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第4話 カントリーマアム
しおりを挟む「どうしよう塩野……ウチ、もう立ち直れないかもしんない……廃人になっちゃうかも」
かつてない程に沈んだ顔の甘露さんは、机に突っ伏して嘆きの声を上げた。
「え……ど、どうしたんですか甘露さん!?」
「コレだよ……」
彼女が取り出したのは、日本人なら知らない人はいないであろう国民的お菓子である、チョコチップ入りのクッキーだった。
「それが、どうかしたんですか?」
「ウチ……これ超大好きなのに……もう愛が溢れ過ぎて、食べ出したら止まんないくらいなのに……このままだと2040年にはこのお菓子は消滅しちゃうって……ネットの記事に載ってて……もう生きていけないよぉ……!」
「あ、あの……甘露さん……その噂ってたぶん、ギャグの一種ですよ?」
甘露さんが目にした記事というのは、昨今の価格高騰や包装資材の値上げなど、様々な要因で昔よりもお菓子の内容量が減っていることを揶揄した消費者が、このままのペースで減少していくと2040年には完全に消滅する計算になるなどと、ネット上で冗談混じりに騒いでいただけの根も葉もない噂なのだ。
「えっ!? じゃあ販売終了しないの!?」
「勿論です。たぶん僕たちがお爺ちゃんお婆ちゃんになっても、きっとこのお菓子は残り続けると思いますよ。僕も大好きですから」
真相を知った甘露さんの目には生気が戻り、心底ほっとしたような表情を浮かべていた。
「よかったぁ……消滅しちゃうなら今の内から節約してちょびっとずつ食べなきゃって思ってたけど、そゆことなら我慢しないでいつも通りに食べちゃおっと! 教えてくれたお礼に塩野にも1枚分けたげる。バニラとココア、どっちが好き?」
僕はどちらかと言うとココアの方が好きだった。でも、ファーストネームが同じの甘露さんに向かって「ココアが好きです」なんて、まるで告白みたいに思えて、つい返答に詰まってしまう。
痺れを切らした彼女は、続けて尋ねる。
「ねぇどっち?」
「こ、ココア、です……」
甘露さんはハッとしたように目元をピクリとさせたかと思えば「は、はいこれ……!」と、僕にクッキーをせかせか手渡した。
「ありがとうございます……」
どういう訳か気まずくなって、しばらくの間、授業に集中するフリをしていた。
音のない時間で僕は、貰ったクッキーをぼんやりと眺めながら自問自答していた。
――なぜ甘露さんは、僕にこんなにも優しくしてくれるのだろう。
以前、彼女を庇ったことはあったけれど、あの程度のこと、ここまで長きに渡って感謝され続けるような大恩では決してない筈だ。
まさか……僕と友達になりたいと思ってくれている!?
いや待て、そんな筈ない。
だって、僕にそんな資格があるなんて、到底思えない。
中学の頃、僕を友達と呼んだ彼らは、僕にパンやお菓子をねだることはあっても、何かを与えてくれたことなど、一度だってなかった。
でも甘露さんは、そんな僕なんかと、対等に接してくれている。
何かを渡したら、同じように何かを与えてくれる。
それには、一体どんな思惑があるのだろう。
いくら考えても、悲しくなるだけだった。
その理由は、決して僕の性格が悲観的だからではなく、これまでの経験がそうさせるのだ。期待するだけ、後の喪失感が大きくなることを、僕は知っている。
だから僕は、今のままで十分。
高望みなどせず、身の丈にあった生活を、これまで通り続けていこう。
僕の思考を遮るように、カチカチッ――と、作為的に誇張されたシャーペンのノック音が聞こえる。
音のする方へ視線をやると、甘露さんが人差し指を向けていた。
「ソレ、食べないの?」
「なんか、食べるのもったいなくて……」
「消えないよ?」
僕の心を見透かすかのような、囁くような声だった。
「え……?」
「塩野が教えてくれたんじゃん。それはウチらがお爺ちゃんお婆ちゃんになっても消えたりしないって」
「そ、そうですね。本当に良いものはこの先もずっと、残り続けますよね」
「そーだよ。それに残るだけじゃなくって、きっとその頃のお菓子は、今よりずーっと美味しくなってるって思わない? あんましよく分かってないけど科学の進歩って凄いらしいじゃん? だからウチ、出来るだけ長生きしてたいなぁ~」
彼女の真っ直ぐで、一点の曇りも見当たらない晴れやかな微笑みは、日陰に慣れてしまった僕の心に光を当てる。
眩しくて、暖かくて、そして眩しい。
でもそれでいて、厭らしさや、傲慢さを、微塵も感じさせない。
――甘露さんは不思議だ。
圧倒的ネガティヴ思考で、とことん悲観的なこの僕にすら、未来への希望を与えてしまうのだから。
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