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08 奏でよう、終わりのない夢を ③
しおりを挟む「元々、俺はたった一人のために音楽を始めたんだ。それが、これだけ沢山の人に聞いてもらえるようになって、みんなの前で歌うことがいつの間にか俺の一部になってた」
言葉を切って、息を吸い込む。それは、ルカにとっては口にするだけで、息もできないくらいに苦しいことのはずで。それでも、伝えなければならないという使命感を、ピンと伸びた背中から感じた。
「でも、みんなに隠してたことがある。この一年、俺は声が出なくなってた。もう、歌えないと、思った……捧げるべき音楽が、死んでしまったから」
その言葉の意味を理解した瞬間、会場全体が動揺に震えた。
声にならない悲鳴のような無音が、駆け抜けて押し寄せてくる。
人々とルカの悲しみが共鳴して、耳鳴りのように内側から全身が食い破られそうになる。
「たった一人大切だった、俺がこの場所に立つ理由だった存在は、もうどこにもいない」
パニックが起きてもおかしくない状況なのに、誰もが沈黙を守っていた。それはきっと、この場にいる誰よりも一番、ルカが痛みを感じていることを知っていたから。
「でも、俺は歌うことをやめられなかった。喉が潰れても。心が壊れても。俺には、音楽しかないんだ……それに、歌う理由なら、もう見つけた」
ルカが振り返って、私達ひとりひとりに視線を合わせた。
(大丈夫。ここに、いるから)
頷きを返すと、ルカは小さく微笑んで前を向いた。
「望んでくれる人がいる。聴いてくれる人がいる。それだけで、歌う理由には十分すぎるよね。だから俺は、今までもこれからも、ずっと『Ruka』だ!誰かがこうやって必要としてくれる限りっ!」
《ありがとう!》《ありがとー!》《歌って!》
「たとえ、どれだけカタチを変えても、どうか愛して欲しい。俺はいつまでも、俺のままで歌うから……だから、ひとつだけ『さよなら』しよう」
ルカは言葉を切ると、おもむろに背中へと手を伸ばした。
そこには、デビューの時から決してルカが外さなかった『翼』があった。
彼の象徴。それを、ルカは躊躇いなく引きちぎった。
《―――!》
今度こそ、本物の悲鳴が会場に響いた。
ルカが、翼を棄てた……それは、流れを事前に知っている私たちでさえ、心臓をつかまれたように喉の詰まる光景だった。
つくりものの翼は、いつの間にか私達にとって、本物以上の意味を持っていたから。
「……さよなら」
囁くような言葉が、宙にほどけた。
本当にパニックになりかけていた会場が、静けさを取り戻す。
それは確かに祈りであり、黙祷だったから。きっと、この場にいる、だれにとっても。
目を伏せたルカが、最期の別れを告げるように翼を抱き締めて、そして天に掲げた。
(……きれい、だ)
強い、風。
何もかもを先の見えない未来に押し流していくような突風が、天高く柔らかな羽根を舞い上げて。静かな夜空のように蒼いライトを浴びて人々の頭上に舞い降りる羽根は、夢のように美しい光景だった。
ルカが演出過剰じゃないかと渋った『儀式』は、絶対に必要な時間だった。私達は、知っている。焦がれる者達には、時間が必要なのだということを。ほんの短い時間でも、悼み、祈る時間を。
(さよなら)
胸の奥で、静かに祈りを捧げて。
やがて、夢から覚めるように真白い羽根が宙から消え、翼という鎧を捨てて無防備に立つルカに視線が突き刺さった。それは酷い重圧だったはずだ。それなのに、ルカの凛と立つ姿は今までよりずっと、自信に満ちて頼もしく思えた。
「おとぎ話は……神話は終わった。それでも、夢は、物語は終わらない。終わらせたりなんかしない。形を変えても、歌い続ける。それだけが、俺にできることだから」
強い言葉が、空間を塗り替えていく。痛みに、祈りを。悲しみを、希望を。
「納得できない人も、受けいれられない人もいると思う……俺だってまだ受け止めきれてないんだから。それでも今日は、今だけは、俺達の門出を祝って欲しい。立ち会って欲しい。俺達は、聞いてくれる人が……みんながいないと、輝けない生き物だから」
ルカが両手を広げて高らかに宣言する。ここに『私達』の誕生を。
「俺達は解けない謎を、奏で続ける……今日から俺は『Hydra』のRukaだ」
*
さあ、もう一度いこうか。
音楽を、はじめよう。
*
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