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7:真実(4)
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「海斗なら……なんで五年も経ってから現れたの?」
里玖は川から視線を外さないまま言った。まるで川に問いかけているようだった。
「ごめん。俺もよくわからん。死んだと思った瞬間……朝倉君の体で目が覚めとった。しかも一瞬のつもりだったのに、五年も経ってて」
里玖は海斗の方を向いた。だが、すぐに顔をそらす。
「……なんか、中身が海斗なのは、だいたいわかったけど……顔は朝倉君やけん、変な感じ」
二人の前を、つがいのカモメが仲睦まじく泳いでいく。里玖はしゃがんだまま、海斗は立ったまま。言葉もなく、かもめを見るともなしに眺めていた。
「……あ、そうだ」
海斗はあることを思いついた。
「里玖、この番号に、今、電話して」
スマホを取り出すと、電話番号を見せる。
「え……?」
わけがわからないながらも里玖が電話番号を記録したのを見ると、海斗は少し離れた橋の下へと走っていった。そしてコンクリの太い橋脚に身を隠す。
里玖は、いわれたとおりの番号に電話をかけてみた。
「……もしもし?」
「俺、海斗」
「……!」
「こうすれば、朝倉君の顔が見えんけん、話しやすいやろ」
電話を通した声は、話し方のせいか、ほぼ海斗の声に思えた。
「海斗……? 本当……信じられん……本当に海斗が戻ってきたみたい……」
「だから俺は海斗だってば」
里玖の視界がぼやけたのは眼鏡をはずしたからではない。
声を聴いているだけで、里玖の瞳には自然に涙が盛り上がって流れ落ちた。
「なんで……なんで、朝倉君になって帰ってきたと……事情を教えて……」
「俺もよくわからんけど……偵察任務中にミサイルを受けて……絶対死んだと思った。気がついたら朝倉君になっとった」
電話の向こうで「ミサイル……」と里玖が息をのむのがわかった。
「でも海斗……。海斗なんだよね」
里玖はしばらくは何度もそればかりを繰り返していた。繰り返しながら泣いているようだった。
海斗はそのたびに「海斗だよ」優しくと答えた。
海斗は、橋脚の陰から川べりにいる里玖を見つめた。
初夏の陽気の中でスマホを耳にあてたまましゃがみこんだ里玖の後ろ姿は、震えているようだった。
「あたし……ずっと待っとったとよ……」
その姿はいっそう小さく見えた。
「……行方不明って聞いて、どっか怪しい国に捕まったのかと思ってた。だから、帰ってくるのを……ずっと……ずーっと待ってた……」
しゃくりあげる声が、電話越しに響く。
「絶対、帰ってくると信じて……七海を生んで……七海をいつか抱き上げてくれるって信じて待ってた……でも……」
湧き出てくる涙と悲しみを飲み下すような間があいた。それを電話越しに聞いている海斗はただただ胸が痛い。
「でも……朝倉君になって帰ってくるなんて……。やっぱり海斗は……私の海斗は……死んでしまったんやろうか……」
里玖は泣きながら、海斗のすべてを思い出していた。
里玖をそっと抱きとめてくれた陽に焼けた胸。
なんどとなく里玖の髪を梳くようにかき上げた長い指。
柔らかい毛にうっすら覆われた逞しい腕。
少し固めでちょっとだけ癖があった脂気のない髪の毛。
里玖だけにその優しさを向ける瞳は、くしゃっと笑うと糸になった。
里玖を愛した海斗の肉体は、もう戻らない。もしかして――という希望も、消えてしまった。
「――里玖!」
気づけば海斗は走り出していた。泣きじゃくる里玖に駆け寄っている。
そして、後ろから抱きしめる。里玖の震えが、腕越しにそのまま伝わってきた。
「こうすれば、顔が見えんやろ……俺は海斗だ」
里玖は、翔生――いや、海斗の腕にしがみつくようにして泣いた。
里玖は川から視線を外さないまま言った。まるで川に問いかけているようだった。
「ごめん。俺もよくわからん。死んだと思った瞬間……朝倉君の体で目が覚めとった。しかも一瞬のつもりだったのに、五年も経ってて」
里玖は海斗の方を向いた。だが、すぐに顔をそらす。
「……なんか、中身が海斗なのは、だいたいわかったけど……顔は朝倉君やけん、変な感じ」
二人の前を、つがいのカモメが仲睦まじく泳いでいく。里玖はしゃがんだまま、海斗は立ったまま。言葉もなく、かもめを見るともなしに眺めていた。
「……あ、そうだ」
海斗はあることを思いついた。
「里玖、この番号に、今、電話して」
スマホを取り出すと、電話番号を見せる。
「え……?」
わけがわからないながらも里玖が電話番号を記録したのを見ると、海斗は少し離れた橋の下へと走っていった。そしてコンクリの太い橋脚に身を隠す。
里玖は、いわれたとおりの番号に電話をかけてみた。
「……もしもし?」
「俺、海斗」
「……!」
「こうすれば、朝倉君の顔が見えんけん、話しやすいやろ」
電話を通した声は、話し方のせいか、ほぼ海斗の声に思えた。
「海斗……? 本当……信じられん……本当に海斗が戻ってきたみたい……」
「だから俺は海斗だってば」
里玖の視界がぼやけたのは眼鏡をはずしたからではない。
声を聴いているだけで、里玖の瞳には自然に涙が盛り上がって流れ落ちた。
「なんで……なんで、朝倉君になって帰ってきたと……事情を教えて……」
「俺もよくわからんけど……偵察任務中にミサイルを受けて……絶対死んだと思った。気がついたら朝倉君になっとった」
電話の向こうで「ミサイル……」と里玖が息をのむのがわかった。
「でも海斗……。海斗なんだよね」
里玖はしばらくは何度もそればかりを繰り返していた。繰り返しながら泣いているようだった。
海斗はそのたびに「海斗だよ」優しくと答えた。
海斗は、橋脚の陰から川べりにいる里玖を見つめた。
初夏の陽気の中でスマホを耳にあてたまましゃがみこんだ里玖の後ろ姿は、震えているようだった。
「あたし……ずっと待っとったとよ……」
その姿はいっそう小さく見えた。
「……行方不明って聞いて、どっか怪しい国に捕まったのかと思ってた。だから、帰ってくるのを……ずっと……ずーっと待ってた……」
しゃくりあげる声が、電話越しに響く。
「絶対、帰ってくると信じて……七海を生んで……七海をいつか抱き上げてくれるって信じて待ってた……でも……」
湧き出てくる涙と悲しみを飲み下すような間があいた。それを電話越しに聞いている海斗はただただ胸が痛い。
「でも……朝倉君になって帰ってくるなんて……。やっぱり海斗は……私の海斗は……死んでしまったんやろうか……」
里玖は泣きながら、海斗のすべてを思い出していた。
里玖をそっと抱きとめてくれた陽に焼けた胸。
なんどとなく里玖の髪を梳くようにかき上げた長い指。
柔らかい毛にうっすら覆われた逞しい腕。
少し固めでちょっとだけ癖があった脂気のない髪の毛。
里玖だけにその優しさを向ける瞳は、くしゃっと笑うと糸になった。
里玖を愛した海斗の肉体は、もう戻らない。もしかして――という希望も、消えてしまった。
「――里玖!」
気づけば海斗は走り出していた。泣きじゃくる里玖に駆け寄っている。
そして、後ろから抱きしめる。里玖の震えが、腕越しにそのまま伝わってきた。
「こうすれば、顔が見えんやろ……俺は海斗だ」
里玖は、翔生――いや、海斗の腕にしがみつくようにして泣いた。
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