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第2部 新学期
第26話 ハブとマングース。
しおりを挟む10月といえば、飲食店としては閑散期にあたる。焼き鳥たまだも例外ではなく落ち着いた日々が続き、俺たち3人が同時にシフトに組まれることも少なくなってはいたが、この日は久しぶりに全員揃っていた。
「青嶋くん、A卓さんの焼きそば2つお願い。姫、オーダー表ここに置いとくね」
「了解」
「ありがとう」
小浦と後藤さんは仕事にも慣れて、すでに完璧に戦力の一員として数えられていた。小浦は主にホール担当、後藤さんはキッチンにいることが多い。2人もそれが性に合っていると話していた。俺は相変わらず、ホールとキッチンを行き来する何でも屋的なポジションを任されていた。
「焼きそば2つお待ち!」
「はーい!」
小浦の接客は常連さんからも評判が良くて、多くのファンがつくほどだった。
「おねえさん連絡先教えてよー?」
「えー、またですかー?」
小浦がカウンターのお客さんにナンパされていた。やっぱり小浦ともなれば、どこへ行ってもモテてしまうのか。俺は近くにはいたが、ビールを注いでいたから手が離せず、目だけで様子を伺っていた。すると何度か小浦と目が合う。彼女はチラチラと俺の方を見ていたのだ。なんとなく、助けを呼ばれている気がした。
「すみませんお客さん、その子、俺の彼女なんですよ」
「えー!? そうなの? 早く言ってよー。ごめんねおねえさん」
「えっ!? そ、そうなんですよ、すみませーん!」
小浦は顔を真っ赤にさせて、たどたどしくキッチンの方へと引っ込んでいった。ビールを出して厨房へ行くと、後藤さんと小浦がなにやら盛り上がっていた。
「なんの話で盛り上がってるんだ?」
すると小浦が、リズムを刻むような動きで近づいてくる。
「いつからあたしは青嶋くんの彼女になったんですかー?」
「いや、それは助けて欲しそうな顔してたから。迷惑だったならごめん……」
「噂になったらどうするのー?」
言葉とは裏腹に、妙に楽しそうだ。
「そ、そうだな。ごめん、軽率だった」
「それはあたしと噂になるのが嫌ってこと?」
「はい? 小浦が嫌なんじゃないのか?」
「誰もそんなこと言ってないじゃん……」
後藤さんは呆れたようにため息を溢す。
「はいはい2人とも。バイト中なんだからイチャイチャしないの」
「……してないだろ!」
「……してないよ!」
この日の賄いを食べながらの会話は、来週から始まる修学旅行についてだった。
「京都楽しみだね。青嶋くんはどこが気になってる?」
「俺は最終日の遊園地が一番楽しみだな」
「京都じゃないじゃん!」
「だって新しいアトラクションが出来たらしいぞ。じゃあ後藤さんは?」
「私は歴史のある建物や町並みを見て回れたらと思っているけど」
「相変わらず真面目だなぁ……」
「何よ、悪い?」
「褒めたんだよ。小浦も少しくらい後藤さんの落ち着きを分けてもらった方がいいんじゃないか?」
「青嶋くんに言われたくありませーん。そっちこそ姫の脳みそ少し分けて貰えばー?」
「言ったな? 次のテストで勝負だ!」
「いいよー? 姫、勉強教えて!」
「あ、ずるいぞ! 後藤さん、何か困ってることとかないか? 俺なんでもやります!」
「……あなたたち、本当に仲良いわね」
後藤さんは、嬉しそうに笑っていて、俺と小浦はポカンとした顔を見合わせた。
「何がおかしかったの姫?」
「ごめんなさい。なんだかここのアルバイトを始めてから笑う回数が増えた気がするわ」
「まぁ俺というギャグマシーンのおかげかな」
「青嶋くんは笑わせてるんじゃなくて笑われてるんだよ」
「言わせておけば……今度から小浦の賄いだけ量少なくするぞ?」
「そんなことしたら社長に頼んで青嶋くんの時給下げてもらうもん!」
俺と小浦がバチバチと火花を散らしながら睨み合っていると、後藤さんがまた笑い出す。
「あなたたち、まるでハブとマングースね……」
「後藤ちゃん若いのに、よくそんなこと知ってるな?」
突然社長が俺たちのいる座敷にひょっこりと顔を出した。
「本で読んだことがあって。でも今は禁止されているんですよね?」
「儂らが若い頃は沖縄観光と言えば必ずプランに組み込まれてたもんだけどな」
「私も動物同士を闘わせるなんて反対です」
「でも知ってるか? 本当はハブとマングースは仲が悪かった訳じゃないらしいんだ。結局アイツらは儂たち人間のエゴで闘わされていたってことだ。お前らも喧嘩してないで素直になれ。青春しろよー」
そう言い残して社長は去っていった。
「ですって?」
横目で俺たちを見つめる後藤さん。
「すまん……」
「ごめん……」
俺と小浦は目を合わせずに同時に謝罪の言葉を切り出すと、おかしくなってついつい笑ってしまった。今日も平和でいつも通りの日常に幸せを感じていた。
「じゃあ2人ともお疲れ様、気をつけてな!」
「えぇ、ありがとう」
「青嶋くんこそ気を付けてね」
俺は自転車を走らせながら、ずっとこんな日が続いていくんだと信じて疑わなかった。だから呑気に鼻歌なんかを口ずさんで、少し楽しみになってきた修学旅行に思いを馳せていた。
――この時、将はまだ知らなかった。京都で過ごす数日間が、3人の今後を大きく左右することを。彼らの運命が急激に、そして劇的に動き出す、修学旅行の幕が開く。
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