あなたを探して100年愛

神楽倖白

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二章〜(一)

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   二

 今日も今日とてジュリオの散歩は欠かせない。
 だいたいは朝のジョギング時がお決まりのコースだが、早く帰ってきた時は夕方や夜でも散歩には連れ出している。
 必要な運動を散歩で一緒に楽しく行う事が目的だ。
 それがジュリオにとっての楽しみになり生き甲斐になる。
 せっかく縁あって家族になったんだ。めいいっぱい楽しく犬生を生きてほしい…そんな願いから雨の日以外は欠かさず続けている。
 基希にとっても、朝散歩はいい事ばかりだ。
 川の土手沿いには、シラサギやカモが川辺を歩いていて、その優雅な姿はなんとも癒やされるし、ごく希にホバリングしているカワセミに出会うこともある。
 そんな優しい時間の流れを愛犬と共に感じられるなんて至福でしかない。
 それに、しっかり運動ができればご飯も美味しくいただけて健康的だ。
 玲子に未だ出会えていないことは痛恨の極みだが、それ以外は至極真っ当であり楽しい人生だ。
 だからと言って基希がこの先、悔いなく生きていけるかはわからない……。
 玲子に会えないままあと何年、何十年待つのかと思ったら、生きる事にくじけそうになる…。
 何はともあれ、あまり考え過ぎて切羽詰まっても、いい出会いはないだろう。
 ここまで来たら気長に焦らず目を光らせて生きていくだけだ。
 希望は捨てない。
 前世とは違い、現代日本には娯楽が溢れている。
 楽しみがいくらでも見つかって、世の中に感謝したいくらいだ。
 だから十代の頃のように躍起になって運命を探すこともしない。
 近頃は心に余裕を持たせて、気長に待つということもできるようになった。
 だから言うほど寂しくはない。
 問題は、そう思いながらも結局毎日、こんな自問自答を繰り返している事だ……。
 そうこう考えていると突然、リードを強く引かれてバランスを崩した!
「おいおい、何だよ、待てって!」
 ジュリオは脇目も振らずに走り出し、川向こうを目指してグイグイと引っ張っていく。
「ワンワン!」
(こっち、こっちだよ!匂いがするんだ!ついてきて!)
 今度こそこの匂いに辿り着きたくて、ジュリオは急いだ!
「ワン!」
(いた!)
 その勢いのまま、同じく犬の散歩をしていた人に飛び付いた!
「ワゥン!」
 ドン!とジュリオが勢い余って体当たりすると「きゃっ!」と女性は盛大によろけて地面に膝をつく。
ーまずい!女の人を転ばすなんて怪我でもしたら!
 ジュリオの突然の暴走に驚き、すぐ様リードを引いたものの間に合わなかった。
 基希は慌てて女性の手を取って支え、地面についてしまった膝の砂埃を払うと頭を下げて謝罪した。
「すみません!家の犬が申し訳ない!」
 女性が何と言うかを考えながら、そっと顔を上げる。
「大丈夫ですよ、元気だね~可愛い子ちゃん」
 面差しの柔らかいその笑顔を見た基希は一瞬、固まっていたかもしれない。
 アーモンドの粒のような形の瞳、漆黒の輝きを放つ黒目、ゆるくウェーブのかかった栗色の髪…… 
 夢の中の玲子の顔と、目の前にいる女性の顔がピタリと重なり、心臓が早鐘を打つ。
ー玲子だ!
 目が覚めるといつも覚えていなかった彼女の顔が今はっきりと見えていることが信じられなかった。
 この子だ!と瞬時に理解し、すぐ様声をかける。
「あの!」
 頭の中で様々な思いが言葉に変換されていく。
〝会いたかった〟〝待っていた〟〝結婚してくれ〟
 だが、どれもこれもすぐには口に出せない言葉ばかりだ。
「はい」
ーあぁ…玲子……
 生木を裂かれるような別れから、この日をずっと待っていた!
「あの…か、可愛いワンちゃんですね!キャバクラですか?」
「いえ、キャバリアです!」
ー間違えたーーっ!
「すみません!はは…すごく可愛くて…間違えちゃいました…」
 穴があったら入りたいとはこの事だ。
 フワフワと舞い上がる気持ちを抑えきれていない。
「ふふ……ありがとうございます。そちらのワンちゃんも可愛いですね。この子は…オールドイングリッシュシープドッグちゃん、人懐こくて賢い犬種ですよね。お名前は?」
「はい!伊達石基希だていしもときです!」
「ぷっ…!釈玲子しゃくれいこです。でも、できればワンちゃんのお名前も教えてもらえたら嬉しいんだけど」
ーえ?ワンちゃんのお名前…?しまった、俺はバカか!初対面でいきなり自分の名前を聞かれるわけないだろ!
「すみません!ジュリオです!雄です!」
ーは、恥ずかしい!これじゃ元気な小学三年生じゃないか!
「そうなの~男の子なのね、ジュリオくん。可愛いね~良い子良い子…」
 ジュリオの頭を撫でる手に目がいく…
ー綺麗な指…夢で見た手と同じだ。
「ジュリオくんは男の子じゃ、リボンとかは着けないかな?」
「え?」
 見惚れていて呆けていた。
「ごめんなさい、前髪をリボンで結いたら可愛いだろうなって。ジュリオくんが着けてるところ思い浮かべて想像しちゃったんです」
ー可愛いなぁ…そんな想像してたの?
 やっと巡り会えた生きている玲子は、あの時と変わらず可愛くて目頭が熱くなる。
「リ、リボンいいね!なぁ、ジュリオ!リボン好きだよな!着けてみたいよな!なっ!」
 若干乱暴にジュリオの頭をワシャワシャと撫でる。
「本当に?なら家にあるリボン、今度持って来ましょうか?」
「はい、ぜひ!あの…、それで良かったらなんですけど、ジュリオのリボンも付けてほしいし、俺も付け方教わりたいからその、連絡先交換しませんか?あ、もちろん無理にではないけど俺、怪しい者じゃないんで!何なら免許証見せるんで!」
ー若干押しすぎか…?でも次またいつ会えるかわからないんだから、焦るのは仕方ないだろ!いやでも、それで断られてたら本末転倒だよな……
 ゴチャゴチャと頭の中で騒がしくしていると、玲子が破顔してみせた。
「ふふ…いいですよ。お散歩また行きましょう。いいよね~ロミ」
(……)
 ロミは答えず、ジュリオと何やら井戸端会議をしている。
「本当に!?ありがとう!ロミちゃんて名前なんだね」
ー浮かれるな!まずは犬から攻めよう!
「そう、男の子だと思ってたからロミオにしたら、女の子だったからロミにしたんです。笑っちゃうでしょ?」
 目を細める彼女の美しさを、何度生まれ変わろうと忘れるはずもない。
ー懐かしい…この愛しい笑顔……
「変わらないな…」
 思わず言葉が漏れる。
「え?」
 玲子の瞳が少しだけ揺らぐのがわかって、何が?と聞かれる前に話を切り替えた。
「家とは逆だなぁって。ジュリオは雌だと思ってジュリにしてたら、雄だったからジュリオにしたんだよね」
 漏れた言葉と何処も引っ掛からない言い訳だったが、気にせず言葉にした。
 彼女とまたこうして話せる喜びが体中を駆け巡り幸せを噛み締める。
「そうなんですね。なんだかロミオとジュリエットみたい」
 少し複雑な表情の玲子は、きっとまた何か考えてしまったのだろう。
 何事にも意味を見出そうとする玲子らしい。
「本当だね。あれは悲恋な物語だけど、この二人が恋に落ちたら正にロミオとジュリエットになるのかも……」
「ワンちゃんは相性もですけど、お互いの体の大きさって大問題ですもんね」
 そう零した玲子はすでに何かを想像している顔だ。
「人間だったらそんなこと関係ないのに…なんか犬の恋愛って切ないな……」
 基希はつくづく思う…人間で良かったと。
 自分がもし犬だったら、障害は体の大きさだけではない。
 生まれ変わったのが野良犬だったら、恋をする前に殺処分されるかもしれない可能性が浮上する。
 そして、自分に飼い主がいる状況なら、交尾する相手は飼い主が決めるだろう。
 加えて多少の相性があるにしても、発情期に雌を充てがわれたら、本能に逆らうのは難しい話だ。
 基希は本能で交尾をするのではなく玲子と交尾がしたいから、バソプレッシンの活性が乏しい生物には生まれ変わりたくない。
 でもこれが犬じゃなくてハクトウワシかコヨーテなら、精神的にも肉体的にも死ぬまで一夫一婦制だから、基希の純愛は守られる。
ーもし人間以外に生まれるなら、ハクトウワシかコヨーテにしよう。あれ?でも玲子も同じじゃないと、俺たち結ばれないじゃん!
「確かに少し切ないかも。でも、人間の恋愛も切なかったりしますよ……」
 そう言った彼女の視線が基希に向けられドキっとする。
「そうだね…特に死に別れなんて生地獄、味わいたくないよな…」
 すでに前世で経験した事だが、またあんな思いをするかもしれないと思ったら怖い、怖くて堪らない!
 そんなことはないと信じたいが、もしまたあんな事になったら今世こそ自ら命を断つかもしれない。
 それほどまでに玲子の死は基希から生きる意味を奪った悲惨な出来事だった。
 残された者に与えられるのは、ただ延々と繰り返される惨たらしい悪夢と、永遠とも等しい混沌とした時間だけ……
「想像もできないです…愛する人を失う悲しみなんて。できれば一生知りたくないわ……」
 玲子の顔に陰りが見えて、前世でもこんな顔をよく見た事を思い出す。
「ごめん、俺…変な事言ったよね」
ー今の玲子にこんな悲しい顔、させたくなかったのに……
「いえ、大丈夫ですよ。連絡先、交換しましょうか」
「そうだね…ありがとう」
 少しの気まずさを残してしまったが、無事に玲子の連絡先を手に入れた。

   ◆

「ワンワン!」
(やっぱりいた!)
 懐かしい匂いの先にいたのは〝れいこ〟だった。
 ジュリオは歓喜の余りに体当たりして飛び付いてしまう。
「ワン、ワンワン!」
(れいこ!見つけた!)
 飛び付いてしまってからでは遅かったが、力いっぱいリードを引っ張られジュリオは静止した。
「ワン!」(れいこ!)
 春風のような甘い香りがするれいこを見た途端、本能を揺さぶられる懐かしい思いと共に心の中で何かが弾けた。
(れいこ、愛してる)
 溢れ出す思いが止められず、れいこを抱えようとしてしまう。
「ワンワン!ウゥゥっ!」
(この鉄砲玉!それ以上あたしのれいこに触るんじゃないわよ!)
 大きな体格差があるにも関わらず、ロミは果敢にもジュリオを威嚇する。
「ワゥン?」
(なんだ?ちっこいの…なんか覚えのある匂いだな
 小さなロミに牙を剥かれ、ジュリオは戸惑いを隠せない。
「グゥルル……!」
(全く相変わらずね…!)
「クゥ~ン……」
(どっかで会ったか……?)
 ジュリオの間の抜けた返事に呆れて、ようやくロミも尖った犬歯をしまってくれた。
「お散歩また行きましょう。いいよね~ロミ」
 れいこはこう言うがロミは違う。
 誰かに傷つけられてからでは遅い!二度もれいこを失うわけにはいかないわ!
 だから生まれ変わった今でも、れいこの父親が現れた時の為に周囲に気を配っていた。
 絶対に守ってみせると決めて……
 それなのにこの有様…情けないわ!
 よりにもよってこんなお馬鹿にれいこを手籠めにされかけるという失態…!
 ロミは決意も新たに再び牙を剥いた。
「グルルゥ……」
(れいこが許してもあたしが許さないからね!)
「クゥゥ~ン……」
(れいこを愛してるのに……)
 ジュリオの思いはロミによって阻まれることになる。


   二章~(二)に続く……
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