49 Daysー絶対死んだと思った自衛隊員が、最愛の彼女の教え子(問題児)として目覚めてしまい!? ★アルファポリスVer

茶山ぴよ

文字の大きさ
34 / 81

6:ささやかな招待(2)

しおりを挟む
 放課後の指導室。何日か前には、どんよりした空気が漂っていたその場所。

 里玖は海斗に向き合うなり、深く、深く頭を下げた。

「土曜日は、七海の命を助けてくれて……本当に、本当にありがとうございました。感謝してもしきれません」 

 海斗は思わずどぎまぎして、手を泳がせた。

「い、いえ! 当然のことをしただけですから。先生、頭を上げてください」

 里玖はゆっくり顔を上げたが、その表情にはまだ緊張が残っていた。
 何か言いにくいことがあるように、視線が揺れる。
 
「あの……それでですね」

 何か自分に不手際があったのかと、海斗は息をのんで次の言葉を待った。

「七海が……朝倉君にお礼をしたいって」

「い、いえいえ、そんな……」

「七海が、“お兄ちゃんとご飯を食べたい”って言ってるんです」

「へ?」

「もし、もし嫌でなければですが……週末、あの子が気に入っているお店でランチにご招待してもいいでしょうか?」

 あまりに予想外で、海斗は口を開けたまま固まった。

「……やっぱり、嫌ですよね。お休みの日に担任と会うなんて」 

 返事がないことを断り文句だと受け取ったのか、里玖が慌てて言葉を重ねる。 

「行きます!」 

 海斗は食い気味に、彼女の目を真っ直ぐに見据えて返事をした。 

「必ず行きます。……行かせてください」
「は……はい」 

 気圧された里玖が少しだけたじろいだが、すぐに

「よかった。七海が喜びます。朝倉君、ありがとう」

と、花が綻ぶような笑顔を見せた。

 海斗の胸は思わずときめいた。この身体になってから――里玖が自分に笑いかけてくれたのは、初めてだった。

 笑顔で指導室から出てきた二人を、遠くから杏奈が見つめていた。

    * * *

 その夜、海斗はハイヤーで送り届けられた「本宅」で、義母・佳乃の心尽くしの料理を囲んでいた。

 「お兄ちゃま!」 

 玄関まで駆け寄ってきたのは、小学生低学年くらいの可愛い女の子だった。

 おさげをレースのリボンで飾り、シンプルながらも裾が広がったジャンバースカートという上等な服を着ている。

 「舞、お兄ちゃまは事故の記憶障害で、まだ思い出せないことがたくさんあるのよ」  

 佳乃の言葉に、舞と呼ばれた女の子は不思議そうに海斗を見上げた。

「きおくしょうがい……本当? お兄ちゃま」
「うん……」

 海斗には”お兄ちゃま”呼びが慣れなくておもはゆい。

 「……ピアノも弾けないの?」

(ピアノ……さすがにそれは、弾けん)

 手続き記憶でいけるのかもしれないが、自信がなかった。

 「ごめんな、舞。お兄ちゃん、ピアノも忘れちゃったんだ」 

 海斗がそっと舞の頭を撫でると、舞は子供ながらに切ない顔をして海斗の腕にすがりついてきた。

 父が海外出張中だという食卓は、佳乃、舞、そして海斗の三人。  

 並んだメニューは、本来の翔生の好物ばかりだという。

 破竹(はちく)を薄味で煮たもの、脂の乗ったカツオのたたき、そして丁寧に包まれた手作り餃子。

 デザートには、佐藤錦を贅沢に使ったタルトまで用意されていた。 

「タルト、舞も手伝ったの」

 舞が嬉しそうにいう。

 舞が楽しそうに家族の思い出を語り「お兄ちゃま、これ覚えてる?」と何度も確認してくる。

 海斗は笑顔でごまかした。

(翔生は……やはりバイク事故で死んだのか?)

 胸の奥がじんわりと痛んだ。 それにしても。

(親切で優しくて、料理上手な義母……可愛い妹。なんで翔生、グレたんだ?)

 そんな疑問が浮かぶほど、食卓は温かかった。


 紅茶のおかわりが淹れられた頃、佳乃が優しく切り出した。

 「……翔生さん。留学先のことだけど、夏休みから受け入れてくれるところがいくつかあるの。将来を考えればアメリカがいいかしら。どこか、行きたい国はある?」 

 海斗はカップを持つ手を止めた。

「……留学は、しません」 

 海斗の言葉に、食卓の空気が一瞬で「ごわついた」。佳乃の微笑みがわずかに固まる。 

 しかし、佳乃は反対するでもなく、ただ静かにうなずいた。

「そう……。記憶障害がまだあるものね、無理もないわ。急がなくてもいいから、ゆっくり考えましょうね」

 * * *

 帰りのハイヤーの中。窓の外を流れていく夜の街を見つめながら、海斗は自分——翔生の手に視線を移してみる。

 里玖に自分だと気づいてもらえなくても、翔生として生きていくしかない。

 それはもう覚悟している。

 けれど――

 それは同時に「朝倉翔生」としての重い未来を引き受けることでもある。

 視線をもう一度上げる。ハイヤーの窓に映る夜景が、ゆっくり流れていく。
 
 その光のひとつひとつが、遠い未来のように見えた。
 
 十七歳の未来が、海斗の肩にずしりとのしかかっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...