【R18】君は僕の太陽、月のように君次第な僕(R18表現ありVer.)

茶山ぴよ

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第11章 18歳の誕生日

第187話 春の嵐(3)

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とうとう、将は正式な免許証を手にした。

とれることはわかりきっていたが、『ヤッタ!』という満足感がひたひたと押し寄せてくる。

18歳になったと同時に、将が前から決めていたことがある。

それは、17歳までの、ウソの自分を金輪際捨てるということだ。

もう『山田』は必要ないから。

ちなみに、家庭教師も3月で辞めている。

教え子やその親は

『山田先生ぐらい、わかりやすくて面白い先生はいない』

と残念がったが、

『大学も3回生になるし、司法試験の準備に力を入れたい』などと言い訳をした。

今まで17歳を20歳といつわって家庭教師をしてきたことについて何の罪悪感も持たなかった将である。

だが最後の授業の別れ際、教え子の

『先生、頑張ってね』

というけなげな瞳を見た将は、ウソをつくことは……たとえどんな内容にしても、そのつじつまを合わせるときに、誰かを傷つけるものだ、と学習した。

思わず『自分はまだ高校生だけど、それでもいいか』と喉まで出かかったのを、かろうじて押さえた。

教え子はいいにしても、三流高校在学中の将を親が許すわけがないから。

しかし仮に、将がモデルを務めた雑誌を、親が美容院かなにかで目にしたとしても、すべては後の祭り、もう咎めたてはしないだろう。

責める理由のない成績を、将は教え子につねにキープさせてきたからである。

あとは弁当屋だけだが、こっちは高校を卒業して、晴れて聡と結婚することになったときにバラすくらいで大丈夫だろう。

――驚くだろうなあ……。

将は、自分の免許証でミニを運転しながら、その様子を想像して思わずにんまりした。

そして、あとわずかに迫った聡との逢瀬に、自然に思考が浮遊してしまう。

雨はあいかわらずひどく、フロントガラスの上を早い速度でワイパーが稼動している。

「おっと」

将は急ブレーキを踏んだ。前の車との車間距離が急激に狭まっている。

角を曲がろうとした前の車が急ブレーキを踏んだらしい。

車の陰からレインコートを着て傘をさしながらの人が操る自転車がひょろひょろと見えた。

「危ないなあ。こんな雨の中チャリなんか乗るなよ」

将はフロントガラスに向かって思わずつぶやく。

そうだ。自分の免許証、ということは事故を起こしたら大変だ。

といっても。偽造免許証だった昔は事故を起こしたら逃げるしかない状況ではあったのだが。

雨のせいか渋滞気味の道路に、将は舌打ちした。

濃いグレーを基調とした風景。濡れた黒い路面に赤く反射するテイルランプが明るく見えるほどの暗さ。

よく眠れなかったせいか少し疲れている。そう自覚した将は、ハンドルに突っ伏すようにした。

……と、昨夜大悟に頭突きをした額がハンドルに触れて痛んだ。

額は、コブになっているようだ。それで大悟のことを思い出した。

『俺は……もうダメだ』

何が、もうダメなのか。聡と逢う前に一度、相談に乗ったほうがいいのかもしれない。

免許がとれた嬉しさと聡と抱き合える喜びに、心が温かくなった将は大悟に優しく話を聞いてやりたい、できれば力になりたい、と思う。

将は、はやる気持ちで、マンションへと急いだ。

 
 

だが、マンションには誰もいなかった。

誰もいない部屋は、雨のせいか昼だというのに真っ暗で、留守番電話の赤い光の点滅だけが白い壁に反射してやたら目立つ。

どこに行ったのか。将は大悟に携帯電話を掛けてみたが、どうやら電源を切っているらしい。

将は、めったにつかわない固定電話機の留守番電話が点滅しているのを、無意識に押す。

『今日10時37分、一件です』という機械音声のアナウンスのあとに男性の声が続いた。

『弁護士の三宅です。携帯電話がつながらないので、こちらにお電話いたしました。例のお金の件ですが、こちらでもいろいろ方策を考えてみましたので、お電話ください』

将は、何のことかわからなかったが、この三宅弁護士は知っている。

将が小さい頃から家族ぐるみで付き合ってきた『三宅のおじちゃん』である。

人のよさそうな紳士を将は思い出した。将が13歳で非行に走るまでは月に1回程度交流があった。

父親の康三が、幼い将に『弁護士を目指しなさい』と言い聞かせていたのは、おそらくこの三宅のおじちゃんの影響だろうと将は思っていた。

その三宅のおじちゃんが今ごろ何の用だろう、と将はいぶかったが、今日、将はたしかに学科試験のときに携帯を切っていた。

幸い留守電には電話番号が表示されていたので、将は掛けなおしてみることにする。

 
 

「ごめんね。ちょっと寝坊しちゃったから」

バスルームで手早く部屋着に着替えた聡が、顔を出した。

「いえ、こっちこそ、突然お邪魔してすいません」

ローテーブルの前で大悟が神妙に頭を下げる。ちょうどコンロではいいタイミングでお湯が沸いたようだ。

突然の大悟の来訪に、聡はあわてた。

大悟は、雨に濡れそぼっていた。

傘も刺せなかったのだろうか、というほどの濡れ方に、聡はとりあえずパジャマ姿のまま、大悟にタオルを渡した。

ベッドにあわててカバーを引っ張り、暗い室内を明るくするために、蛍光灯とスタンド、そしてテレビを付けると、自分は部屋着を持ってバスルームに入る。

カーディガンを引っ掛けているとはいえ、いくらなんでも、ノーブラのパジャマのまま、10代の男の子をもてなすのは刺激的過ぎるだろう、と思ったからだ。

「うち、紅茶はミルクかストレートなんだけど、どっちがいい?」

「……ストレートで」

大悟は頭をタオルで拭きながら、おずおずと希望を述べた。

聡は自分の分だけミルクティーにした。

朝食もまだの聡は、少しこってりしたものが飲みたかったからだ。

鼻先をくすぐるミルクのこってりとした匂いに、雨の日の憂鬱さが融和されていく。

「ここ、どうしたの?」

聡は自分の額を指差すようにして大悟に聞いた。

将に頭突きをされた額は少し赤く腫れていた。

「……転んで」

大悟は下を向いた。

「あのあと?」一緒に食事した後か?と聡は訊く。

「……ハイ」

大悟は、下をむいたまま頷いた。

正直なところ、聡はいきなり部屋に来た大悟にとまどっていた。

どうやって自分の部屋の場所を知ったんだろうとも思ったが、将の親友である。

将が何かの折に教えたのかもしれない、と考えた。

自分のとまどいと動揺を隠すべく、聡は年上の教師らしく、まず会話の先制攻撃を仕掛けることに努力をしていた。

大悟は聡のそんな努力に気付かないように、沈んでいる。

そういえば……昨日、食事を一緒にしたときから、大悟は何かを背負っていそうな雰囲気だったことを聡は思い出す。

それに同情して聡は『悩みがあったら聞く』といい、少しでも元気が出れば、と5000円を手渡したのだ。

「さっそく、何か悩みがあるのね?」

聡はできるだけ優しく、大悟の顔をのぞき込んだ。

「……就職のこと?」

先回りした聡に、大悟の黒い瞳は、初めて視線をあわせた。

――綺麗な顔。

将とは違うタイプながら、ひどく整った顔を持つ大悟に、聡は一瞬みとれた。

しかし、大悟の視線は再び沈んでしまった。

「……それもあるかも、……しれません」

低い、消え入りそうな声。

この年頃の子の、こんなようすを聡は初めて見た。

絶望。という言葉が脳裏をかすめていく。恋人を失った彼は、すべてに絶望しているのだろうか。

「大丈夫よ、今に」

「センセイ」

聡の励ましの言葉は、急に遮られた。下を向いていた大悟が顔をあげて、こちらを見据えている。

「俺、鑑別所に入っていたんです」

聡は動揺が体に現れないようにするのに、最大の努力を払った。

目だけが、しばたいてしまったが、聡は黙ったまま、大悟を見つめた。

次に何を言うかで、聡は自分の態度を決めなくてはならない。

だけど、大悟も同じように、聡の言葉を待っているようだ。

じっと、聡の顔を見つめている。

まるで我慢比べのような時間。それはたいした時間ではなかったが……聡のほうから譲歩することにした。

「どんなことを……したの?」

大悟の喉がごくんと動く。覚悟を飲み下した反動のように

「人殺しです」

と呟いた。

聡は、目を見開いてしまうのを押さえられない。

人殺し。殺人者。聡の脳裏に、新聞沙汰になった、少年による凶悪犯罪が駆け巡る。

しかし……目の前の大悟に対して、不思議に恐怖感は湧かなかった。

この端正な顔の、実直そうな青年が人殺し。

それは、絶対に何か理由があるに違いない、と聡は思い込みたくて訊いた。

「あの……、どうして……、殺したの?」

「俺、父親も前科者で……」

聡が息を飲むのが、大悟にはわかった。なぜか快感を覚えて一気に話す。

父の借金のこと。それを取立てに、たびたびヤクザのような連中が来ては、大悟に暴力をふるったこと。

「……それで、ある時、借金を障害者年金で払えって、指を切り落とされそうになって……。それで、はずみで刺してしまいました」

「……じゃ、ほとんど正当防衛じゃない」

息を詰めて聞いていた聡は、ほっとしたように肩を落とした。

「……よかった」

聡は独り言のように呟いて、ミルクティーのカップに顔をうずめる。

こくん、とミルクティーを一口飲むと、

「大悟くんは悪くないよ。……みんなそう思うよ」

と微笑を作った。

「悪くない、と思ってくれますか」

大悟は自らの犯罪を告白したときと同じ口調で、聡に問い掛けた。

まるで何かを確認するかのような口調だった。

聡はうなづく。

「私は悪くないと思うよ」

大悟は「そうですか」と俯いた。

なぜ、ここで俯くのか聡にはよくわからなかった。

うなだれた大悟は、垂れた前髪と、その向こうに睫が見えるだけで、その表情はまるで見えない。

「……大悟くん?」

聡の声に、大悟は意を決したように、再び顔をあげた。

「先生。俺、本当は殺していません」

「えっ」

「本当は……あのとき、ヤクザを刺し殺したのは……、将なんです」
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