あなたを探して100年愛

神楽倖白

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一章〜(四)

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   ◆

『玲子!何処だ玲子!』
 一人で父親の元に行くなと、あれほど言っていたのに、目覚めた時にはすでに玲子の姿はなかった。
ー置き手紙一枚で全く!迂闊に帰れば今度こそ鎖で繋がれることになるかもしれないのに…!
 取るものも取りあえず、基希は嫌な予感を抱えたまま急いで片山邸へ向かった。
 息を切らしながら勝手口に向かうと、扉は開いていてバタバタと慌ただしく使用人達が行き交っている。
 どさくさに紛れて中へ入ると、一人の女中に見つかってしまった。
『あなたはお嬢様の……!?』
 基希を一目見て玲子の相手だとわかる辺り、もしかしたら話を聞いていたのかもしれないと思い、肩を掴んで捲し立てた。
『玲子はどこにいる、教えてくれ!』
 切羽詰まった基希の気迫にたじろぎながら女中は答えた。
『こ、困ります!旦那様に知れたら大変ですから、お帰り下さい!』
『そんなことはどうでもいい!玲子の居場所は!』
 なかなか答えない女中に苛立つ!
 あまりにも必死過ぎて我ながら情けないが、そんな事を言っている場合ではなかった。
『痛いっ…!』
 気が急くせいで力が入りすぎた!
『すまん!悪かった…頼むから教えてくれないか?』
 女中は唇を噛み締めてしばらく沈黙したが……
『私には、幼い妹がおります……今お暇をいただくわけにはいかないんです…!お許し下さい……』
『だったら尚更わかるだろ!玲子が君に何をした?今助けないと取り返しがつかなくなるぞ!』
『……』
『もういい!』
 皆味方だと玲子は言っていたが、所詮はこれが人間の本性なのかもしれない。
ー自分が一番可愛いのは人の性か…話にならない!
『お待ち下さい!お帰り下さい!』
 女中の静止を振り切って、長く続く廊下を抜け玲子を呼んだ。
『玲子!玲子!』
 すると二階の方に不穏な空気を感じて階段を上がる。
 言い知れぬ胸騒ぎに吐き気がした。
『お前の躾がなってないからだぞ!馬鹿者!』
 男の怒号が階段にまで響き渡り、悪い予感が全身を駆け巡る。
ー何があった!玲子は無事か!?
 急いで階段を上がった先の最初の部屋から、まだ声は聞こえている。
 ノックなどする余裕もなく、バタンと勢いよくドアを開けた!
 するとそこには…ピクリともせず臥せる玲子の姿があり、基希の身体が凍りつく……。
ー嘘だ……!
 その場でへたり込みそうになる足を必死に踏ん張り、玲子の元へ向かう。
 咽返るような血の匂いに頭がくらくらして真っ直ぐ歩けない……
 やっとの思いで玲子の元に辿り着くと、基希は膝を折ってしゃがみこんだ。
『玲子…玲子…起きろ…何してる、ほら、迎えにきたぞ!』
 無惨にも血の海に横たわる玲子を抱き起こし、その頬を撫でてみるが反応はない。
 わずかに残る温もりが、少し前まで息をしていた事を思わせる。
『だから言ったじゃないか……行くなって、やめろって!解りあうなんてできないって…!』
 胸に抱えた玲子の重みが基希の心にもずっしりと伸し掛かり、身体が鉛のように重たくなった。
 嘘でも冗談でもない耐え難い現実を見るのが怖くて、ぎゅっと玲子を抱き締める。
ーこの腕の中には今、玲子がいるのに何故だ…彼女を感じることができない……。
 何とかしてその矛盾感覚を取り除きたくて、そっと口付けてみるが玲子の唇は応えてはくれなかった。
 その瞬間、せき止められていた涙がぼたぼたと溢れ現実を叩きつけられる。
ー俺は認めない!
 まだ温もりの残る身体を揺すり、生き返るかもしれないと一縷の望みに賭けてみる。
ー温かい、まだ温かいんだ!
 だが、強く揺すってみても、暖めようと擦ってみても、すでに玲子は死神に連れ去られた後なのだ。
 生き返ることはない。
 頭ではわかっている…わかってはいるが、それでも諦めきれなかった……!
ー玲子は死んだ……
 血みどろの凄惨な光景を目にしてもなお、信じ難い事実を確かめようと、今にも開きそうな瞼を上げてみたが、玲子は目を開けてはくれなかった。
 死は誰にも平等に訪れる。
 そのことに対して不平等さを感じたことはない。
 どんなお偉いさんだって、どんな美人だっていつかは死ぬんだ。
 だからって少なくとも玲子は!真摯に誠実に生きてきたんだ!
 こんなむごい死に方をしていい人間じゃない……!
ー頼む…生き返ってくれ!
 この世の理を全て無視し、考えを巡らせる己の愚かさに酷く落胆する。
『どうして……どうしてだ!起きろ、目を開けるんだ!俺を見ろ……!目を開けてくれ………!』
 玲子は沈黙のまま…それは永遠の別れを意味していた。
ーこの世は理不尽、そうだったよな玲子……だったらいつまでもこんな所に居ちゃいけない……一緒に帰ろう、俺たちの家へ……
 玲子を連れて帰る為、基希は気力を振り絞って立ち上がった。
『ど、どうするつもりだ…!貴様は何者だ!』
 汚らしい汚物でも見るような目で問いかけてくる父親に基希は言った。
『あなたには関係ない!玲子は俺の妻だ!娘を殺した張本人がそれを気にするなど愚劣極まりない!なんのために…?あぁ、娘が乱心して自害したことにして、自分の責を逃れる為か…はっ!人の親でありながら己が保身の為にここまで残酷になれるとは……地獄の閻魔殿もさぞかし驚かれることだろう。あなたのような悪鬼は地獄にこそ相応しい……』
ーここまでだ、これ以上は言うまい……どれほど痛罵を浴びせたところで、この男には何も響かない。無駄だ。
 基希はこの忌々しい父親への義憤で溢れかえる心を必死に抑えた。
 こんな父親でも真摯に向き合い、話せば分かると本気で信じた玲子を…もう悲しませたくはない……。
『何を言う!本当のことだ!だいたい貴様が悪いんだろ!娘をたぶらかしたな!』
ーっ!腸が煮えくり返る!
 基希は知っている…玲子が何と闘っていたか、何を思い、何に重きを置いていたか…父親とは名ばかりの人間に、それでも愛を持って接し、愛で返してもらう事を望んでいたのを……
 娘の亡き骸を前にしてもなお、独善的なこの男には愛情の欠片もないのだと悟る。
『そうですね…俺が玲子を愛しさえしなければこうはならなかった…だが、玲子も俺を愛したんです!それは罪でも何でもない!愛し合うことが罪だなんて俺は思わない!俺は生涯…玲子から離れません!この命尽きるまで彼女と共にいます。あなたに玲子は渡さない!彼女を弔う資格もない!連れていきます!』
 基希の赫怒かくどにその場にいた者達は皆すくみ上がった。

   ◆

 水を打ったように静かな空間で、彼女を思い愛憐する日々は辛くても幸せなものだった。
 愛しい女を思い続けて逝ける幸せ…目を閉じれば美しい玲子が色褪いろあせることのない笑顔で俺に微笑んでくれる……
 そして、来世こそは…と己の死を目前にしては似つかわしくない、希望に満ちた感情で心はいっぱいだった。
 怖くはない…やっと玲子にまた会えるのだから……でももし生まれ変わっても会えなかったら…?今のこの思いを忘れてしまっていたら…?いや…神はそんなに意地悪じゃない。きっと大丈夫だ…愛してる玲子…玲子…お前を愛して…幸せだったよ…次の世でも…きっと…きっと………
 蛍の光が消えゆくように、基希の命の灯火も静かにそっと消えていった。


 前世での人生に後悔はない。


   ◆

 今の基希にできる事と言えば、玲子を探しつつ文化祭や体育祭などの学校行事を全力で楽しみ青春を謳歌すること。
 友人達との思い出はきっと、生涯忘れることはないだろう。
 明は相変わらずワカメのように荒波をかわしながらスイスイとしていたが、いつの間にか長身な彼女がいたりして驚かされた。
「別に隠してたわけじゃないよ~俺たち二人ともあんまり気にしてないだけだから、ごめんごめん!」
 なんて言われたら、聞きたがりな自分が幼稚な子供みたいに思えてくる。
 本当に明らしい。
 和彦は恋に恋する体質なせいか、一人の女の子と長続きしない。
 一見ノリが良くて人懐っこいが、恋愛に対する理想が高い。
 基希からしてみれば、そんな夢見がちなところも込みで好きなわけだが、女子からすると〝思ってたのと何か違う〟〝いい人なんだけど…〟と振られてしまうらしい。
 結果、すぐに彼女はできるものの、別れるのも早かった。
 かくいう基希も恋愛に夢見るタイプだろう。
 夢でしか会えない玲子に、どうしようもなく恋い焦がれているのだから……
 和彦のように、〝数を打たなければ運命の人が誰かなんてわからない!〟と言った意見もわからなくはないが同調はしかねる。
 誰彼かまわず付き合ったからと言って、そのひとを愛せるかどうかまではわからない。
 だからこそ、付き合わないとダメだろ!と言うのが和彦の持論だが、基希は好きになった女とは付き合いたいが、付き合いたいから好きになるわけではないのだ。
 でも、恋を楽しんでいる和彦は確かに輝いていて、自分も玲子とイチャイチャしたいなぁ…などと考えたりはする。
 かたや明のように彼女が居ても黙っていられるのもすごいと思う。
ー俺ならきっと玲子を自慢したくて仕方なくなる。
 明と彼女の安定感は、まるで三十年は連れ添った夫婦そのものだ。
 この二人なら結婚までいくのではないか?と期待している。
〝玲子を自慢〟と思わずサラリと心の中で呟いたが、未だ出会えてない悲しみは心の引き出しにそっとしまっておく。

   ◆

 学生時代と言うのは特別で、楽しい時間はあっという間だ。
 瞬く間に過ぎて行く時間は、時に残酷にも思える。
 もっと友達と何かしたい、共有したい。
 今しか起こり得ない出来事や、今しかないこの時間を一秒足りとも無駄にしたくない。
 何一つとしておろそかにはできない。
 新しい勉強によって得る知識も、同級生や教師達との関わりも、全てが基希にとっては新鮮な学びであり喜びだった。
 前世では味わえなかった人との繋がり、現代科学の粋を集めた文明の数々、医学の発展……どれをとっても素晴らしく、飽くなき探究心は湧き出る泉が如く枯れることはない。
 時間がいくらあっても足りないくらい基希は楽しく、精力的に日々を過ごした。
 おかげで大手のホテルに就職も決まり、今は忙しくしている。
 忙し過ぎるのは良くない、たまには息抜きしろーなどとよく言われるが、基希に限ってはこれがいいと思う。
 忙しいくらいで丁度いい。
 常に玲子の事を考えて寂しくなってしまうという負のループにはまらずに済むからだ。
 これは幸甚こうじんなことだと言えるだろう。
 その間、女性からアプローチされることも度々あったが、自分でも驚くほど興味が持てなかった。
 そんな基希の日課は、毎日ボヤくこと。
「はぁ…疲れた……」
 今日も玲子はいなかった。
 ゲストには気を配っているからもしいたら気付く。
 もう探すだけ無駄なのか…?この世では会えないのか…?
「…探し方が悪い?だからってどうやって一億ニ千万人もの日本国民の中から玲子を探すんだ…」
ーいや、だからこそホテルに就職したんじゃないか!日本人のみならず、多国籍の人々が集う場所。ここでチャンスを掴んでみせる!スケールはでかいがなんとかなるだろう。玲子はただの夢じゃない!まさかの妄想でもない!
 でも……どんなに己を鼓舞しても、拭い去れない不安は残る。
 このままずっと結婚もせずに独り身でいるつもりなのか…?それはそれで寂しいのは事実だ。俺も四捨五入したら三十路……
「彼女ほしい……」
 とは言ってみたものの、それは漠然としたもので、本当に鬼気迫るほどの望みかと聞かれたら〝いや…そうでもないかも…〟といった程度。
 今は仕事も忙しいし充実もしてる。友達だっているし、読みたい本もゲームもある。
「別にそんなに寂しくないな」
 いつもの事ながら妙に納得がいく答えを導き出し、一連のルーティンで本日の自己反省会を終えた。


   二章(一)に続く……
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