【R18】君は僕の太陽、月のように君次第な僕(R18表現ありVer.)

茶山ぴよ

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第19章 涙の懇願

第332話 スキャンダル(2)

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校門付近には、朝から記者やレポーターが待機していた。

生徒たちより早めに登校した聡は、何事かと思いつつ……将の身に何かが起こったことを本能的に予感した。

胸騒ぎを抑えつつ職員室の引き戸をあける。

「おはようございます」

「あ、古城先生!これ見てください!」

挨拶もそこそこに、権藤先生が折りたたんだ新聞からスライディングをするように駆け寄ってきた。

「鷹枝将が、ここに」

そういいながら権藤先生が指差す先には週刊誌の広告があった。

『スクープ・イケメン俳優・鷹枝将、○○谷詩織と愛の一夜』

聡は……ごくりと唾と同時に動揺を飲み込んだ。

 
 

聡の目の前には週刊誌が開いてある。

気を利かせた先生の一人が、出勤の途中で買ってきたものだ。

ため息をついた聡に目を止めた多美先生が、声を掛けてきた。

「古城先生、大丈夫ですよ。問題の鷹枝将は今日は欠席することですし」

つい今しがた、母親から将の欠席の連絡があったばかりだ。

「ええ……」

多美先生は、聡が生徒への影響を慮って悩んでいると思っているらしい。

聡は微笑をつくって、もう一度誌面に目を落とした。

うなだれた目線の先にたまたま週刊誌があっただけの話で、もう、記事は追っていない。

一度読んだだけでその内容は、聡の心に消したくても消えない記憶となって残ってしまっている。

それでも……目線の先にぼんやりと浮かぶ記事の写真や小見出しが否応無しに、まだしつこく飛び込んでくる。

『二人で失踪。謎の一夜』

『本命は同級生の彼女?』

……ドラマ「ばくせん」やCMで人気急上昇中のSYOこと鷹枝将と、清純派女優の○○谷詩織が二人で一晩失踪したという記事。

 

最初に、この記事を目にしたとき、聡はでっちあげだろうと半信半疑だった。

将から詩織の話は聞いていた。送られてきた画像に写っていたこともある。

大河ドラマを見ていた聡も好感を持っていた女優だったから、将がそんな人と共演できることを聡は心から喜んだ。

しかし、読み進めるにつれて……衝撃が表面に出ないよう持ちこたえるのに、聡は知らず息をとめていたらしい。

苦しい。苦しいのに息ができない。

だけど……職員室の誰にもそれを知られてはならない。

何か、言葉を発するべき……だけど何を言えばいいのかわからない。

そのとき、

「古城先生、鷹枝くんのマネージャーから電話です」との声。

思考が停止している聡の元には、救いのようだった。

マネージャーの武藤からは、迷惑をかけた謝罪と説明があった。

それによると、どうやら今度の木曜日から始まるドラマの宣伝のために、関係者の誰かが情報を流したのだろうということだった。

聡と将が続いていると思っていないのか……ことの真偽についての説明はなかった。

聡が武藤にそれを訊くわけにもいかない。

 

聡はもう一度、記事の写真に焦点をあわせてみた。

大きく載っている写真には、やや不鮮明ながら、フロントガラスごしに、ハンドルを握る将と、助手席にいる○○谷詩織が判別できる。

二人とも地味に変装していたが、何度見ても、それは将であることは、間違いなかった。

白い斑点が画面に写っているのは雪だろうか。12月、将はロケで北海道にいっていたからその間かもしれなかった。

さらに写真のボンネットの上には別の写真が小さく重ねてあった。

角度的によくわからないながら、将と振袖姿の女性。

顔は将で隠れてしまっているが……どうやらキスをしているらしいことが類推できる……聡が見てしまった将とみな子の口づけだ。

『○○の横断歩道で。こちらは同い年の彼女(類推)。ドラマのように大胆です』という冗談めかしたキャプションがついていた。

 
 

長い一日だった――。

今日の授業をとりあえず終えた聡は、トイレの個室にその重い腰を下ろした。

6ヶ月のお腹は、ことさらにその重さを主張している。

特に……緊張し通しだった今日は、膨らみが少し張っているようだ。

胎児が動くと、ほんの少しだけど鈍い痛みを感じるようだ。

こんなことは初めてで、聡はいつもより固いお腹を撫でた。

いつもだったら職員室でも寛げるのだが、今日という日は……一刻も早く人目のないところに逃げたかった。

心が受けた衝撃を……聡は、今日一日必死で隠していたから。

幸い、教室は平穏だった。聡の目には。

週刊誌の広告は新聞の他、電車の中吊りなどにもあったはずで、それを見た生徒もいて当然だった。

しかし聡の耳には、騒ぎは入らなかった。

職員室も、生徒たちには……騒ぎにならない限り、特に説明しないことになっていた。

学校側から説明することで、寝た子を起こす結果になりかねないからだ。

 
 

授業中も、職員室でも……油断すると、動揺が体のどこかしらに現われてしまいそうで……聡は全身を強ばらせていた気がする。

便座に腰掛けると、すべての筋肉が一気に弛緩して、脱力してしまったかのようだ。

ほどけてしまった神経は、聡に無意識に携帯を手にとらせた。

あらためて将からのメール――朝のHRが始まる直前に着信していた――を読む。

   >心配するといけないので先に言っとく。

   >週刊誌の記事、ドラマの宣伝のためのでっちあげだから。

   >今日、顔を見れると思っていたのに残念すぎる><

   >もうそろそろ授業だろうから、またあとで電話する。

再びそれを読み返した聡の心はぬったりとヘドロのように沈んだままで、浮かび上がらなかった。

何の感情も起きない。

何の疑問もわきあがらない。

何の展望も考え付かない。

 

朝、今と同じように職員用のトイレでこのメールを読んだ聡の思考は、激しく働いて……将のメールと週刊誌の記事の矛盾点を探そうとしていた。

――でっちあげなら、どうして変装して二人きりで車に乗っていたのか。

――仙台のホテルや、新幹線で、二人っきりで目撃されたのはどうして。

――スタッフとどうして一晩以上、連絡がとれなかったのか……。

――どうして、どうして。

思考は激しく聡の中で跳ね返って……心を砕いていく。

それは、見なかったことにしようとした、みな子との一件をも飲み込んで、さらに増幅していった。

いつのまにか沈んだ心から血が噴きだすように……聡は涙を流していた。

涙はさらに、自分を容赦なく追い詰めそうで……際限なく崩れてしまいそうで……聡はトイレットペーパーを引き出すと、目から次々と溢れ出る雫を拭き取る。

必死で持ちこたえるべく、涙を腹の底に飲み込んでしまおうとした……。

 
 

朝の感情を生々しく思い出した聡は、少し息苦しくなり、大きく息を吸いこんだ。

張り付いたような胸の筋肉は、呼吸動作をぎこちなくしたが、なんとか肺を満たして……お腹の底から吐き出す。

その瞬間。

何か……液体が、体内から漏れるような感覚。

いつもと違う感じに、ただちに確認した聡は……ありえない色に染まっている下着に悲鳴をあげそうになった。

トイレの薄暗がりでもわかる、生理よりさらに朱い、鮮血。

「嘘……」

脳天を殴られるようなショック。聡は、一目散に個室を出た。

妊娠中期の出血。聡は必死で頭の中の予備知識をたぐる。

血はさらさらしていた。

まさか早産?

……早産なら、まだ6ヶ月の胎児は、まず助からない。

――ひなたちゃん、ひなたちゃん!

心で呼びかけながら、聡は、気がつくと校舎を出ていた。

職員室の先生たちに、何と言いつくろって出てきたのかも覚えていない。

タクシーを拾うべく、とおりに面した校門へと歩く。

――走っちゃいけない。落ち着いて……病院にいかなくちゃ。

急ぎたいのに、身体がいつのまにか……全身が鉛に変わったかのように重い。

いつのまに鳴り出したのか、耳元で割れ鐘を叩くような、ガンガンとした耳鳴りが止まらない。

聡は自分を励ますべく、無意識に、校門への距離をカウントダウンしていた。

あと10歩。

――手の指先が冷たい。手袋をするのを忘れてしまったんだろうか。

あと7歩。

――頭ン中も冷たい。スーッとしてる。痺れちゃったみたい……。

あと3歩……。

――もうすぐ。もうすぐタクシーが通る。

白い曇り空がふいに瞳を刺す。門が、校舎が、地面が回転する。

 

「聡、……聡! おい!」

将ではない。

だけど懐かしい……聞き覚えのある誰かの声が聡を呼んでいる。

ようやく校門へとたどりついたところで、倒れこんだ聡の意識は……急激に遠のいていった。
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