あなたを探して100年愛

神楽倖白

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二章〜(二)

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   ◆

ーとうとう出会った!
 前世で死に別れてから百年余り……会いたくて会いたくて仕方がなかった男にやっと会えた!
 生まれ変わってから今まで、これ程までの喜びを感じた事はない。
 玲子は無上の法悦に浸っていた。
「神様、仏様、ありがとう!」
 手を合わせて拝む姿に、いったい何事かとロミは目を丸くした。
「クゥン…?」
(何?どうしたのよ)
 わけがわからず首を傾げる。
「ねぇ、ロミ聞いて~!さっき会った人が基希さんなの!私の前世の旦那様!素敵でしょう~!?あぁ~~もう会いたい!」
 うっとりしながら話すれいこは乙女そのものだ。
「ワンワン!ワン!」
(あたしは近くにいるのわかってたんだからね!)
 パタパタと尻尾を振りながら、れいこの笑顔に心が満ちたりる。
「そう、ロミも喜んでくれるの~?ありがとう~!ロミがいなかったらお散歩もしてなかったもんねぇ、本当にロミがいると良い事ばっかりね!」
 れいこに抱きしめられるといつも幸せだけど、今日は特に嬉しかった。
 愛する主人の役に立てた喜びは犬冥利につきる!
 れいこの幸せがあたしの幸せ……
 (それにしてもアイツ!何が愛してる~よ!お調子者め!)
 当分の間、目下の悩みはジュリオになるだろう。
 そう思うと髭がピリピリしてきた。
「ねぇロミ、基希さん…彼女とかいると思う?いたら連絡先交換したいなんて言わないよね?どうなんだろう……気になるよぉ!」
 玲子の新たな悩みを、ロミは黙って見守ることにした。

   ◆

「明、会ったんだ、会ったんだよ!」
「どうしたよ~もっさん。誰に会ったって?」
「玲子だよ!俺の玲子!」
「マジかよ!」
 半ば半狂乱な基希にも落ち着いていた明だが、ずっと話に聞いていたあの〝玲子〟に本当に会えたのかと、らしくもなく驚喜した。
「やっと会えたんだよ、俺の玲子!相変わらず可愛くてさ、夢で見たまんまでさ、もう!すぐにでも抱きしめたかったけど我慢したよ!」
「それでどうなったの?連絡先は?」
「もちろん、交換したよ~」
「よくやった!いやぁ~粘り勝ちだねぇ~」
「俺もそう思う!人生諦めなかったもん勝ちだよ!」
「本当だね~良かったね、もっさん」
「ありがとう明!俺頑張るよ!まだ付き合ってもないし、結婚もしなくちゃだし、忙しくなるよ」
「アハハ、忙しくなるね~結婚式呼んでね~」
 基希の喜びように明まで幸せな気持ちになった。
「もちろん!和彦にも言わないと!」
「すごく驚くだろうね~」
「うん。付き合えたら二人にも紹介するから応援してな!」
 嵐のような剣幕で報告された電話だったが、これからの二人の恋愛模様は気になるところ。
 一途に玲子の存在を思い、信じていた基希を知っているだけに、明の喜びもひとしおだった。
「神様っているんだねぇ~」
 普段あまり独り言を漏らすタイプではないが、この時ばかりは出てしまった。

   ◆

「ありがとうございました。またのお越しをお待ち致しております」
 本日最後のゲストを送り出し、今日も一日無事に終わろうとしている。
 玲子がこのホテルに就職したのは三年前……
 新卒で入った保険会社を早々に退社し、広い世界を知りたい一心でこのホテル業界に飛び込んだ。
 右も左もわからないところからのスタートに加えて中途入社ではあったが、持ち前の明るさと好奇心だけでここまでこれたのは奇跡に近いだろう。
 基希とも出会えていなかったから、叶えたい夢を一つ一つ実現させていく事で希望を繋いでいきたかった。
 いつか必ず会えると信じて……
 信じ続けた甲斐あって昨日やっと出会えた事は、もはや夢でも幻でもない事実だ。
 生きて良かったと心底思う。
 この仕事は忙しい時には頭から湯気が出るほど大変だが、いろんな人との出会いに一期一会できる素敵な職場でもある。
「はぁ…お風呂入りたい……」
 気持ちの面だけで言うなら、すでに片足は湯船に浸かっている。
 そうこう考えながら〆の作業に取り掛かろうとすると、支配人の新垣あらがきが初老の男性をうやうやしく出迎えているのが目に入った。
「本日はようこそおいで下さいました……」
 幾分か疲れた様子の新垣に違和感を覚える。
ー支配人…今日お休みじゃなかったかしら…?
 今はすでに営業時間外、ゲストをお迎えすること事態が異例だ。
「どうしてもここのポワレが食べたくてな。で、この間の話しはどうだ?」
 男性客は支配人と親しい間柄なのか、砕けた物言いで話しかけている。
「今は勤務中ですので……」
 そう言った支配人の表情には辟易としたものが窺える。
「いったいいつになったらこっちに来るつもりだ。結婚もしないでフラフラと!いつまでも遊んでばかりはいられんぞ!」
 その威圧的な言い方に、玲子の全身を怖気が襲う。
ー何だろう……私が言われた訳ではないのに震える……
 いろんなお客様がいるから、こういう人もいるのは十分理解してる……だけど、こんな感覚は初めてだった。
 ただただ怖い……こういった方と遭遇した時用のマニュアルもあるにはあるが、活用できる気がしない。
 今対応しているのが支配人だからと言って他人事ではなかった。
 いつ自分が相対してもいいように気を引き締めていかなければ痛い目に遭うだろう。
「それにつきましてはまた後日お話し致しますので……」
 飄々ひょうひょうとして見えるが、支配人の呼気に怒りを感じる。
 彼からこんな空気が醸《かも》し出されるなんて稀な事だった。
 そんな事を知ってか知らずか、男性客は高圧的な態度で更に捲し立てる。
「お前はいつもそうだ!私の言う事を全く聞かない!いい年をした男が跡取りの一人もいない、結婚もまだ!子供を作るくらい簡単な事だろう。女なんか従順なら誰でもかまわん!だいたいお前はな………」
 男性客は増々声を荒らげ、支配人を問い詰め始めた。
ー行った方がいいかも……
 支配人の新垣大志たいしは、笑顔を武器に闘うホテルマンだ。
 玲子をいつも優しく指導し助けてくれる。
 頼れるお兄さんといった感じで相談もし易い。
 仕事は丁寧で部下からの信頼も厚いので当然モテる。
 そんな上司にはお付き合いをしている女性がいた。
 同じフロアの吉本愛美よしもとまなみだ。
 彼女は才色兼備な上に温厚な人柄で、非の打ち所がない。
 集まる周囲の人々をも元気にしてしまうような女性で玲子も大好きな先輩だ。
 だがこの二人の交際は公には秘密なのだと言う。
 これはたまたま見かけた二人があまりにお似合いで「付き合ってるんですか?」と半ば冗談で聞いたら当たってしまったことでわかった事実。
 だがそれをきっかけに相和する関係になった。
 愛美が言うには、バレると面倒だから…と言っていたが面倒とは何だろう……?
 察するに穏やかではない。
 自分を信頼して二人の交際を話してくれたからには、支配人に結婚だの子供だのと捲し立てるあの男性客を止めなくてはならない!
 そんな使命感に駆られて二人の元へ向かうと、支配人の方から先に声をかけてきた。
「釈さん、新垣社長がいらした事を料理長に伝えてきて伝えて来て下さいますか?」
 若干くようにも感じられたのは気のせいではないだろう。
「はい、かしこまりました」
 ここは一旦指示に従い、必要なら後で聞けばいいと思った。
 しばらくすると玲子の後を追うように支配人も下がってきたが、何とも言えない陰気を纏っていて居た堪れない。
「悪かったな、上がり時間なのに……」
 片手を上げてゴメンと謝る姿が、もうすでに疲れて見える。
「いえ、支配人も休日出勤、お疲れ様です」
 愛美が今日は久しぶりのデートだと言っていたが、大丈夫だったのだろうか……
「まぁ…俺は仕方ないわな。ところで釈、本当に申し訳ないんだけど、迷惑ついでに少し残業頼めないか?今度奢る!」
 支配人は両手を合わせて拝むように頭を下げた。
 こんな風に頼まれたら断われるはずがない。
ー今夜はシャワーにしよう……
「いいですよ、焼肉で」
「あははっ!高くついたなぁ~よし、わかった!そん時はじゃんじゃん食え!」
「やった!」
 玲子は心良く引き受けた。
 いろいろ聞きたい事はあるが、今夜は黙っていることにする。
 何はともあれ、愛美の事は支配人が一番気にしているはずだ。
 しばらくすると厨房から威勢よく声がかかる。
「あがったよ、よろしく」
「はい、ただいま」
 出てきたのは〝若鶏のポワレ〟だった。
 アロゼした鶏肉は皮目はパリッと香ばしく、中はしっとりジューシーに仕上がっている。
 特にきのこソースとの相性は抜群で、マッシュルームや旬のきのこを無塩バターとにんにくで炒め、塩コショウ、酢、すり下ろし生姜、白ワインで味付けし、隠し味にオイスターソースを加えている。
 これはパンにもよく合って美味しい。
 ふわりと鼻を擽る匂いに、空腹だったことを思い出す。
ーお腹空いてたんだった……でも本当に流石は料理長!たとえ時間外であっても一切妥協のない仕上がり!あれ?それにしたっていきなりポワレ…?
「あの、これって…」
「ああ、新垣社長はこれしか食べないからいいんだよ」
「そうなんですね。了解です」
 料理長に言われ訳もわからず納得する。
ー好き嫌いでもあるのかしら……
 玲子は出された料理を受け取り、社長の元に急いだ。
 誰も居ないホールの片隅で、新垣社長がじっとこちらに目線をやりながら待ち構えている。
 その顔はまるで獲物を狙う捕食者のようで、玲子は蜘蛛の糸にかかった蝶になった心地だった。
ー大丈夫よ、取って食われるわけじゃなし…社長に失礼だわ!
 そう心の中で言い聞かせて、その場に立ち尽くしてしまいそうな自分を奮い立たせた。
「お待たせ致しました。若鶏のポワレきのこソース添えでございます」
 一つのミスも許されない気がして焦慮する。
「ありがとう。ここではこれしか食べるものはないからな」
…?どういう意味だろう?これが好物ということなのか、これ以外は不味いと言っているのか……
「ごゆっくりお召し上がり下さいませ…失礼致します」
 言わんとすることはわからないが、知らなくてもいい気がした。
「ところで君はいつからここに?」
 唐突に聞かれて少し驚いた。
「三年ほど前からになりますが……」
 困惑気味にそう答えたが、何やらまじまじと見られ増々緊張する。
「いや、易いナンパの手口と思われては困るんだが、君とは初めて会った気がしなくてね。何処かで会ったかね?」
 予想外の問いかけに少々拍子抜けした。
 自分の容姿を蔑むわけではないが、何処かで見た事があるくらいありふれた顔なのだから、見たような気がするのも無理はない。
「いえ…初めてお目にかかるかと思います」
 てっきりクレームかと身構えてしまったが、そうではなくて良かった。
 だが先程のやり取りを見てしまった後で、はいそうですか…とはいかない。
 何故かわからないが、気まずくなって目を逸らした。
「君の名前は?」
「釈と申します…」
「違う!下の名前だ!」
「!れ、玲子と申します……」
 語気を荒らげた命令口調に既視感を覚え鳥肌が立つ。
ー何かしら……この人とは関わってはいけない気がする。
「玲子…いい名だ」
「……」
 言葉が出て来なかった。
 背筋に針でも刺されたように息が止まる。
「今度我が家でちょっとしたパーティーがあるから、玲子さんも来なさい」
ーいきなり名前呼び……それに命令形…?
 社長相手に疑問を抱く自分がおかしいのか、この言動を横柄だと非難したらいいのかわからなくなる。
「いえ、そのような場に伺うなど……」
 とりあえず断ろうとすると、言葉を遮られた。
「私の申し出を断るのかね?来なさい」
 蛇に睨まれた蛙のように、身動きがとれなくなってしまった。
 その場に固まって指先から全身が冷えていくのがわかる。
「はい……」
「よろしい。詳しい事は追って連絡するよ。それと、支配人にはこの話はしない事。いいね?」
「………」
 結局、断わる事もできず悩みを一つ増やす結果となってしまった。


   ニ章~(三)に続く……
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