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10:不在(6)
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しくった。ついてない。イライラする。
……まさか授業中のスマホ使用を見つかるなんて。
放課後の指導室。翔生は、白い原稿用紙の前で、黄色い髪ごと額を掴んだ。
没収されたスマホを取り返すには、反省文を書かなくてはならない。
(もう、あのスマホ捨てて機種変しよかな……)
そんな考えが頭をよぎるが、SIM の引き継ぎなど、元の端末なしでの機種変更を考えると、反省文を書く以上に面倒で時間がかかりそうだ。
(あーめんどくさっ)
気晴らしに窓の外に目を遊ばせると、午後の日差しに次第に意識がぼんやりしてくる。
(早川先生、シングルマザーだったんか……)
ぼんやりすると、つい早川先生を思い出してしまう。
さっき、その声で呼び止められたとき、心臓が体から飛び出しそうなほどだった。
何気なく振舞えただろうか。
顔が赤くなったり、声がふるえたりしなかっただろうか。
先生が反省文以外に何か言っていた気がするが、顔ばかり見ていたのでまるで覚えていない。
早川先生を脳裏に繰り返し再生している翔生は、知らず両手で頬杖をついたり、額をわしづかみにしたり、口元を押さえたりしていた。
監督している若林先生はそれを、それを“反省文が思いつかなくて悩んでいる”と解釈しているが、同時に「一か月前とずいぶん違うな」とも感じている。
「二回目だからって、無理に違うこと書かなくていいぞ~」
と助け船を出してやった。
(は? 二回目? 俺、初めてですけど?)
記憶がない間に、反省文を書くようなことを、しでかしたのか?
現実に引き戻された翔生は、どうでもよくなって、原稿用紙を埋める作業に集中した。
スマホを使った理由を適当に書き、それが良くなかったと反省し、同じ内容を言い回しだけ変えて三回ほど繰り返す。
最後は「今後気をつけること」を箇条書きにすることで改行でスペースを稼ぎ、ようやく原稿用紙が埋まった。
若林がそれを読み、「ふう……ん」と眉をひそめたが、
「まあ、きっちり書いたな。よし」
とスマホを返してくれた。
翔生はため息をつきながら廊下に出た。
そこに――杏奈が立っていた。
「……何?」
無意識に斜に構えた声が出る。
* * *
夏の西日が差す校庭から見ると、体育倉庫の裏は影が濃く、昼間なのに夜のように暗かった。
そこまで来ると、杏奈が切り出した。
「ショウ、記憶戻ったんだ」
「……ま」
本当は事故から昨日までの記憶は戻っていない。
けれど、杏奈が言いたい“あの記憶”については、はっきり覚えている。
「やっぱ見られてたんやね……」
「あのオジの子やろ」
杏奈はきまり悪そうに、それでも小さくうなずいた。
――事故の前日、土曜日。
舞の誕生日パーティのため、翔生は佳乃に言われて高級ホテルへ向かった。
家族の行事は避けたいが、舞だけは別だ。
「おにいちゃま」と慕ってくる幼い義妹には、優しい兄でいたかった。
そのホテルのロビーで――中年男性と腕を組んでチェックインする杏奈を見かけたのだ。
「『ショウの家で、ショウの赤ちゃんと一緒に、死んでやる!』ってなん? 俺関係ないやん」
「あれはぁ……」
杏奈は唇を尖らせた。
「ショウが、好きだから」
翔生は、額に手を当て、わざとらしく深いため息をついた。
「て、お前……」
「ごめん。ショウが事故のあと、記憶障害になっとったから……ワンチャン、彼女になれるかなって。既成事実にしようかと……」
「バカか」
吐き捨てるように言い、翔生は杏奈をその場に残して歩き出した。
だが、胸の奥にひとつだけ確かな事実が残った。
――俺、この1か月……記憶障害として暮らしてた。
* * *
その夜。
布団に入っても眠れず、翔生はもう一度、早川先生からのメッセージを開いた。
「……海斗」
その名前をつぶやき、目を閉じる。
閉じた瞼の裏に、ふわりとホタルが舞った。
誰かの細い腕が、自分を強く抱きしめている。
夏の夜のような、湿った温もり。
『寒いと?』
自分の声が聞こえる。
『うん。少し。でも海斗があったかいけん……』
見上げてくる顔。頬が少し上気して、目が潤んで――
それは、早川先生だった。
(俺は……海斗だった……?)
心臓がどくんと響いた。
もし本当に、自分が“海斗”だったのだとしたら――。
翔生は起き上がらなければと思った。
もっと確かめなければと思った。
けれど、強烈な眠気が全身を引きずり込み、意識は暗闇へと沈んでいった。
……まさか授業中のスマホ使用を見つかるなんて。
放課後の指導室。翔生は、白い原稿用紙の前で、黄色い髪ごと額を掴んだ。
没収されたスマホを取り返すには、反省文を書かなくてはならない。
(もう、あのスマホ捨てて機種変しよかな……)
そんな考えが頭をよぎるが、SIM の引き継ぎなど、元の端末なしでの機種変更を考えると、反省文を書く以上に面倒で時間がかかりそうだ。
(あーめんどくさっ)
気晴らしに窓の外に目を遊ばせると、午後の日差しに次第に意識がぼんやりしてくる。
(早川先生、シングルマザーだったんか……)
ぼんやりすると、つい早川先生を思い出してしまう。
さっき、その声で呼び止められたとき、心臓が体から飛び出しそうなほどだった。
何気なく振舞えただろうか。
顔が赤くなったり、声がふるえたりしなかっただろうか。
先生が反省文以外に何か言っていた気がするが、顔ばかり見ていたのでまるで覚えていない。
早川先生を脳裏に繰り返し再生している翔生は、知らず両手で頬杖をついたり、額をわしづかみにしたり、口元を押さえたりしていた。
監督している若林先生はそれを、それを“反省文が思いつかなくて悩んでいる”と解釈しているが、同時に「一か月前とずいぶん違うな」とも感じている。
「二回目だからって、無理に違うこと書かなくていいぞ~」
と助け船を出してやった。
(は? 二回目? 俺、初めてですけど?)
記憶がない間に、反省文を書くようなことを、しでかしたのか?
現実に引き戻された翔生は、どうでもよくなって、原稿用紙を埋める作業に集中した。
スマホを使った理由を適当に書き、それが良くなかったと反省し、同じ内容を言い回しだけ変えて三回ほど繰り返す。
最後は「今後気をつけること」を箇条書きにすることで改行でスペースを稼ぎ、ようやく原稿用紙が埋まった。
若林がそれを読み、「ふう……ん」と眉をひそめたが、
「まあ、きっちり書いたな。よし」
とスマホを返してくれた。
翔生はため息をつきながら廊下に出た。
そこに――杏奈が立っていた。
「……何?」
無意識に斜に構えた声が出る。
* * *
夏の西日が差す校庭から見ると、体育倉庫の裏は影が濃く、昼間なのに夜のように暗かった。
そこまで来ると、杏奈が切り出した。
「ショウ、記憶戻ったんだ」
「……ま」
本当は事故から昨日までの記憶は戻っていない。
けれど、杏奈が言いたい“あの記憶”については、はっきり覚えている。
「やっぱ見られてたんやね……」
「あのオジの子やろ」
杏奈はきまり悪そうに、それでも小さくうなずいた。
――事故の前日、土曜日。
舞の誕生日パーティのため、翔生は佳乃に言われて高級ホテルへ向かった。
家族の行事は避けたいが、舞だけは別だ。
「おにいちゃま」と慕ってくる幼い義妹には、優しい兄でいたかった。
そのホテルのロビーで――中年男性と腕を組んでチェックインする杏奈を見かけたのだ。
「『ショウの家で、ショウの赤ちゃんと一緒に、死んでやる!』ってなん? 俺関係ないやん」
「あれはぁ……」
杏奈は唇を尖らせた。
「ショウが、好きだから」
翔生は、額に手を当て、わざとらしく深いため息をついた。
「て、お前……」
「ごめん。ショウが事故のあと、記憶障害になっとったから……ワンチャン、彼女になれるかなって。既成事実にしようかと……」
「バカか」
吐き捨てるように言い、翔生は杏奈をその場に残して歩き出した。
だが、胸の奥にひとつだけ確かな事実が残った。
――俺、この1か月……記憶障害として暮らしてた。
* * *
その夜。
布団に入っても眠れず、翔生はもう一度、早川先生からのメッセージを開いた。
「……海斗」
その名前をつぶやき、目を閉じる。
閉じた瞼の裏に、ふわりとホタルが舞った。
誰かの細い腕が、自分を強く抱きしめている。
夏の夜のような、湿った温もり。
『寒いと?』
自分の声が聞こえる。
『うん。少し。でも海斗があったかいけん……』
見上げてくる顔。頬が少し上気して、目が潤んで――
それは、早川先生だった。
(俺は……海斗だった……?)
心臓がどくんと響いた。
もし本当に、自分が“海斗”だったのだとしたら――。
翔生は起き上がらなければと思った。
もっと確かめなければと思った。
けれど、強烈な眠気が全身を引きずり込み、意識は暗闇へと沈んでいった。
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