授業中にこっそり何かを食べている隣の席の金髪派手ギャル甘露さんと陰キャな僕のお菓子な関係

野谷 海

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第2話 きのこたけのこ

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 ――人は何故、争い合うのだろう。

 甘露さんと駄菓子屋へ行く約束をした翌日、世界史の授業中に僕はそんなことへ思いを巡らせていた。

 生まれた国だったり、宗教だったり、文化の違いはあれど、どうしてもっと分け合おうとか、分かり合おうと思えなかったのだろう。

 人類の歴史は戦争の歴史だなんて言われていたりもするし、事実今日でもこの世界のどこかでは争いが繰り広げられている。

「ねえ塩野、戦争しよ?」

 そうそう戦争……

「って、はぁ!?」

 僕が堪らず目をかっぴらいて反応すると、よほど凄まじい形相だったのか、せっかく声をかけてくれた甘露さんまで驚かせてしまった。

「えっ!?」
  
「あっ、すみません、考え事してて……それで、なんでしたか?」

「きのことたけのこ、どっちが好き?」

 彼女は両手に2種類のお菓子を握っていた。

「たけのこ……ですね」

「じゃあ、戦争だ」

 物騒な言葉に反して、甘露さんはなぜか嬉しそうにニコニコしている。

「ってことは、甘露さんはきのこ派でしたか」

「ううん、どっちかと言うとたけのこ派。でもきのこも好きだよ」

「え?   じゃあ戦争にならなくないですか?」

「ウチにとってのきのこたけのこ戦争はね~、どっちがより美味しいかじゃなくって、この論争をする側の人間がどのくらいこのお菓子を愛しているかを競う勝負なの!」

「なるほど……どちらか一方を蹴落とすのではなく、良い面だけに目を向けるということですね?」

「そだよ。そっちのほーがみんな幸せでしょ?」

「流石です甘露さん。どうやったらそんな考えに至れるのか、純粋に興味があります」

「だって本来のアレってさ、極論言っちゃうと男と女はどっちが偉いかみたいな質問だと思うんだよねー。だからどっちがいいか、じゃなくって、どこが好きかで語れよ!   っていうか……ごめんなんか今マジレスしすぎた?」

 この人はもしや、マザーテレサの生まれ変わりなのかもしれない。いや、きっとそうに違いない。彼女を次期総理大臣に推せば、しばらく日本の平和は守られることだろう。


 感心している僕をよそ目に、甘露さんは勝手に戦争をおっ始める。
 
「じゃあウチからいくね!   朝昼晩3食全部たけのこでも3日は飽きずに食べられます!」

 これ見よがしに勝ち誇った顔を向ける甘露さんは、更に僕を挑発するかのように手の平を上にして指をクイクイっと折り「かかってこい」とでも言いいたげなポーズを見せる。

 すぐには対抗できそうなエピソードが思い浮かばずに僕が言葉を詰まらせていると、次に彼女は両手を広げて一本ずつ指を折り始める。カウントダウンが残り3まで進んだ所で、やっと考えが纏まった。

「えーと……1日最高3パック1人で食べたことがあります!」

 必死だったのもあり、また声のボリュームが大きくなってしまう。案の定、世界史の松本先生から指摘が。

「おいそこ、私語は慎みなさい」

「す、すみません!」

 おずおずと隣の席を覗くと、彼女は怪訝な顔で口をパクパクと開閉する。音などなくても「バカ」と言われているのが分かった。

 
 思わぬ第三勢力の介入によって突如として終戦を迎えてしまったことに、僕は多少のもの寂しさを覚えた。

 やむ無く授業に集中し始めた頃、コトン……と、僕が開いていた教科書の上に四つ折りになったピンク色の付箋が着陸した。

 開いてみるとそこには『全校生徒の前で屋上から愛の告白が出来るくらい大好き!』と、付箋の上部に寄せて書かれている。

 愚かな僕は一瞬、ラブレターかと錯覚する。でも違う……これはただ、再戦を申し込まれているだけの言わば果たし状、あるいは赤紙。同じ手紙でも意図は真逆なのだ。

 そんなことよりも、女子と手紙のやりとりなどした事のない僕は、心臓の高鳴りに押し潰されそうになる。

 そんな極限状態の中で、なんとか捻り出した次の一手がこれだった。
 
『たけのこを大量に重ねてベッドにして、その上で寝るのが夢です!』

 付箋を再度四つ折りにして、なるだけ優しく隣の席へと投げる。それを読んだ甘露さんはクスリと笑い、シャーペンを走らせた。

 すぐにこちらの領土へと返ってきた付箋に書き加えられていた『一緒のお墓に入ってほしい』という言葉を見て、僕は堪え切れずに吹き出してしまう。

 これには流石に参りましたの意味を込め、無言で首を垂れる他に選択肢が見当たらなかった。

 甘露さんは大層ご満悦の様子でたけのこのお菓子を一粒つまんで口へ運ぶと、両手を頬に当て微笑んだ。

 幸せそうな彼女を見ていると、不思議と僕もつられて笑う。


 ――こうして僕たちによる世界で一番平和な戦争は、甘露さんの完全勝利で幕を閉じたのだった。

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