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7:真実(2)
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その夜、海斗はそのまま実家の沖島食堂に泊まった。
二階の角部屋にある海斗の部屋は、最後に帰省した時のまま、埃ひとつなく保たれていた。
タンスの奥に大切に仕舞い込まれていたスウェットを借りると、床につく前に、部屋を見渡してみる。
壁に貼ったままの古いポスター、机の上の傷、里玖との2ショット写真――帰省時にはおなじみだったそれらも、今の海斗には懐かしく感慨深い。
でも、姿見に映る自分は髪が黄色い、朝倉祥生――。
自分はたしかに帰ってきた。けれど、別人の姿をしている。それでも、確かにここは自分の場所だった。
「おはよ~」
翌朝、一階に下りていくと、新聞を広げていた晃が顔を上げた。その顔が一瞬硬直する。
「……ん?……ああ、海斗か。悪い、まだその姿には慣れんね」
晃は照れ隠しのように鼻を擦って笑った。
「俺も慣れんよ。鏡見るたびに“誰やこいつ”って思うし」
「あたしはだいぶ慣れたよ」
圭子が台所から顔を出す。
「それにしても、きれいに染めとうね、その頭」
「うん。最初の頃は毎朝起きて、髪が黄色いってギョッとしよったけん」
三人で笑い合う。その笑い声が、海斗の胸にじんわり染みていく。
「……それにしても、その体の持ち主の朝倉君って子は、どうしたんかね」
少し遅めの朝食も終わりがけ、コーヒーを配りながら圭子がふと口にする。
「さあ。バイク事故で十メートルも飛ばされたのがきっかけで、俺として目覚めたけん……どうなんかな」
「十メートルもか。そりゃあ、普通なら間違いなく死んどる」
晃の言葉に、一瞬だけ重めの沈黙が流れた。
「……可哀想に、若かとにね。でも、こう言ったら罰が当たるけど、そのおかげで海斗が戻ってこれたんやけんね」
圭子の言葉は、親としての正直な本音だろう。
海斗は無理に微笑みを返したが、脳裏にはあの豪邸で暮らす義母・佳乃と、妹の舞の顔が浮かんだ。
胸の奥がチクリと痛んだが、それを振り払うように話題を変えた。
「……里玖は、毎週来てるん?」
沖島食堂は日曜日が定休日だ。仕込みもなく、ゆったりとした時間が流れている。
海斗の問いに、圭子が笑った。
「毎週どころか、ほぼ毎日きよるよ。日曜日も来て、一緒にご飯作って食べていくし、もう半分ここで暮らしとうようなもんやね」
「半分は言い過ぎやろ。わしらが『来い』ってうるさく言うから、顔出しよるだけたい」
晃はそう言いながらも、どこか嬉しそうだ。
「教師は忙しいから助かるって言っとったよ。自分で作るより栄養バランスもとれるしって。私たちも里玖ちゃん親子は“月パス”にしてるから。里玖ちゃんも“安くしてもらって悪いから”って、よく店とか家事の手伝いしてくれよーとよ」
そういえば里玖は、中学の頃からこの店にべったりだった。
海斗の母は「やんちゃな坊主より、可愛か女の子が欲しかったとよ~」と言って、里玖を本当の娘のように可愛がっていたものだ。
「……里玖ちゃん、あんたのことまだ信じとらんやったみたいやね」
圭子が、少し心配そうに海斗を見た。
「うん……。俺が“海斗の物まねをしてからかってる”みたいな感じで怒られたことあって」
「物まねって……あんたは海斗やろーも」
「見た目が朝倉君やしね。今の俺が何を言っても、彼女には『悪質な悪戯』にしか見えんとよ。だから俺は”朝倉くん”として大人しくしとこうと思ったんやけど……」
しばし沈黙が流れ、三人は少し冷めたコーヒーをすすった。
「里玖ちゃんはね、……あんたがいつか帰ってくるって、今でも信じとるけんね」
母の言葉が、静かな部屋に重く響いた。 五年間の不在。それを埋めるのは、単なる「言葉」では足りないのだと、海斗は痛感していた。
その時、裏の玄関チャイムが鳴った。
「おはようございます」
ちょうど噂をしていた矢先だった。玄関から明るい里玖の声がした。
二階の角部屋にある海斗の部屋は、最後に帰省した時のまま、埃ひとつなく保たれていた。
タンスの奥に大切に仕舞い込まれていたスウェットを借りると、床につく前に、部屋を見渡してみる。
壁に貼ったままの古いポスター、机の上の傷、里玖との2ショット写真――帰省時にはおなじみだったそれらも、今の海斗には懐かしく感慨深い。
でも、姿見に映る自分は髪が黄色い、朝倉祥生――。
自分はたしかに帰ってきた。けれど、別人の姿をしている。それでも、確かにここは自分の場所だった。
「おはよ~」
翌朝、一階に下りていくと、新聞を広げていた晃が顔を上げた。その顔が一瞬硬直する。
「……ん?……ああ、海斗か。悪い、まだその姿には慣れんね」
晃は照れ隠しのように鼻を擦って笑った。
「俺も慣れんよ。鏡見るたびに“誰やこいつ”って思うし」
「あたしはだいぶ慣れたよ」
圭子が台所から顔を出す。
「それにしても、きれいに染めとうね、その頭」
「うん。最初の頃は毎朝起きて、髪が黄色いってギョッとしよったけん」
三人で笑い合う。その笑い声が、海斗の胸にじんわり染みていく。
「……それにしても、その体の持ち主の朝倉君って子は、どうしたんかね」
少し遅めの朝食も終わりがけ、コーヒーを配りながら圭子がふと口にする。
「さあ。バイク事故で十メートルも飛ばされたのがきっかけで、俺として目覚めたけん……どうなんかな」
「十メートルもか。そりゃあ、普通なら間違いなく死んどる」
晃の言葉に、一瞬だけ重めの沈黙が流れた。
「……可哀想に、若かとにね。でも、こう言ったら罰が当たるけど、そのおかげで海斗が戻ってこれたんやけんね」
圭子の言葉は、親としての正直な本音だろう。
海斗は無理に微笑みを返したが、脳裏にはあの豪邸で暮らす義母・佳乃と、妹の舞の顔が浮かんだ。
胸の奥がチクリと痛んだが、それを振り払うように話題を変えた。
「……里玖は、毎週来てるん?」
沖島食堂は日曜日が定休日だ。仕込みもなく、ゆったりとした時間が流れている。
海斗の問いに、圭子が笑った。
「毎週どころか、ほぼ毎日きよるよ。日曜日も来て、一緒にご飯作って食べていくし、もう半分ここで暮らしとうようなもんやね」
「半分は言い過ぎやろ。わしらが『来い』ってうるさく言うから、顔出しよるだけたい」
晃はそう言いながらも、どこか嬉しそうだ。
「教師は忙しいから助かるって言っとったよ。自分で作るより栄養バランスもとれるしって。私たちも里玖ちゃん親子は“月パス”にしてるから。里玖ちゃんも“安くしてもらって悪いから”って、よく店とか家事の手伝いしてくれよーとよ」
そういえば里玖は、中学の頃からこの店にべったりだった。
海斗の母は「やんちゃな坊主より、可愛か女の子が欲しかったとよ~」と言って、里玖を本当の娘のように可愛がっていたものだ。
「……里玖ちゃん、あんたのことまだ信じとらんやったみたいやね」
圭子が、少し心配そうに海斗を見た。
「うん……。俺が“海斗の物まねをしてからかってる”みたいな感じで怒られたことあって」
「物まねって……あんたは海斗やろーも」
「見た目が朝倉君やしね。今の俺が何を言っても、彼女には『悪質な悪戯』にしか見えんとよ。だから俺は”朝倉くん”として大人しくしとこうと思ったんやけど……」
しばし沈黙が流れ、三人は少し冷めたコーヒーをすすった。
「里玖ちゃんはね、……あんたがいつか帰ってくるって、今でも信じとるけんね」
母の言葉が、静かな部屋に重く響いた。 五年間の不在。それを埋めるのは、単なる「言葉」では足りないのだと、海斗は痛感していた。
その時、裏の玄関チャイムが鳴った。
「おはようございます」
ちょうど噂をしていた矢先だった。玄関から明るい里玖の声がした。
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