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四章〜(五)
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◆
新垣社長は解任され、基希と玲子もいつも通りの生活に戻っていた。
そして今日は基希が両親に挨拶に来ている。
「先日は私のせいで大変なご迷惑をおかけし、本当に申し訳ございませんでした!」
基希は和室の畳に額を擦り付け、新垣社長の暴挙が自分の責任であると謝罪した。
だけど考えてみれば基希は悪くない。
社長が勝手に暴走しただけだし、会社の為にも録音は必要だったと思う。
確かにあの写真のせいで思わぬ嫉妬に心を掻き乱されはしたが、結果的には誤解であるとわかった。
それに、おかげで自分の弱さにも気付けたし、基希への気持ちもより一層深まったので満更悪い事ばかりではない。
基希は土下座をしたまま、しばらく沈黙が流れると、ロミがその空気を変えてくれた。
「ワンワン!ワン!」
(どうしたの?もとき、泣いてるの…?)
まるで緊張を解すかのように、ロミが基希に寄り添っている。
意図せず一人と一匹で謝罪しているような光景に、彼には申し訳ないが少しだけ微笑ましく思えてしまう。
するとここでようやく父親が重い口を開いた。
「伊達石くん、顔を上げて…事情は玲子から聞いたよ。だけどね、会社の上司に頼まれたとは言え、私は父親として可愛い娘の悲しむ姿はもう見たくない。君が誠実な人であるなら、これからはあんな無謀な事はしないでほしい。それが約束できるなら、こちらが二人の結婚を反対する事はないよ」
「ちょっと、お父さん!結婚なんて一言も言ってないでしょ!そんなプレッシャー彼に与えないで!」
玲子の心の動揺は、そのまま口をついて出てしまっていた。
「え?違うのかい?」
「違うわよ!」
とぼけた言い方に聞こえるが、この人は馬鹿じゃない。
なんとかして娘の幸せの為に…と基希を煽って試しているのだ!
出来ることなら玲子だってすぐにでもそうしたい!
待ち焦がれた最愛の人だ…前世での心残りが焦りとなって〝結婚して〟と言ってしまいたくなる。
しかしそれは良くない…記憶のない基希を困らせるだけだ。
だから焦って結婚はしたくない。
彼の心が動いた時、彼のタイミングでいい…二人で生涯を共に生きていけたら、それでいいのだ。
多くを望むわけではないが、まずは基希に幸せであってほしい。
「お父さんはてっきり〝玲子さんを僕に下さい〟って言われるのものとばかり……」
少しがっかりしたように肩を落とされ、とてつもなく悪い事をしたような気になる。
父親には申し訳ないが、こればかりは基希の気持ちを優先させたい。
すると基希が「はい、そのつもりです!」と元気に返事をしている。
「うそ……」
「本当だよ玲子、俺には君しかいない!一緒にいられるならどんな苦労があっても乗り越えていく自信がある!酒も煙草もやらないし、一生浮気もしない!今度こそ君と添いとげたいんだ!玲子の全てを全力で愛すよ!だから…結婚して下さい!」
基希は本日二回目の土下座…まさか自分がされるとは思わなかったが、現世に生まれ変わってから正にこれが夢であったのだから、正直嬉しい……。
しかし気になる一言があった。
ー今度こそ………?
「玲子、こんなイケメンにここまで言わせるなんて、やっぱりお母さんの娘ね~!血は争えないわ!」
さっきまで黙っていた母親がいきなり感心したように話に割り込んできた。
「そうだぞ~見てごらん玲子。お母さん幸せそうだろ?伊達石くんはお父さんの若い頃にそっくりだし、ロミも懐いてる。この子の見る目は確かだぞ!きっと玲子もお母さんみたいに幸せになれるよ。なぁ、お母さん!」
「お父さんまで…」
ー全くどんな理屈よ…言われなくても基希と一緒ならいつだって幸せに決まってるじゃない!ただね、もう少しでいいからプロポーズの余韻に浸っていたかったのよ。
「玲子、愛してるよ。結婚して下さい!」
本日三度目の土下座を披露する基希は必死だ。
ーそんなに必死にならなくても答えなんてとっくに決まってるのに。
前世での基希はどちらかと言えば、玲子を哀れな捨て猫を拾った感覚だったように思うが、今は玲子自身を見てくれている気がする。
ーこんなに思ってもらえて、幸せにしかなれないよ……
「私で良かったら…結婚して下さい」
玲子の顔はまるで茹でダコのようになり、湯気まで見えるようだ。
それでも真っ直ぐに基希の目を見ている。
玲子のこの眼差しが、昔も今も基希の鍾愛の的だった。
「喜んで!」
基希の顔からは緊張の色が消え、嬉しさのあまり随喜の涙を零している。
玲子もまた貰い泣きをしてしまい収拾がつかない。
「いやぁ~良かった良かった!結局、玲子がプロポーズしたみたいになってたな!」
「本当ね~あなたがプロポーズしてくれた時も確か泣いてたわよね~!」
快哉を叫ぶ両親の仲の良さが、自分達の明るい未来を予見しているようで微笑ましく、そして眩しかった。
「二人とも、ありがとう」
この人達の子供に生まれて、本当に感謝しかなかった。
でも、今からこんな状態では孫ができたら大騒ぎになるだろう…。
そんな幸せな未来を想像できる日が来るなんて自分は果報者だと思う。
「うんうん!玲子が幸せなら何だっていいよな!お母さん、お寿司取って!今夜はお祝いだ!」
「はいはい、あなたと玲子はサビ抜きね。伊達石さんはワサビ大丈夫かしら?」
「すみません…ワサビ苦手です……」
なんと!基希もワサビが駄目だった!
「あら、そんなとこまでお父さんと一緒!玲子~あなた幸せになるわよ!伊達石さんったらお父さんとよく似てるから!男と女はね、食の好みと笑いのツボが同じだったら上手くいくものなのよ~」
母親の経験だろうか…?説得力がある。
「じゃぁ、お母さんもサビ抜き?」
「お母さんは入れるわよ」
「えっ!?」
さっき食の好みって言ってたのに、合ってないじゃん!
「ワンワンワン!」
(なに、お散歩いく?)
大人達が騒ぐものだから、ロミがお散歩かとワクワクし始めてしまった。
こうなると誰も彼女を止められない。
ロミは自分のおもちゃ箱からウサギのぬいぐるみを持って来ると玄関まで走っていき、今度は掛けてあったハーネスを咥えて持ってきた。
「ロミ~、お散歩は後で行こうね」
ロミには悪いけど今日はプロポーズされた日だし……
「ワンワン!」
(さ、行きましょう!)
「玲子、散歩行こうよ。俺達が出会えたのはロミちゃんとジュリオのおかげだし。お義父さん、お義母さん、少しだけ散歩に行かせていただいても宜しいですか?」
基希の言う通りだ。
プロポーズされたなんて玲子の都合でロミには関係ない。
でも、どんな時だってロミとは泣いて笑って苦楽を共にしてきたのだ。
この子が今行きたいなら応えてあげなくては!
それにきっとロミも嬉しいのだろう。
皆が泣いて笑って喜んでいるのだから……
「そうだな、お願いするよ。気をつけて行っておいで。帰ってきたらお寿司だぞ~!」
父親にも促されて散歩に出る事にした。
◆
春めいた柔らかい風が花の香りを乗せて、体を撫でるように吹き抜けていくのを感じながら、二人は久しぶりに散歩に出掛けた。
厳しい季節を越冬したであろう紋黄蝶が、ヒラヒラと優雅に二人の周りを飛び回り春の訪れを教えてくれる。
「春だね…気持ちいい」
プロポーズもOKをもらい、この世で玲子と迎える初めての春……欣喜雀躍とした心を抑えて、繋いだ手に力が入る。
「基希…さっきのプロポーズなんだけど、今度こそって言ってたよね。どういう意味?」
突然玲子にそう言われ、一瞬で手汗をかいたのがわかるくらい焦った。
「え?そんなこと言った?」とごまかすのが精一杯で頭が真っ白になる。
「言ったよ。今度こそ…って言った」
やはり誤魔化しきれない……。
自分でも何を言ったかわからないくらい必死だったから、言われてみれば言った気もする。
「言ったかもしれない…でも、別に変な意味はなくて……」
玲子のじとーっとした目が怖い……
「正直に言って!」
観念して話すしかない……そう腹を括った。
「俺達…前世で会ってるんだよ。正確には恋人同士だった…でも一緒になれなくて死に別れてそれで俺、生まれ変わって今度こそ結婚したいーって……こんな話、信じられないだろ。でも気にしないでよ、前世でどうこうより、今の玲子を愛してるから結婚したいんだ。だからー」
「じゃあ、基希には前世の記憶があるってことなの?」
基希の言葉に被せてまで玲子が確認したい理由の方が気になる。
変な奴と思われてるのは、百歩譲って仕方ないとして、プロポーズの返事を撤回されたらどうしよう……でも嘘はつけない。
「………ある」
言った…!言ってしまった!
これで変人扱いされて結婚するか、気狂い扱いされて婚約破棄されるかが決まる。
わずかな沈黙の時間が怖くて恐る恐る見てみると、玲子が目を蘭々と輝かせて言った。
「私も…!」
ーん?聞き間違いか?
「何が…?」
私も……の意味がわからない。どういう事なのだろうと基希は考える。
「私も、前世を覚えてるの!基希を覚えてる!ずっとずっと探してたから、声かけられた時は心臓が止まるかと思った!会いたかった、愛してます…生まれる前から、ずっと基希を愛してる…!」
こんな奇跡があるものなのか!
愛した人と巡り会えただけではなく、前世の記憶まであるなんて驚嘆に値する。
「玲子…本当に?俺を覚えてるの…?」
震える手で彼女の頬に触れると、その瞳からつーっと涙が溢れ、基希の指を伝って落ちてゆく。
「覚えてるよ…前世では先に死んじゃってごめんね…本当にごめんね……あなたの言いつけを守らなかったから、でも私、あの時はなんとかなるって、んっ、本気で、思ってて……ひっく…」
「いいんだ、もういい!今こうして会えただろ!だからいいんだよ!これからはずっと一緒だ!二度と離さない!愛してる…愛してる…!」
きつく抱きしめた腕の中で、玲子が肩を震わせている。
声涙倶に下る言葉は、長い時を経て巡り会った二人の魂を一つにした。
止め処なく流れる涙が、こんなにも温かなものだったなんて知らなかった。
〝愛してる〟
生涯この女だけを愛すると誓ったあの日から約百年……願いは叶った。
そうなるように努めて生きてきて良かった!
どこを見回しても玲子がいないとわかる瞬間の絶望を幾度となく味わい、いつまで経っても会えない日常に苛立った日々……。
ーもうあんな思いをしなくてもいいんだ。これからはずっと側にいられるし、玲子にも基希の記憶がある!辛くとも楽しかった昔話をしよう。時代が変わった今なら、笑って話せる事もあるはずだから……
「基希、私達これからはずっと一緒だよね!うんと楽しい人生にしようね!」
笑いながら涙する玲子の瞳がキラキラ輝いて、益々目が離せない。
「そうだね…一生一緒にいようね、もう二度と離れないから……」
現世で交わす約束に、とてつもない可能性と幸せを感じる。
〝ありがとう〟心からそう思った。
「ワンワンワン!」
(あたしも抱っこして!)
「ごめんねロミ~!つまらなかったね、許してね~」
つるんとした丸い頭を撫でると、ロミは満足気に顔を上にあげ二人を見つめた。
(もときも家を寝床にすれば、ずっと一緒にいられるのに……)
仲睦まじく笑う二人がどうして笑顔なのかロミにはわからない。
でも、もときといるれいこの笑顔が一番好きだから、ロミはもときも大好きなのだ。
「ワンワン!」
(走ろう!)
ロミは二人が持つリードをグイグイと引っ張り走り出した。
「こら、ロミ危ない~」
〝こら〟はたまに言われるけど、怒られているわけではないから大丈夫!
「あははは~こらロミ~」
「ワンワン!」
(ほらね、また笑った!)
きっとこれからは毎日、れいこの笑顔が見られる。
ロミはそんな予感にワクワクした。
新垣社長は解任され、基希と玲子もいつも通りの生活に戻っていた。
そして今日は基希が両親に挨拶に来ている。
「先日は私のせいで大変なご迷惑をおかけし、本当に申し訳ございませんでした!」
基希は和室の畳に額を擦り付け、新垣社長の暴挙が自分の責任であると謝罪した。
だけど考えてみれば基希は悪くない。
社長が勝手に暴走しただけだし、会社の為にも録音は必要だったと思う。
確かにあの写真のせいで思わぬ嫉妬に心を掻き乱されはしたが、結果的には誤解であるとわかった。
それに、おかげで自分の弱さにも気付けたし、基希への気持ちもより一層深まったので満更悪い事ばかりではない。
基希は土下座をしたまま、しばらく沈黙が流れると、ロミがその空気を変えてくれた。
「ワンワン!ワン!」
(どうしたの?もとき、泣いてるの…?)
まるで緊張を解すかのように、ロミが基希に寄り添っている。
意図せず一人と一匹で謝罪しているような光景に、彼には申し訳ないが少しだけ微笑ましく思えてしまう。
するとここでようやく父親が重い口を開いた。
「伊達石くん、顔を上げて…事情は玲子から聞いたよ。だけどね、会社の上司に頼まれたとは言え、私は父親として可愛い娘の悲しむ姿はもう見たくない。君が誠実な人であるなら、これからはあんな無謀な事はしないでほしい。それが約束できるなら、こちらが二人の結婚を反対する事はないよ」
「ちょっと、お父さん!結婚なんて一言も言ってないでしょ!そんなプレッシャー彼に与えないで!」
玲子の心の動揺は、そのまま口をついて出てしまっていた。
「え?違うのかい?」
「違うわよ!」
とぼけた言い方に聞こえるが、この人は馬鹿じゃない。
なんとかして娘の幸せの為に…と基希を煽って試しているのだ!
出来ることなら玲子だってすぐにでもそうしたい!
待ち焦がれた最愛の人だ…前世での心残りが焦りとなって〝結婚して〟と言ってしまいたくなる。
しかしそれは良くない…記憶のない基希を困らせるだけだ。
だから焦って結婚はしたくない。
彼の心が動いた時、彼のタイミングでいい…二人で生涯を共に生きていけたら、それでいいのだ。
多くを望むわけではないが、まずは基希に幸せであってほしい。
「お父さんはてっきり〝玲子さんを僕に下さい〟って言われるのものとばかり……」
少しがっかりしたように肩を落とされ、とてつもなく悪い事をしたような気になる。
父親には申し訳ないが、こればかりは基希の気持ちを優先させたい。
すると基希が「はい、そのつもりです!」と元気に返事をしている。
「うそ……」
「本当だよ玲子、俺には君しかいない!一緒にいられるならどんな苦労があっても乗り越えていく自信がある!酒も煙草もやらないし、一生浮気もしない!今度こそ君と添いとげたいんだ!玲子の全てを全力で愛すよ!だから…結婚して下さい!」
基希は本日二回目の土下座…まさか自分がされるとは思わなかったが、現世に生まれ変わってから正にこれが夢であったのだから、正直嬉しい……。
しかし気になる一言があった。
ー今度こそ………?
「玲子、こんなイケメンにここまで言わせるなんて、やっぱりお母さんの娘ね~!血は争えないわ!」
さっきまで黙っていた母親がいきなり感心したように話に割り込んできた。
「そうだぞ~見てごらん玲子。お母さん幸せそうだろ?伊達石くんはお父さんの若い頃にそっくりだし、ロミも懐いてる。この子の見る目は確かだぞ!きっと玲子もお母さんみたいに幸せになれるよ。なぁ、お母さん!」
「お父さんまで…」
ー全くどんな理屈よ…言われなくても基希と一緒ならいつだって幸せに決まってるじゃない!ただね、もう少しでいいからプロポーズの余韻に浸っていたかったのよ。
「玲子、愛してるよ。結婚して下さい!」
本日三度目の土下座を披露する基希は必死だ。
ーそんなに必死にならなくても答えなんてとっくに決まってるのに。
前世での基希はどちらかと言えば、玲子を哀れな捨て猫を拾った感覚だったように思うが、今は玲子自身を見てくれている気がする。
ーこんなに思ってもらえて、幸せにしかなれないよ……
「私で良かったら…結婚して下さい」
玲子の顔はまるで茹でダコのようになり、湯気まで見えるようだ。
それでも真っ直ぐに基希の目を見ている。
玲子のこの眼差しが、昔も今も基希の鍾愛の的だった。
「喜んで!」
基希の顔からは緊張の色が消え、嬉しさのあまり随喜の涙を零している。
玲子もまた貰い泣きをしてしまい収拾がつかない。
「いやぁ~良かった良かった!結局、玲子がプロポーズしたみたいになってたな!」
「本当ね~あなたがプロポーズしてくれた時も確か泣いてたわよね~!」
快哉を叫ぶ両親の仲の良さが、自分達の明るい未来を予見しているようで微笑ましく、そして眩しかった。
「二人とも、ありがとう」
この人達の子供に生まれて、本当に感謝しかなかった。
でも、今からこんな状態では孫ができたら大騒ぎになるだろう…。
そんな幸せな未来を想像できる日が来るなんて自分は果報者だと思う。
「うんうん!玲子が幸せなら何だっていいよな!お母さん、お寿司取って!今夜はお祝いだ!」
「はいはい、あなたと玲子はサビ抜きね。伊達石さんはワサビ大丈夫かしら?」
「すみません…ワサビ苦手です……」
なんと!基希もワサビが駄目だった!
「あら、そんなとこまでお父さんと一緒!玲子~あなた幸せになるわよ!伊達石さんったらお父さんとよく似てるから!男と女はね、食の好みと笑いのツボが同じだったら上手くいくものなのよ~」
母親の経験だろうか…?説得力がある。
「じゃぁ、お母さんもサビ抜き?」
「お母さんは入れるわよ」
「えっ!?」
さっき食の好みって言ってたのに、合ってないじゃん!
「ワンワンワン!」
(なに、お散歩いく?)
大人達が騒ぐものだから、ロミがお散歩かとワクワクし始めてしまった。
こうなると誰も彼女を止められない。
ロミは自分のおもちゃ箱からウサギのぬいぐるみを持って来ると玄関まで走っていき、今度は掛けてあったハーネスを咥えて持ってきた。
「ロミ~、お散歩は後で行こうね」
ロミには悪いけど今日はプロポーズされた日だし……
「ワンワン!」
(さ、行きましょう!)
「玲子、散歩行こうよ。俺達が出会えたのはロミちゃんとジュリオのおかげだし。お義父さん、お義母さん、少しだけ散歩に行かせていただいても宜しいですか?」
基希の言う通りだ。
プロポーズされたなんて玲子の都合でロミには関係ない。
でも、どんな時だってロミとは泣いて笑って苦楽を共にしてきたのだ。
この子が今行きたいなら応えてあげなくては!
それにきっとロミも嬉しいのだろう。
皆が泣いて笑って喜んでいるのだから……
「そうだな、お願いするよ。気をつけて行っておいで。帰ってきたらお寿司だぞ~!」
父親にも促されて散歩に出る事にした。
◆
春めいた柔らかい風が花の香りを乗せて、体を撫でるように吹き抜けていくのを感じながら、二人は久しぶりに散歩に出掛けた。
厳しい季節を越冬したであろう紋黄蝶が、ヒラヒラと優雅に二人の周りを飛び回り春の訪れを教えてくれる。
「春だね…気持ちいい」
プロポーズもOKをもらい、この世で玲子と迎える初めての春……欣喜雀躍とした心を抑えて、繋いだ手に力が入る。
「基希…さっきのプロポーズなんだけど、今度こそって言ってたよね。どういう意味?」
突然玲子にそう言われ、一瞬で手汗をかいたのがわかるくらい焦った。
「え?そんなこと言った?」とごまかすのが精一杯で頭が真っ白になる。
「言ったよ。今度こそ…って言った」
やはり誤魔化しきれない……。
自分でも何を言ったかわからないくらい必死だったから、言われてみれば言った気もする。
「言ったかもしれない…でも、別に変な意味はなくて……」
玲子のじとーっとした目が怖い……
「正直に言って!」
観念して話すしかない……そう腹を括った。
「俺達…前世で会ってるんだよ。正確には恋人同士だった…でも一緒になれなくて死に別れてそれで俺、生まれ変わって今度こそ結婚したいーって……こんな話、信じられないだろ。でも気にしないでよ、前世でどうこうより、今の玲子を愛してるから結婚したいんだ。だからー」
「じゃあ、基希には前世の記憶があるってことなの?」
基希の言葉に被せてまで玲子が確認したい理由の方が気になる。
変な奴と思われてるのは、百歩譲って仕方ないとして、プロポーズの返事を撤回されたらどうしよう……でも嘘はつけない。
「………ある」
言った…!言ってしまった!
これで変人扱いされて結婚するか、気狂い扱いされて婚約破棄されるかが決まる。
わずかな沈黙の時間が怖くて恐る恐る見てみると、玲子が目を蘭々と輝かせて言った。
「私も…!」
ーん?聞き間違いか?
「何が…?」
私も……の意味がわからない。どういう事なのだろうと基希は考える。
「私も、前世を覚えてるの!基希を覚えてる!ずっとずっと探してたから、声かけられた時は心臓が止まるかと思った!会いたかった、愛してます…生まれる前から、ずっと基希を愛してる…!」
こんな奇跡があるものなのか!
愛した人と巡り会えただけではなく、前世の記憶まであるなんて驚嘆に値する。
「玲子…本当に?俺を覚えてるの…?」
震える手で彼女の頬に触れると、その瞳からつーっと涙が溢れ、基希の指を伝って落ちてゆく。
「覚えてるよ…前世では先に死んじゃってごめんね…本当にごめんね……あなたの言いつけを守らなかったから、でも私、あの時はなんとかなるって、んっ、本気で、思ってて……ひっく…」
「いいんだ、もういい!今こうして会えただろ!だからいいんだよ!これからはずっと一緒だ!二度と離さない!愛してる…愛してる…!」
きつく抱きしめた腕の中で、玲子が肩を震わせている。
声涙倶に下る言葉は、長い時を経て巡り会った二人の魂を一つにした。
止め処なく流れる涙が、こんなにも温かなものだったなんて知らなかった。
〝愛してる〟
生涯この女だけを愛すると誓ったあの日から約百年……願いは叶った。
そうなるように努めて生きてきて良かった!
どこを見回しても玲子がいないとわかる瞬間の絶望を幾度となく味わい、いつまで経っても会えない日常に苛立った日々……。
ーもうあんな思いをしなくてもいいんだ。これからはずっと側にいられるし、玲子にも基希の記憶がある!辛くとも楽しかった昔話をしよう。時代が変わった今なら、笑って話せる事もあるはずだから……
「基希、私達これからはずっと一緒だよね!うんと楽しい人生にしようね!」
笑いながら涙する玲子の瞳がキラキラ輝いて、益々目が離せない。
「そうだね…一生一緒にいようね、もう二度と離れないから……」
現世で交わす約束に、とてつもない可能性と幸せを感じる。
〝ありがとう〟心からそう思った。
「ワンワンワン!」
(あたしも抱っこして!)
「ごめんねロミ~!つまらなかったね、許してね~」
つるんとした丸い頭を撫でると、ロミは満足気に顔を上にあげ二人を見つめた。
(もときも家を寝床にすれば、ずっと一緒にいられるのに……)
仲睦まじく笑う二人がどうして笑顔なのかロミにはわからない。
でも、もときといるれいこの笑顔が一番好きだから、ロミはもときも大好きなのだ。
「ワンワン!」
(走ろう!)
ロミは二人が持つリードをグイグイと引っ張り走り出した。
「こら、ロミ危ない~」
〝こら〟はたまに言われるけど、怒られているわけではないから大丈夫!
「あははは~こらロミ~」
「ワンワン!」
(ほらね、また笑った!)
きっとこれからは毎日、れいこの笑顔が見られる。
ロミはそんな予感にワクワクした。
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