苦虫を何十匹かスムージーにして飲んじゃったみたいな(想像すると気持ち悪い)顔をしていた。
ぴっ
『あーテステス、ルカ君きこえてるかな?久々のモデル撮影お疲れ様』
「嫌味ですか、どうも」
『あっはは、面白い冗談だね!さて、前線復帰祝いを兼ねて、君にプレゼントを贈ろう』
「……どいつもこいつも、人の話聞けよ」
そう言って、Rukaが頭痛をこらえるように眉間を押さえた。彼の周囲は、そんなに人の話を聞かない人であふれてるんだろうか。
『僕が君に贈るのは、ズバリ、君だけのバンドメンバーだ。おめでとう、今日が初顔合わせの日になったからね!記念すべき日だね。それじゃ、楽しんで』
「っちょ、なにっ」
ぴっ
「……切れちゃったね。電話」
「――っ!」
言葉もない、という感じでRukaが頭をかきむしった。
ぽんっ
「あ、メール」
「……なんだって?あのクソギツネは」
送り主はRukaが確信していた通りに社長だった。
「『マネージャー君に連絡するの忘れちゃったから、二人で仲良く行ってきてね!ちなみに、割と急がないと遅刻しちゃうと思うよ!』だって」
ぽんっ
「俺の方に、住所と時間きた……って、はあっ?」
みるみるうちに顔面蒼白になっていくRukaに、私は首を傾げた。
「どうしたの?」
「しんっじらんない、あのバカ社長……急いで出るよ。正直どれだけ急いでも間に合うか分からない。初顔合わせで遅刻とか、本気でありえないからっ」
「私、表出てタクシーつかまえとく!」
「頼んだ。俺は挨拶してくるからっ」
Rukaと反対の方向に向かって駆け出しながら、私はメガネをはずしてピンクのウィッグを手早くつけた。すれ違ったスタッフさんが、ギョッとした顔で見てたけど、そんなの気にしていられない。
あとで、ちゃんとお化粧もしないと。お行儀は悪いけど、タクシーの中でさせてもらおう。
ピカピカに磨かれたガラスに映った私は、ギタリスト『アスカ』のスイッチが入った顔をしていた。
(鎧は、捨てた……これが、本当の『私』)
何かが始まる、予感がしてる。
*
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