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第5話 セブンティーンアイス
しおりを挟むぼっちの僕には、休み時間の定位置がある。
それは教室の真向かいにあるバルコニー。教室一個分くらいの何もないスペースの隅にポツンと設置されているエアコン室外機の隣が、僕の永久指定席。
ここが自分の席よりも落ち着く、僕の心の拠り所だった。
クラスの人気者の隣の席になってしまうと、何かと苦労も多いのだ。
休み時間になる度にイケイケな女子たちがこぞって甘露さんの席に群がるせいで、僕は毎度肩身の狭い思いをしている。
別に「邪魔」とか「そこどいて」などの辛辣な言葉を直接投げかけられた訳ではない。ただ、自分で場違いだと感じて、逃げ出すように体が自然と動いてしまう。
柵に寄りかかりながら、ボーッと外の景色を眺めて、今日も平和だなーとか思ったり、近所の幼稚園児のお散歩風景に癒されたり、無料にしては此処は意外と満足度が高い。
唯一文句をつけるならば、室外機からそよぐ、この生ぬるい風だけが玉に瑕。
もう……金曜日になってしまった。
甘露さんと駄菓子屋に行く約束まで、残り3日。時間が経つにつれて、僕の緊張は高まるばかりだった。
時間ってのは残酷だ。人の意思とは反して、早く進んだり遅く感じたり、そんな事を考えていると始業のチャイムが鳴り――ため息混じりに教室へ戻った。
教室へ戻った僕の眼前に広がる、嘘みたいな光景……目を疑いたくなり、まつ毛が抜ける勢いで何度も目を擦る。
「なんで……」
――だ、誰もいない……。
教室は、もぬけの殻だった。
脳内では自分の置かれた状況を整理しきれず、教室内をくまなく見渡す事でやっと理解する。
この時間は、体育の授業だった。
移動を急ぐよりも先に言い訳を考える。ここは下手に体操服に着替えて途中参加するよりも、諦めて仮病を使う選択をした。
びくびくしながら制服のまま体育館に入ると、クラスメイトの皆はバスケットボールの試合中だった。すかさず体育教師の山岡先生から怒号が飛ぶ。
「おい、お前まさか遅刻か!?」
「あ、あのすみません……体調が悪くて、その……」
「本当か? 嘘じゃないだろうな?」
「えっと、あの、その……」
おどおどと口籠る僕を見かねた体操着姿の甘露さんが近付いてきて、助け舟を出してくれた。
「それホントです! 塩野さっきの授業中もしんどそうにしてて……ウチ、隣の席だから見てたんです!」
「そうなのか? 疑って悪かったな」
甘露さんは僕の顔色を伺いながら、尚も続ける。
「先生、塩野まだ顔色悪そうだし、保健室に連れて行ってあげてもいいですか?」
「そ、そうだな、じゃあ甘露、よろしく頼む。塩野も安静にな」
保健室までの道中、僕と甘露さんは一言も会話を交わさなかった。
ゆっくりと保健室の扉を開いた甘露さんは室内を見渡すと、振り返ってフッと微笑む。
「保健の先生いないみたいだよ、ラッキーだったね?」
「は、はい……」
誰もいない保健室に2人きり。なんだこのシチュエーションは……ラブコメとかだと、ここでハプニングとかラッキースケベが起こったりするんだけど。
そんな上手い話がある筈もなく、薄目を向ける甘露さんから事情聴取を受けた。
「それで……なんで授業サボったの? 実は塩野って隠れヤンキー?」
「ち、違います! 体育だったの忘れてて……」
「なにそれウケるんだけど。体調は大丈夫そ?」
「はい……普通に元気です」
「でも一応、熱測ってるフリしときなよ。保健の先生すぐ戻ってくるかもしんないし」
「そ、そうですね……あ、あの、助けてくれて、ありがとうございました……何かお礼しなくちゃですね……」
「ううん。ウチもこの前助けてもらったし。それにバスケって爪折れちゃいそうでイヤだったんだよねー」
長くカラフルな爪を大切そうに見つめる甘露さん。
「そうですか……でも助かりました」
彼女はすぐ目の前の丸椅子に腰掛けているのにも関わらず、僕とは目を合わせずに自らの手を見つめたままで問いかけた。
「てか塩野はさ……なんであの時、ウチのこと助けてくれたの?」
「なんでなんでしょうか……自分でも分からなくて。でも、ここは僕がどうにかしなきゃって……あの時は思ったんです……」
「体が勝手に動いちゃった?」
「そ、そんな感じです」
「優しいんだね、塩野って」
「そんなこと、ありません。僕なんて、クラスじゃただのモブキャラですから……」
「ねぇ、モブキャラってなに?」
「えっと、アニメや漫画とかに登場する、名前も個性もない、脇役中の脇役のことです……」
「塩野には、塩野って名前があるじゃん」
「それは現実ですからそうですけど、それ以外は何もないと言うか……」
「ふーん。モブキャラかぁ……いいんじゃない? それってさ、何にも縛られてないから、これから何にでもなれるってことじゃん? デコレーションする前のスポンジケーキみたいで、それってめっちゃワクワクするよね!」
まただ……甘露さんは、僕の全てを肯定してくれる。僕がどんなに深い闇の中へ篭ろうが、彼女の眩しさは、僕をすぐさまそこから引きずりだしてしまう。
その眩い光を、今の僕ではまだ直視出来ない。
「じゃあウチはそろそろ戻るね」
「か、甘露さん!」
保健室を出ようとする彼女を、勢い余って呼び止めてしまった。
「どしたの?」
何を言おうかなんて決めていない。でも、何かを伝えたかった。
「あ、ありがとうございました。僕、少しでも立派なモブキャラに、なります!」
「うん、ガンバ!」
ささと手を振る愛らしい姿に、体が火照る。
体温計を外すと、37.2℃と表示されていた。
休み時間になると、真っ先に自動販売機へと向かいアイスを買った。おでこに貼った冷却シートだけでは熱冷めやらず、体の中から直接冷やしたかった。
お決まりの指定席でそれを食べると、いつもより少しだけ、甘く感じた。
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