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雪白楽

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07 バラバラの五線譜を抱き締めて ⑤

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 やることなんて、決まっていた。

「すぅうううがぁああさぁぁあんっ!」

 スガさんの自宅に突撃すると、ルカの家に押しかけた時を同じように二階の電気で在宅を確認。スガさんは、地獄のピンポンダッシュ(ダッシュの工程ないけど)ではやっぱり出てこなかったから、全力で叫ぶしかなかった。


 ガラッ

「やかましいわっ!アンタそれでも高校生かっ!」


 ピシャン

 二階の窓から顔を出して叫んだスガさんは、すぐに顔を引っ込めて、ものの数秒で玄関を開けてくれた。どこかげんなりした表情のスガさんに首を傾げると、じっとりとした視線を向けられた。

「ルカの家に押しかけるって聞いたときも、よくアイツがすんなり家にあげたなって思っとったけど、これは開けるしかないやろ。ズルいわ」
「インターホンより聞こえやすいじゃないですか」

「いや、何のためにインターホンあると思ってるんや。電子機器の存在意義見失ってるやん。出ないってことは、いないか出たくないかのどっちかやろ。そっとしといてや」
「でも、どうしても話がしたかったんです」

 スガさんはオシャレメガネを取って、黒々したクマのできた目元をこすりながら溜め息を吐いた。

「……こんなん、完全にダークホースやん。しゃあないから、入って」

 投げやりに言って、そのまま二階へと上がっていくスガさんに、とりあえず家に上げてもらうことに成功した私はホッと息を吐いた。ここからが、正念場だ。

 前回、勝手に覗いてしまったスガさんの『開かずの間』……実際は『仕事場』だったみたいだけど、とにかくその部屋は相変わらず楽譜の海だった。それどころか、断然前より量が増えていて、海が深まったような感じがする。

 この部屋は、スガさんの心そのものだ。さらけ出されて、削り出された心の欠片かけらが、美しい音になって深海から浮かび上がってくる。私は、海の底に降りていかなくちゃいけない。この人の、本当の心を見つけるために。

「用事は、言わんくても分かってる。連れ戻しに来たんやろ」
「へっ?」
「……はい?」

 私の返事と顔があまりにも間抜けだったのか、スガさんが残念なものを見るような視線を送ってくる。

「えっと、いえ!もちろん忘れてたわけでは、ないんですよ?ただ、まずはお話しようと思ってたんで……ルカの家に行ったときも、半分遊んでた感じでしたし」
「遊んでた?」

「えと、レニの生楽譜見せてもらってました!」
「なんやそれ、羨ましいわっ」

 スガさんが叫んで頭を抱えた。

「ああもうっ、なんや色々言って追い返そうと思ってたのに、気ぃ抜けたわ……本当、アスカちゃんには敵わん」

 そう言って、スガさんは床の楽譜をかき分けて、そこに小さくなって座り込んだ。私もマネして隣に座り込むと、なんだかスガさんが私と同じ高校生だって言うのが分かる気がした。いつもこの人は『大人』なんだって思ってたけど、こうやって膝を抱えて子どもみたいに丸くなって……この部屋に、たった一人。

 自分の紡いだ音の中で、彼が静かに埋もれていく幻影が見えて息を呑んだ。確かに、一人でも大丈夫な人はいるだろうと思う。でも、スガさんはきっとそういう人じゃない。

 どうしてだろう、この人からは『寂しい』という声が聴こえる気がする。

「……俺が勝手に思ってただけなんやけど」

 ポツリと落とされた声に顔をあげると、スガさんは痛みを耐えるように目を閉じていた。

「俺とアンタは、根っこのトコでは同じなんやと思ってた」

 私は迷いなく頷いた。私もそう、思っていた。最初からスガさんは話しやすかった……この人は、私と同類なんだって、心のどこかで気付いていた。

「いつも人恋しくてな、でもそれを表には出せへん。怖いんよ……他人と違いすぎる自分を知られることが。だから『理想の自分』を作り上げて、演じてる」


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