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11:海斗、再び(1)
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うとうとと、浅い眠りを繰り返すだけで、一度も深く眠れなかった。
気づけば、カーテンの向こうが白み始めている。
里玖はゆっくりと体を起こした。
時計は、まもなく朝の五時を指そうとしていた。
のろのろと洗面台の前に立ち、鏡に映る自分の顔を見て、ため息をつく。
「……ひどい顔」
泣きはらした瞼はぼってりと腫れ、熱を帯びている。昨夜の涙の跡が、まだ頬に残っているようだった。
とても出勤する気分ではない。けれど、期末テスト前の大切な時期だ。行かないわけにはいかない。
里玖は冷たい水で顔を洗い、冷凍庫から保冷剤を取り出した。濡らしたタオルに包み、腫れた瞼にそっと押し当てる。
じん、と鈍い痛みを伴う冷気が皮膚に染み込む。
その冷たさが、これ以上新しい涙を押しとどめてくれる気がした。
七海はまだすやすやと眠っている。起こさないように足音を忍ばせながら、お湯を沸かす。熱いタオルと保冷剤を交互にあてて瞼を少しでもマシにしようと思った。
電気ケトルが沸騰しそうな音に変わった、そのとき。
――ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。一瞬、聞き間違いかと思った。
だが、すぐにもう一度鳴る。
(……嘘。こんな時間に?)
寝起きと昨日の悲しみの名残で、半分動いていなかったような頭が、警戒心のアドレナリンでいきなりはっきり覚醒する。
里玖は音を立てないように玄関へ近づき、音を立てないようにして、ドアの外の様子をうかがおうとした。同時にチェーンがかかっているのを確認している。
――こん、こん。
今度はノックだ。
怪しすぎる。息を殺し、居留守を決め込もうとしたその瞬間――キッチンに置いたスマホが震えた。
里玖ははっとしてキッチンへ戻り、画面を確認する。
着信:「朝倉翔生」と表示されている。
まさか、と思いながら、おそるおそる通話ボタンを押した。
つながった瞬間。
「里玖! 今、玄関前!」
その声は、確かに朝倉翔生の声なのに――里玖を“里玖”と呼ぶのは、海斗しかいない。
里玖は玄関へ駆け戻る。チェーンを外す手が震えて――もどかしいほど時間がかかり、ようやくドアを開ける。
そこに立っていた朝倉翔生——を確認したとたん、里玖は抱きすくめられた。
「海斗……? 海斗なの……?」
「そうだよ。俺だよ、里玖」
朝の薄明かりの中、二人は玄関先でしっかりと抱き合った。
* * *
少し前。
海斗はふと目を覚ました。真夜中のような暗闇につつまれている。
胸の奥に、言葉にできない違和感が残っていて、体のあちこちがこわばっている。
日曜日に浴びた「喝」の余韻が、まだ頭の奥で響いているようだった。
そんな気だるさの中、横たわったまま、スマホを手に取る。画面には「7月6日」と表示されている。
(……え?)
海斗はガバっと跳ね起きた。 あの法事は7月4日、日曜日だったはず。
つまり、知らないうちに二日が過ぎている。
反射的にメッセージアプリを見る。里玖からのメッセージが何件も届いている。それらを確認した海斗から血の気が引いた。
(……やばい。すぐ行かんと)
タクシーを呼び、夜明け前の街を急いだ。向かう先はただひとつ――里玖の家。
そして今、玄関先でようやく彼女を抱きしめている。
気づけば、カーテンの向こうが白み始めている。
里玖はゆっくりと体を起こした。
時計は、まもなく朝の五時を指そうとしていた。
のろのろと洗面台の前に立ち、鏡に映る自分の顔を見て、ため息をつく。
「……ひどい顔」
泣きはらした瞼はぼってりと腫れ、熱を帯びている。昨夜の涙の跡が、まだ頬に残っているようだった。
とても出勤する気分ではない。けれど、期末テスト前の大切な時期だ。行かないわけにはいかない。
里玖は冷たい水で顔を洗い、冷凍庫から保冷剤を取り出した。濡らしたタオルに包み、腫れた瞼にそっと押し当てる。
じん、と鈍い痛みを伴う冷気が皮膚に染み込む。
その冷たさが、これ以上新しい涙を押しとどめてくれる気がした。
七海はまだすやすやと眠っている。起こさないように足音を忍ばせながら、お湯を沸かす。熱いタオルと保冷剤を交互にあてて瞼を少しでもマシにしようと思った。
電気ケトルが沸騰しそうな音に変わった、そのとき。
――ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。一瞬、聞き間違いかと思った。
だが、すぐにもう一度鳴る。
(……嘘。こんな時間に?)
寝起きと昨日の悲しみの名残で、半分動いていなかったような頭が、警戒心のアドレナリンでいきなりはっきり覚醒する。
里玖は音を立てないように玄関へ近づき、音を立てないようにして、ドアの外の様子をうかがおうとした。同時にチェーンがかかっているのを確認している。
――こん、こん。
今度はノックだ。
怪しすぎる。息を殺し、居留守を決め込もうとしたその瞬間――キッチンに置いたスマホが震えた。
里玖ははっとしてキッチンへ戻り、画面を確認する。
着信:「朝倉翔生」と表示されている。
まさか、と思いながら、おそるおそる通話ボタンを押した。
つながった瞬間。
「里玖! 今、玄関前!」
その声は、確かに朝倉翔生の声なのに――里玖を“里玖”と呼ぶのは、海斗しかいない。
里玖は玄関へ駆け戻る。チェーンを外す手が震えて――もどかしいほど時間がかかり、ようやくドアを開ける。
そこに立っていた朝倉翔生——を確認したとたん、里玖は抱きすくめられた。
「海斗……? 海斗なの……?」
「そうだよ。俺だよ、里玖」
朝の薄明かりの中、二人は玄関先でしっかりと抱き合った。
* * *
少し前。
海斗はふと目を覚ました。真夜中のような暗闇につつまれている。
胸の奥に、言葉にできない違和感が残っていて、体のあちこちがこわばっている。
日曜日に浴びた「喝」の余韻が、まだ頭の奥で響いているようだった。
そんな気だるさの中、横たわったまま、スマホを手に取る。画面には「7月6日」と表示されている。
(……え?)
海斗はガバっと跳ね起きた。 あの法事は7月4日、日曜日だったはず。
つまり、知らないうちに二日が過ぎている。
反射的にメッセージアプリを見る。里玖からのメッセージが何件も届いている。それらを確認した海斗から血の気が引いた。
(……やばい。すぐ行かんと)
タクシーを呼び、夜明け前の街を急いだ。向かう先はただひとつ――里玖の家。
そして今、玄関先でようやく彼女を抱きしめている。
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