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10:不在(4)
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自宅に戻った翔生は、ソファに寝転がり、しばらく天井を見つめていた。
親からの提案、夏休みからのアメリカ留学……なかば強制的に承諾させられてしまった。
面倒すぎるけど、アメリカに行くのは悪くないのかもしれない。
ただ――胸の奥に、ひとつだけ引っかかるものがあった。
早川先生のことだ。さっきの脳内映像を思い出すと、いたたまれなくて、思わず立ち上がる。冷蔵庫をあけるとエナジードリンクを一気飲みした。
十二歳も年上で、しかも担任教師。
そんな相手に興味を持ってしまうなんて、自分で自分が理解できない。
――でも、もうずいぶん前から、意識していた。たぶん、出会ったときから。
気が付けば、彼女は翔生の心の中に住みついていた。
違う、お前じゃない、出ていけ、と何度も頭から追い出そうとしたが、そのたびに自分自身が連れ戻して、胸の中に大事に囲っているような矛盾。
彼女の顔をできるだけ見ないように、学校を休んでみることもあった。
でも、学校に行けばいつも早川先生の姿を探している。いざ目が合うと逃げたくなる。
「恋」という言葉なんて、あてはめたくなかった。ずっと否定してきた。
でも最近になって、もう誤魔化すことは欺瞞だと、諦めつつある。
その代わり、自分でも恥ずかしい、この気持ちを、誰にも気づかれてはいけない。
早川先生にも、クラスの誰にも。絶対に。
杏奈が腕を絡めてきても振り払わなかったのは、そのためだ。
杏奈に興味があるように、杏奈と付き合っているかのように見せる、カモフラージュ。
自分の気持ちを隠すための、最低な盾——。
――アメリカに行って時間をおけば、自分でも意味わからない、この気持ちも消えるだろうか。
エナジードリンクの炭酸まじりのため息をついたとき、スマホから聞き慣れない通知音が鳴った。
ショートメッセージだった。
ショートメッセージアプリを、翔生はほとんど使わない。
たまに二段階認証のコードが届くくらいだ。
画面を開くと――「早川里玖」の名前が表示されていて、心臓がばくん、と強く跳ね上がった。
(なんで……早川先生から?)
何事かと反射的にタップしてしまう。
< 今日 >
-『用事が長引いてる? 何時くらいに来るか教えて?』
< 7月2日金曜日・20:10 >
-『体調はもう大丈夫?』
『ぜんぜん元気。明日、食堂手伝いにいく』
……
「えっ?」
最初は、早川先生が宛先を誰かと間違えて、メッセージを送ってきたのかと思ったが、今日より前にもメッセージのやりとりが続いている。
やりとり。つまり、この電話番号から早川先生へ誰かが返信している。
自分以外の誰かが、早川先生とこの電話でやりとりをした……?
混乱する翔生の目に、前のメッセージの上部に表示された日付が目に入った。
――7月2日。
「……は?」
思わず声が漏れた。あわててホーム画面に戻り、今日の日付を確認する。
7月4日。
自分がバイクで事故ったのは、5月30日のはずだ。
一か月以上がいつの間にか消えている。背筋にぞぞぞっと戦慄が走る。
アキトなら何かわかるかと LINE を開こうとしたが、手が勝手に震えて何度も誤タップしてしまう。
「ん?」
ようやく LINE を開くと、杏奈とのトークに新着の通知マークがある。開いてみると
< 今日 >
あんな『いつまでしらばっくれる気?本当にばらすからね』
とある。その上部の履歴には
<6月26日・土曜日 20:52 >
-あんな『あたし、今から死ぬから』
-あんな『ショウの家で、赤ちゃんと一緒に、死んでやる!』
既読になっているが、どちらも見た記憶がない。
「なんだコレ……」
翔生は、吐き捨てるように呟くと、短く返信した。
-『赤ちゃんて、あのおじの?』
既読はすぐついたが、当然、返信は来ない。
そこへ、またショートメッセージの通知音がした。
-『七海が海斗のエビフライが食べたいって。えび買ってきて』
七海? 海斗?……誰だ、それ。
とりあえず自分宛ではないようなので『間違ってますよ』と返そうかと思ったが、早川先生のプライベートを覗き見たい気持ちが勝って、指が止まった。
早川先生からのショートメッセージはその後も断続的に届いた。
『遅くなりそうだから、夕食作りはじめるね』
『夕食、みんなで食べちゃうね』
『おじさんおばさんも海斗が来るの楽しみにしてるよ』
『何かあった? 来れなさそう?』
『七海はもう寝ちゃったよ』
『心配だから、これ見たら返信して』
早川先生は、誰かを家で待っているのは確かだ。
そして、その相手は、この電話を自分から抜け落ちている一か月の間に使っていた誰か。
自分はその一か月、どこでどうしていたのか。
常識的に考えるのなら、事故にあったのだから意識不明で、病院にいて……それで記憶が一か月分抜けている、のならわかる。
でも、であればなぜ、この電話にさまざまな知らない履歴があるのか。
そして目を閉じると浮かび上がってくる、鮮やかな映像の断片。
得体のしれない履歴が入ったスマホを握りしめた翔生の前に、眠れない夜が横たわる。
親からの提案、夏休みからのアメリカ留学……なかば強制的に承諾させられてしまった。
面倒すぎるけど、アメリカに行くのは悪くないのかもしれない。
ただ――胸の奥に、ひとつだけ引っかかるものがあった。
早川先生のことだ。さっきの脳内映像を思い出すと、いたたまれなくて、思わず立ち上がる。冷蔵庫をあけるとエナジードリンクを一気飲みした。
十二歳も年上で、しかも担任教師。
そんな相手に興味を持ってしまうなんて、自分で自分が理解できない。
――でも、もうずいぶん前から、意識していた。たぶん、出会ったときから。
気が付けば、彼女は翔生の心の中に住みついていた。
違う、お前じゃない、出ていけ、と何度も頭から追い出そうとしたが、そのたびに自分自身が連れ戻して、胸の中に大事に囲っているような矛盾。
彼女の顔をできるだけ見ないように、学校を休んでみることもあった。
でも、学校に行けばいつも早川先生の姿を探している。いざ目が合うと逃げたくなる。
「恋」という言葉なんて、あてはめたくなかった。ずっと否定してきた。
でも最近になって、もう誤魔化すことは欺瞞だと、諦めつつある。
その代わり、自分でも恥ずかしい、この気持ちを、誰にも気づかれてはいけない。
早川先生にも、クラスの誰にも。絶対に。
杏奈が腕を絡めてきても振り払わなかったのは、そのためだ。
杏奈に興味があるように、杏奈と付き合っているかのように見せる、カモフラージュ。
自分の気持ちを隠すための、最低な盾——。
――アメリカに行って時間をおけば、自分でも意味わからない、この気持ちも消えるだろうか。
エナジードリンクの炭酸まじりのため息をついたとき、スマホから聞き慣れない通知音が鳴った。
ショートメッセージだった。
ショートメッセージアプリを、翔生はほとんど使わない。
たまに二段階認証のコードが届くくらいだ。
画面を開くと――「早川里玖」の名前が表示されていて、心臓がばくん、と強く跳ね上がった。
(なんで……早川先生から?)
何事かと反射的にタップしてしまう。
< 今日 >
-『用事が長引いてる? 何時くらいに来るか教えて?』
< 7月2日金曜日・20:10 >
-『体調はもう大丈夫?』
『ぜんぜん元気。明日、食堂手伝いにいく』
……
「えっ?」
最初は、早川先生が宛先を誰かと間違えて、メッセージを送ってきたのかと思ったが、今日より前にもメッセージのやりとりが続いている。
やりとり。つまり、この電話番号から早川先生へ誰かが返信している。
自分以外の誰かが、早川先生とこの電話でやりとりをした……?
混乱する翔生の目に、前のメッセージの上部に表示された日付が目に入った。
――7月2日。
「……は?」
思わず声が漏れた。あわててホーム画面に戻り、今日の日付を確認する。
7月4日。
自分がバイクで事故ったのは、5月30日のはずだ。
一か月以上がいつの間にか消えている。背筋にぞぞぞっと戦慄が走る。
アキトなら何かわかるかと LINE を開こうとしたが、手が勝手に震えて何度も誤タップしてしまう。
「ん?」
ようやく LINE を開くと、杏奈とのトークに新着の通知マークがある。開いてみると
< 今日 >
あんな『いつまでしらばっくれる気?本当にばらすからね』
とある。その上部の履歴には
<6月26日・土曜日 20:52 >
-あんな『あたし、今から死ぬから』
-あんな『ショウの家で、赤ちゃんと一緒に、死んでやる!』
既読になっているが、どちらも見た記憶がない。
「なんだコレ……」
翔生は、吐き捨てるように呟くと、短く返信した。
-『赤ちゃんて、あのおじの?』
既読はすぐついたが、当然、返信は来ない。
そこへ、またショートメッセージの通知音がした。
-『七海が海斗のエビフライが食べたいって。えび買ってきて』
七海? 海斗?……誰だ、それ。
とりあえず自分宛ではないようなので『間違ってますよ』と返そうかと思ったが、早川先生のプライベートを覗き見たい気持ちが勝って、指が止まった。
早川先生からのショートメッセージはその後も断続的に届いた。
『遅くなりそうだから、夕食作りはじめるね』
『夕食、みんなで食べちゃうね』
『おじさんおばさんも海斗が来るの楽しみにしてるよ』
『何かあった? 来れなさそう?』
『七海はもう寝ちゃったよ』
『心配だから、これ見たら返信して』
早川先生は、誰かを家で待っているのは確かだ。
そして、その相手は、この電話を自分から抜け落ちている一か月の間に使っていた誰か。
自分はその一か月、どこでどうしていたのか。
常識的に考えるのなら、事故にあったのだから意識不明で、病院にいて……それで記憶が一か月分抜けている、のならわかる。
でも、であればなぜ、この電話にさまざまな知らない履歴があるのか。
そして目を閉じると浮かび上がってくる、鮮やかな映像の断片。
得体のしれない履歴が入ったスマホを握りしめた翔生の前に、眠れない夜が横たわる。
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