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6:ささやかな招待(1)
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月曜日の朝。
登校するなり海斗を待っていたのは、称賛ではなく「こってりとした厳重注意」だった。
校長室の重苦しい空気の中、校長と教頭が交互に言葉を重ねる。
「人命救助の精神は尊いが、あまりに無鉄砲すぎる」
「君自身の命を第一に考えなさい。もし君に何かあれば、大問題になるのだから」
彼らが心配しているのは、海斗の命そのものではなく、平穏な学校運営なのだということが透けて見え、海斗は白けた気分でそれに応えた。
さらに閉口したのは、義母である佳乃まで呼び出されていたことだ。
校長室を出ると、佳乃は廊下で膝を折り、教頭たちに何度も頭を下げていた。
海斗は、そんな彼女の後ろ姿をどう見ていいか分からず、ただ黙って立っていた。
「翔生さん……バイク事故からまだ日も浅いのに。またあんな無茶をして、心配させて……」
佳乃の瞳には、本物の涙が浮かんでいるように見えた。
記憶障害を装っている海斗には、この義母との正確な距離感が分からない。
ただ、彼女の悲しみが演技には見えず、海斗は居心地の悪さに視線を落とした。
「……心配させて、すみませんでした」
敬語を混ぜた不自然な謝罪になったが、佳乃はそれを聞き流すように鼻を啜った。
「今日は迎えの車をよこすから、学校終わったら本宅に帰りなさい。体、まだ痛むでしょう?」
「……わかりました」
結局、一時間目の英会話の授業は、この「指導」のせいで丸ごと潰れてしまった。 教室に戻る廊下で、海斗は岩場で強打した肩や脇腹の鈍痛を感じて溜息をつく。
(体も痛いし、やっぱり休めばよかったな……)
ちなみに、七海が川に落ちた件は、公には学校の判断で「幼児が川に落ちたが無事でした」という最小限の報告にとどめられた。
救助隊が到着したときには、すでに海斗も七海も岸に上がっていたため、学校は“騒ぎにしたくない”一心で早々に収束させたのだ。
幸い、七海は少し水を飲んだ程度で、まったく怪我もなかった。岸に上がった直後、里玖の顔を見て、安心から泣き声をあげたものの、すぐにケロリとしていた。
海斗自身は、救助隊を返したあと、こっそり病院に連れていかれた。幸い骨折はなかったが、全身の打ち身はひどかった。
泥だらけ、傷だらけの海斗に向かって、里玖が何度も「ありがとう……朝倉君、ありがとう……」と涙を流して頭を下げていた姿が、今も脳裏に焼き付いている。
教室の引き戸を開けると、クラスメイトたちが一斉に海斗を取り囲んだ。
「朝倉、マジでヒーローじゃん!」
「ショウ、カッコよすぎ!」
「映画のスタントかと思ったわ」
アキトが自分のことのように鼻を高くして笑う中、控えめに海斗の机に歩み寄る影があった。
「……打ち身、まだ痛む?」
杏奈だった。机の横に立ち、心配そうにのぞき込む。
彼女の瞳には、まだあの時の恐怖の残滓がある。
あの日、岸辺に這い上がった海斗を見て、杏奈はなりふり構わず泣きじゃくった。
「ショウ……よかった……浮かんでこなかったらどうしようって……」
海斗は荒い息の中で「大丈夫だから」となだめ、二人の間のわだかまりは文字通り水に流れた形になっていた。
英語の授業は“指導”でつぶれたため、終業のホームルームまで里玖と顔を合わせることはなかった。
今日の授業がすべて終わり、里玖が教室に入ってきたとき、ふと視線が合った。
彼女はもう、気まずそうに目を逸らしたりはしなかった。
その場で海斗を見据え、一秒、深く頭を下げる。それは教師としてではなく、一人の母親としての敬意だった。
その一礼に、海斗は胸が熱くなる。
終業のホームルームが終わると、里玖がまっすぐ海斗の席へ歩いてきた。
「朝倉君、ちょっといい?」
---------------
※カクヨムにて先行公開中
登校するなり海斗を待っていたのは、称賛ではなく「こってりとした厳重注意」だった。
校長室の重苦しい空気の中、校長と教頭が交互に言葉を重ねる。
「人命救助の精神は尊いが、あまりに無鉄砲すぎる」
「君自身の命を第一に考えなさい。もし君に何かあれば、大問題になるのだから」
彼らが心配しているのは、海斗の命そのものではなく、平穏な学校運営なのだということが透けて見え、海斗は白けた気分でそれに応えた。
さらに閉口したのは、義母である佳乃まで呼び出されていたことだ。
校長室を出ると、佳乃は廊下で膝を折り、教頭たちに何度も頭を下げていた。
海斗は、そんな彼女の後ろ姿をどう見ていいか分からず、ただ黙って立っていた。
「翔生さん……バイク事故からまだ日も浅いのに。またあんな無茶をして、心配させて……」
佳乃の瞳には、本物の涙が浮かんでいるように見えた。
記憶障害を装っている海斗には、この義母との正確な距離感が分からない。
ただ、彼女の悲しみが演技には見えず、海斗は居心地の悪さに視線を落とした。
「……心配させて、すみませんでした」
敬語を混ぜた不自然な謝罪になったが、佳乃はそれを聞き流すように鼻を啜った。
「今日は迎えの車をよこすから、学校終わったら本宅に帰りなさい。体、まだ痛むでしょう?」
「……わかりました」
結局、一時間目の英会話の授業は、この「指導」のせいで丸ごと潰れてしまった。 教室に戻る廊下で、海斗は岩場で強打した肩や脇腹の鈍痛を感じて溜息をつく。
(体も痛いし、やっぱり休めばよかったな……)
ちなみに、七海が川に落ちた件は、公には学校の判断で「幼児が川に落ちたが無事でした」という最小限の報告にとどめられた。
救助隊が到着したときには、すでに海斗も七海も岸に上がっていたため、学校は“騒ぎにしたくない”一心で早々に収束させたのだ。
幸い、七海は少し水を飲んだ程度で、まったく怪我もなかった。岸に上がった直後、里玖の顔を見て、安心から泣き声をあげたものの、すぐにケロリとしていた。
海斗自身は、救助隊を返したあと、こっそり病院に連れていかれた。幸い骨折はなかったが、全身の打ち身はひどかった。
泥だらけ、傷だらけの海斗に向かって、里玖が何度も「ありがとう……朝倉君、ありがとう……」と涙を流して頭を下げていた姿が、今も脳裏に焼き付いている。
教室の引き戸を開けると、クラスメイトたちが一斉に海斗を取り囲んだ。
「朝倉、マジでヒーローじゃん!」
「ショウ、カッコよすぎ!」
「映画のスタントかと思ったわ」
アキトが自分のことのように鼻を高くして笑う中、控えめに海斗の机に歩み寄る影があった。
「……打ち身、まだ痛む?」
杏奈だった。机の横に立ち、心配そうにのぞき込む。
彼女の瞳には、まだあの時の恐怖の残滓がある。
あの日、岸辺に這い上がった海斗を見て、杏奈はなりふり構わず泣きじゃくった。
「ショウ……よかった……浮かんでこなかったらどうしようって……」
海斗は荒い息の中で「大丈夫だから」となだめ、二人の間のわだかまりは文字通り水に流れた形になっていた。
英語の授業は“指導”でつぶれたため、終業のホームルームまで里玖と顔を合わせることはなかった。
今日の授業がすべて終わり、里玖が教室に入ってきたとき、ふと視線が合った。
彼女はもう、気まずそうに目を逸らしたりはしなかった。
その場で海斗を見据え、一秒、深く頭を下げる。それは教師としてではなく、一人の母親としての敬意だった。
その一礼に、海斗は胸が熱くなる。
終業のホームルームが終わると、里玖がまっすぐ海斗の席へ歩いてきた。
「朝倉君、ちょっといい?」
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