【R18】君は僕の太陽、月のように君次第な僕(R18表現ありVer.)

茶山ぴよ

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第10章 赤い霧

第167話 葬儀

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瑞樹の葬儀は1週間以上も経った土曜日にようやく行われた。

身元確認や捜査があったために通常より遅れたのである。

よく晴れた、だけど風の強い日だった。

桜のつぼみは膨らんで、1週間以内に開花宣言がなされそうだった。

そんな中、葬祭場で行われた葬儀には学校関係者やクラスメートも参列した。

当然、制服姿の将、そして黒い喪服姿の聡もいた。

しかし、瑞樹の恋人である大悟の姿はなかった。

 
 

大悟は、葬儀に参列できなかった。

大悟が瑞樹の死を冷静に受け止められるようになるまで、3日ほどの入院を要した。

先に荼毘に付された瑞樹の骨をもらうことで、ようやく瑞樹の死の事実を受け入れたように見えた。

「これ……本当に瑞樹かな。瑞樹なんだよな……」

透明なガラス瓶に入れられた白い粉末を、今朝も大悟はいとおしそうに耳元で鳴らしていた。

瑞樹の骨はサラサラというなかに、りん、と透明な響きを含ませて、大悟の耳に何かを囁きかける。

大悟は怒涛のように打ち寄せる哀しみを堪えようと、歯を食いしばった。

だが、だめだった。

将は、制服がない大悟のために、黒いスーツと靴を買い揃えたのだが、大悟はそれを着ることが、とうとうできなかった。

大悟は、骨と小さなプリクラの中の瑞樹に手をあわせて、喪に服すことになった。

そのプリクラは将が探し出した、1年前のものだ。

「俺……、瑞樹の写真も持ってない」

将のマンションに帰ってきた日、大悟は呟いた。

「なにやってたんだろ、俺たち」

続けて自虐的な笑いを浮かべた。

無理もない。ここで大悟と瑞樹は一緒に暮らしていたとはいえ、大悟は必死で働いていたのだから。……二人の未来のために。

こんな風に未来を急に失った大悟なのに……懐かしむべき思い出は少なすぎた。

「将、お前は、なんか写真ある?瑞樹の」

将もまた……ちゃんと撮った写真を持っていなかった。

それは瑞樹を弄んでいたくせに恋人だと思っていなかった証拠のようで、将は胸が痛んだ。

(痛んだ胸はまるで膿んだかのようにずっと痛み続けている)

「俺の部分は切ろうか」

といいながら将が探し出したのは、1年前に将と瑞樹の二人で写ったプリクラだ。

それが瑞樹の笑顔の唯一の写真だった。

「いいよ……、瑞樹……。まだ若いな、これ」

大悟は小さなプリクラをいとおしそうに見つめた。

もう1つ、学校で撮影したクラス写真、それだけが将が持つ、瑞樹がこの世にいた証である。

 
 

壇上には、クラス写真から加工した、かつての長い黒髪姿の瑞樹の顔写真が菊の花に囲まれていた。

10代の少女にしては極端に写真が少ない……それは瑞樹の短すぎる人生の本質を象徴しているかのようだった。

通常、こんなふうに若い故人の遺影は、明るい笑顔だったりして、それが白い菊や白と黒の幕に不調和なところが涙をさそうものだろう。

しかし瑞樹のそれは、青白いほどに白い肌に不自然なほどにまっすぐな黒髪、笑顔のないところまで、何故かこの場に調和しすぎていた。

まるで彼女自身が、自分の死を弔うかのように。

カラー写真なのにモノクロのように色みの少ない写真を見ながら、席についている将はいまだに瑞樹が死んでしまったことが信じられない。

……というより、死んだ、という事実にいまだ、思考を深くめぐらすことを避けていた。

ただ、あの心の『膿み』は日一日と痛みを大きくしていった。

「あの、カンオケの中、何にも入ってないんだよな」

「ほとんど骨のカケラしかみつからなかったんでしょ」

「JR○山駅は血煙で赤く染まったってな」

「そりゃそうさ。水風船を時速200キロでぶつけてみろよ。人間の体はほとんど水なんだからさ」

ヒソヒソと噂する生徒もいれば、ほとんど交流がなかったのに泣きじゃくる女子生徒もいる。

ちなみに瑞樹が新幹線に飛び込んだことは伏せてあるのに、誰かがネットか何かで調べたのか、どこからともなく漏れて、噂になっていた。

それでも1年からずっと持ち上がりの彼らである。

2年の後半はほとんど休んでばかりだった瑞樹とはいえ、やはりその死はショックだったのだ。

受けた衝撃を、涙なり、友人としきりに噂するなりして必死で消化しようとしているのである。

星野みな子はどちらでもなかった。

噂話をするでもなく、涙をこぼすわけでもなく、ただ前方に飛び出して見える将のようすを見ていた。

聡が来る前、将が瑞樹と付き合っていたことについて、みな子はもちろん知っている。

めったに学校に来ない、あまつさえ『人殺し』の噂がある将と、口数が少なく、冷たい瞳を持つ瑞樹は外見的にはお似合いともいえなくはなかった。

だが、猫の思い出があるみな子は、なんとなく不思議な思いで二人(二人で学校にいたのはごくまれだが)を見ていたものだ。

その将は……元彼女の自殺をどう受け止めているのだろうか。

だが、壇上を向いたボサボサ頭は微動もせず……何も窺い知ることはできない。

 
 

焼香が始まった。

低く流れる読経の中、校長、教頭、多美先生に続いて、聡が席を立って、瑞樹の遺影に手をあわせ、瑞樹の両親に頭を下げる。

生徒らも前列の者から次々に席を立ち、焼香をする。

将の番が来た。

壇上の『空』の棺と、白い菊に包まれた瑞樹の遺影が近づく。

――本当に、消えてしまったんだな。瑞樹。

――もう少しで……幸せになれるところだったんだぞ、お前。

――なのに、どうして……。

将は、大悟の分まで焼香するつもりで、手をあわせた。

目を閉じて手をあわせる将の耳に、読経に混じって

「このたびは……」

という聡の声が聞こえた。

焼香を終えた聡は、壇の前に立つ瑞樹の両親に頭を下げているところだった。

涙もろい聡は、やはり、泣いているらしい。瑞樹にあんな酷いことをされた聡である。

それにしても、初めての教え子の一人、その死はやはりつらいのだろう。

派手なウェーブを付けたパーマヘアに、化粧の濃い女は、おそらく瑞樹の母親に違いない。

瑞樹の目の大きさは彼女ゆずりだろうが、目を伏せて肩を震わせているため、それは確認できなくなっていた。

彼女は、その横にいる年配の女性を寄り添うように支えていた。

「ううっ、瑞樹や、瑞樹ぃ~……、どうして、どうして~……」

派手に声をたてて嗚咽している白髪交じりの女性は、瑞樹を可愛がったという祖母だろう。

瑞樹の最期のあの日、たまたま、社交ダンス仲間と温泉旅行だったという。

「私が、温泉に行っていなければ……、ううっ、ああ~」

泣き崩れる姿に、思わず目が熱くなった将に、男の声が重なった。

「センセイ……。どうして瑞樹は……。学校でイジメでもあったんじゃないんですか」

将は男の声のほうを見た。瑞樹の義父・康平だった。瑞樹を……瑞樹の体を、まだ子供だった頃から、もて遊んできた男!

将の頭にいままでにない勢いで血が上った。

将はつかつかと大またで義父に近寄ると、その襟首を、グイっと掴んだ。

「何が、イジメだ!」

するどい声で咆哮する。長身の将に襟を掴まれて、康平の体は吊り上げられるような格好になった。

「お前の……お前のせいなんだよ!お前の」

将は憎しみに燃える瞳で、康平をにらみつけた。

葬儀場にいる参列者すべての視線が集中するが、将は止めない。

「や、やめろ!何をするんだ……」

康平はファルセットのように裏返った甲高い声で叫ぶ。

将は康平を燃えるような瞳で睨みつけていた。そして、いつしかその瞳からは涙が流れ始めていた。

「お前のせいで……瑞樹はっ……」

「やめてー!」

瑞樹の母・夏子が叫ぶ。

「やめなさい!鷹枝くん!」

聡が駆け寄って止めさせようとするが、無駄だった。

鉄道警察隊で、将は瑞樹の自殺の原因について、クスリを常用していたこと以外、思い当たることすべてを打ち明けた。

クスリについては、周囲への影響、そして聡の責任までも問われかねないから将は黙っていたのだが、

それ以外は……むろん、瑞樹が11歳から康平に犯され続けていることも話した。

瑞樹の不名誉にはなるが、康平に何らかの罰が下されることを期待したのだ。

なのに康平は、のうのうと、こんな席で父親面をしている。

警察は、結局17歳の将の言うことより、アルコール漬けの無職だろうと、いちおう成人である康平の言うことを信用したのだろう。

多美先生、教頭がようやく駆け寄ってきて、康平から将を引き剥がした。

「離せ!なんでアイツが父親づらしてんだ!瑞樹を傷つけ続けてきた奴が!離せーっ!」

多美先生と教頭によって葬儀場から連れ出される間も喚き続けていた将を、焼香の順番を待ちながら、みな子は目で追っていた。

後ろから促されるまで、みな子は呆けたように将が連れ出された方を見ていた。

いつのまにか、涙が頬を伝っていた。

 
 

将は葬儀場の外の駐車場に連れ出された。

「私が、よく言って聞かせますから!彼もショックを受けているんです」

聡が必死でとりなして、多美先生らはようやく将を解放してくれた。

将はもはや喚いてはいなかったが、息を荒くしたまま、うつろな目で地面を見つめて立ち尽くしていた。

「将……気持ちはわかるけど、場所を考えて」

もはや春風の類ながらも、強い風は聡の髪や喪服の裾をあおっている。

「だって、アキラ……。アイツ、アイツが……。なんでアイツが捕まんないんだ」

将は下を向いたまま呟いた。

将の顔の下にある乾いたアスファルトに黒い染みがぽつ、ぽつと出来る。

聡は将の顔をのぞきこもうとした。

「将……」

「アイツのせいで、瑞樹は!」

のぞきこむまでもなく、将は聡に向き直った。風に飛んだ涙が1滴、聡の頬にあたる。

「アイツ……、アイツのせいでっ……」

将は見開いていた目を歪める。ほとばしる涙で顔は濡れていた。口元もとうに歪んでいる。

「あっ、将……鷹枝くん!」

聡の呼びかけにも答えず、将は走り出していた。

涙でぼやけた視界にかまわず、ひたすらに全力で走る。

信号を無視して大通りを渡る。その行為を責めるクラクションなど、今の将には聞こえないも同然だ。

買い物客にあたりながら、商店街を抜け、大きな川に出る。

休日ながら、少々風が冷たいせいか、人はまばらだ。

土手を駆け降りようとした将は、つる草に足をとられて転ぶ。そのまま土手を転がり落ちる。

草むらはまだ新芽も出ておらず、枯れたままの色だった。

ゴロゴロと回転する視界。青い空と枯れ草が渦を巻くようにシェイクされる。

ようやく止まった将は、そのまま青い空を見た。強い風に流されていくような雲。

泥だらけになりながら、将にはわかっていた。

義父の問われる罪の何分の1かは自分も問われるべきだと。自分も同罪だと。

何が瑞樹を死に至らしめたのか。

その直接的な原因はクスリである。

だけど……なぜ彼女がクスリに手を出すハメになったのか。

彼女は……たぶんそれを前原から覚えたのだろう。

前原のところに身を寄せるはめになった原因は……。

――瑞樹、瑞樹、俺を許してくれ!

『将』

瑞樹の声が、ふいに蘇る。声は彼女の生前の姿をも連れてきた。

長い黒髪をなびかせて走ってくる瑞樹。

将のベッドにもぐりこんできて微笑んだ、いたずらな瞳。

抱き合って眠ったぬくもり。

そして、どこか冷たく、寂しげだった笑顔。

彼女が聡を拉致させたとき。

『教えられねーよ!』

と将を罵倒する顔さえ、美しかった。憎悪する顔は

『将のことが好きだから……』

と髪を振り乱して、泣きじゃくる顔にたやすく変化した。

今ならわかる。

聡にあんなことを計画せざるを得ないほど、瑞樹は将を激しく愛していたのだ。

将に追い出されて、その苦しみから、思わずクスリに手を出したのではないのか。

瑞樹を家出に至らしめたのは、義父だ。

だけど、将が彼女を利用しなければ……愛しているような態度を示していた期間がなければ……彼女はクスリを知ることもなかったかもしれない。

将が、彼女の将への好意を利用して、その体に気の向くままに欲望を吐き出していた事実。

あまつさえ将はそのとき、彼女の体を抱きながら、何の罪の意識も持たなかったのだ。

――瑞樹を殺した一人は俺だ……。

将は青い空を隠すように、手の甲で自分の目を覆った。

目を覆っても、瑞樹の姿は消えずに、依然将の瞼の裏に映り続けた。

『もー!将のバカっ!』

瑞樹の面影はキッチンで明るく笑う、最近の姿になっていた。

大悟の愛情に頼ることを知ってからは、その印象はずっと柔らかくなった。

その印象のままに、地毛のまま、明るい髪のショートカットになった瑞樹は、以前の冷たいイメージからがらりと変わって可愛かった。

3人で暮らした日々。手作りのチョコレート。指についた粉砂糖を舐める瑞樹。

大悟と寄り添うようにキッチンに並んで食器を洗う二人……幸せそうだった。

将は手の甲をずらして、青空を盗み見るようにした。

目に染み入る蒼の中に、瑞樹の残像は昇華していった。

「将、お前に『いろいろゴメン、さよなら』って……」

そして代わりに、大悟が将に伝えた声がリフレインする。

――瑞樹、お前、遺言みたいじゃんか。

――謝らないといけないのは、俺のほうなのに。

仰向けになった将の目じりから、とめどなく流れた涙は、耳の下を通過し、首からうなじへと伝う頃には冷たく、将をなじるようだった。

瑞樹は、将の罪を思い出させないためにも、大悟と幸せにならなくてはならなかった。

なのに……。

大悟と瑞樹が幸せになるのを阻んだ根源に……将も確かに加担していたのだ。

「何で……何で死んだんだーー!」

将の虚しい心の声は、早春の青空にいつまでもこだまするかのようだった。
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