49 Daysー絶対死んだと思った自衛隊員が、最愛の彼女の教え子(問題児)として目覚めてしまい!? ★アルファポリスVer

茶山ぴよ

文字の大きさ
36 / 81

6:ささやかな招待(4)

しおりを挟む
 引き戸をがらりと開けた瞬間、店内に満ちる出汁と醤油の香り。

 七海がぱあっと顔を輝かせて駆け出した。

「おばあちゃーん!」

 その声の先にいたのは、お盆を抱えた女性――海斗の母、圭子だった。

(母ちゃん……!)

 海斗は目を見開いた。

「七海ちゃん。よく来たね~」

 エプロンにしがみつく七海の頭を、優しく撫でている圭子は――五年という月日のせいか、記憶より少し小さくなり、目尻の皺も増えた気がする。

 けれど、間違いなく海斗の母親だった。 

(おばあちゃん……? 母ちゃんが、七海のおばあちゃん?)

 現実が、頭に入ってこない。

 圭子はふと気づいて、海斗の方へ視線を向けた。

「いらっしゃいませ~。おひとり様?」

 思考を完全に停止した海斗は声も出ない。頷くことすらできない。

 そのとき、里玖が遅れて店に入ってきた。

「こんにちは~」
「ああ、里玖ちゃん。よく来たねぇ」

 圭子の顔がぱっと明るくなる。親密な二人のやり取りに、海斗の動悸は激しくなる。

「それがね、今ちょうど満席になっちゃって~。奥に入らんね……そちらさんは、カウンターだけならあけられそうだから、少し待っとってもらえますか?」

「あ、おばさん。この子が七海の命の恩人なんです。朝倉祥生くん」

 里玖が言葉を添えた瞬間、圭子の目が大きく見開かれた。

「あら、このお兄さんが?イケメンさんやねえ~。孫を助けてくれて、本当にありがとうございます~」

 母親に深々と頭を下げられ、海斗は思わず身を固くした。

 深々と頭を下げる母親に対し、海斗は「あ、いや……」と、自分でも意味不明な会釈を返すのが精一杯だった。

「ささ、奥へどうぞ。ゆっくりしていって」

 促されるまま、海斗は暖簾の奥――沖島家の生活空間へ足を踏み入れた。

 そこは、海斗が物心ついた頃から慣れ親しんだ“家”だった。

 裏手に玄関はあるが、海斗はいつもこの店側の出入り口を使っていた。

『ただいまーっ! かしわにぎりもらい~』

 厨房からつまみ食いして叱られたあの日々。その厨房では今、父の晃が無言で中華鍋を振っている。

 油のはぜる音、鉄のこすれる音――全部が懐かしくて、胸が痛い。

(父ちゃん……)

 視界がかすむ。

 夢の中を歩いているような足取りで、海斗は奥へ進んだ。

 家の中は、海斗が知っている頃と何も変わっていなかった。

 廊下の右に物置、風呂、洗面所。その先にダイニングキッチン。

 里玖と七海は、慣れた様子でダイニングから廊下を挟んで向かいにある茶の間に腰を下ろした。

 そこへ、圭子が麦茶とジュースをお盆に乗せて運んでくる。

「忙しいでしょうから、おかまいなく……」

「いいとよ。もうオーダーストップやけん、あとちょっとで落ち着くけん。お兄さんも座り~」

 言われて初めて、海斗は自分が突っ立ったままだったことに気づいた。

 現実感が薄い。ふわふわして、体が自分のものじゃないみたいだ。

 圭子はメニュー表を座卓に置いた。

「好きなもの選び~。お兄さんも。メニューにないものも作れますけん、遠慮なく言ってね。七海の命の恩人さまやけん」

「あ、おばさん。私、お仏壇におまいりしときます」

 里玖が言うと、圭子は目を細めて隣の部屋にある仏壇の方に顔を向けた。わずかな間だけれど。

「……そうしといて。あの子も喜ぶわ」

 圭子は慌ただしく店に戻り、里玖は買ってきた花束を手にキッチンへ入った。

 そして隣の部屋の仏壇から、いそいそと花瓶を持ってくる。
 海斗は、なぜか心臓が暴れ出すのを感じた。仏壇の方向を見てはいけない気がしている。

「ショウあにきー、何食べる~?」

 七海から無邪気にメニューを差し出され、視線をメニューに落とす。

 内容は海斗の知る定番が並んでいるようだったが、文字など追える状態ではない。バクバクと暴れる心臓のせいで、視界が小刻みに揺れるほどだ。

 キッチンから、花ばさみの音が、チョキン、チョキンと聞こえて、そのたびに胸が跳ねる。

 やがて、整えられた花を花瓶に差し、里玖が茶の間に戻ってきた。 

「あの……おまいりって」  

 乱れた呼吸を表に出さず、貼りついたような喉から絞り出すような努力をして、海斗は、里玖へ問いかける。
 
 里玖は目を伏せ、やがて上げると静かに答えた。

「……七海の父親です。あさっての21日が月命日なので」

 その瞬間、海斗は心臓を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...