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第1話 タラタラしてんじゃねーよ
しおりを挟む人は、どのラインから他人を友達と呼び始めるのだろうか?
挨拶をしたら?
10分以上話したら?
連絡先を交換したら?
他にも昼休みに焼きそばパンを買ってあげたり、お金を貸してあげたりなど、人それぞれの指標があることだろう。
でも、高校生である僕が自分の中で定めている友達の定義はこうだ。
『休み時間に中身のない会話をしたり、放課後どこかへ一緒に遊びに行く人のこと』
だから、僕の定義に当てはめるならば、僕と甘露さんは決して友達ではない。
なぜなら僕たちは、授業中にしか会話をしないし、放課後どこかへ遊びに行くような関係性でもないからだ。
強いて言うなら、持ち寄ったお菓子を交換したりすることがあるくらい。
だからきっと友達ではないし、向こうも同じように思っているはず。それに、僕なんかがクラスの人気者の女子と友達になろうなんて考えること自体が分不相応なんだ。授業中だけでもお喋りが出来ているだけで、僕は十分に幸せ者だ。これ以上を望むなんて、きっと天罰が下るに違いない。
――そう、思っていた。
5月の中旬、とある月曜日の5時限目のことだった。
「ねぇ塩野、いつになったらウチを駄菓子屋に誘ってくれんの……?」
国語担当の老教師である立花先生が板書をしている隙に、甘露さんが僕の机の脚を軽く小突いてから、言った。
「へ……?」
自分でもマヌケだと思う程の、素っ頓狂な声が出た。
「へ……? じゃないし。前に今度誘ってくれるって言ったじゃん。塩野の今度はいつのことなんですかー?」
甘露さんは珍しく仏頂面を浮かべて僕に難癖をつける。
「で、でもあれは、ただの社交辞令かと……」
「じゃあ塩野はウチに嘘ついてたってこと?」
「う、嘘じゃありません! 冗談だと勘違いしていただけで……」
僕のたじろぎながらの弁明に、甘露さんは「ふーん」と、疑惑の目を一瞬向けるも、その表情はすぐに穏やかさを取り戻した。
「ねね、じゃあ今日は!?」
「で、でも、祖母の駄菓子屋は本当に今にも潰れそうなオンボロなんです!」
こうでも言えば「なーんだ……」と、肩を透かして諦めてくれると思ったのに、当てが外れるどころか、甘露さんの目に更なる輝きを与えてしまった。
「えー、それ最高じゃん! 最近そんなお店全然見かけなくなったし、逆に超レアだよ!」
「な、なんでそんなに僕んちなんかに来たいんですか……?」
「だってウチ、お菓子大好きだもん!!」
微かに……ほんの少しだけ、身の程知らずな淡い期待を抱いていた愚かな僕へ強烈なボディブローをお見舞いするかの如く、甘露さんの弾けるような満面の笑顔が突き刺さる。
うっかり見惚れて……声も出せない。
うっとり見惚れて……体は動かない。
すっかり見入って……時間が止まる。
「ちょっと塩野、急にボーッとしてどしたの?」
「甘露さん……口にチョコついてます……」
「え!? 嘘!? どこ!?」
甘露さんは電光石火の速さで手鏡を取り出し口元をティッシュで拭った。クシャクシャに丸められ、ノートの上に転がるティッシュペーパーは、ほんのり薄紅色に染まっている。
その仕草が、妙に色っぽかった。
チョコを拭った後も彼女は執念深く入念に、手鏡で自分の口元を凝視しながら溢す。
「もー、だからさっきからウチのことガン見してたのー? もっと早く教えてよー!」
「す、すみません。言い辛かったので……」
ここで一旦会話は途切れる。
こんなのこれ以上身が持たない。良かった……助かった……と、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「ねぇ……さっきの返事、まだ……?」
慌てて首をグルンと右へ向けると、甘露さんはこちらを見てもいなかった。でもその横顔は、僅かに憂いを含んでいるかのようで。
「え……えっと……」
「ウチが行ったら、迷惑だった……?」
尚も彼女と目線は合わない。
ここで僕が絞り出した精一杯の言葉は、まるで借金取りに追われる債務者のような、全くもって情けのないものだった。
「い、1週間だけ、時間を下さい……」
「は、なんで?」
ここでやっと視線が合うものの、不可解極まりないと、甘露さんの顔に書いてある。
「僕にも気持ちの準備というか、店も汚いですし、少しでも掃除して綺麗にしておきたいと言うか……」
「そんなのウチ、全然気にしないよ? むしろそっちのほーが老舗って感じするじゃん!」
「僕が嫌なんです!!」
思わず、声を張ってしまった。
「ちょっと塩野声おっきい! しーッ! いくら耳の遠い立花先生でもそれは流石に聞こえちゃうって!」
「あ、すみません……!」
僕らが揃って教壇の方を見ると、立花先生は呑気に窓から雲を見上げている。
フーッと、安堵の息を吐くのも同時だった。
「まぁ塩野がそー言うなら仕方ないね。じゃ、来週の月曜日ってことで。ドタキャンとかなしだかんね?」
「分かってます……」
「これ、食べる?」
少しぶっきらぼうに甘露さんが僕へスッと向けてきたのは、魚のすり身を原材料としたピリ辛風味の駄菓子だった。
「あ、ありがとうございます……」
単なる偶然なのかもしれないけれど、僕はどこか急かされているような気分になった。
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