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8:朝倉翔生の影(2)
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「じゃあ次、朝倉君。ここの文、訳してください」
里玖の声が、静かな教室に響いた。
「……」
「朝倉君?」
呼ばれても、「朝倉翔生」は教科書から目を上げない。
里玖を見ようともせず、ただ沈黙でその場を支配した――完全に無視している。
教室の空気が少しざわついた。
「……朝倉君? 聞こえてる?」
「……。」
里玖は一瞬だけ眉をすくめ、すぐに教師の顔に戻る。
「……わからないなら、そう答えなさい。じゃあ次、石川さん。代わって」
淡々と進む授業。だが里玖の声には、わずかな苛立ちが混じっていた。
海斗は内心で笑っている。
(里玖先生のお望み通り、距離を置いてみました♪)
授業が終わると、アキトが不思議そうに席に寄ってきた。ちなみに杏奈は、今日は朝から欠席している。
「ショウ、記憶戻ったと?」
「いや、戻っとらん」
「いや……さっきの早川ちゃんへのシカトっぷりが、事故前のショウっぽかったからさ」
(なるほど、以前の翔生は、こんなふうに里玖を無視してたのか……)
里玖の言う「距離を置く」を徹底しようとした結果、まさか朝倉翔生本人の“問題児ムーブ”を再現することになるとは。
そのとき、スマホが震えた。
里玖からのショートメッセージ。
-『当てられたら答えなさいよ』
海斗は化学実験室へ移動しながら返信した。
-『だって、距離を置くんやろ』
* * *
あの日曜日、里玖に海斗だと認めてもらってから、数日が経っていた。
天にも昇る気持ちで月曜日を迎えた海斗は、当然、「恋人」に戻った里玖が、学校でも親しく接してくれるものだと思っていた。
授業後に質問をしに行ったり、廊下で声をかけたり、海斗からも距離を詰めようと試みた。
しかし――里玖は、生徒としての線引きを崩さなかった。
(……里玖は、朝倉翔生の姿の俺とは、よりを戻したくないんかな)
そんな風に不安を覚えるほど、教師としての態度を徹底していた。
火曜日。ついに海斗は、不安に耐えきれず、里玖へショートメッセージを送った。
-『なんでそっけなくするのかな?』
すぐに返事が来た。
-『え、なんで電話番号知ってるの?』
-『日曜にそっちからかけたじゃん』
-『そうだった。忘れてた』
-『俺とよりを戻すのは嫌なわけ?』
-『そういうわけじゃないけど。でも学校では生徒と先生だし。距離を置かないと』
そのメッセージを読んだ海斗は、ソファに寝転がりながら天井を見つめた。
「距離、ねえ……」
海斗はソファで「むーん」と唸りながら、職場恋愛みたいなものか、と考える。
自衛隊でも職場恋愛はあった。しかし当然のことながら、規律に厳格な職場に、恋愛中の空気を持ち込む者はいない。
隊内での「職場恋愛」が発覚するのは、結婚報告か、別れた後の雑談くらいだ。
(……なら、徹底してやるか)
そう思って、授業中に“翔生らしく”無視を決め込んだのだ。
* * *
そして今日。里玖からの返信。
-『距離を置くのは、そうだけど。当てられて無視はやめて』
海斗はニヤリと笑うと、アキトに「わり、しょんべん」と言ってトイレへ向かった。個室に入り、すぐに続きのメッセージを打つ。
-『じゃ、また週末デートして。蛍見に行きたい』
数秒後。
-『考えとく』
その言葉に、海斗の胸が一気に軽くなる。
里玖の「考えとく」は、相手が海斗の場合に限って、脈あり&前向きのサインだ。
五年前と変わらない返信に、海斗の心は初夏の太陽のように浮き立った。
はっきりしない天気ながら、昼前には気温が上がり、雲の切れ間から差す陽射しが、地面に濃い影を落としていた。
アキトと学食でカレーを食べ、紙パックのジュースを吸いながら教室へ戻る。
すると――杏奈が登校してきていた。こちらに気が付くと、まっすぐこちらへ歩いてくる。
「……ちょっといい?」
教室の外へ促す声は、いつもより低く、どこかだるそうだった。
ただならぬ予感に、海斗は身構えながら従った。
里玖の声が、静かな教室に響いた。
「……」
「朝倉君?」
呼ばれても、「朝倉翔生」は教科書から目を上げない。
里玖を見ようともせず、ただ沈黙でその場を支配した――完全に無視している。
教室の空気が少しざわついた。
「……朝倉君? 聞こえてる?」
「……。」
里玖は一瞬だけ眉をすくめ、すぐに教師の顔に戻る。
「……わからないなら、そう答えなさい。じゃあ次、石川さん。代わって」
淡々と進む授業。だが里玖の声には、わずかな苛立ちが混じっていた。
海斗は内心で笑っている。
(里玖先生のお望み通り、距離を置いてみました♪)
授業が終わると、アキトが不思議そうに席に寄ってきた。ちなみに杏奈は、今日は朝から欠席している。
「ショウ、記憶戻ったと?」
「いや、戻っとらん」
「いや……さっきの早川ちゃんへのシカトっぷりが、事故前のショウっぽかったからさ」
(なるほど、以前の翔生は、こんなふうに里玖を無視してたのか……)
里玖の言う「距離を置く」を徹底しようとした結果、まさか朝倉翔生本人の“問題児ムーブ”を再現することになるとは。
そのとき、スマホが震えた。
里玖からのショートメッセージ。
-『当てられたら答えなさいよ』
海斗は化学実験室へ移動しながら返信した。
-『だって、距離を置くんやろ』
* * *
あの日曜日、里玖に海斗だと認めてもらってから、数日が経っていた。
天にも昇る気持ちで月曜日を迎えた海斗は、当然、「恋人」に戻った里玖が、学校でも親しく接してくれるものだと思っていた。
授業後に質問をしに行ったり、廊下で声をかけたり、海斗からも距離を詰めようと試みた。
しかし――里玖は、生徒としての線引きを崩さなかった。
(……里玖は、朝倉翔生の姿の俺とは、よりを戻したくないんかな)
そんな風に不安を覚えるほど、教師としての態度を徹底していた。
火曜日。ついに海斗は、不安に耐えきれず、里玖へショートメッセージを送った。
-『なんでそっけなくするのかな?』
すぐに返事が来た。
-『え、なんで電話番号知ってるの?』
-『日曜にそっちからかけたじゃん』
-『そうだった。忘れてた』
-『俺とよりを戻すのは嫌なわけ?』
-『そういうわけじゃないけど。でも学校では生徒と先生だし。距離を置かないと』
そのメッセージを読んだ海斗は、ソファに寝転がりながら天井を見つめた。
「距離、ねえ……」
海斗はソファで「むーん」と唸りながら、職場恋愛みたいなものか、と考える。
自衛隊でも職場恋愛はあった。しかし当然のことながら、規律に厳格な職場に、恋愛中の空気を持ち込む者はいない。
隊内での「職場恋愛」が発覚するのは、結婚報告か、別れた後の雑談くらいだ。
(……なら、徹底してやるか)
そう思って、授業中に“翔生らしく”無視を決め込んだのだ。
* * *
そして今日。里玖からの返信。
-『距離を置くのは、そうだけど。当てられて無視はやめて』
海斗はニヤリと笑うと、アキトに「わり、しょんべん」と言ってトイレへ向かった。個室に入り、すぐに続きのメッセージを打つ。
-『じゃ、また週末デートして。蛍見に行きたい』
数秒後。
-『考えとく』
その言葉に、海斗の胸が一気に軽くなる。
里玖の「考えとく」は、相手が海斗の場合に限って、脈あり&前向きのサインだ。
五年前と変わらない返信に、海斗の心は初夏の太陽のように浮き立った。
はっきりしない天気ながら、昼前には気温が上がり、雲の切れ間から差す陽射しが、地面に濃い影を落としていた。
アキトと学食でカレーを食べ、紙パックのジュースを吸いながら教室へ戻る。
すると――杏奈が登校してきていた。こちらに気が付くと、まっすぐこちらへ歩いてくる。
「……ちょっといい?」
教室の外へ促す声は、いつもより低く、どこかだるそうだった。
ただならぬ予感に、海斗は身構えながら従った。
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