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03 そのアンサンブルを、探し続けていた ②
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……ただ、そんな『始まり』は、残念な5分の遅刻からスタートを切った。
「っ、すみません、遅れましたっ!」
「ごめんなさいっ!」
二人で叫んでスタジオに飛び込んだ瞬間、肌を突き刺すみたいにピリピリした空気が全身を襲った。
「ほぅん……ルカが遅刻なんて、どんな天変地異やん?それもカワイイお嬢ちゃん連れて」
オシャレメガネに、オシャレヒゲに、中途半端な関西弁に、ベースとかいうコテコテにキャラの立ってるお兄さんが、ニコニコ笑ってこちらに手を振った。
「…………」
その奥では、高そうなヘッドホンをしたロングヘアのイケメンさんが、チラリとこっちを見ただけで黙りこくって座っている。
そんな明らかにチグハグな空間を見て、Rukaはホッとしたように息を吐いた。
「やっぱり、スガさんとウツミだったんだ。とりあえず、腕には問題なさそうで安心した」
「そりゃ、あの社長が中途半端なメンバー寄越すわけないやん。と、まあ、ウツミとは意外と初めて仕事するんだけど、さっきちょーっと話して意気投合したんで、バッチリやで」
(え、これで……?)
きっと、このスガさんという人は、意気投合の意味を分かってないんだと思う。
「ん。仲良くやってるみたいで安心した。まあ、ウツミもスガさんの音聞いたことあったから、初めて仕事する気がしないんじゃない?」
「……ん」
Rukaの声に、初めてウツミという人がリアクションらしきものを見せた。と言っても、頷いただけだけど。
(そして、Rukaもこれを見て仲良しだって判断できちゃうの……)
気が遠くなりそうな思いで、どうやら『仲良し』らしい三人を眺める。
「んで、問題はその嬢ちゃんでしょ。どうも、ルカと仲良く遅刻してくる程度には『仲良し』さんみたいやし?腕は確かだと思って安心してて大丈夫なん?」
「っ、別に俺は……そもそも俺は、こいつと昨日会ったばかりだし、勝手について来てるだけだから仲良しでもなんでもない。っと、紹介がまだだったけど、こいつは……トサカ?」
「まだ覚えてなかったのっ?しかも『カ』しか合ってないし!アスカです、ギターやってます!」
ばっ、と頭を下げると、値踏みするような視線を感じた。
「へぇ。アスカってミュージシャン、ぶっちゃけ掃いて捨てるほどいる気がするんやけど、お嬢ちゃんみたいな子が弾いてるって曲は聞いたことないねぇ」
「あの、あんまり曲持たせてもらってないので……」
「まあ、その見た目は確かに使ってもらうの難しいかもしれん……あ、別に年齢とか性別をバカにしてるわけじゃないんよ。俺達も同じようなもんだから」
ん?と、スガさんの言葉に首を傾げると、彼は苦笑しながら自分自身を指差した。
「俺達も高校生」
「ええっ!」
「まあ、俺達はあんまり高校生には見えないから、お嬢ちゃん達よりはラクさせてもらってっかね。でもま、見た目のハンデは言い訳にならないわな?」
うっそりと微笑まれて、私はグッと言葉に詰まる。多分、このスガさんとウツミさんという人は、年齢のハンデを実力でねじ伏せて『プロ』をやってる人だ。私みたいなプロもどきとは違う……この人たちはとっくに、Rukaと社長と、そして世間に認められてRukaの曲を弾いてる。
それでも。俯くな。顔をあげろ。たった一つ、誇れるものを思い出せ。
「でもっ『Ruka』の曲を誰よりも聞いて、誰よりも弾いて、理解してる自信はありますっ!」
「……へぇ。Rukaの、ねぇ」
一瞬で、突き刺さる視線の圧が増した。スガさんは相変わらずニコニコしてるけど、奥に座ったままのウツミさんから、敵意を隠しもしない視線が飛んできて、息が止まった。
「ウツミ」
「…………」
スガさんの声に、ウツミさんは黙って頷いてヘッドホンを置くと、スタスタと歩いて行ってドラムの椅子に陣取った。スティックを取って目を閉じるウツミさんに頷くと、スガさんは私の方に顎をしゃくった。
「ほら、嬢ちゃんも準備しい。合わせるんなら何がええ?俺かウツミの叩いてる曲だとフェアじゃないし」
「『Lyra』が聞きたい」
ポツリとRukaが呟いた。
こと座を意味するタイトルのついたその曲は、そのままこと座の神話がテーマになっている。天才的な音楽家オルフェウスが妻を亡くした悲しみから、黄泉の国の神様に音楽で語りかける。そこから先の悲しい結末に至るまで、音楽と死を隣り合わせに描いたメッセージ性の高い曲だ。
そして、技術力だけでなくRukaの……Leniの曲の中で最も『解釈』が求められる曲でもある。自分に問いかけ、誰かのために『聞かせ』なくてはならない。
ただ、私にとって……問いかけるべきなのは『私』じゃない。
「弾きます」
迷いなく頷いて、準備されていたアンプに『相棒』を繋げるだけでよかった。軽くチューニングを済ませて頷くと、スガさんも頷いた。
「一般常識で考えて、初顔合わせでキッチリ音合わせるなんてムリな話や。でも、ここにいる連中……こと『Leni』と『Ruka』の曲に関して言えば話が別。頭がおかしくなるくらい聞いて、自分が一番理解してるって譲らんものを持ってる。CD通り……それなら、初対面でも合わせられるやろ」
あくまでその通りに弾けるなら、言外にそう言われてる気がした。優しそうにニコニコしている表情が、心を許してない空っぽの笑顔だってことは丸わかりで、彼の要求する最低水準をクリアできなければ仲間として認める気は全くないのだという声が伝わってくる。
……ただ、そんな『始まり』は、残念な5分の遅刻からスタートを切った。
「っ、すみません、遅れましたっ!」
「ごめんなさいっ!」
二人で叫んでスタジオに飛び込んだ瞬間、肌を突き刺すみたいにピリピリした空気が全身を襲った。
「ほぅん……ルカが遅刻なんて、どんな天変地異やん?それもカワイイお嬢ちゃん連れて」
オシャレメガネに、オシャレヒゲに、中途半端な関西弁に、ベースとかいうコテコテにキャラの立ってるお兄さんが、ニコニコ笑ってこちらに手を振った。
「…………」
その奥では、高そうなヘッドホンをしたロングヘアのイケメンさんが、チラリとこっちを見ただけで黙りこくって座っている。
そんな明らかにチグハグな空間を見て、Rukaはホッとしたように息を吐いた。
「やっぱり、スガさんとウツミだったんだ。とりあえず、腕には問題なさそうで安心した」
「そりゃ、あの社長が中途半端なメンバー寄越すわけないやん。と、まあ、ウツミとは意外と初めて仕事するんだけど、さっきちょーっと話して意気投合したんで、バッチリやで」
(え、これで……?)
きっと、このスガさんという人は、意気投合の意味を分かってないんだと思う。
「ん。仲良くやってるみたいで安心した。まあ、ウツミもスガさんの音聞いたことあったから、初めて仕事する気がしないんじゃない?」
「……ん」
Rukaの声に、初めてウツミという人がリアクションらしきものを見せた。と言っても、頷いただけだけど。
(そして、Rukaもこれを見て仲良しだって判断できちゃうの……)
気が遠くなりそうな思いで、どうやら『仲良し』らしい三人を眺める。
「んで、問題はその嬢ちゃんでしょ。どうも、ルカと仲良く遅刻してくる程度には『仲良し』さんみたいやし?腕は確かだと思って安心してて大丈夫なん?」
「っ、別に俺は……そもそも俺は、こいつと昨日会ったばかりだし、勝手について来てるだけだから仲良しでもなんでもない。っと、紹介がまだだったけど、こいつは……トサカ?」
「まだ覚えてなかったのっ?しかも『カ』しか合ってないし!アスカです、ギターやってます!」
ばっ、と頭を下げると、値踏みするような視線を感じた。
「へぇ。アスカってミュージシャン、ぶっちゃけ掃いて捨てるほどいる気がするんやけど、お嬢ちゃんみたいな子が弾いてるって曲は聞いたことないねぇ」
「あの、あんまり曲持たせてもらってないので……」
「まあ、その見た目は確かに使ってもらうの難しいかもしれん……あ、別に年齢とか性別をバカにしてるわけじゃないんよ。俺達も同じようなもんだから」
ん?と、スガさんの言葉に首を傾げると、彼は苦笑しながら自分自身を指差した。
「俺達も高校生」
「ええっ!」
「まあ、俺達はあんまり高校生には見えないから、お嬢ちゃん達よりはラクさせてもらってっかね。でもま、見た目のハンデは言い訳にならないわな?」
うっそりと微笑まれて、私はグッと言葉に詰まる。多分、このスガさんとウツミさんという人は、年齢のハンデを実力でねじ伏せて『プロ』をやってる人だ。私みたいなプロもどきとは違う……この人たちはとっくに、Rukaと社長と、そして世間に認められてRukaの曲を弾いてる。
それでも。俯くな。顔をあげろ。たった一つ、誇れるものを思い出せ。
「でもっ『Ruka』の曲を誰よりも聞いて、誰よりも弾いて、理解してる自信はありますっ!」
「……へぇ。Rukaの、ねぇ」
一瞬で、突き刺さる視線の圧が増した。スガさんは相変わらずニコニコしてるけど、奥に座ったままのウツミさんから、敵意を隠しもしない視線が飛んできて、息が止まった。
「ウツミ」
「…………」
スガさんの声に、ウツミさんは黙って頷いてヘッドホンを置くと、スタスタと歩いて行ってドラムの椅子に陣取った。スティックを取って目を閉じるウツミさんに頷くと、スガさんは私の方に顎をしゃくった。
「ほら、嬢ちゃんも準備しい。合わせるんなら何がええ?俺かウツミの叩いてる曲だとフェアじゃないし」
「『Lyra』が聞きたい」
ポツリとRukaが呟いた。
こと座を意味するタイトルのついたその曲は、そのままこと座の神話がテーマになっている。天才的な音楽家オルフェウスが妻を亡くした悲しみから、黄泉の国の神様に音楽で語りかける。そこから先の悲しい結末に至るまで、音楽と死を隣り合わせに描いたメッセージ性の高い曲だ。
そして、技術力だけでなくRukaの……Leniの曲の中で最も『解釈』が求められる曲でもある。自分に問いかけ、誰かのために『聞かせ』なくてはならない。
ただ、私にとって……問いかけるべきなのは『私』じゃない。
「弾きます」
迷いなく頷いて、準備されていたアンプに『相棒』を繋げるだけでよかった。軽くチューニングを済ませて頷くと、スガさんも頷いた。
「一般常識で考えて、初顔合わせでキッチリ音合わせるなんてムリな話や。でも、ここにいる連中……こと『Leni』と『Ruka』の曲に関して言えば話が別。頭がおかしくなるくらい聞いて、自分が一番理解してるって譲らんものを持ってる。CD通り……それなら、初対面でも合わせられるやろ」
あくまでその通りに弾けるなら、言外にそう言われてる気がした。優しそうにニコニコしている表情が、心を許してない空っぽの笑顔だってことは丸わかりで、彼の要求する最低水準をクリアできなければ仲間として認める気は全くないのだという声が伝わってくる。
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