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3:シンクロする面影(4)
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金曜日。
海斗が「翔生」と呼ばれるこの体で目覚めて、六日目。
だいぶ慣れた……と言いたいところだが、朝だけはどうにもならない。
洗面台の前で寝癖のついた金髪を確認し、「ワンチャン……」と淡い期待を抱いては、毎回きっちり裏切られる。
「今日も黄色い……」
この絶望のルーチンにも、そろそろ慣れてきた自分が海斗は情けない。
今日は午後から「校外水泳特別実習」がある。三年生は午前の授業を終えると、そのままバスで移動することになっていた。
バスの座席、海斗の隣には当然のように杏奈が陣取っている。
彼女が隣にいる風景にも、少しずつ慣れつつある自分がいた。
杏奈はいつも隣にいて、ひたすら自分の好きなことを喋り続けている。
「ネイルさ~、次どうしよっかな~」
「昨日ストーリー上げたら知らんやつからDMめっちゃ来てキモかったんやけど」
「夏休みだけ髪色変えよっかな~。でも痛むのやだし~」
だいたいそんな「自分系の話」ばかりだ。
海斗はスマホで釣り情報をチェックしながら、「へえ」「そうなんだ」と適当な相槌を打つ。それで実害はないし、彼女もまあ満足げだ。
ときどき、
「ねえねえ今週末映画いこうよう」
「マーラータンの店いきたい~。連れてってよ~」
とデートっぽい誘いをしてくるが、「アキトと先約ある」と言えば、意外とあっさり引き下がる。
ちなみに釣りは、海斗がこの年齢の頃はよく行っていた。
明日はこの体で迎える初めての休日だ。
ふと思いついてアキトに「釣りとかする?」と聞いてみたら、
「え、ぜんぜんやる~!てかショウ、いつのまに釣り好きなったん?」
と妙に喜ばれ、あっという間に明日の予定が決まった。
だから杏奈への言い訳は嘘ではない。むしろ本当に行く。
なお杏奈は、まだ翔生の家に上がり込んだことはないらしい。
つまりアキトより付き合いが浅いということだ。
翔生本人が「彼女じゃない」と言い張り、杏奈が「自分は彼女だ」と信じている微妙な距離感の正体が、少しだけ見えた気がした。
* * *
バスが目的地である「アクアパーク」に到着すると、そのままランチタイムとなった。
国体にも使われるという近代的な屋内プール施設は、競技用の五十メートルプールをぐるりと観覧席が囲んでいる。
弁当を持ってきた生徒は観覧席で食べてもいいし、持ってきていない生徒はカフェテリアを利用していいらしい。
「また早川ちゃん見てる」
カフェテリアのテーブル、隣に座る杏奈が不満げに声を尖らせた。
海斗はハッとし、視線を慌てて逸らす。
カフェテリアの奥、教師たちが打ち合わせをしている一角に、里玖の姿があった。
今日はスーツではなく、学校ロゴ入りの紺のポロシャツにジャージ。髪を後ろでひとつにまとめ、タブレットを片手に他の教師と話している。
機能的な格好が、かえって彼女の健康的な美しさを際立たせているようだった。
「見とらん」
「見てたー」
杏奈がしつこく突っついてくるので、海斗は窓の外のプールへ視線を向けてごまかした。
青く光る水面にはまだ誰も泳いでいない。天井の高い空間に声が反響している。
「もう、ショウってば年増好みだもんね」
杏奈は唇を尖らせて揶揄するように笑う。
「前、女優の〇〇が好きって言ってたじゃん。」
(……コイツ、そんなこと言ってたのか)
「早川ちゃん、〇〇にちょっと似てるもんね」
〇〇といえば、大河ドラマの主演も務めるような、華やかな実力派女優だ。
だが、海斗からすれば、里玖とは似ても似つかない。
里玖はもっと庶民的で気が強くて、それでいて少しもろいところがあって……その魅力は海斗だけが知っている個人的なものなのだ。
「全然にとらんわ!」
杏奈が「えっ」と驚いたように目を丸くした。
「そんなムキにならなくても。 冗談だってば……」
海斗自身も驚いていた。
こんなふうに感情が漏れるなんて、らしくない。
胸の奥がざわつく。
里玖の姿が、視界ギリギリで揺れる。教師の里玖は、真剣で凛としていて、どこか近寄りがたい。
(……やっぱり、近いのに遠い)
その距離が、たまらなく苦しかった。
海斗が「翔生」と呼ばれるこの体で目覚めて、六日目。
だいぶ慣れた……と言いたいところだが、朝だけはどうにもならない。
洗面台の前で寝癖のついた金髪を確認し、「ワンチャン……」と淡い期待を抱いては、毎回きっちり裏切られる。
「今日も黄色い……」
この絶望のルーチンにも、そろそろ慣れてきた自分が海斗は情けない。
今日は午後から「校外水泳特別実習」がある。三年生は午前の授業を終えると、そのままバスで移動することになっていた。
バスの座席、海斗の隣には当然のように杏奈が陣取っている。
彼女が隣にいる風景にも、少しずつ慣れつつある自分がいた。
杏奈はいつも隣にいて、ひたすら自分の好きなことを喋り続けている。
「ネイルさ~、次どうしよっかな~」
「昨日ストーリー上げたら知らんやつからDMめっちゃ来てキモかったんやけど」
「夏休みだけ髪色変えよっかな~。でも痛むのやだし~」
だいたいそんな「自分系の話」ばかりだ。
海斗はスマホで釣り情報をチェックしながら、「へえ」「そうなんだ」と適当な相槌を打つ。それで実害はないし、彼女もまあ満足げだ。
ときどき、
「ねえねえ今週末映画いこうよう」
「マーラータンの店いきたい~。連れてってよ~」
とデートっぽい誘いをしてくるが、「アキトと先約ある」と言えば、意外とあっさり引き下がる。
ちなみに釣りは、海斗がこの年齢の頃はよく行っていた。
明日はこの体で迎える初めての休日だ。
ふと思いついてアキトに「釣りとかする?」と聞いてみたら、
「え、ぜんぜんやる~!てかショウ、いつのまに釣り好きなったん?」
と妙に喜ばれ、あっという間に明日の予定が決まった。
だから杏奈への言い訳は嘘ではない。むしろ本当に行く。
なお杏奈は、まだ翔生の家に上がり込んだことはないらしい。
つまりアキトより付き合いが浅いということだ。
翔生本人が「彼女じゃない」と言い張り、杏奈が「自分は彼女だ」と信じている微妙な距離感の正体が、少しだけ見えた気がした。
* * *
バスが目的地である「アクアパーク」に到着すると、そのままランチタイムとなった。
国体にも使われるという近代的な屋内プール施設は、競技用の五十メートルプールをぐるりと観覧席が囲んでいる。
弁当を持ってきた生徒は観覧席で食べてもいいし、持ってきていない生徒はカフェテリアを利用していいらしい。
「また早川ちゃん見てる」
カフェテリアのテーブル、隣に座る杏奈が不満げに声を尖らせた。
海斗はハッとし、視線を慌てて逸らす。
カフェテリアの奥、教師たちが打ち合わせをしている一角に、里玖の姿があった。
今日はスーツではなく、学校ロゴ入りの紺のポロシャツにジャージ。髪を後ろでひとつにまとめ、タブレットを片手に他の教師と話している。
機能的な格好が、かえって彼女の健康的な美しさを際立たせているようだった。
「見とらん」
「見てたー」
杏奈がしつこく突っついてくるので、海斗は窓の外のプールへ視線を向けてごまかした。
青く光る水面にはまだ誰も泳いでいない。天井の高い空間に声が反響している。
「もう、ショウってば年増好みだもんね」
杏奈は唇を尖らせて揶揄するように笑う。
「前、女優の〇〇が好きって言ってたじゃん。」
(……コイツ、そんなこと言ってたのか)
「早川ちゃん、〇〇にちょっと似てるもんね」
〇〇といえば、大河ドラマの主演も務めるような、華やかな実力派女優だ。
だが、海斗からすれば、里玖とは似ても似つかない。
里玖はもっと庶民的で気が強くて、それでいて少しもろいところがあって……その魅力は海斗だけが知っている個人的なものなのだ。
「全然にとらんわ!」
杏奈が「えっ」と驚いたように目を丸くした。
「そんなムキにならなくても。 冗談だってば……」
海斗自身も驚いていた。
こんなふうに感情が漏れるなんて、らしくない。
胸の奥がざわつく。
里玖の姿が、視界ギリギリで揺れる。教師の里玖は、真剣で凛としていて、どこか近寄りがたい。
(……やっぱり、近いのに遠い)
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