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8:朝倉翔生の影(5)
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翔生のスマホの画面に並ぶ里玖を、海斗は呼吸を忘れたかのように見つめていた。
(……こいつ、里玖のこと……)
胸の奥が波立つ。
怒りとも違う。
嫉妬ではないと思う。
もっと複雑で、しいていえば嫌な感情に近い。
(ストーカー……みたいなこと、しとったんか……?)
だが、スクロールする指を止めてよく見れば、写真の中の里玖はどれも、何の変哲もない日常の姿だった。
陽光の差し込む教壇で授業中に板書する横顔。
廊下で生徒らに囲まれて談笑する後ろ姿。
シャーロット先生と打ち合わせ中なのか、ふとした笑顔。
盗撮と言えばそれまでだ。
だが、レンズ越しに向けられた視線には、好奇心よりももっと静かで、少しだけ痛々しい熱がこもっているように海斗には見えた。
そして、翔生の視線角度ばかりの写真の中に、里玖の顔のアップ写真があった。
集合写真から里玖の部分だけを切り抜いたそれは、里玖への好意、思慕がこもっているのは明確だった。
(……好きだったのか、こいつも。里玖のこと……)
確実に近い可能性が、海斗を息苦しくする。たまらずスマホを伏せ、暗い部屋に向かって深く息を吐き出した。
(直接、里玖に訊きたい。翔生との間に、何かあったのかどうか)
メッセージアプリを開きかけて、指が止まった。
文字にすれば、それはどこか軽薄な問いになり、ともすると里玖を疑うような行動に見えてしまうかもしれない。
(……こんなことは、文字で聞くことじゃない)
スマホを伏せたまま、海斗は天井を見つめた。部屋の静けさが、胸のざわめきを増幅するかのようだった。
* * *
その頃、里玖もまた、布団から天井を見つめていた。
階段で突きつけられた黒谷杏奈の「妊娠」という言葉。それが心に重たく圧をかけている。
教師としてどうすればいいのか、という責任感もだが、それ以上に相手が朝倉翔生だということが、里玖の思考を迷路に迷わせていた。
隣では七海が小さな寝息をたてている。
(海斗が……今、朝倉君になっている海斗は、そんなことをするはずがない)
海斗はどこまでも真っ直ぐで、自分を一途に愛してくれた男だ。それについては、揺るぎない確信がある。
翔生が海斗になってまだ三週間あまり、という日にちもその確信を支える要素であるのだけれど。
けれど、海斗になる前の「朝倉翔生」が杏奈を妊娠させたのか、といえば里玖はそれも違うと思う。
里玖は教師としての記憶を懸命に手繰り寄せた。
朝倉翔生は確かに問題児だった。
他者を拒絶するような鋭い瞳。昨年の体育教師への暴行事件。
だが、里玖にはどうしても彼が「無責任に女子生徒を孕ませるような少年」だとは思えなかった。
学園でも指折りの美貌を持つ彼は、下級生の女子たちから密かに憧れの視線を送られていた。
だが翔生は、そんな「モテ」という現象をただいまいましく、五月蠅(うるさ)いものとして切り捨てているように見えた。
杏奈についても、同じだ。執拗にべたつく杏奈に、されるがままでありながらも、翔生はいつも面倒くさそうに、眉を心持ちゆがめているようだった。
時に嫌悪すら隠そうとせず、楽しそうに見えたことなど一度もない。
(それに、あの子は、そんなに悪い子じゃない……)
里玖には忘れられない光景がある。
この学校に勤め始めて間もない頃、廊下の窓からふと校舎裏を見下ろしたときのことだ。
数名の上級生が、いたいけな子猫をコンビニ袋に閉じ込めて袋の口を縛ろうとしていた。
教師として注意しなければ、と思ったときに現れたのが、当時二年になったばかりの朝倉翔生だった。
彼は迷いなく、自分より身体の大きな上級生たちを凄まじい勢いで蹴り飛ばし、退散させた。
そして一人残った彼は、袋を破り、子猫をそっと抱き上げた――。
(……あの家がらだし、ときどき暴力に走るのも、たぶん正義感が強すぎるから。そんな子が……黒谷さんを妊娠させる……?)
教師として、生徒をかいかぶりすぎているのだろうか。
里玖は寝返りを打ち、まったく暗くはならない暗闇に朝倉翔生の顔——今は海斗の顔を思い浮かべる。
海斗になる前にも、授業中などに翔生は里玖とよく目が合った。でも目が合うなりパッと逸らす様子は、不器用で幼く思えたほどだった。
それとも――翔生には、誰にも見せていない“もう一つの顔”があったのだろうか。
(……こいつ、里玖のこと……)
胸の奥が波立つ。
怒りとも違う。
嫉妬ではないと思う。
もっと複雑で、しいていえば嫌な感情に近い。
(ストーカー……みたいなこと、しとったんか……?)
だが、スクロールする指を止めてよく見れば、写真の中の里玖はどれも、何の変哲もない日常の姿だった。
陽光の差し込む教壇で授業中に板書する横顔。
廊下で生徒らに囲まれて談笑する後ろ姿。
シャーロット先生と打ち合わせ中なのか、ふとした笑顔。
盗撮と言えばそれまでだ。
だが、レンズ越しに向けられた視線には、好奇心よりももっと静かで、少しだけ痛々しい熱がこもっているように海斗には見えた。
そして、翔生の視線角度ばかりの写真の中に、里玖の顔のアップ写真があった。
集合写真から里玖の部分だけを切り抜いたそれは、里玖への好意、思慕がこもっているのは明確だった。
(……好きだったのか、こいつも。里玖のこと……)
確実に近い可能性が、海斗を息苦しくする。たまらずスマホを伏せ、暗い部屋に向かって深く息を吐き出した。
(直接、里玖に訊きたい。翔生との間に、何かあったのかどうか)
メッセージアプリを開きかけて、指が止まった。
文字にすれば、それはどこか軽薄な問いになり、ともすると里玖を疑うような行動に見えてしまうかもしれない。
(……こんなことは、文字で聞くことじゃない)
スマホを伏せたまま、海斗は天井を見つめた。部屋の静けさが、胸のざわめきを増幅するかのようだった。
* * *
その頃、里玖もまた、布団から天井を見つめていた。
階段で突きつけられた黒谷杏奈の「妊娠」という言葉。それが心に重たく圧をかけている。
教師としてどうすればいいのか、という責任感もだが、それ以上に相手が朝倉翔生だということが、里玖の思考を迷路に迷わせていた。
隣では七海が小さな寝息をたてている。
(海斗が……今、朝倉君になっている海斗は、そんなことをするはずがない)
海斗はどこまでも真っ直ぐで、自分を一途に愛してくれた男だ。それについては、揺るぎない確信がある。
翔生が海斗になってまだ三週間あまり、という日にちもその確信を支える要素であるのだけれど。
けれど、海斗になる前の「朝倉翔生」が杏奈を妊娠させたのか、といえば里玖はそれも違うと思う。
里玖は教師としての記憶を懸命に手繰り寄せた。
朝倉翔生は確かに問題児だった。
他者を拒絶するような鋭い瞳。昨年の体育教師への暴行事件。
だが、里玖にはどうしても彼が「無責任に女子生徒を孕ませるような少年」だとは思えなかった。
学園でも指折りの美貌を持つ彼は、下級生の女子たちから密かに憧れの視線を送られていた。
だが翔生は、そんな「モテ」という現象をただいまいましく、五月蠅(うるさ)いものとして切り捨てているように見えた。
杏奈についても、同じだ。執拗にべたつく杏奈に、されるがままでありながらも、翔生はいつも面倒くさそうに、眉を心持ちゆがめているようだった。
時に嫌悪すら隠そうとせず、楽しそうに見えたことなど一度もない。
(それに、あの子は、そんなに悪い子じゃない……)
里玖には忘れられない光景がある。
この学校に勤め始めて間もない頃、廊下の窓からふと校舎裏を見下ろしたときのことだ。
数名の上級生が、いたいけな子猫をコンビニ袋に閉じ込めて袋の口を縛ろうとしていた。
教師として注意しなければ、と思ったときに現れたのが、当時二年になったばかりの朝倉翔生だった。
彼は迷いなく、自分より身体の大きな上級生たちを凄まじい勢いで蹴り飛ばし、退散させた。
そして一人残った彼は、袋を破り、子猫をそっと抱き上げた――。
(……あの家がらだし、ときどき暴力に走るのも、たぶん正義感が強すぎるから。そんな子が……黒谷さんを妊娠させる……?)
教師として、生徒をかいかぶりすぎているのだろうか。
里玖は寝返りを打ち、まったく暗くはならない暗闇に朝倉翔生の顔——今は海斗の顔を思い浮かべる。
海斗になる前にも、授業中などに翔生は里玖とよく目が合った。でも目が合うなりパッと逸らす様子は、不器用で幼く思えたほどだった。
それとも――翔生には、誰にも見せていない“もう一つの顔”があったのだろうか。
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