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7:真実(3)
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里玖と海斗は、無言で並んで歩いていた。
気を利かせた晃と圭子が
「二人で話してこんね。七海ちゃんは私らとすごろくしようね」
とほとんど無理やりのように送り出してくれたのだ。
沖島食堂の前の、少しだけ賑やかな店の並びを抜けると、古い団地が見えてくる。
店の常連の多くが住む場所で、里玖もきっとこのどこかに暮らしているのだろう。
狭い歩道を並んで歩きながら、海斗は里玖と何を話せばいいのか、わからなかった。
自分は海斗だと宣言した以上、今さら教え子の「朝倉翔生」として振る舞うわけにはいかない。
里玖も……海斗だと主張する隣の朝倉翔生に、何を話したらいいか見当もつかない。
だって、見た目は朝倉翔生だから。海斗とはまったく違う――。
それでも二人は、離れてしまうこともせず、歩く速度をお互いに無意識にあわせ、ただ無言のまま、歩き続けていた。
団地を通り過ぎると、視界が開けて大きな川に出た。梅雨晴れの陽気に少しだけ汗ばんでいることに気づく。もう、十分以上も沈黙のまま歩き続けたことになる。
土手の下には河川敷が広がっている。やや広い河川敷には川に沿って遊歩道が整備された河川敷公園になっている。
あいにくそこへ降りる階段へは遠回りしなくてはならないから、二人は土手の斜面をそのまま降りる。
土手を降りる際、土が崩れて段差がきつくなっている場所があった。海斗は無意識に手を差し出した。里玖は一瞬ためらったが、その手に自分の掌を重ねた。
体温が伝わる。海斗の手ではない。けれど、握り方は――海斗のそれだった。
「……ありがと」
里玖はなるべく感情を込めないように、そっけなく言った。
二人は川べりまで行くと並んで、きらきらと光る川面を眺めた。河口に近いせいで川幅は広く、梅雨晴れの風が、満ち潮に乗せて微かな潮の香りを運んでくる。
海斗がぽつりとつぶやいた。
「……あのときも、こんな感じだったな」
「……あのとき?」
「俺が、里玖に告白したとき」
その思い出を里玖もすぐに取り出すことができる。あのとき。海斗が高校を卒業した日。
――中三の海斗が、中一の里玖をチンピラから助けたのが、二人の始まりだった。
以来、里玖は沖島食堂に家族同然に溶け込み、二人は家では四六時中ふざけ合い、口喧嘩をしていた。
けれど学校では一言も口をきかなかった。やんちゃで通っていた海斗は、下級生の女子と仲良くするのを照れ隠しで避けていたし、里玖も「不良の先輩」と知り合いだと思われたくなかったからだ。
近いけれど不器用な関係が続いたまま、海斗は高校生になり、里玖も同じ高校へ入った。それでも距離感はあまり変わらなかった。
そんな二人がやっと恋人になったのが、海斗の高校卒業式のあとだった。
ボタンを下級生にほとんど取られた学ランの胸に花をつけた海斗と、制服姿の里玖は、何も言わずに十分歩いて河川敷へ来た。
季節は違うけれど、今日と同じ場所。
今日と同じようにふく風からは潮の香り。きらめく川面。
海斗は照れ隠しでぶっきらぼうに言った。
『もう、わかっとうよな』
里玖はわざと無邪気に返した。
『何がぁ?』
海斗は真っ赤になって『かあぁっ!』と熱くなった息を吐き出すと、彼女に向き直った。
『俺が、誰よりも、里玖を大事に思っとうこと!』
記憶の中の叫びが、今また、海斗の唇からこぼれ落ちる。
「俺は……今でも、里玖を誰よりも大事におもっとう」
同じ記憶の道を辿っていた里玖が、はっとして隣を振り返った。
でも、そこにいるのは、やはり黄色い髪の朝倉翔生だ。あの日の続きにいるはずの海斗ではない。
けれど、こんな二人だけの秘密の記憶を共有しているのは、海斗しかいない。
「……やっぱり……信じられないけど……海斗なんやね……」
里玖はその場に腰を下ろし、静かにため息をついた。
それは、海斗が期待していたような“感動の再会”ではなかった。
ただ、どうしようもない、運命のようなもの――そこに折り合いをつけようとするような、静かな声だった。
気を利かせた晃と圭子が
「二人で話してこんね。七海ちゃんは私らとすごろくしようね」
とほとんど無理やりのように送り出してくれたのだ。
沖島食堂の前の、少しだけ賑やかな店の並びを抜けると、古い団地が見えてくる。
店の常連の多くが住む場所で、里玖もきっとこのどこかに暮らしているのだろう。
狭い歩道を並んで歩きながら、海斗は里玖と何を話せばいいのか、わからなかった。
自分は海斗だと宣言した以上、今さら教え子の「朝倉翔生」として振る舞うわけにはいかない。
里玖も……海斗だと主張する隣の朝倉翔生に、何を話したらいいか見当もつかない。
だって、見た目は朝倉翔生だから。海斗とはまったく違う――。
それでも二人は、離れてしまうこともせず、歩く速度をお互いに無意識にあわせ、ただ無言のまま、歩き続けていた。
団地を通り過ぎると、視界が開けて大きな川に出た。梅雨晴れの陽気に少しだけ汗ばんでいることに気づく。もう、十分以上も沈黙のまま歩き続けたことになる。
土手の下には河川敷が広がっている。やや広い河川敷には川に沿って遊歩道が整備された河川敷公園になっている。
あいにくそこへ降りる階段へは遠回りしなくてはならないから、二人は土手の斜面をそのまま降りる。
土手を降りる際、土が崩れて段差がきつくなっている場所があった。海斗は無意識に手を差し出した。里玖は一瞬ためらったが、その手に自分の掌を重ねた。
体温が伝わる。海斗の手ではない。けれど、握り方は――海斗のそれだった。
「……ありがと」
里玖はなるべく感情を込めないように、そっけなく言った。
二人は川べりまで行くと並んで、きらきらと光る川面を眺めた。河口に近いせいで川幅は広く、梅雨晴れの風が、満ち潮に乗せて微かな潮の香りを運んでくる。
海斗がぽつりとつぶやいた。
「……あのときも、こんな感じだったな」
「……あのとき?」
「俺が、里玖に告白したとき」
その思い出を里玖もすぐに取り出すことができる。あのとき。海斗が高校を卒業した日。
――中三の海斗が、中一の里玖をチンピラから助けたのが、二人の始まりだった。
以来、里玖は沖島食堂に家族同然に溶け込み、二人は家では四六時中ふざけ合い、口喧嘩をしていた。
けれど学校では一言も口をきかなかった。やんちゃで通っていた海斗は、下級生の女子と仲良くするのを照れ隠しで避けていたし、里玖も「不良の先輩」と知り合いだと思われたくなかったからだ。
近いけれど不器用な関係が続いたまま、海斗は高校生になり、里玖も同じ高校へ入った。それでも距離感はあまり変わらなかった。
そんな二人がやっと恋人になったのが、海斗の高校卒業式のあとだった。
ボタンを下級生にほとんど取られた学ランの胸に花をつけた海斗と、制服姿の里玖は、何も言わずに十分歩いて河川敷へ来た。
季節は違うけれど、今日と同じ場所。
今日と同じようにふく風からは潮の香り。きらめく川面。
海斗は照れ隠しでぶっきらぼうに言った。
『もう、わかっとうよな』
里玖はわざと無邪気に返した。
『何がぁ?』
海斗は真っ赤になって『かあぁっ!』と熱くなった息を吐き出すと、彼女に向き直った。
『俺が、誰よりも、里玖を大事に思っとうこと!』
記憶の中の叫びが、今また、海斗の唇からこぼれ落ちる。
「俺は……今でも、里玖を誰よりも大事におもっとう」
同じ記憶の道を辿っていた里玖が、はっとして隣を振り返った。
でも、そこにいるのは、やはり黄色い髪の朝倉翔生だ。あの日の続きにいるはずの海斗ではない。
けれど、こんな二人だけの秘密の記憶を共有しているのは、海斗しかいない。
「……やっぱり……信じられないけど……海斗なんやね……」
里玖はその場に腰を下ろし、静かにため息をついた。
それは、海斗が期待していたような“感動の再会”ではなかった。
ただ、どうしようもない、運命のようなもの――そこに折り合いをつけようとするような、静かな声だった。
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