237 / 427
第13章 死闘
第231話 梅雨前線(2)
しおりを挟む久しぶりにその名前を聞いたと思った。
覚醒剤所持で警察に捕まり、退学になった前原。
その隈取をしたような目を思い出しながら、将の中で、くだんの嫌なラインがますます色濃くなっていく。
「何か……ヤバそうだった?」
変な取引やってたりとか、という質問を将はかろうじて飲み込む。まで疑いを決定的に出したくない。
「いや、ちょっと見かけただけだから……。でも大悟、痩せたな。シャブでもやってるっぽい」
井口のほうが先に疑惑を口に出したので、将は擁護にまわらないといけなかった。
「瑞樹のことから……立ち直れないんだ、アイツ」
「もう3ヶ月以上も経つのに?」
「死に方が死に方じゃん」
「ふーん……」
井口は黙ったが、あきらかに解消できない疑惑は胸の中に残るようすだ。
将の中でも、その疑惑は決定寸前だ。
前原の友達といえば、捕まった前原に罪を被せてバックれたような連中ばかりだ。
だが。大悟と前原は同じ中学だ。単に同級生とつるんでいただけかもしれない。
将は、無理やり自分の中の疑惑を消そうとしたが、そうしようとすればするほど確信に変わっていく。
そのとき、教室に聡が現れたので、将も井口も窓のそばから席に戻った。
雨脚はますます強まり、窓からも雨が振り込みそうな勢いだった。
みな子はHR中、教壇の上の聡と、机に肘をついているのだろう、傾いた将の背中を見比べていた。
将の白いシャツは雨に濡れたのか、その下の浅黒い背中の色を透かしている。
それを見ていたら先週の日曜日、車の中で聞いた、
「本気で好きだから……。今は離れてる」
という言葉が蘇ってきた。
その直前の『みな子だけに言っとこうかな』という言葉で芽生えた、まさか、という淡い期待はすぐにかき消されたが、それにしてはみな子は落胆していなかった。
もともと期待自体が、錯覚のようなものだったからだろうか。
「先生と……生徒だから?」
みな子は訊き返した。錯覚だったはずなのに、下瞼が少し熱い。
それを瞳をあげることによって冷まそうとする。
「うん」
将は行き先から目を離さないままだ。車の流れはだんだん遅くなってきている。
「いつまで……我慢するの?」
「俺が大人になるまで」
将の口調は静かながら、確固たる決意に満ちていた。
……みな子の同級生の男子は、決意などをまじめに語ることはない。
ふざけているのが日常のデフォルトで、自分の中の核心に近づくと言葉もなく黙り込む。
みな子は、初めて聞く、同年代の男子の決意に動揺した。
何と答えるのが適切なのかわからない頭だけが、空回りして、セリフをつくった。
「だ、だから、いきなり、あたしのこと名前なんかで呼んだんだ?」
将は思わずみな子のほうを振り返った。
――違う。
反射的に将は口を開きかけた。しかし、結果的にそうなってしまっているのかもしれない、と言いかけた台詞を飲み込んだ。
無意識に、聡以外に気を惹かれているアピールを周囲にしてしまっているのだろうか。
それをしないと、聡に引き寄せられてしまうから。
渋滞に入った車内を前の車のテイルランプが赤く照らしだした。それが消えたとき、将は
「……そうかも。ゴメン」
とようやく答えることができた。
「イヤだったら、戻す……けど。イヤだよね」
「ううん!」
みな子は即座に首を振って運転席の将に顔を向けた。
「全然、ヤじゃないよ」
とまで続けて、しまった、強く否定しすぎたかな、と少し後悔する。自分の気持ちがバレてしまう、と危惧したみな子は、
「そんなことぐらい、どってことないし」
と付け加えながら、将の顔から無理やり視線を剥がそうとした。
みな子はすでに、将に名前で呼ばれる喜びにどっぷりと浸りきっているのだ。
この幸せを手放したくない。例え聡の代わりだとしても。
「ありがとな。みな子」
再び、車が停止して、車内が赤に染まる。将は、助手席のみな子に顔を向けて微笑んだ。
みな子の気持ちがどこまでバレたのかは、わからない。
梅雨前線に覆われたまま、暦は7月に入った。
7月1日からモロッコで収録した『E』のCM、そして最初の日曜の夜に『ウルウル滞在日記』とオンエアが相次いだ。
『ウルウル』のオンエアの日、鷹枝家では、日曜日ということもあり父の康三、義母の純代、
そしていつもは21時30分にはベッドに入るように決められている孝太も特別に許されて、リビングのソファにいた。
赤茶けてなだらかなサハラ砂漠に将が登場したとたん、
「お兄ちゃんだ!」
とパジャマ姿の孝太が嬉しそうに、画面を指差した。
病院では巌も
「10時からなぞ、お、遅すぎるわ」
と文句を言いながらも、付き添った30年来の仲である50代の妾・あゆみと共にテレビに見入った。
「あら。いい男。あたし、巌さんから乗り換えちゃおうかしら」
あゆみは、いたずらっぽく巌に目を走らせたが、巌はそんな戯言に付き合わず、テレビに真剣に見入っていた。
将の姿が映ったとたん、そのピンク色の目頭には、熱いものが溢れていた。
あゆみは立ち上がると、それをティッシュでそっとぬぐった。
聡も、ボーナスで買ったDVDに録画しながらも、画面の中の将を見つめていた。
5月の……将が海外ロケに行っていた間の、奄美ユリのドラマもきちんと見ていたが、今回は、まさに素のままの将だ。
羊づくしの食事に目を白黒させ、荒野に散らばった羊を集めるのにへこたれそうになり、その一家の長男と連れ立って『砂漠のバラ』を探しにいく、民族衣装を着けた将。
異文化と厳しい気候の中で、優しくたくましい人々と交わりながらも、将は将だった。
むしろ、厳しい環境で、将の本当の強さや優しさが際立ったがごとく、なんでもない場面で聡は心を動かされていた。
番組恒例の、涙、涙の別れの場面がくる前に、すでに聡は涙を落としていた。
『ウルウル』オンエアの効果はすごかった。
事務所所属のタレント別HPアクセス数も、瞬間的に1位を記録したほどで、将にはさまざまなオファーが舞い込んだ。
「将のいいキャラが出てたよね」
と社長も満足げだった。
素のままでつかえると思われたのか、バラエティ番組のオファーも多かったが、連続ドラマの収録中とあって、武藤や社長は慎重に仕事を選んだ。
仕事以外のプライベートでも、いきなり知り合いが増えたように将やその家族への連絡が増えた。
康三は、閣僚仲間で外務大臣の浅野一朗から
「ご子息、ご活躍ですなあ」
と声を掛けられた。
SHOが息子の将であることは公表していないから、康三は知らぬふりをした。
来年の総裁選を争う浅野は、油断ならない相手だ。
純代は、親戚一同からの電話応対に追われた。
こちらにもやはり、公表していないが、目ざとく見つけたのか、電話を掛けてくるのだ。
『立派に成長されて……。応援しますよ』という好意的な内容が大半だったが
「嘘をつくわけにはいきませんし……。内緒にしてくれと頼みましたが……困りましたわ」
と康三にこぼした。
将本人にも、どこからどうやって調べたのか、というような人間からの連絡がひっきりなしにあった。
真剣に携帯の番号を変えることを検討していた頃に、その電話は掛かってきた。
最近、ほとんどの電話は、サイレントマナーにして無視することにしているが、アラームをセットしていた最中だった将は、うっかり出てしまった。
「将!見たわよ!カッコよくなっちゃって」
電話番号に見覚えはなかったが、ハスキーな女の声に聞き覚えがあった。
「あ……。カオリさん?」
「久しぶりね」
0
あなたにおすすめの小説
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる