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第9章 バレンタイン
第150話 流血事件とチョコ(2)
しおりを挟む兵藤の頭の傷からの血はシャツの襟を赤く染めるほどで、それを見た女子の中にはめまいを起こす者もあるほどだった。
京極は黙って立ち尽くしていた。どうしていいかわからないようだった。
兵藤本人は意識もはっきりしていて、保健室まで自力で歩いていったほどだった。
しかし、場所が場所なので保健室で応急手当を受けて、いちおう病院へ検査を受けに行った。
付き添ったのは、多美先生で、京極は事情を説明するため校長室に呼ばれたっきり出てこずに、他のクラスの京極の担当授業もすべて自習になった。
授業ボイコットしている2年2組はそのまま、視聴覚室で自習するよう、代わりの教師が来て指示していったが、その教師が消えるなり、みな三三五五寄り集まって、
「兵藤くん大丈夫かな」
「血は出てたけど、結構平気で歩いてたよね」
「いやいや、頭は、あとからが怖いんだ……」
「これって暴力傷害事件になるのかな」
「まさか。殴ったわけじゃないし。過失でしょ」
などと噂しあった。
しかし、皆『これで京極はクビ』という期待では一致していた。
そのときだ。
カイトが乱暴に視聴覚室に入ってきた……彼は、校長室のようすを立ち聞きしていたのである。
『どうだった?』と訊かれる前に
「信じられねえぜ!あの京極のヤツ!」と怒鳴った。
『私は、生徒を授業に戻そうと、声を掛けていたんです。そしたら、急に兵藤君が殴りかかってきまして……。
とっさによけたのですが、その反動で彼は机に頭をぶつけたのです。先に暴力行為におよんだのは兵藤君のほうです』
兵藤は校長らにそう説明したのだ。
「アイツ、ぶっ殺してやる!」
カイトは悔しそうに叫んだ。
「で、何、それを校長は信じてるわけ?」
将の問いに、カイトは悔しそうにうなづいた。
「何だよ、それ」
井口も思わず大声を出す。
カイトはクラスの皆にわざと聞こえるような声で話していたので、その話はクラス中に広まり、いっそうざわめきが大きくなった。
皆、口々に「ヒドイ!」「最低!」と吐き棄てるように言いあった。
5時間目の終了のチャイムが鳴ったとき、多美先生が視聴覚室に入ってきた。
休憩時間だけれど、おかまいなしにマイクの前に立った。
皆、席について静かになった。兵藤につきそった多美先生から説明があることは明らかだからだ。
「みんな心配したと思うが、兵藤は大丈夫だ。頭を2針縫ったが命に別状はない。念のためにCTスキャンも撮ったが異常はなかった」
一瞬、その場に安堵の空気が流れる。
「ただ、京極先生に暴力をふるおうとした、ということで、ポイント減の他に、1週間停学、ということになってしまった」
多美先生がそれを言い終わった瞬間、視聴覚室は一斉に蜂が飛び立ったような攻撃的な騒ぎに包まれた。
「静かに!」
多美先生が叫んでも、騒ぎはおさまらない。
「多美先生!」
星野みな子が勢いよく立ち上がった。女子クラス委員が立ち上がったことで、騒ぎが少し静かになる。
「兵藤くんは京極先生に暴力なんかふるっていません」
そうだ、そうだ、と皆口々に言う。
「暴力をふるったのは、京極先生のほうです。ユキちゃん……いえ真田さんの腕を京極先生が乱暴に引っ張ったので、それを止めようとしたんです。みんな見てました!」
「ユキちゃん、腕ひねられて、肩が腫れてるんだから!」
真田由紀子の隣の田上ルイが悲鳴のように訴えた。
「そうなのか、真田」
多美先生が真田由紀子のほうを見た。
その口調は比較的優しかったにもかかわらず真田由紀子は多美先生のほうをおそるおそる一瞬見ると、
うつむいて……それでもゆっくりうなづいた。
「田上、真田を保健室に連れて行ってやれ」
多美先生はただちに指示をした。そのときには由紀子の目からはぽとぽとと涙が落ちていた。
ルイはそんな由紀子をかばうように視聴覚室から出て行った。
「しかし……京極先生は、あくまでも最初に暴力をふるったのは兵藤だ、と言っているんだが」
「ウソに決まってるだろ!」
とうとう将が立ち上がった。マイクの前に立つ多美先生をまっすぐに見据える。
「先生、生徒を信じないのか。俺はともかく、兵藤くんとか、星野サンとか、真面目なやつの言い分も信じられないのかよ。2年近くも一緒だったこいつらより、あんな会って1ヶ月のヤクザ野郎の言い分をそっくりそのまま信じるのかよッ!」
多美先生は、将のまっすぐな視線を受け止めて、黙り込んだ。
しかし、視線はそのまま将の瞳に注がれた。そして、クラスの皆の瞳を一人一人順番に見つめた。
皆、訴えるような目で、多美先生を見つめていた。
「その件は京極先生に、もう一度確認する。今日はみんな、帰りなさい」
多美先生は、ため息をつきながらも、落ち着いた声で皆を諭した。
「これ、美味しそう!」
みな子は、ショーケースの中にある1口サイズのハート型の生チョコレートに釘付けになった。
あんな事情で、だが、いつもより1時間早く始まった放課後にラッキー!とばかりにすみれはみな子を連れてチョコを買いに街へ出てきたのだ。
事件のことは気になるし、嘘をついた京極には本当に腹が立つ、と街へ出てくる電車の中ですみれもしきりに言っていた。
しかし、チョコを目の前にして、一連の事件はふっとんだらしい。
学校の事件と恋する心は別問題で、いまは先輩にあげるチョコの問題がすみれの最優先事項らしかった。
美味しそうなチョコに釘付けになっているみな子を見て、すみれは
「みな子も誰かにあげればいいのに」
と言い放った。
誰か、という言葉にみな子の頭に、背の高いボサボサ頭……将がふいに浮かぶ。
さっき、みんなのために多美先生にくってかかった将。端正な横顔のライン。真剣な瞳。
想像は、思いもよらず暴走して、みな子が将にチョコレートをあげるところまで行き着く。
あの、猫のときのようなオレンジ色の夕陽の中、将にチョコレートを渡す自分を思い浮かべる。
「じょっ、冗談じゃない!」
思わずあせったみな子。次の瞬間、そんな自分に照れる。
幸いすみれのほうは、自分のほうのチョコ選びに夢中で、みな子の様子などどうでもいいらしい。
「トリュフもいいけど……でもオーソドックスにハート型にメッセージを入れるのもいいんだよね」
と真剣だ。
ほっとしたみな子は、ショーケースの中のチョコに再び目をうつす。
茶色いココアが降りかかった生チョコレートは一口サイズで上品だし、いかにも美味しそうだ。
しかしどうしても、チョコを見ると、どうしても夕陽の校庭と将がセットになってみな子の頭に顔を出す。
すみれは迷いに迷って、
「やっぱ、ハート型にする!」
と宣言したが、今度はメッセージの文言で悩みだした。
その間、みな子も、生チョコレートの誘惑に悩むことになった。
結局、みな子は、ハート型の生チョコレート3個入りを、「自分用だもん」と言い訳しながら買ってしまった。
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