49 Daysー絶対死んだと思った自衛隊員が、最愛の彼女の教え子(問題児)として目覚めてしまい!? ★アルファポリスVer

茶山ぴよ

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6:ささやかな招待(5)

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「七海もこっちへおいで」

 里玖がやわらかく呼ぶと、七海は小さな足でとことこ歩き、仏壇の前にちょこんと立った。

 澄んだリンの音が響き、お線香の香りがゆっくりと漂い始める。

 里玖が静かに手を合わせている。その視線の先にある遺影を、海斗は見てはいけない、と思いつつ、怖いもの見たさに抗えずついに見てしまった。

 そこにあったのは――在りし日の、自分の顔だった。

 一枚だけじゃない。

 自衛隊の正装に身を包んだ凛々しい姿。
 仲間と肩を組んで笑っている写真。
 そして、なぜこんなものを選んだのかと問い詰めたくなるような、くしゃくしゃに顔を崩して笑うスナップ写真。

 それらは紛れもなく、かつて「沖島海斗」として生きていた自分だった。

(俺……)

 頭の中の情報量が一気に飽和状態になる。 

 呆然としたまま、視線は座卓の上のメニュー一点に固定される。

――俺、ここにいるのに……なんで仏壇にいるの?
――七海は……俺の子?
――なんで? なんで?
――里玖、ピル飲んでるって言ってたやん……
――なんで……わからん
――俺……やっぱり死んでるん?


 答えの出ない問いがミキサーのように思考をかき混ぜる。

 里玖は、そんな海斗の混乱など知る由もなく、長い時間、静かに遺影の前で目を閉じていた。

「お待たせしました。……しめっぽくなっちゃってごめんなさいね」
「……ハイ」

 里玖が戻ってきたが、海斗は反射で答えるのが精一杯だった。
 情報と「?」でぐちゃぐちゃになった頭は、何も考えられない。

「何食べるか決めました?」
「……はい」

 ちょうどその時、圭子が店から戻ってきた。

「待たせたね~。七海ちゃん、今日は何食べたい?」
「たかなのオムライス!」
「お兄さんは?」

 黙り込む海斗を、迷っているのだと思ったのだろう。里玖が横から助け舟を出した。

「どれも本当に美味しくて、七海が大好きなんですよ。私は今日はアジフライ定食にします。アラ煮つきで」

「あいかわらずよく食べるねえ、里玖ちゃんは」

 圭子が笑い、場が和やかになる。海斗はその注目が自分に集まっていることに数秒遅れて気づいた。

「あ、じゃ……同じので」

 なんとか絞り出した声だった。

「ほんとに~? なんでもいいとよ~? 七海の恩人やけん、なんやったらステーキ焼こうか? 最近、うちフレンチのシェフが料理教えてくれとうけん」

 圭子が軽口を叩く。

「あ、それ聞きました。波多野さんですよね」と里玖。

「そうそう。今日もあとで来るとよ~。おかげで土曜日夜だけメニューがこじゃれとるんよ~」

 圭子がにぎやかに笑い声をたてる。
 その声が、海斗の耳には懐かしすぎて……胸に圧がかかる。
 息が荒くなりそうなのを必死でこらえ、何とか平静を装った。


「じゃあ作ってくるけん。お父さん、里玖ちゃんたちのオーダー! 高菜オムライス、アジフライ二つ、アラ煮も二つ!」

 圭子は厨房へ消えていった。

 料理ができるまでの間、里玖と何を話したのか、海斗にはほとんど記憶がない。

「水泳はいつ習ったの? あ……記憶障害でしたね。ごめんなさい」

 そんな感じの会話をしていた気がする。

 そのうち、七海が茶の間に置いてあった絵本を持ってきて、

「読んで!」

 と里玖にせがんだ。
 茶の間には、里玖の優しい読み聞かせの声が流れ始める。

(七海が……俺の子……それで……俺は死んでる……)

 海斗は微動だにしないように必死だった。
 口角を上げて七海を見守る“ふり”をしながら、心の中は洗濯機の中のように激しくかき混ぜられていた。

「さ~できたよ~。あったかいうちに食べんね」

 圭子と晃が二人で料理を運んできた。
 ランチ営業が終わったのか、店の方は静かになっている。

 自分たちの分のアジフライ定食も携え、家族の団らんのような形でちゃぶ台を囲む。

 と、父の晃は、座るなり海斗に向き直り、頭を下げた。 

「このたびは、孫の七海の命を助けていただき、ありがとうございました」

 土下座に近い勢いの父に、もともと混乱していた海斗はさらにどぎまぎする。

「や、やめてください。当然のことですから」

 お礼を言われた人が必ず口にするような定型文を絞り出すのがせいいっぱいだ。

「あんた、お礼はあとで。せっかくのご飯がさめちゃうよ」
「おっと、そうだった」
「お兄さん、たくさん食べてってね」

――いただきます。

 皆の声がそろい、昼ごはんが始まった。

 海斗は味噌汁を一口すすった。子どもの頃から慣れ親しんだ、甘めの麦みその味噌汁。

 その滋味が喉を通った瞬間、熱いものが一気に目に盛り上がってきた。

 それが流れ落ちるのを押しとどめるように、間髪入れずアジフライにかぶりつく。

 ザクッ、と歯に感触が伝わる茶褐色の衣。クリスピーな衝撃で思わず溜まってた涙が零れ落ちた。

 父秘伝の、パン粉の水分量を調整して揚げるテクニックだ。外側とは対照的に驚くほどふわふわとしたアジの身。 

 そして――甘辛いアラ煮。醤油とみりんに、隠し味の熊本の赤酒とザラメ。アラと同じ色に煮染められた大根は、見た目ほど塩辛くなく、芯まで温かな味が染み渡っていて箸が抵抗なく入る。
 大根からたっぷりとした煮汁が染み出てくるように海斗の目からは涙が染み出てくる。

 全部の味が、海斗が生きていた時間を呼び起こすようだった。

「お兄さん、どうしたとね?」

 晃の声が驚きに揺れた。

 海斗は――食べながら、涙をぼろぼろこぼしていた。
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