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3:シンクロする面影(2)
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早川里玖は、職員室の自席で固まっていた。
机の上には、昨日提出されたばかりの反省文。
原稿用紙の上に並ぶ文字を――文章ではなくて「文字」から視点が動かせないでいる。
「朝倉の反省文ですか?」
不意に背後から声をかけられ、里玖は心臓が跳ねるのを感じた。
声をかけてきたのは、副担任の若林先生だった。
「あ、はい」
「よく書けてますよね、びっくりしましたよ」
若林は軽く笑いながら原稿用紙を少しだけのぞきこんだ。
たしかに朝倉翔生の反省文は、この学校の生徒としては「とてもよく書けていた」。
この学校の生徒が書く反省文など、たかが知れている。
漢字を避け、語彙も乏しく、ただ「すみませんでした」を繰り返すのが常だ。
だが、昨日提出された「朝倉翔生」の反省文には『内省自戒』『規律厳守』『本分徹底』といった、普段の彼からは考えられないような四字熟語が並んでいた。
「『内省自戒』なんて言葉、僕、初めて見ました~」
と体育教師の若林は軽く笑った。
「そうですね……」
里玖は、若林にあわせて軽く口角をあげてはみたものの、彼女の心に激震を起こしていたのは反省文の文章ではなかった。
(……字が)
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
(あの人と……似てる)
突然、何の前触れもなくいなくなった恋人――沖島海斗。
その海斗の字にあまりに似すぎている。
中学から高校時代の海斗は、やんちゃで喧嘩無双の教師泣かせの問題児だった。
けれど、里玖にだけは不器用なほど優しくて、ケンカしたときは必ず、小さなメモを渡してきた。
「ごめん」。
「ほんとうにごめんなさい」
少し恥ずかしそうに渡されるその紙にしたためられていたのは、彼の荒っぽい性格からは想像もつかない、丸っこくて、妙に可愛い文字だった。
自衛官として艦艇勤務になってからは、海外の港から絵葉書を送ってくれた。
遠い国から届く絵葉書には、いつもその丸っちい優しい文字が並んでいた。
見るたびに胸が温かくなった。
朝倉翔生の反省文の文字は、見れば見るほど記憶の中の海斗の文字に似ているように見えた。
里玖は震える指でマウスを握り、パソコンに映し出される校内システムから朝倉翔生の過去のテスト答案データを呼び出した。
画面に表示された以前の翔生の文字は、素行に反してきっちりと整っていた。
幼い頃に習字でも習っていたのか、起筆に力を込める癖があり、育ちの良さを感じさせる端正なものだった。
だが、今回の反省文の丸っこい可愛い字とは、まるで別人が書いたかのように系統が違う。
(記憶障害で、筆跡までここまで劇的に変わるものなの……?)
事故の影響で人格が変わったように見えることもある、と医師は言っていた。
だが、筆跡まで劇的に変わるものだろうか。
しかも、よりによって――
(海斗の字に、似てるなんて)
そんな偶然、あるだろうか。いや、偶然でしかない。
たまたま。記憶障害で手の動きが変わって、それが似ただけ。
論理的に考えれば、そのようにしか結論が出ないが、胸の鼓動は止まらない。
(それに、あのとき)
里玖は、朝倉翔生に提出物についての注意を与えた時を思い起こす。
あのときの翔生の返事。
『了解しました!』
それをきいたとき、ドキッとした。
なぜなら、海斗の口癖だったから。
コンビニで何か買ってきてとか、そういう軽いお願いをしたとき、彼は決まって「了解」「了解しました!」とかしこまるふりをした……。
深呼吸をしても、苦しいような胸の圧が収まらなくて、ただ画面の中の「かつての翔生の字」と、手元の「海斗の残像のような字」を交互に見つめることしかできなかった。
苦し紛れに窓の外を見ると、若葉の上に、低い雲が垂れ込め始めていた。
まるで、胸の中のざわつきをそのまま映したような空だった。
机の上には、昨日提出されたばかりの反省文。
原稿用紙の上に並ぶ文字を――文章ではなくて「文字」から視点が動かせないでいる。
「朝倉の反省文ですか?」
不意に背後から声をかけられ、里玖は心臓が跳ねるのを感じた。
声をかけてきたのは、副担任の若林先生だった。
「あ、はい」
「よく書けてますよね、びっくりしましたよ」
若林は軽く笑いながら原稿用紙を少しだけのぞきこんだ。
たしかに朝倉翔生の反省文は、この学校の生徒としては「とてもよく書けていた」。
この学校の生徒が書く反省文など、たかが知れている。
漢字を避け、語彙も乏しく、ただ「すみませんでした」を繰り返すのが常だ。
だが、昨日提出された「朝倉翔生」の反省文には『内省自戒』『規律厳守』『本分徹底』といった、普段の彼からは考えられないような四字熟語が並んでいた。
「『内省自戒』なんて言葉、僕、初めて見ました~」
と体育教師の若林は軽く笑った。
「そうですね……」
里玖は、若林にあわせて軽く口角をあげてはみたものの、彼女の心に激震を起こしていたのは反省文の文章ではなかった。
(……字が)
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
(あの人と……似てる)
突然、何の前触れもなくいなくなった恋人――沖島海斗。
その海斗の字にあまりに似すぎている。
中学から高校時代の海斗は、やんちゃで喧嘩無双の教師泣かせの問題児だった。
けれど、里玖にだけは不器用なほど優しくて、ケンカしたときは必ず、小さなメモを渡してきた。
「ごめん」。
「ほんとうにごめんなさい」
少し恥ずかしそうに渡されるその紙にしたためられていたのは、彼の荒っぽい性格からは想像もつかない、丸っこくて、妙に可愛い文字だった。
自衛官として艦艇勤務になってからは、海外の港から絵葉書を送ってくれた。
遠い国から届く絵葉書には、いつもその丸っちい優しい文字が並んでいた。
見るたびに胸が温かくなった。
朝倉翔生の反省文の文字は、見れば見るほど記憶の中の海斗の文字に似ているように見えた。
里玖は震える指でマウスを握り、パソコンに映し出される校内システムから朝倉翔生の過去のテスト答案データを呼び出した。
画面に表示された以前の翔生の文字は、素行に反してきっちりと整っていた。
幼い頃に習字でも習っていたのか、起筆に力を込める癖があり、育ちの良さを感じさせる端正なものだった。
だが、今回の反省文の丸っこい可愛い字とは、まるで別人が書いたかのように系統が違う。
(記憶障害で、筆跡までここまで劇的に変わるものなの……?)
事故の影響で人格が変わったように見えることもある、と医師は言っていた。
だが、筆跡まで劇的に変わるものだろうか。
しかも、よりによって――
(海斗の字に、似てるなんて)
そんな偶然、あるだろうか。いや、偶然でしかない。
たまたま。記憶障害で手の動きが変わって、それが似ただけ。
論理的に考えれば、そのようにしか結論が出ないが、胸の鼓動は止まらない。
(それに、あのとき)
里玖は、朝倉翔生に提出物についての注意を与えた時を思い起こす。
あのときの翔生の返事。
『了解しました!』
それをきいたとき、ドキッとした。
なぜなら、海斗の口癖だったから。
コンビニで何か買ってきてとか、そういう軽いお願いをしたとき、彼は決まって「了解」「了解しました!」とかしこまるふりをした……。
深呼吸をしても、苦しいような胸の圧が収まらなくて、ただ画面の中の「かつての翔生の字」と、手元の「海斗の残像のような字」を交互に見つめることしかできなかった。
苦し紛れに窓の外を見ると、若葉の上に、低い雲が垂れ込め始めていた。
まるで、胸の中のざわつきをそのまま映したような空だった。
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