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4:みだれゆくこころ(5)
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その日は結局、里玖からの反応は得られないまま、1日が過ぎていった。
進路希望フォームに「あの夢」を書いて送信してから一日。
期待が大きかった分、海斗は深い喪失感に包まれていた。
気晴らしにアキトに付き合って街へ出ようと校門を出たときだ。
バス停の影でキョロキョロと辺りを見回す小さな影を見つけた。
「……七海くん!」
「あ、こないだのお兄ちゃん!」
七海は、ぱあっと笑顔になり、駆け寄ってきた。
「また保育園抜け出したと?」
「かくれんぼしててね~、こっそり出てきたと!」
七海の視線に合わせてしゃがみこんだ海斗へ、七海は得意げに笑った。
「こっそり出てきたらだめやろ」
「ショウ、誰」
アキトが横から訊いてきた。
「……早川先生の子供」
「へえ~! 早川先生の!」
海斗にあわせてアキトもしゃがみこむ。
すると七海は知らない強面のアキトにもまったくひるむことなく、
「はやたーななみくんです!」
と自己紹介した。
「ななみくん。はいよくできました~。お兄ちゃんはあきとくんだよ」
アキトも子供の相手はそう苦手ではないらしい。と、小声で海斗にささやく。
「早川ちゃん、今日は進学クラスの補習やろ?
しかも定例の職員会議の日やし、帰り遅いんじゃね」
「そっか……。じゃあ、そのへんでちょっとだけ遊んで待っとくか。あとで職員室に連れて行けばいいやね」
もう一度、里玖に会える口実を見つけて、海斗は少し心が浮き立った。
海斗とアキトは、七海を連れてすぐ近くの入江公園へ向かった。
小さな松林を背景に、弧を描いて小さな砂浜がある。打ち寄せる波は堤防に囲まれているせいかとても静かだ。
そろそろ梅雨入りの声が聞こえる時期なのに、今日も良く晴れて潮風が気持ちいい。
「見てて! ななみ、石とばすの上手なんよ!」
七海は小石を投げた。投げた石は波打ち際にぽちゃんと落ちた。水切りになっていないが、本人は満足げだ。
「お兄ちゃんを見てろ~」
アキトが平らな石を海面すれすれに放る。石がきらきらしたしぶきを上げながら水面を数回跳ねるのを見て、七海は目を輝かせた。
「すごーい!」
それを見て海斗の闘争心が沸き上がる。水切りは平たい石を見つけるのが勝負だ。七海に「たいらな石が飛ぶんよ」と教えながら探す。
「これは?」
七海が差し出した石は具合がよさそうだ。
海斗はスナップをきかせて、サイドスローで石を水平に放った。石は八回跳ねた。
「ぱぱ、やったー!すごーい!」
「は? ぱぱ?」
海斗は思わず手を止め、七海を振り返った。
「お兄ちゃん、かっこいいから。ななみのぱぱー!」
「……七海、七海には本当のパパがいるやろ」
七海の父、つまり里玖のパートナーについて知るチャンスだったが、七海はしょんぼり砂浜にしゃがみこんだ。
「ななみに、おとうしゃんはいないの……」
「いない?」
うなづく七海のつぶらな瞳がうるうると潤み、次の瞬間、ぽろぽろ涙がこぼれた。
「ななみのおとうしゃんは……遠くにいっちゃったって、ままが……。うっ、うえっ」
七海は答えながらとうとう泣き出してしまった。まだたかだか保育園児なのに、声をたてないようにひっくひっくと泣くのがいじらしい。
「あーあー、泣くな泣くな。わかったわかった、俺が七海のパパの代わりになってやるから」
海斗は泣いている七海の両肩にそっと手を置いて言ってやった。
「ひっく……ほんと?」
七海は涙をこぼしながらも、と縋るように海斗を見つめた。
「ほんとだよ」
海斗は七海の頭をそっと撫でた。
「俺がいるときは、七海のパパだと思っていい。……それでいいけん」
自分でも驚くほど自然に言ってしまったが、胸の奥がちくりとした。
本当に言ってよかったのか。
でも、“ぱぱがいない”と泣く七海を前に、他の言葉なんて選べなかった。
「俺俺、俺もぱぱになっちゃる!」
アキトがしゃがみこんで割り込んできた。
「……」
七海は無言で海斗を見て、再びアキトを見てから、眉を寄せてしばらく考え込んだ。
そしてまた、おもむろに海斗を指差した。
「ぱぱ!」
「俺はァ?」
「……」
七海は考え込んだ。
「……おい! じゃあ俺のことは『アニキ』って呼べ!」
「わかった! あにきー!」
七海の顔にいたずらっぽい笑顔が戻っていた。
アキトは笑って七海をひょいと肩車した。七海がきゃあきゃあと歓声をあげる。
「あ~、弟のちっちぇえ頃思い出すわ」
「弟さん、今は?」
「中二。すっかりやさぐれちゃってさあ」
「やさぐれるってなに?」と七海。
「かわいくなくなること!」
「ななみは~?」
「かわいい以外ないわ~!」
アキトはそういうと、肩の上の七海を小刻みにゆすった。七海が笑い転げた。
七海はアキトの頭の上で
「僕も、ぱぱみたいなかっこいい黄色い髪にしたいなー。あにきみたいな三つ編みのちょんまげもかっこいいな~」
と、はしゃいだが、二人から同時に「それはまだ早い」と突っ込まれた。
進路希望フォームに「あの夢」を書いて送信してから一日。
期待が大きかった分、海斗は深い喪失感に包まれていた。
気晴らしにアキトに付き合って街へ出ようと校門を出たときだ。
バス停の影でキョロキョロと辺りを見回す小さな影を見つけた。
「……七海くん!」
「あ、こないだのお兄ちゃん!」
七海は、ぱあっと笑顔になり、駆け寄ってきた。
「また保育園抜け出したと?」
「かくれんぼしててね~、こっそり出てきたと!」
七海の視線に合わせてしゃがみこんだ海斗へ、七海は得意げに笑った。
「こっそり出てきたらだめやろ」
「ショウ、誰」
アキトが横から訊いてきた。
「……早川先生の子供」
「へえ~! 早川先生の!」
海斗にあわせてアキトもしゃがみこむ。
すると七海は知らない強面のアキトにもまったくひるむことなく、
「はやたーななみくんです!」
と自己紹介した。
「ななみくん。はいよくできました~。お兄ちゃんはあきとくんだよ」
アキトも子供の相手はそう苦手ではないらしい。と、小声で海斗にささやく。
「早川ちゃん、今日は進学クラスの補習やろ?
しかも定例の職員会議の日やし、帰り遅いんじゃね」
「そっか……。じゃあ、そのへんでちょっとだけ遊んで待っとくか。あとで職員室に連れて行けばいいやね」
もう一度、里玖に会える口実を見つけて、海斗は少し心が浮き立った。
海斗とアキトは、七海を連れてすぐ近くの入江公園へ向かった。
小さな松林を背景に、弧を描いて小さな砂浜がある。打ち寄せる波は堤防に囲まれているせいかとても静かだ。
そろそろ梅雨入りの声が聞こえる時期なのに、今日も良く晴れて潮風が気持ちいい。
「見てて! ななみ、石とばすの上手なんよ!」
七海は小石を投げた。投げた石は波打ち際にぽちゃんと落ちた。水切りになっていないが、本人は満足げだ。
「お兄ちゃんを見てろ~」
アキトが平らな石を海面すれすれに放る。石がきらきらしたしぶきを上げながら水面を数回跳ねるのを見て、七海は目を輝かせた。
「すごーい!」
それを見て海斗の闘争心が沸き上がる。水切りは平たい石を見つけるのが勝負だ。七海に「たいらな石が飛ぶんよ」と教えながら探す。
「これは?」
七海が差し出した石は具合がよさそうだ。
海斗はスナップをきかせて、サイドスローで石を水平に放った。石は八回跳ねた。
「ぱぱ、やったー!すごーい!」
「は? ぱぱ?」
海斗は思わず手を止め、七海を振り返った。
「お兄ちゃん、かっこいいから。ななみのぱぱー!」
「……七海、七海には本当のパパがいるやろ」
七海の父、つまり里玖のパートナーについて知るチャンスだったが、七海はしょんぼり砂浜にしゃがみこんだ。
「ななみに、おとうしゃんはいないの……」
「いない?」
うなづく七海のつぶらな瞳がうるうると潤み、次の瞬間、ぽろぽろ涙がこぼれた。
「ななみのおとうしゃんは……遠くにいっちゃったって、ままが……。うっ、うえっ」
七海は答えながらとうとう泣き出してしまった。まだたかだか保育園児なのに、声をたてないようにひっくひっくと泣くのがいじらしい。
「あーあー、泣くな泣くな。わかったわかった、俺が七海のパパの代わりになってやるから」
海斗は泣いている七海の両肩にそっと手を置いて言ってやった。
「ひっく……ほんと?」
七海は涙をこぼしながらも、と縋るように海斗を見つめた。
「ほんとだよ」
海斗は七海の頭をそっと撫でた。
「俺がいるときは、七海のパパだと思っていい。……それでいいけん」
自分でも驚くほど自然に言ってしまったが、胸の奥がちくりとした。
本当に言ってよかったのか。
でも、“ぱぱがいない”と泣く七海を前に、他の言葉なんて選べなかった。
「俺俺、俺もぱぱになっちゃる!」
アキトがしゃがみこんで割り込んできた。
「……」
七海は無言で海斗を見て、再びアキトを見てから、眉を寄せてしばらく考え込んだ。
そしてまた、おもむろに海斗を指差した。
「ぱぱ!」
「俺はァ?」
「……」
七海は考え込んだ。
「……おい! じゃあ俺のことは『アニキ』って呼べ!」
「わかった! あにきー!」
七海の顔にいたずらっぽい笑顔が戻っていた。
アキトは笑って七海をひょいと肩車した。七海がきゃあきゃあと歓声をあげる。
「あ~、弟のちっちぇえ頃思い出すわ」
「弟さん、今は?」
「中二。すっかりやさぐれちゃってさあ」
「やさぐれるってなに?」と七海。
「かわいくなくなること!」
「ななみは~?」
「かわいい以外ないわ~!」
アキトはそういうと、肩の上の七海を小刻みにゆすった。七海が笑い転げた。
七海はアキトの頭の上で
「僕も、ぱぱみたいなかっこいい黄色い髪にしたいなー。あにきみたいな三つ編みのちょんまげもかっこいいな~」
と、はしゃいだが、二人から同時に「それはまだ早い」と突っ込まれた。
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